【一時休載中】ドラゴンクエスト 勇者アベルともうひとつの伝説   作:しましま猫

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アリアハン編もそろそろ終わりに近づいてきました。夢の翼は折られ、ティアラの行く先には暗雲が立ちこめます。原作ではティアラ一筋だったアベルにどのような変化が訪れるか、そういうお話です。
※11月30日 サブタイトルにかぶりがあったので修正しました


第37話 竜の伝説、まだ知らぬ宿命

 薄暗い部屋の中、質素な木のテーブルを挟んで、一組の男女が向かい合って酒を飲んでいた。灯りと言えばテーブルのほぼ中央にあるランプのみで、あとは何もない。こんな質素な照明でも贅沢な方で、ろうそく1本のか細い灯りだけで夜を過ごす家もある。だから、夜は早めに就寝し、朝日と共に起きてきて活動するというのが、どこの町や村でも当たり前だった。

 向かい合う二人は夫婦で、今年13になる娘がいる。ごく普通の家庭で、ごく普通に子育てをしていた、そのつもりだった。

 

「どうしたものか、な。」

「あの伯爵様が言うことはわかります、でも、何もあそこまでしなくても……。」

「では、モコモコの怪我がもし完治していなかったら、我々はどう責任を取れば良いんだ? 伯爵様がいらっしゃったから、たまたま大事には至らなかっただけで、あのままではたとえ自然治癒したとしても、後遺症が残る可能性も低くはなかったと、神父様がおっしゃっていたではないか。」

 

 夫婦はティアラの両親で、夫がイワン、妻がマルチナといった。彼らが難しい顔をしているのは、娘が空を飛ぶ実権と称して、同じ村に住む少年に大けがをさせてしまったからである。彼らはそのことを、ヒカルがモコモコの傷を完治させた後に知った。その時、娘の作業場に乗り込んできたというエルフの少女の悪鬼羅刹のごとき表情は、今思い出しても、大の大人ですら震え上がってしまいそうなくらい、苛烈なものだった。しかし、それほどに事態は深刻であったとも言え、ティアラの親である夫妻の衝撃も又大きなものだったのだ。

 

「いずれにしても、ティアラがやっていることで、人様に迷惑をかけたことは事実だ。塞ぎ込んでいるのは可愛そうだとは思うが、やっていいことと悪いことはきちんと教えていかなければならん。……私達が少し、甘やかしすぎたかもしれないな。」

「はい、あなた……。」

 

 イワンは手元の果実酒を、ぐいっと一気に飲み干し、腕を組んで黙り込んでしまった。マルチナは深いため息を吐き、夫と自分のグラスを持って、台所の方へ引っ込んでいった。その背を見つめながら、イワンは娘の将来を憂い、静かに目を閉じるのだった。

 

***

 

 ヒカルが目覚めたとき、傍らではアンが心配そうに彼の顔をのぞき込んでいた。もっとも、いつものことながら身内以外にはほとんどわからない表情の動きだったが。反対側の窓に目をやると、すでに太陽はかなり高いところまで昇っている。昨晩気を失ってから、どれくらい寝込んでいたのだろうか。

 

「まったく、君が倒れたと言うから、心配になって訓練を切り上げて飛んできてしまったぞ。気絶するまでMP(マジックパワー)を使うなんて、いったい何を考えているんだ。」

「すまん、ミミの能力借りる以外に、手段が思い浮かばなかったんだよ。」

「まあ、人助けと言うことだから今回は仕方がないが、自分の体は大事にしてくれ、寿命が縮む思いだったぞ。」

 

 精神力を使い果たして倒れたくらいで、何を大げさな、とは思ったが、逆の立場ならやはり、自分も彼女を心配するだろうと、ヒカルは言葉を飲み込んだ。他に手段を思いつかなかったとはいえ、無茶なことをしたという自覚はある。エルフの能力は彼らの膨大な魔力によって成立しているものも多い。ミミの能力も、使用するには呪文の何倍ものマジックパワーを必要とするもので、それを一緒に使ったのだから、人間であるヒカルへの負担も相当なものだったと考えられる。改めて、自分たちとモコモコが無事であったことに、ヒカルはほっと胸をなで下ろした。

 

「そういや、なんでモコモコは大けがをしたんだろうな? 狩りに行って崖から足を滑らせた、とかか?」

「……そのことなんだがな、ついさっき神父様から話を聞いてきた。少しばかり問題だぞ、これは。」

「ん?」

 

 アンはややためらうようなそぶりを見せたが、ゆっくりと、パブロ神父から聞いてきたという話を語り出した。

 昨日の昼過ぎ、家の手伝いを追えて、湖へ遊びに行っていたモコモコは、そこで何やら実権をしているティアラと遭遇した。彼女は最近、人間が独力で空を飛ぶのだと称して、巨大な翼のような道具を作っており、アベルとモコモコを何度もそれに乗せて飛ばし、実験台にしていたと言うことだ。しかし、いくらティアラが人並み外れた才能を持っていたとしても、子供がそう簡単に空を飛ぶ道具など作れるものではない。現にこの実権は今まで何度も失敗しており、そのたびに少年2人はケガをしていたらしい。

 

「異常だな。」

「ああ、やはりヒカルもそう思ったか、私もだ。子供達よりも周りの大人が、な。」

 

 アンの聞いたとおりならば、この村の大人達は、子供が危険なことをしてケガをしても、ろくに対策をとっていないということになる。子供だから、多少危ないことをしてケガをして帰ってくることなどは日常茶飯事だろうが、空を飛ぶ実権などというスケールの大きなものになってくれば話は別だ。ティアラの制作している『風の翼』と呼ばれるものは、原作の描写を見る限りではヒカルの世界で言うところのハンググライダーに類似した道具と考えられる。しかし、この世界では化学的な手段で空を飛ぶという考えを持つ者は、おそらく彼女以外いないか、いてもかなり稀な存在だと思われた。この世界の科学水準はヒカルの世界で言うところの中世ヨーロッパか、下手をすればそれよりも遅れているかもしれない。したがって、先人達の研究資料などは入手できないだろうことがほぼ確実で、ティアラは空を飛ぶ理論、それを成し得る技術をほぼゼロから、自力で開発しなければならないのだ。そういうわけで、子供達だけでやらせるには危険が大きすぎる実権なのだ。今回モコモコが重傷を負うまで、軽い怪我程度で済んでいたのは単に、運が良かっただけで、下手すればもっと前に、今回異常の大惨事を引き起こしていた可能性すらある。

 

「危機意識が低すぎる。何とか村人達に注意喚起しないといけないけど、いかんせんこっちはよそ者だからなあ。」

「……難しい問題ではあるが、このまま放置しておく訳にもいかないだろう。」

 

 アンのいうとおり、このままティアラの好きにやらせていたら、一歩間違えば死人が出かねない。ヒカルは『原作』の主要人物たちの運命に介入することを一瞬ためらったが、このまま放置しておいて誰かが死んでしまったら、後悔するどころでは済まないだろう。

 

「だ、旦那様!」

「ヒカルさん大変だ!! ミミがティアラの家で大暴れしてて、手がつけられないんだ!!」

「何?!」

 

 ヒカルが意を決してベッドから立ち上がったちょうどそのとき、部屋の扉を乱暴に開け放ち、モモとアベルが飛び込んできた。2人とも息を切らせ、モモの方は顔面が蒼白になっている。もはや倒れる寸前の彼女を支え、アンが落ち着かせるように優しく話しかけた。

 

「大丈夫かモモ? しっかりしろ、ふらふらじゃないか。いったい何があった?」

「お、オイラが話すよ。昨日モコモコが怪我したのが、ティアラの空飛ぶ実権のせいじゃないかって、オイラモコモコに確認したんだよ。そしたらやっぱりそうだって……。それをミミが部屋の外から聞いてて、それで……。」

「ふむ、なるほどな。アベル、悪いがモモを見ていてくれるか? ミミが本気で怒っているなら……。」

「ああ、普通の人間ではまず、止められないからな。」

 

 モモを軽くひょいと抱き上げ、先ほどまでヒカルが寝ていたベッドに寝かせると、アンはヒカルと共に、開け放たれた扉を閉めもせずに、小走りで部屋を出て行った。

 

「エルフって本当はすごく怖い……? のかな?」

「……そんなことはないですよ……ミミは特に普段はめったなことで怒ったりしませんわ。」

「……そうだよなあ、あ、モモさん大丈夫?」

「……はい、少し落ち着きました。ありがとう。」

「もう少し寝ていると良いよ、えと、オイラ特になんにもできないけど、その、そばにいるから、さ。」

 

 頬をかきながら照れくさそうに笑う少年に、モモも釣られて小さな笑みをこぼした。この少年も純粋で優しい心を持っている。そばにいると落ち着くような、不思議な雰囲気があると、モモはそう感じた。彼こそが竜伝説に選ばれた勇者だとは、彼女は知らない。

 

***

 

 ティアラと両親が住んでいる家は、村の中ではかなり大きい方で、遠くからでもよく見える。数年前に娘専用の作業部屋を増築するなど、両親は村の中でも裕福なようだった。しかし今、その作業場からものが壊されるような音が断続的に聞こえ、それに混じってすすり泣くような声も聞こえる。アンとヒカルは階段を一気に駆け上がり、開いたままの扉から部屋へ飛び込んだ。

 

「うわっ、何だこりゃ?! おい、ミミ、やめろ、何やってんだお前!!」

「落ち着くんだミミ!! くっ、怒りで半分我を忘れているのか……。私達の声が届いていない……?!」

 

 部屋の中は荒れ放題で、紙切れだの木片だの、様々なものが散乱し、また宙に浮いて飛び交っている。ティアラはというと、部屋の隅でうずくまって泣くばかりだ。この惨状を引き起こしている張本人、ミミは長い髪を逆立て、周囲に様々な物体を浮遊させたまま、地獄の鬼もかくやというような表情で、ティアラをにらみ据えている。

 

「あのときと、同じか。」

「あの時?」

「ああ、モーラの都で戦った奴が、オレのことを異分子って罵ったことがあってな、その時以来だ、あんなミミの顔を見るのは。」

 

 しかし、状況はその時よりも悪いと言って間違いないだろう。今のミミは半狂乱状態と言って良く、駆け込んできたヒカルとアンのことも正確には認識できていないようだ。その視線は先ほどからずっと、ティアラ只独りに向けられている。

 

「お前にも私の友だちと同じ思いをさせてやる! 人を怪我させておいて自分だけ逃げ帰るなんて卑怯者め!!」

「う、ううっ……!」

「何とか言ったらどうなの? このクズ女!!」

 

 答えられるはずがないだろう。まだ12、3そこそこの子供が、こんな圧倒的な力を見せられたら、良くてその場から逃げ出すくらいが関の山だ。ティアラからしたら、村の外で凶暴なモンスターに襲われるよりはるかに恐ろしい状況に陥っている。ミミの口調は普段の子供っぽいものではなくなっており、彼女の怒りが相当なものであることがわかる。

 

「やむを得ん、許せミミ!」

 

 アンは床を蹴って軽く跳躍すると、常人の目には止まらないスピードでミミに迫り、その横を駆け抜けた。次の瞬間、小さなエルフの体はぐらりと傾き、まもなくどさりと床に倒れ伏した。それと同時に、今まで宙を舞っていた様々なものが、パラパラと床に降り注ぐ。アンがすれ違いざまに振り下ろした手刀によって、ミミはその意識を刈り取られ、彼女の発動していた念動力(サイコキネシス)もその効力を失ったのだ。

 

「うっわ、危なかった。刃物でも飛ばされていたら大惨事だぞこれ。」

「相変わらず何て強力な力だ。正面切って戦っていたら危うかったな。」

 

 危機一髪といったところか、とりあえず物はいろいろと壊れたようだが、けが人が出なくて良かったと、ヒカルとアンは安堵するのだった。

 

***

 

 翌日、ヒカルはミミを伴い、ティアラの家を訪れていた。どんな理由があるにしろ、他人の家に侵入して暴れ、被害を与えたのだから、謝罪はしなければならないだろう。おそらくリビングであろう部屋の大きなテーブルを挟んで、ティアラ一家とヒカル主従が対面していた。

 

「うちの使用人がお宅の器物を損壊したことについては謝罪します。後で本人に責任を持って復元させますので、どうぞご勘弁ください。」

「そんな、伯爵様が下々の者に頭を下げられるなんて、どうかおやめください。」

「身分は関係ありません。他人の家で暴れるなど、私の監督不行き届きです。申し訳ありませんでした。」

「申し訳ありませんでした。」

 

 ミミは主人と一緒に、とりあえず謝罪をして、頭は下げたが、それが形だけだというのはこの場の誰から見ても明らかだった。その様子に、ティアラの父、イワンは遠慮がちに口を開いた。

 

「いえ、壊れた物は直すなり、また買えばすむことですが……その、私には、そちらのその、メイドさんがなぜ怒っているのか、そちらの理由の方がその、気になりまして……。」

「……は? 娘さんから何も聞いていないのですか? 昨夜そこそこの騒ぎになっていたと思うのですが。」

「騒ぎ、というとまさか、モコモコがケガをしたという……?」

「本当に、何もご存じないので?」

 

 夫妻は困惑した表情で、娘の方へ視線を向ける。当のティアラはというと、うつむいて父親とも母親とも目を合わせようとはしない。それにさらに困惑する両親。ヒカルは小さくため息を吐いて、嫌な予感を抱えながら追加の質問を投げかけた。

 

「では、娘さんが空を飛ぶ道具を作っていたことはご存じですか?」

「え、ええ、何やら図面を引いて、大きな羽のようなものを作っていたようですが……。そういえば、昨日、作業部屋を見たときはところどころ壊れていましたわ。」

「なるほど、その道具の実験をするのに、娘さんがお友達をたびたび付き合わせて、失敗して怪我をさせていたことは?」

 

 ヒカルの言葉に、マルチナはぎょっとした表情を浮かべ、再び娘の方へ視線をやった。イワンの方は驚きのあまりその場で硬直してしまっている。ティアラはうつむいたまま肩をふるわせ、ついにメソメソと泣き出してしまった。

 

「ふざけないでよっ! ティアラあなた、モコモコにあんなことしといて、謝りにもいかないわけ?! 昨日、私や、ううん、モコモコのお母さんや、アベルや、神父様がどんな思いでいたかわかってるの?!」

「落ち着けミミ、怒りを叩きつけてもなんにもならん。」

「ご主人様……。」

 

 ヒカルはやれやれと、大げさにため息を吐き、イワンの方をまっすぐに向いて、ややきつめの口調で再度、問いただした。

 

「再確認しますが、あなたがたは娘さんのやっている実権に関して、その内容をなにも把握されていなかった、そういう事ですか?」

「……は、はい。」

「……前言は撤回します。損壊した器物は可能な限り復元しますが、謝罪はしません。娘さんが何をしてしまったのか、親としてもう一度、ちゃんと考えてください。それから、あの風の翼とやらは危ないので処分させてもらいます。」

「え? そ、そんな……!」

「そこには反応するのか、……悪いがはっきり言ってあきれたよ。ティアラ、君にとってはモコモコのことよりも、あのガラクタの方が大切なわけだね?」

 

 ヒカルはわざとらしく咳払いをして、もう話すことはないとばかりに椅子から立ち上がり、まだ怒りが収まらない様子のミミを半ば引きずるように、あいさつもそこそこにティアラ一家のもとをあとにした。

 

***

 

 アリアハンの村の、竜神湖(りゅうじんこ)とはちょうど反対側、森の入り口にほど近い場所で、1人の少年が黙々と、木の棒を振るっていた。太陽は頭の上を少し過ぎたくらいで、今が一番熱いときだろう。額から流れ落ちる汗を拭うこともせず、少年は一心に素振りを続けていた。

 

「九十八、九十九、百!!!」

「お疲れ様、はいお水。」

「ああ、ありがとう……? う、うわあっ、ビックリした。なんだミミか……驚かさないでくれよ。」

「ふふ、アベルったらこんな暑い日に無理すると倒れちゃうよ?」

 

 差し出された水稲の水を一気に飲み干し、肩にかけた布で汗を拭ってから、アベルは空を見上げた。どうやら、熱中するあまり時間がたつのを忘れていたようだ。

 

「いやあ、この間みたいにモンスター、魔物が襲ってきたりしたら今のオイラじゃひとたまりもないからな。できることはやっておかないと。」

「そう? アベル今でも十分強いと思うけど。モコモコに負けないくらいなんでしょ?」

「う~ん……あいつみたいに、魔物から女の子守れるかっていわれたら、オイラ自信ないよ。正直言ってびっくりしたもんな、凄いよあいつ。」

 

 アベルは村の向こう側に見える竜神湖を見つめ、そして拳をぐっと握りしめた。何かを決意したような、彼のそんな雰囲気に、ミミはいつも皆を守っていた背中と、同じものを感じたような気がした。

 

「大丈夫だよ。」

「え?」

「はじめから、強い人なんていないけど、アベルは強くなれるよ。」

「はは、ありがとう。みんなを守れるくらいにオイラ、きっと強くなるよ。」

 

 アベルが思い浮かべるのは、幼い日の記憶、盗賊達に襲われ、危ういところを助けてくれた戦士のこと。思いがけず再会した彼女は、あの時と変わらない優しい表情を向けてくれた。自分はまだまだ、彼女のように強くなれていないけれども、いつか大切な皆を守れるような、そんな強い男になるのだと、アベルは決意を新たにする。

 竜伝説に記された、伝説の勇者としての自身の運命を、少年は未だ知らされてはいない。

 

「お~い、おめえらこんなとこにいたのか? 暑いからもう少し日陰にいこうぜ~!」

「わかった~~!! ほら、行こうアベル!」

「あ、うん。」

 

 呼ばれた声のする方へ、駆けだしていくミミの後を、アベルは慌てて追いかけた。己に課せられた宿命を彼が知るまで、原作通りならばまだしばしの時間がある。邪悪な影はゆっくりと、しかし確実にこの世界に迫ってきている。1人のエルフが加わったこと、異世界から来た男がもたらしたものが、アベルやモコモコらにどんな影響を与えるのか、それは誰にもわからない。

 

***

 

 ヒカルが仮住まいをしている空き家に、その日は珍しく来訪者が会った。立派な白鬚を蓄えた老人は、居間のテーブルでヒカルと向かい合って座り、進められた茶と茶請けに手もつけず、何かを懇願するような表情を浮かべている。

 

「そのような顔をされても困ります。確かに私は部外者ですがね、さすがに見過ごせませんよ。いったい何を考えているんですかあなた方は。」

「じゃ、じゃがなにもせっかく造った者を壊さなくとも……のう?」

「のう? ではありませんよ。そうやって甘やかしたから、こういう結果になったのでしょう? 彼女がちゃんと反省して、取るべき行動を取っていたら、あるいは、両親がちゃんとそれをさせていたら、私もこのような強硬手段には出ませんでしたよ。』

「じゃが、ティアラは……。」

 

 さらに何か言おうとした老人は、そこで言葉を止めてしまった。ヒカルには彼が何を言いたいのか、なんとなくわかっていたが、素知らぬふりを決め込んで、事実を並べてそれに対する一般論を主張するという態度を貫いた。ティアラがボーン族の流れをくむ者、赤き珠の聖女という特別な存在であることは、おそらく村の中でも一部の者しか知らないのだろう。彼女やアベルが自分たちの使命について知らされるのは、15歳の誕生日を迎えてからになる。原作ではまさにそのタイミングでバラモスが襲ってきたため、ティアラは自分の氏名を知らぬまま拉致されることになってしまったが、アベルがパブロ神父から聞かされたように、本来はこの老人がティアラに役目を伝えるメッセンジャーということになるのか。

 

「何ですか? ティアラに何か特別な配慮をしなければならない理由でもあるのですか? それはモコモコという1人の命よりも重たいものなのですか?」

「い、命? そんな大げさな……。」

「大げさ? あの状況を見ていないからそんなことが言えるんです。あのまま処置ができなかったら、ちゃんと動ける体に戻ったかどうか怪しいですね。私が居合わせて対処ができたのは全くの偶然です。モコモコが後遺症で苦しむことになったら、あなたが責任を取ってくださるんですか?」

「う、ううむ……。」

 

 老人はそれ以上、言葉を発することができない。おそらく、特別な存在であるからとティアラを甘やかし、悪いことをしたら叱るという当然のことを、両親に怠らせた元凶は彼だろう。この老人は村の中でも実力者だというから、ほかの大人達も右へならえで、何か思うところがあっても口にしなかったのだろうか。いずれにしても、ヒカルにはティアラやこの老人の立場に配慮する理由は何一つない。乱暴な言い方をすれば、知ったことではないのだ。彼にとっては友だちに怪我をさせて謝りもしないような子供を放置しておくことは、見過ごせない事態だった、それだけのことだ。

 結局、老人、ヨギは黙って引き下がるしかなかった。ティアラの行動や態度に問題があるのは事実だし、それは何か特別な人間だからといって許されるものかと言えば、少なくともヒカルの中では明確に否であった。この世界で親しくなった、彼に近しい者たち、たとえ身分の高いピエール王やサーラ姫、ドランの貴族達に問うてみても、同じような答えが返ってくるだろう。ヒカルは改めて、ティアラに一度、明確な否定を突きつけることを決意し、同時に自分がこれ以上彼らの運命に介入しないように、アリアハンを去る決心を固めたのだった。

 

***

 

 アリアハンの村の広場に吹き付けた一輪の風が巻き上げた灰は、つい先ほどまで、美しい純白の翼だったもののなれの果てだ。少女の夢の詰まった美しいその翼は、骨格すら残ることなく白い灰と化し、空へと舞い上げられていった。そして後にはもう、形あるものは何一つ、残ってはいない。

 

「わ、私の、風の翼が……。」

 

 呆然と、巻き上げられる灰を見つめ、うわごとのようにつぶやくティアラ。いつもなら彼女がこうして落ち込んでいるときは、同じ日に生まれた幼なじみの少年が慰めてくれたものだが、今、当のその少年、アベルは厳しい表情を向けている。

 

「アベル……。」

「ティアラ、はっきり言っておくよ、オイラもう、おまえの実権には付き合わないからな。風の翼だけじゃなくて、全部だ。」

「えっ……。」

 

 ティアラがアベルの顔をもう一度見ようと顔を向けたとき、すでに幼なじみの少年は彼女に背を向け、広場から遠ざかっていった。

 

「あ、おいアベル、待ってくれよ~!」

 

 彼の後を追い、モコモコと耳も足早にその場を後にした。集まっていた野次馬達も次次と解散し、この場にはティアラと、彼女の両親、ヨギ老人だけが残された。彼らはしばらく黙ってティアラの様子を見守っていたが、父親のイワンが歩み寄ってきて、娘に声をかけた。

 

「ティアラ。」

「お父様……。」

「もっと早く気がつくべきだった。お前のやったことは悪いことだ。それだけは間違いがないことだからよく覚えておきなさい。それと、今後は人様を実験台にするようなことは当面禁止する。」

「……はい。」

「それから、モコモコとお母さんには明日にでも正式に謝りに行く。しかし……。」

 

 娘をじっと見つめる父親の顔は、今まで見たことがないような深刻なものだ。言葉もゆっくりと、一つ一つ慎重に選んで話しているように見受けられる。

 

「許してもらえるとは思わないことだ。」

「えっ……。」

「大けがをさせただけでも大変なことだが、お前はそのあと、動けない彼を見捨てて、その場から逃げた。伯爵様やアベル、ミミがあれだけ怒っているのはそれが理由だ。……お前は取り返しの付かないことをしてしまった。」

 

 いつも優しかった父の厳しい言葉は、少女の心に重くのしかかる。決して彼女を激しく責めるようなものではなかったが、それらは確実に、例えるならまるで一言一言が重たい鈍器で殴られでもしたかのように、ずしりずしりと心の中に響いてくるのだ。

 

「いいかねティアラ、お前がたくさん勉強して、大きな夢を持って頑張っているのは、それはすばらしいことだ。しかし……。」

 

 少女は顔を上げることができない。聡明な彼女には、父親の行っている話の内容はよくわかる。自分が悪いのだと言うことも、理解はできる。しかし、それでもなお、作業部屋をエルフの少女に荒らされ、果ては一番大切にしていた風の翼を魔法使いの男に焼き払われ、そこまでされる理由があるのかと考えてしまう。そのこと自体が、すでに根本的に間違っているのだと言うことを、彼女の心は受け入れようとはしない。

 

「友だちよりも発明品の方が大事だというなら、今後二度と本当の友だちなどできないと知りなさい。」

 

 ようやく顔を上げた彼女の視界は、溢れ出る涙でぼやけて、間近にいるはずの父親の顔すらもまともに映さない。イワンはマルチナ、ヨギと二言三言何かを話していたが、その内容すらもティアラの耳には入ってこない。

 

***

 

 昼食の片付けを追えて、アベルは何をするでもなく、精霊神の像が祀られた礼拝堂の机に突っ伏していた。礼拝堂と行っても、たいした広さもない質素なもので、長いテーブルも椅子も、精霊神の像さえもすべて木製で、パブロ神父のお手製だ。

 

「つっかれたぁ……。ここのところだるくてしかたねえや。」

「それは鍛錬のやりすぎだな。大人ならともかく、子供は無理をしすぎるものじゃないぞ。』

「え?」

 

 不意にかけられた声に驚いて振り返ると、1人の女性が礼拝堂の入り口に立っていた。今日は鎧も着ていないし、剣も携えてはいないようだ。女性はゆっくりとアベルに近づいてくる。あいかわらず、ほとんど動かない表情のため、アベルでは彼女が何を考えているのかよくはわからない。

 

「アンさん、今日はどうしたの? もうここへは来ないと思っていたのに」

「借りていたあの家を最期に掃除しておこうと思ってな。今終わったところだ。」

 

 アンはそう言って、かすかに――本当に、読み取れるかどうかわからない微妙な表情の変化だが――笑って見せた。そして、アベルの隣に腰を下ろして、彼をまじまじと見つめる。

 

「ど、どうかしたの?

「いや、なに、強くなるためにずいぶん体を鍛えているらしいと聞いたのだが、なるほど、ずいぶんとたくましくなったものだ。」

「うん、でも正直言って、まだまだだよ。アンさんみたいにはなかなかなれないね。」

 

 そう言って苦笑するアベルの頭を軽く撫でて、アンは礼拝堂の窓から外を眺めた。その横顔はどことなく悲しげに見えて、アベルは言葉を出せなくなってしまう。

 

「私のように……か。前にもそんなことを何度か言われたな。しかし、私の強さは色々なものを捨ててしまった強さだ。……アベル、強さとは決して戦う力のことじゃない。私など目指すな。君は今の優しい君のままで、君だけの強さを手に入れれば良いんだ。」

「オイラだけの、強さ……?」

「人はみんな違う。どんなに頑張っても届かないことや、どうしても不得手なものはある。それでも1人でさえなければ、周りの誰かが自分の足りないところを補ってくれる。自分も誰かの足りない部分を補える。」

 

 少年を見つめる女性戦士のまなざしはどこまでも優しくて、それは彼が幼い頃に失ってしまった、自分を包み込むようなあたたかなぬくもりを、与えてくれるものだった。少年は思う、やっぱりこの人のようになりたいと。戦う力だけではなくて、誰かの心も守ってあげられるような、そんな強い人間になりたいと、アベルは心から思った。

 

「いろいろな強さがあるんだね、オイラだけの強さってまだわかんないけど、オイラは回りの人たちを守れるような人間になりたいんだ。……でもわかったよ。絶対に戦う強さだけに拘ったりしないよ。自分のことだけで、周りが見えなくなったら、こないだのティアラみたいになっちまうもんな。」

 

 アベルの母親は、すでに他界してこの世にはいない。父親はある日突然、帰ってこなくなった。それでも寂しさに負けることなく、誰かのために強くなろうとする少年の心のあり方に、アンは自分にはない強さを、確かに見たような気がした。

 

「え? アン……さん?」

「すまない、少しだけ、君の勇気を私にも分けてくれないか。……君はもう十分に強いさ。誰かのために生きられる者は強い。だから焦るな。力なんて、努力していれば後からついてくる。」

 

 気がつくと、アンはアベルをその胸に抱きしめていた。彼の純粋な優しさはどこからくるのだろう。傍に両親がいなくても、曲がることも歪むこともなかったその心は確かに『強い』と断言できるものだ。それでも、無理をしたらいつか壊れてしまうのではないかと、アンは心配でたまらなくなる。いつかこの少年が、背負いきれない何かに押しつぶされてしまわないかと、いらぬ心配をしてしまった。だから適当な理由をつけて、こんなことで足しになるかはわからないけれども、せめて精一杯の思いを込めて抱きしめてやるくらいしか、アンにはできなかった。

 彼女が少年、アベルの宿命をヒカルから聞かされるのは、これより少し後のことになる。魔王に立ち向かうことを宿命づけられた2人の勇者の歩む道は、果てしなく長く、そして険しい。

 

to be continued




原作では、ほぼティアラを助ける目的のためだけに、勇者としての道を歩んでいたアベルですが、本作では宿命を知るまでに出会った人々や、さまざまな出来事のために、視野が多少なりとも広くなっています。彼は今後、どのような人生を歩んでいくことになるのでしょうか? それはヒカル君にも、作者ですらまだわかりません。なるべく、原作の誰にでも分け隔てなく優しく接するアベルを文章の中で表現できればと考えています。

ティアラの運命の方はほぼ原作よりもきついものになりそうです。ハードモード、ひょっとしたらベリーハードかアルティメットモードでのスタートになりそうです。ただ、本人の知らぬ事とはいえ、この運命自体未来の自分が呼び込んだようなものですから、自業自得といえなくもありません。
因果応報を適用するとえらいことになってしまいそうですな、これは。

次回もドラクエするぜ!
……Gayoでアベル伝説配信してるらしいですね……。

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