【一時休載中】ドラゴンクエスト 勇者アベルともうひとつの伝説   作:しましま猫

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さて、前話で沈み逝く街に取り残されたマーニャとミネア。彼女たちはこれからどうなってしまうのか……? って、バレバレですかね。しかし、原作よりもはるかに強いだろう彼女たちをどうやって……?
そして、事実上敗北したヒカルたちはこれからどうするのか?


第34話 戦慄!! 悪魔の騎士の呪い!

 目を開けると、そこは薄暗い教会の地下室だった。あたりを見渡してみると、今は人の姿は無い。感覚的に、ずいぶんと長く眠っていた、いや眠らされていたような気がする。ゆっくりと身を起こし、徐々に覚醒していく意識の中で、少年は次第に現状を思い出していく。そして、覚醒しきった頃にはどうしようもない焦燥感が、彼の足を前に進ませていた。

 

「どこ行くつもり? そんな状態で。」

「え? マーニャ、さん?」

 

 いつのまにか、ベッドの隅に1人の女性が座っている。少し困ったような、それでいて何かを悟っているような複雑な表情を浮かべている。その人は最近知り合った、このドムドーラの町で一番の踊り子。何故か少年を気に入り、よく似た顔の妹と2人で世話を焼いてくれる、少年にとっては優しいお姉さんだ。

 

「今はダメよ。」

「でも、でも、みんなが動いている時に……!」

 

 静止するマーニャを振り切り、今にも部屋を飛び出してしまいそうなトビー。マーニャはふうと短くため息をついて、トビーの傍らまで歩み寄った。

 

「座りなさい。」

「え? でも……。」

「いいから。」

「はい……。」

 

 やや強めの口調で言われ、トビーは急にしゅんとなって、おとなしくベッドに座り直した。マーニャの言葉はなぜか、従わなければならないような気持ちにさせる不思議な物で、けれども不快感のような物は感じなかった。それでも、トビーの中でくすぶっている感情が収まったわけでは無い。座りながら身を乗り出し、隙あらば立ち上がって走り出しでもしそうな彼の横に座り、マーニャはその体を優しく抱きしめた。

 

「あ、ちょ、マーニャさ……。」

 

 トビーは、間近で感じられる女性の感触と匂いに、軽いパニックを起こしかけていた。確かに、先日も酔って絡まれ、かなり密着されていたが、そのときは酔っ払いの介抱だという建前が理性を前面に押し出していたため、比較的落ち着いた行動を取れていた。しかし今は、目の前の彼女は酔ってはいない。あのときの酒臭いにおいではない別の香りに包まれて、彼は今まで感じたことのない感情に支配されようとしていた。しかしそれが何であるのか、まだ幼く、なおかつ精神状態が安定していない今のトビーでは気づくことはできないだろう。。

 

「体にはね、活動状態と休眠状態のバランスを取る機能があるの。医学的には……ええっと、じりつ……なんちゃらっていうらしいんだけど、ああもう、ミネアみたいにうまく説明できないわ。……あまり緊張状態が長く続きすぎると、そのバランスが崩れて体がおかしくなるの。今のあんたみたいに。」

 

 急に真面目な顔をして、小難しそうな発言をするマーニャに、彼はさらに混乱した。しかし確かに、現状彼の体は活動と休眠、興奮と沈静のバランスが崩れ、どちらかというと極度の緊張・興奮状態にあるといってよかった。それ故、睡眠呪文(ラリホー)でも使わなければ、長いこと眠ることはできなかったのだろう。それを見越して、ミネアがこっそりと呪文を駆けておいてくれたのだが、強制的な睡眠で身体はある程度休まっても、精神の方は草還丹には行かなかったということだ。逆に言うと、ひとたび緊張状態が解かれれば、一瞬にして休眠状態がユウセイとなり、行動不能になってしまうことだろう。

 

「あ~あ、こんなにしちゃって、こんな状態で外、行くわけ?」

「あっ、そ、そこは。」

「あっ、じゃないわよ。何て声だしてんの? ふふ、可愛いんだから。」

 

 いつの間にか敏感に硬直している部分をつつかれ、トビーはなんとも情けない声をあげてしまう。彼だって年頃の少年だ。年上の美女に密着されたなら、それ相応の反応を示すのは当然だ。普段は理性で押さえ込んでいる様々な事柄も、身体のバランスが崩れている今となっては抑えが効かない。マーニャはくすくすと笑い、小悪魔的な笑みをその顔に浮かべ、少年の耳元でささやいた。

 

「お姉さんに任せなさいな、ちゃんと鎮めてあげるから」

「あ、え、ちょ、マーニャさ……うわっ?!」

 

 ――その後のことは、もうよく覚えてはいない。長い時間だったような気もするし、あっという間だったような気もする。気がついたときには仰向けに寝かされ、肩で息をしている自分に、トビーは気がついた。視界には薄汚れた天井がぼんやりと映っているが、どうも焦点が定まらない。確かなことは、彼はこれでひとつ、大人への階段を上ったと言うことだろうか。

 

「うふふ、どう? 少しは落ち着いた?」

「あ、え、と、はい?」

「あははは、なんで疑問形なわけ? ふふ、でも少しはましになったみたいね。子供のくせに大人ぶって無理するからそういう事になるの、わかった?」

 

 2人の肌からはじっとりと汗がにじんで、薄暗いランプの明かりに反射している。トビーは無意識か、マーニャの右手を自分の左手で握っている。初めから終わりまでずっとそうだった。握っていない左手で軽く頭を小突かれ、トビーは少し住まなそうにぽつりとつぶやいた。

 

「ごめん、なさい。ありがとう、マーニャさん。」

「ふふ、本っ当、あんた可愛いわね。」

 

 マーニャは目を閉じ、少年の自分より小さな唇に、そっと唇を重ねた。トビーは少し身もだえしたが、やがて自分も目を閉じ、彼女のされるがままになっていた。どれくらいの時間がたったか、重ねられた唇が離れたことで目を開けると、先ほどとは打って変わって、真面目な顔をしたマーニャが、トビーの瞳をじっとのぞき込んでいる。

 

「いい? 約束しなさい、トビー。」

 

 コロコロと表情が変わる人だなと、頭の片隅で思いながら、トビーは続く彼女の言葉を待った。軽薄なように見えて、彼女の歩んできた道は、きっと自分以上につらく、重たい物だったのだろうと、なんとなく彼は感覚で感じ取っていた。

 

「あんたは、死ぬんじゃ無いわよ。」

 

 そう言って、優しく抱きしめてくれるぬくもりを感じながら、少しずつ遠くなっていく意識に、トビーは今度は抗うことはしなかった。

 

「……さん、兄さん、起きて!」

「……?! ルナ? ここは……。」

「わからない、町の外みたいで、でも、みんな黙っちゃって、どうしていいかわからなくて……。」

 

 何故あの時の夢を、彼女が助けを呼ぶために単身、町を抜け出す直前の出来事を夢に見たのかと、赤面する間もなく、自分を揺り起こした妹の切羽詰まった表情から、まだ事態が収拾していないのだという現実を、彼は突きつけられることになった。簡易なテントの中に、誰かが整えてくれたのだろう毛布を二枚使っただけの粗末な2人分の寝床から起き上がり、トビーが外へ出てみると、すでに周囲は宵闇に墜ち、不気味な静けさと暗い闇が覆い尽くしている。所々にたいまつの灯りがわずかに周囲を照らし、夜の見張りだろう兵士達が何人か番をしているのが目に入る。しかし、彼らが一様に暗く沈んで見えるのは、月の無い暗い闇と、静寂のせいだけではないだろう。状況を確認しようにも、とても話を聞けるような雰囲気では無い。結局、トビーが、自分たちの敗北という事実を知ったのは、それから三日も後のことだった。

 

***

 

 薄暗い陰気な空間の中、舞い踊る姉と、それに付き従う妹、2人の姉妹は最後の力を振り絞り、悪魔の騎士と呼ばれるだいまどうの手下を追い詰めていた。

 

 「炎の精霊と風の精霊の盟約により、眩き光を放て。」

「異界の創造神よ、暗黒の中に進むべき光の道をお示しください!!」

 

 荒れ狂う嵐と、ほとばしる閃光が一つに合わさり、灼熱の暴風となって暗黒の鎧に迫る。その威力はすさまじい、などという凡庸な言葉で表現できるような物では無い。

 

「ベギラゴン!!」

「バギクロス!!」

「ぐ、ぬおぉっ!? ここまでの力を持っているとはっ! やむを得ん!! 暗黒のオーブよ、その力を示せ!!」

 

 掛け合わされて何倍にもなった二つの呪文、極大閃熱呪文(ベギラゴン)極大真空呪文(バギクロス)の威力に呑まれる寸前、いつの間にか悪魔の騎士の頭上に現れた黒く丸い宝珠(オーブ)から、まがまがしい漆黒の闇が霧状に広がり、鎧の魔物を包み込んだ。その黒い霧のような物に触れた灼熱の嵐は、あろうことか何事も無かったかのようにかき消えてしまう。

 

「……やっぱり、そうなるか……!」

「当然ですね、対処法を用意し、万全の状態と踏んだからこそ、だいまどうはこの場を離れたのでしょうから。」

「となると、残りのマジックパワーをリレミトあたりに費やしても、結果は見えてるわね。」

 

 すでに、今の大技で姉妹のマジックパワーは底をつき、強力な呪文はおろか、初級呪文を唱えることもできないだろう。しかし、魔王を打倒したほどの強者である彼女たちなら、そもそも呪文に頼らなくとも、目の前の魔物を倒すことくらいはできそうなものだ。いや、それは十中八九、可能だろう。問題は、すでにこの町が儀式魔法によって砂の底に沈んでしまっているということだ。この場所からの脱出がおそらく不可能であろう事に、彼女たちは気がついていた。だいまどうは彼女たちを逃げられなくする何らかの手段を持ち合わせており、だからこそ姿を消した――とはミネアの分析だが、それは十中八九、正しいだろうと思われた。目の前の敵を倒せたとしても、最終的に彼女たちには逃げ道が無く、人間である以上いずれ体力がつきて死んでしまうだろう。

 

「はあ、まったく我ながらバカよね。」

「はい、姉さんはバカだと思います。」

「……言ってくれるじゃない。」

 

 マーニャとミネアは顔を見合わせ、どちらからとも無く微笑んだ。こうなるだろうことは最初から判っていた。ひょっとしたらもっと上手い手段があったのかもしれないが、あの場でとっさに思いついたのはこうすることだった。自分たちはこの世界の住人ではないし、誰かに呼ばれた覚えも無い。であれば、この世界のことはこの世界に選ばれた勇者達に任せ、その助けになるのが最善と、彼女たちは判断したのだ。

 彼女たちは知らない、この世界に選ばれた勇者と魔法使いが、ともに異世界から来た者、ある意味自分たちと同類であることを。そして、自分たち自身にもこの世界で与えられた役目があり、彼女たちはまだ、それを果たしてはいないのだということを。

 

「く、クハハハハ、ま、まさかここまで力の差があるとはな。忌々しい異界の魔王とやらの力を借りねば太刀打ちできないとは……。どうせ貴様らはここから逃げることはできん、放っておいても死ぬ、が……! こ、このまま黙って死なせるなど、我が誇りが許さぬ!!」

「はっ、いけないミネア、何か来る?!」

「ククッ、もう、遅いわ!!」

 

 悪魔の騎士の怒るような、嘆くような叫びと友に、マーニャの足下が光り輝き、どこからともなく石でできた棺のような物が現れた。姉に手を伸ばそうとするミネアだが、何故か体がいうことをきかない。そうこうしているうちにマーニャの体は石の棺に収められ、そのまま部屋の隅にある祭壇のような所に収まった。

 

「これは呪いだ、この建物に安置されていた、渇きの壺を媒介にして呪いを発動した。これでその女は呪いを解かぬ限り、棺から出ることはできぬ。……安心するがいい、あの棺に入っている間は時間が止まり、死ぬことは無いぞ、クハハハハハハ!!」

 

 ミネアがどんなに力を入れても、すでに呪いにむしばまれている彼女の身体はピクリとモ動かない。そんな彼女をあざ笑うかのように、姉の収められた棺は地中深く沈んでいった。その様を見つめながら、しかし、ミネアは驚きはしても、恐怖したり焦ったりしている様子は無い。そのことが、悪魔の騎士にはおもしろくない。

 

「そうか、これでもまだ折れぬか……ならば、貴様には行きながらの絶望を与えてくれるわ!!」

 

 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、ミネアの体は浮遊感に包まれ、一瞬視界がブラックアウトする。はっと気がついたときには、彼女の体の拘束は解かれていた。

 

「……? 何この感覚……?」

 

 体が重く、視界も少しぼやけているような気がする。背中を突き刺すような寒さに身を震わせ、見上げた空はすでに日が落ちて、見渡す限り満点の星空だ。どうやら沈んでしまった町から地上に放り出されたらしい。

 

「ハハハハハ、その身に絶望を抱えて生きてゆくが良い……。」

 

 

 

 何処か遠くから、悪魔の騎士の笑い声が聞こえたような気がした。ミネアは重く、おぼつかない足取りで、定まらない意識の中、どこへ行くでもなく、夜の砂漠へと消えていった。

 

***

 

 ドムドーラの町での戦いの顛末は、ほどなくして王都へ報告された。敗北という結果そのものよりも犠牲となった者たちを悼み、ピエール国王はかなりの時間、沈黙していたという。戦いの詳細については国民へは伏せられたが、人の口に戸は立てられない、とはよく言った物で、様々な形で人々の耳に入ることとなった。ドランで最も強い戦士であるアンと、最高の魔法使いといわれるヒカル、シャグニイル伯爵夫妻の事実上の敗北は、国民に大きな衝撃を与えた。国内でも有数の大きな町であるドムドーラの消失は、魔王事件から立ち直ろうとしていた民衆の心に暗い影を落とした。

 しかし、国全体がどんなに意気消沈していようとも、為政者達は立ち止まるわけにはいかない。まもなく国王の召集の元、今後の対策を話し合う会議が開かれた。

 

「……と、報告は以上になります。最後に、力及ばず、また敵の策を見切ることができず、ドムドーラの町を落とされてしまい、誠に申し訳ございません。」

 

 

 ヒカルは先日、国王に直接伝えた内容を簡潔にまとめ、会議の場にて改めて報告していた。会議室と定められた部屋には大きなテーブルを囲んで、国王をはじめ大臣や有力貴族など名だたる顔ぶれが一堂に会していた。しかし、ヒカルの報告が終わっても、誰1人発言しようとする物はいない。国王ですら、腕を組んだまま微動だにしないのだ。

 

「陛下、シャグニイル伯爵、今回は大変申し訳なかった。」

「なっ?! グリスラハール男爵?!」

 

 老貴族はおもむろに立ち上がり、皆の前で深々と礼をした。その態度に周囲の者たちは少なからず驚きの表情を浮かべている。かの老人は爵位は低くとも、誰もが認める王の側近だ。そんな人物が国王はともかく、新参者に頭を下げたのだ。体面を重んじる貴族社会において、これは異例のことだった。

 

「良いのだ、アルマン男爵、今回のことは我が領内で起こったことだ。本来なら私が独力で解決せねば成らない案件。それを、陛下直属の騎士団を投入させ、さらに負けたというのでは申し開きもできませぬ。」

「……いや、今回のことは何人たりとも、予想はできなかったであろう。まさか町ごと砂の中に沈めるなどという大胆な手段を講じてくるとは……。」

 

 この会議が始まって、ようやく王が口を開いた。その口調は穏やかだが、沈痛な面持ちで周囲の物を見渡し、ひとつ短いため息をついた。

 

「わからぬことがあるとすれば、犠牲者の数があまりにも少ないことですな。奴らは逃げ出す者たちを見逃してすらいる。てっきり、町の住人達は殺されてしまうものだと思っておりました。」

「サリエルの申す通りよな。犠牲者を最小限に抑えているようにすら見える。実に不可解なことだが……誰ぞ思い当たることがある者はおらぬか?」

「……おそれながら……。」

 

 王は発言者の方を見やり、その顔を確認すると、一つ頷いて先を促した。

 

「シャグニイル伯爵、思うところがあるのならば申してみよ。」

「はっ。おそらく、でございますが、生き残った者たちにドムドーラでの出来事を伝えさせ、人々の恐怖を煽るのが目的化と……。」

「なっ、バカも休み休み言え! 人間ならともかく、魔物がそんなことをして何になるというのだ!!!」

 

 急に椅子から立ち上がり、怒鳴り声を上げたのはアルマン男爵だ。先ほどから拳を振るわせ、イライラを募らせている状況だったが、いよいよ我慢できなくなったようである。今にも発言者であるヒカルに、つかみかからんばかりの勢いだ。元々、保守的な考えを強く持つ彼は、新参者のシャグニイル伯爵とその妻――ヒカルとアンが王に徴用されるのを快く思わなかった。ドランの国のことは自分たちの力で解決するべきであり、よそ者の意見など入れるべきではないと、彼は強く考えていたのだ。

 こと、内政に至っては彼の考えは間違っているわけでは無い。この国の貴族達は王に対する忠誠心が強く、強固な中央政権が確立していた。その中に部外者を入れるということは、今まで築き上げてきた物が急速に揺らぎかねない危険性を大きくはらんでいるのだ。それに、彼の名誉のために述べておくと、アルマン男爵という男は決して権力に胡座をかいた無能な貴族では無い。短気なところはあるが、領民のためを思って政務に励む良い領主だ。だからこそ王に認められ、若くして重臣に名を連ねている。彼のいささか激しい論調も、王と国、国民を思えばこそなのだ。しかし、そんな彼の行動を制したのは他ならぬ王だった。

 

「続けよ、シャグニイル。」

「はっ、魔王は人々の負の感情を糧にするそうでございます。今回も魔王の力とするため、人々から恐怖などのマイナスの感情を、何らかの方法で集めている物かと。」

「そのことは確か、予言の書にも記載がございましたな。」

 

 グエルモンテ侯爵の言葉に、ピエール王は深く頷き、再び目をつぶって沈黙した。結局、この後王が口を開くことは最後までなかった。この日の会議ではグリスラハール領への新しい町の建設と、難民への支援が取り決められた。そして、ヒカルとアンには戦いの疲れを癒すという目的で、しばらくの休暇が与えられた。

 

***

 

 じりじりと太陽の照りつける、暑い砂漠の中を、大きな馬車が列を成して通って行く。その数は5程度だが、ひとつひとつがとても大きな物だ。一台を2頭の馬が引き、馬車の後をラクダに乗った数人が追随している。暑さの厳しい砂漠の中にあって、この一段は旅慣れているのか疲れ果てた様子も無く、楽しげな話し声や、時に大きな笑い声まで聞こえてくる。

 そんな一段の馬車のひとつ、他に比べるとやや高級そうなその中で、恰幅の良い中年の男がひときわ大きな笑い声を上げていた。

 

「はっはっはっはっはっは、いやあ、笑いが止まらん。もうすぐ砂漠を抜けるというのに、モンスターの1匹にも遭遇することがないなんて、十五の頃から商売を始めてもうすぐ25年にも成るが、こんなことは初めてだよ。それもこれも……。」

 

 男は大きな体をゆらしながら、嬉しそうに自分と対面して座る人物を見やった。砂漠で倒れているところを発見できたのは本当に偶然で、助けられたのは運が良かったからだろうと、男は思った。

 

「なあ、ナバラ婆さん、あんたの占いは本当によく当たるなあ。おかげで大もうけだよ、ぜひ、しばらくといわずずっとうちにいてもらいたいもんだ。」

「そうかい、ゴンザ、喜んでもらえたなら、あたしも恩返しができたってもんさね。ちょっと訳ありの旅でね、あんたさえ嫌じゃ無ければ、しばらく一緒に旅させてもらってもいいかね?」

 

 男、ゴンザ……ゴンザレス=ハスフールは快活に笑い、こちらの方が頼みたいくらいだと、老婆の動向を快く了承した。

 あの日――ドムドーラの町が沈んだ日――異世界からやってきた姉妹は魔物の呪いにかかり、姉のマーニャは地中深く閉じ込められてしまった。残る妹、ミネアの方は、その姿をしわがれた老婆へと変えられてしまった。砂漠で倒れているところを助けられて、最初にその事実を知ったとき、さすがのミネアも少なからず動揺した。若く美しい娘が、突如として老婆の姿になったのなら、驚くのは当然で、むしろ本来ならばもっと動揺視狼狽してもおかしくは無かった。しかし彼女はかつて、勇者の仲間として幾多の苦難を乗り越えてきた真の強者だ。すぐに状況を確認し、自分がこれからどうするべきかを考えた。身体能力は呪いで制限されているが、本当に老婆というほど弱っているわけでもないようだ。魔法に関する力や、占い師としての能力にも衰えは感じられない。そこでミネアは、かつて別の世界で出会った知り合いの老婆の名前を借り、自らを偽って商人のキャラバンに同行することを選んだ。そして、今に至っているというわけだ。

 

「……誰が、絶望なんぞしてやるもんかね。」

「?何か言ったか婆さん?」

「何でも無いさね。……おっと、砂漠を抜けたら廻り道が吉と出ているね。急ぎすぎると魔物に出くわすかもしれないよ?」

「なに、そいつはいかん。おい、この先の岩山を迂回して次の町に入るように指示してこい。」

「わかりました旦那様。」

 

 主人の命令に、今まで黙って話を聞いていた使用人なのだろう若い女性は、馬車の外へ顔を出し、併走する護衛に二言三言伝言をしたようだ。それからすぐに、女性は主人の傍らまで近寄ると、まもなく伝言が伝わり、一行は進路を変えるだろうと報告した。程なくして馬車はゆっくりと方向を変え、ゴンザの一段は結局、魔物には一度たりとも遭遇すること無く、町へとたどり着いたのだった。

 

***

 

 人は誰でも、一度くらいは『鳥のように自由に飛びたい』などと思ったことがあるのではないか。ヒカルの元いた世界でも、飛行機が常用されるようになるまでには、それはそれは長い苦難の道のりがあった。魔法が存在するこの世界では、転移の呪文を応用すれば飛行は可能であるが、それ自体が恐ろしく光度である上、魔法というものを操れる存在自体が希少なため、特に人間達の間では、やはり空を飛ぶというのは夢物語であった。

 その少女は中央大陸にある小国の、小さな村の生まれで、幼い頃は病弱だったが、父と母、村人達の愛情を受けてすくすくと成長し、十歳(とお)を過ぎる頃には見違えるほど健康になった。容姿も美しく成長し、将来は村の男達を魅了する美人になるだろう事は容易に想像できた。そればかりではなく、彼女は村娘とは思えないほど聡明であり、様々な勉強をして数多くの発明品を製作するまでになっていた。この世界では珍しく、科学的な理論と技術に基づいた様々な道具を、彼女は作ることができたのである。

 そんな、今年13歳になったばかりの少女が夢見て止まないのが、空を飛べる道具を作ることだ。鳥のように、とまではいかないが、風に乗って空を飛べる道具を作りたいと、彼女は熱心に勉学に励んでいた。

 だが、今、彼女の丹精込めて作り上げた作品、空を飛ぶ夢が詰まった純白の翼が村の広場で公衆の面前にさらされ、人間であればまるで罪人のように縛り上げられていた。そして、少し離れた位置から、それを粉々に破壊する力が放たれようとしていた。

 

「あ、ああっ……。」

「燃えよ火球、赤き炎熱のもとに、災いを呼ぶ翼を塵芥と化せ。」

 

 魔法使いらしき男から発せられた声は平坦で冷たく、しかしその手から放たれようとしている『呪文』は膨大な熱量を伴っており、、少女の頬から涙とともに汗が伝い墜ちた。それに気づいているのかいないのか、男は一度、彼女を冷たいまなざしで見下ろし、再び広場の中央に向き直り、発動句を唱えた。

 

「メラミ。」

 

 言霊の終わりと同時に放たれた火炎呪文(メラミ)の炎は一直線に、広場に据えられた的めがけて直進していった。そして、激しい音を立てて激突したかと思うと、瞬く間に赤い炎を天に向かって吹き上げた。少女はその有様を、ただ、涙を流しながら見ていることしかできない。

 少女、ティアラの夢を乗せて飛ぶはずだった翼――風の翼は、この日、たった一発の魔法によって、欠片も残らず灰と化した。

 

「ご主人様。」

「ミミ、それからモコモコ、アベル、確かに見たな?」

 

 男、ヒカルに呼びかけられた3人、少女1人と少年2人は、黙ってそれぞれ頷いた。それを確認すると、ヒカルは満足そうに笑みを浮かべ、彼らと村人達に背を向け歩き出した。

 

「ご主人様。」

「ん?」

「えっと、今までお世話になりました。」

 

 去りゆく男を主人と呼ぶ少女は、振り返らず立ち止まったその背中に、深く丁寧に頭を下げた。少女にはわかっていた。この村にとどまる選択をしたということは、主人の庇護を離れることであり、同時にここの村人達からも良い感情は向けられなくなるだろうと。顔を上げた少女、ミミは一度目を閉じ、深く深呼吸をした。覚悟はしているが、それが現実になったときに耐えきれるかどうか、彼女にもわからない。しかし、もう決めたのだ。自分の力で、守りたいと思う者のために、彼女は生きるのだと。

 

「ミミ、心配すんなって、その……オラがついてるからよ。」

「オイラもだ、それに、あの人は間違ったことはしてないと、オイラ思うよ。……どっちかっていうと、おいら達の方が間違ってたんだ。」

 

 筋肉質な少年、モコモコに手を握られ、くせ毛の少年、アベルに肩をたたかれ、彼らの十倍近く生きているはずのエルフの少女は、不思議と心の中に温かい力が湧き上がってくるのを感じた。こういうことに、何年生きてきた、なんてことは関係ないんだろう、そう思った。

 

「ミミ、幸せにな。」

「ありがとう……。」

 

 彼女の言葉が終わらないうち、柔らかな風がその頬をなでた。ほんの一瞬、彼女がその風二気を取られて、そうしてはっと我に返ったときにはもう、主人だった男の姿は、そこには無かった。

 

「ありがとう、大好きだよ、ご主人様……。」

 

 再び紡がれた、小さくつぶやくその言葉は、ざわめきはじめた人々の声にかき消され、誰の耳にも届くことはない。

 

to be continued




※解説
風の翼:原作でティアラが作っていた、グライダーのような? いやそのまんまの道具。彼女は最終的にこれで空を飛び、ガイムから脱出することに成功したが、それはアベルやモコモコを実験台にした幾多の失敗の上に成り立っていた。モコモコなど大けがをさせられたらしいことが1話で触れられている。本作ではこれからどうなるのか……?

アレ? なにやら急展開の予感が……? 一体何があった??
詳しくは今後の展開で……!

ちなみに、もちろんナバラさんは偽名です。言うまでもないですね。

次回もドラクエするぜっ!

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