【一時休載中】ドラゴンクエスト 勇者アベルともうひとつの伝説   作:しましま猫

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アベル君の成長フラグが立って、原作も安泰かと思いきや、反対にティアラフラグをバキバキ折ってしまうヒカル君。その影響がそのうち出てくるのでしょうか?
とにかく、ドランへ帰還しようとするヒカル君なのですが、何やらまた面倒なことになってるようです……。


第38話 募る思いが呼ぶ悲劇……進化の秘法の恐怖!

 アリアハンが非常に小さな、力の弱い国だと言うことは以前にも触れたが、それを象徴するように、国の中心とも言える城と城下町も又、とても小さなものだ。それでも、小国が点在している中央大陸の中では大きな方で、ともすれば村と間違われるような城下町も多数存在しているのが、この当たりの情勢だ。したがって、他国との戦争などは、仮に権力者にその気が合っても、それを成せるような余裕のある国はどこにも無かった。

 大国、それこそドランなどと比べたらまるで箱庭のような城の、とりあえず体裁だけを整えた謁見の間で、1人の男が跪いている。その先の数段高いところには、普通の大きな椅子を無理矢理飾り付けただけのような簡素な玉座に、もうすぐ中年にさしかかるくらいの年齢だろうか、王冠を頂いた人物が座している。

 

「そうか、やはり決心は変わらぬか。もう少し、この国に滞在して貰いたかったのだが、やむを得んな。」

「……ご期待に添うことができずに申し訳ございません。」

「いやいや、元々そなたは他国の王に仕える身、それをこちらで無理を言って来て貰ったのだ。国へ戻ったら、ピエール王にもくれぐれもよろしく伝えてくれ。」

「承りました。」

 

 男は立ち上がり、一度深々と礼をすると、王に背を向け退室するために歩き始めた。しかし、ほんの数歩歩を進めたところで、その足は止まることになる。

 

「た、大変でございますっ、城にキメラが乱入してきましたっ!!」

「どけどけどけどけっ、どいてくれ!!!」

「な、何事だ?!」

 

 キメラの乱入と聞いて、一瞬身構えたヒカルだったが、まもなく構えを解き、慌てた様子で猛スピードで飛んでくるキメラに歩み寄り、両手を広げてその進行を制止した。

 

「こらこらメッキー、いきなり城に飛び込んできたら騒ぎになるだろう、とりあえず落ち着け。」

「ヒカル!! やっと見つけたぜ! こ、これが落ち着いていられるかよ!! ドランの城が、トビーが大変なんだ! オイラはサーラに頼まれて、お前をずっと探してたんだぜ!」

「何? いったい何があった?」

「説明してる時間ももったいねえ!! 今すぐドランへ戻るぜ!!」

「……わかった。陛下、御前をお騒がせして申し訳ありません。ご無礼とは存じますが、これより魔法でドランへ帰還させていただきます。」

 

 メッキーのただならぬ慌て様から、よほど深刻な事態が起こったのだと感じたヒカルは、一度玉座に向き直り、謁見の間での非礼を詫びた。王はそれには触れず、傍らに控えていた従者から一冊の本を受け取ると、自らヒカルに歩み寄り手渡した。

 

「これは……?」

「私が知る限りの、竜伝説やその他の伝承に関する様々なことを書き記したものだ。すべて書き上げてから渡そうと思っていたのだが、何やらただならぬことが起こっている様子。もしかしたら何かの役に立つかも知れぬ。持って行くが良い。」

「ありがとうございます。では……。」

「うむ、くれぐれも気をつけるのだぞ?」

「はっ! お心遣い感謝します。」

「よしっ、じゃあ行くぜ! ヒカル、お前はマジックパワー温存しとけ、オイラが送っていってやる、ルーラ!!」

 

 あっけにとられる謁見の間に残された者たち。瞬間移動呪文(ルーラ)など、小国で使い手などおらず、誰もかれも目にするのは初めてだ。キメラの体から発せられた光は1人と1匹を包み込み、城の窓からあっという間に上空へ消えていった。

 

「何か、よからぬことが起こり始めているようだな。エスタークの怨念にまつわるものではない、何か、別の……。」

 

 光の残像が消えた後を、アリアハン王ヨーゼは、厳しい表情で見つめていた。彼には特別な力は何もないが、言葉では表現できない嫌な予感が、その胸にまとわりついて離れなかった。

 

***

 

 その日はドランの国中がお祭り騒ぎになっていた。城の一角にある闘技場(コロシアム)が解放され、国中から腕に覚えのある者たちが集う『第1回王女杯武闘大会』が開催されるためだ。コロシアムの入り口に繋がる大通りには屋台が建ち並び、道行く人たちの足を止めさせている。

 

「どうした? ナバラ婆さん、何か気になるものでも売っていたか?」

「いいや、何でもないさね……あたしゃ人混みはどうも苦手でね。」

「そうかい、じゃあ宿に戻るとするか。今日からしばらくこんな調子で、こっちも仕事にならないからな。」

 

 男の後をひょこひょことついて行きながら、ナバラという偽名を名乗っている占い師――ミネアは妙な胸騒ぎを感じるのだった。

 後にして思えば、それは決して気のせいなどではなかった。かつて、彼女たちの父親が偶然見つけ出したばかりに、数々の悲劇を生んでしまった古代文明の遺物、その禁呪法とも言うべき『秘法』が今、次元の壁を隔てたこの世界にも悪夢をもたらそうとしていた。

 

「ほらほらルナ、急がないと始まっちまうぜ!」

「モンド、そんなに急がなくても大丈夫よ。指定席をサリーさんがとっておいてくれているから。」

 

 人混みをかき分けるように、モンドとルナは闘技場へと急いでいた。今回の大会にはルナの兄トビーも参加しており、その雄姿を間近で見られるようにと、サーラが特等席を用意して待っているそうだ。丁寧に書かれた手紙には『モンドさんやお友達もご一緒に』と、数名分の指定席観覧券が同封されていた。事情を何も知らないモンドは、招待者であるサリーが用事で来られないと聞いて残念がっていたが、訳を知っているルナの方は複雑な心境である。それに正直、戦いを好まない彼女は、武闘大会を見に行くのにあまり乗り気ではなかったが、やはり血を分けた兄が出場するとあっては応援したい気持ちもある。色々悩んだ結果、結局はモンドやトビーの同僚の数名に声をかけ、観戦することにしたのだ。

 

」お、ルナ!! こっちだぞ~!」

「あっ、隊長さん、いつも兄がお世話に……。」

「いいからいいからそんなことは、もうすぐ開会式はじまるよ!!」

「ただいまより、第1回王女杯ドラン武闘大会を開催する!」

 

 ルナがトビーの所属部隊の隊長、ラーザスに呼ばれて席に着いたとき、ちょうど開会の宣言がなされ、選手達がぞろぞろと入場し整列していく。

 

「それでは、開会にあたり、王女殿下よりお言葉を賜る。」

「みなさん、暑い中ようこそお集まりいただきました。本日はドランの国中から集った、腕に覚えのある方々の中から勝ち上がった8名が、決勝の舞台に挑みます。どうぞ彼らの勇姿を目に焼き付け、惜しみない声援を頂きますよう、大会主催者としてお願い致します。……武力は他者を傷つけるものですが、同時に脅威から私達を守ってくれるものでもあります。今日ここに集った勇士達を含め、日々武を極めんと精進するすべての皆さんが、ご自身の大切な人を、ひいてはこのドランの国民すべてを守る力になると、私は固く信じております。本日は日頃の鍛錬の成果をいかんなく発揮し、すばらしい戦いを見せていただけることを期待しています。」

 

 会場から沸き起こる割れんばかりの拍手を聞きながら、ルナは改めて、姫様って凄い人だな、と思った。サーラの言葉の一つ一つには、何故かわからないが人を引きつけ、力を与える不思議な魅力がある。今日の彼女は、いつもよりはかなり質素な動きやすい服装に身を包み、語りかける言葉も式典の時のように仰々しくはない。それでも彼女の言葉に会場全体が急激に盛り上がりを見せている。熱気渦巻く中、ドラン初となる、国を挙げた一大イベントが幕を上げたのだった。

 

***

 

 第一試合が開始されてからどれくらいの時間が経過しただろうか。選手控え室から闘技場へ向かう通路を、1人の少年が歩いていた。革の鎧に身を包み、腰に剣を携えた彼は、百名以上いたと言われる予選を突破し、今日の決勝に出場する猛者の1人である。鋭い瞳はどこを見据えているのか、緊張した面持ちで歩を進める彼は、こちらに歩み寄ってくる人物に気がついて足を止めた。

 

「ずいぶんと緊張しているな。いつも通りやれば良いんだぞ。」

「あ、アン様、自分では落ち着いているつもりだったのですが、そんなに緊張しているように見えますか?」

「ガチガチとまではいわないが、いつものフランクらしさがないな。もっとこう、流れるような動きを普段はしているぞ。」

 

 歩み寄ってきた女性は、彼が憧れる人物の1人だ。人間ではないらしいが、見た目人間と何が違うのかよくわからない。戦士らしいキリリとした表情は、ドレスをまとった貴族令嬢とは別の意味で、確かに美しいと言えるものだった。それより何より、戦士としての確かな実力と、誰にでも分け隔てなく接する公正さこそが、彼女が国中から尊敬のまなざしを向けられている――本人は意識していないが――一番の理由だ。普段あまり接することのないフランクにも、会えばいつも必ず声をかけてくれるし、剣術の手ほどきをしてくれたこともある。彼女のように強くなりたい、と思わない兵士はいないほどだ。

 

「と、もうすぐ試合だな、邪魔をして悪かった。私は観覧席から見ていよう。」

「はい、必ず優勝してみせますよ!!」

「ああ、がんばってこい。」

「はい!!」

 

 闘技場の入り口へ歩いて行く背中を見つめながら、アンは思い過ごしだったかと、自分の心をよぎった不安を意識の隅に追いやった。しかし、実はそれこそが、いわゆる第六感、虫の知らせのようなものであったことを、後で知ることになり、結果として彼女は激しく後悔することになる。

 

「姫様……。」

 

 次の試合の出場者のための、大気用の席に腰を下ろし、ふと前を見ると、ちょうど正面に貴賓席が儲けられていて、サーラ姫がピエール王と、数名の貴族達、国外から招かれた来賓等と何やら談笑しながら、試合を観戦しているのが見える。

 

「続いて第2試合を行います、選手両名は前へ!」

 

 ひときわ大きな歓声の中、闘技場に設けられた石造りのリングで向かい合う2人の強者。そのうちの1名はフランクも見知った人物であり、その人物の姿を目にする度、フランクの心は自分でも嫌になるくらい後ろ向きになってしまうのだ。

 

「ああ、姫様、やはりあいつのことをみていらっしゃる……。」

 

 本当にそうなのか、この距離からではサーラ姫の視線などわかりようもないが、フランクにはどうしてもそう思えてしまうのだ。あの日、新米兵士達への辞令交付の時に、サーラ姫がトビーに向けるまなざしが、自分が彼女に向けるそれと同類のものであることを、知ってしまったから。それから偶然目にした2人のやりとり、応急の者たちの噂話などは、彼にとっては見たくもない光景、聞きたくもない話ばかりだった。

 

***

 

 ドムドーラの町の事件から数日たったある日のこと、フランクは本来非番だったが城内の警備にかり出されていた。魔物たちと戦った兵士が多数負傷したために、騎士団からも急遽人員が回されるなど、臨時で当番が組み直されたのだ。まだ研修期間を終えていないフランクではあったが、騎士団3番隊への配属がほぼ内定していたため、経験を積ませるにはちょうど良いだろうと登城させられたのだった。

 

「あら、フランク、早いのですね。」

「こ、これは姫様、おはようございます。……? どうかなさったのですか?」

「……いいえ、何でもありませんよ。」

 

 普段と変わらず穏やかな表情のサーラだが、今日はいつもと違ってなんだか元気がないような気がする。それはフランクの直感で、サーラを見続けてきた彼だからこそ気づけた、非常に小さな変化だと言えた。しかし、サーラは何でもないと一言返しただけで、後は何も言わず、会議室へ続く廊下の方をじっと見つめていた。彼女が何か、例えば悩みなどを抱えていたとしても、その内容まではフランクの知るところではない。それが、彼にはなんとももどかしい。

 

「! シャグニイル伯爵、会議は終わったのですか?」

「これは姫様、たった今、終わったところでございます。……私に何かご用でしょうか?」

 

 ほどなくして、扉が開け放たれる音がして、会議室の方から人がぞろぞろとこちらへやってくる。誰も彼も疲れ果てた顔をしており、会議の内容があまり良いものではなかったことがうかがえる。夜明け前から国の重鎮たちが招集されて開かれる会議など、内容を知らなくても前向きなものではないのは明確だ。サーラ姫が話しかけた相手は、最近新設された魔法学院を取り仕切る男で、この国で『魔法』というものを広く普及させるための様々な取り組みを行っているらしいと聞いた。フランクが憧れるアンの夫であり、件の魔王事件で王夫妻を救ったことから、今、ピエール王が最も信頼する臣下なのではないかと噂されている。そんな彼がサーラ姫が幼少の折から、妻のアンと共に支えてきたということは広く知れ渡っており、国民からの人気も高かった。しかし、古くからドランに仕えてきた貴族達の中には、彼らを快く思わない者もいたし、フランクの父親もそうだった。ことあるごとに新参者がよそ者がと、陰口をたたいているのを聞いてきたフランクだったが、彼自身はシャグニイル夫妻のことを悪く思ったことなどはなく、むしろ尊敬しているくらいだった。特に同じ戦士として、アンに対しては彼女のように強くなりたいとさえ思っていたほどだ。

 

「あの、これをトビーとルナに渡していただけますか? こっちがトビーへ、こっちはルナにデス。」

「これは?」

「開けてはだめですよ? 中身は秘密です。」

「開けませんよ。またトビーが恐縮してオロオロするでしょうけどね。」

「ふふ。そんなに大それたものではないですよ? ……でも、トビーもルナも大丈夫でしょうか? あんな戦いの後ですから……。」

 

 話を聞かなければよかった、贈り物を見なければよかったと、フランクは後悔した。サーラ姫はよく、手作りのお菓子などを臣下達に渡して、その労をねぎらったりしている。城の兵士からメイド、出入りの商人に至るまで、本人や家族の誕生日やら、記念日やらをよく覚えていて、何かある度に様々なプレゼントを手渡しているらしい。フランクも何度かお菓子や小物などを直接手渡されたことはある。その時は持ち帰った後、枕元に包みを置いて眠ったほどである。どんな形でも、委中の相手から贈られるものは嬉しいものだ。シャグニイル家の家族ともいえる兄妹への気遣いとして贈り物をするのも、他の者に対する気遣いと何ら変わりはない。しかし、彼は見てしまったのだ。2つの贈り物のうち、トビーへと書かれた小さな札が付いている袋の方が、大きく、貴族社会で対等と認めた相手だけに渡される特別な方法でラッピングされていたのだ。当然、この世界の貴族社会の常識に疎いヒカルやアン、元々平民であるトビーやルナがそのことに気づく可能性はまずなかった。しかし、貴族社会では贈り物の包み方一つにしてもさまざまな作法があり、そのことを当然熟知しているフランクにはわかってしまったのだ。――サーラ姫は、トビーという人間を特別な存在だと思っている――ということが。

 

 それからというもの、フランクの心中は穏やかではなかった。思い返してみれば、シャグニイル夫妻が人買いからとある兄妹を助け、その後見人になったという話が貴族達に広まった頃から、サーラの遊び相手としてフランクが登城する機会が著しく減っていった。元々、件の魔王事件から、その兆候は会った。登城してみると、サーラの周りにはいつのまにかモンスター達が1匹また1匹と増えていき、彼女は貴族の子女達と交流するよりも、モンスターたちと過ごす方を選ぶようになっていった。それが、トビーとルナが彼ら夫妻の元で暮らすようになってからさらに顕著になったのだ。そして、その後サーラ姫が城から抜け出す事件が度々起こり、ある日、教会の襲撃事件に巻き込まれてしまったらしい。その話を人から伝え聞いたときには生きた心地がしなかったが、その時に姫を命がけで守った少年がいたという噂が、貴族達の間で流れていた。情報統制がされていたらしく、フランクの父マハール子爵の情報網を駆使しても、真相の程はわからなかったが、そのときの少年がトビーであることは容易に想像が付いた。他にも、サーラ姫らしき人物が同年代の少年と祭りの屋台を歩いていたらしいとか、子供たちを連れて市場を歩いていたなどといった話は数限りなかった。どれも噂の域を出ず、真相は定かではなかったが、ほとんどの噂話に、サーラ姫によく似た人物と同年代の少年の2人が登場していて、それがお忍びで城を抜け出していたサーラ姫本人と、トビーであろうことは、これも容易に想像が付くことだった。

 

「……私は、なぜ近衛に選ばれなかったのだろうか……?」

 

 彼の心の動揺をいっそう強くした出来事が最近あった。近衛2番隊に、トビーが抜擢されたという話だ。今すぐにというのではなく、他の者よりは長めの見習い期間を経てのことだそうで、まだ公にはされていないが、姫のたっての希望で、本人の署名が成された書類まで提出され、正式に手続きされた記録が残っているので、間違いのない事実だろう。王族には、自らを護衛する近衛の隊員を直接任命する権限があり――もっとも権限が行使されたことは、特に最近はほとんどないそうだが――今回のトビーの任命もその権限を行使して行われたものだ。傍に仕えるメイドの人選にさえ、今までまったく口を挟むことのなかった彼女のそんな行動は、フランクの推測を確信に変えるには十分すぎるものだった。

 

「では、私はこれで、まあトビーなら大丈夫ですよ。心配のしすぎは姫殿下の御身にもよろしくありません。いつものように悠然と構えておいでなさい。」

「うふふ、そうですね。トビーとルナには、落ち着いたらまた遊びに来てくださいと、伝えてください。」

「はっ、かしこまりました。」

 

 いろいろと考え事をしているうちに、2人の話は終わったようだ。フランクは自分の動向を悟られないように、静かにその場を後にした。やかましくなる自分の心臓の音が、他者に聞こえてしまうのではないかと錯覚するほど、彼の心は乱れていた。

 

***

 

 薄暗い、石造りの壁に囲まれた部屋の中央で、痩せた顔色の悪い男が、淡く光を放つ水晶玉を、食い入るように見つめていた。半病人のような顔貌とは対称的に、豪華な装飾に彩られた派手な服を身にまとっており、この男が裕福な人間であることがわかる。

 

「いいぞ、フランク、その調子だ。お前が勝ち進み、優勝すれば、きっと王女殿下もまた、お前を傍に置こうとお考えになるはずだ。お前が姫の騎士になれば……ぐふふふ、フハハハハ!!」

 

 男の名はピシャド=ドーバル=ゾラ=マハール子爵。フランクの実の父親である。マハール家は代々、ドラン王家に仕えてきた古参の名門であり、先々代の王の治世まで財務、軍事、外交などの要職を任されてきた。しかし、今はというと、この男を見れば一目瞭然であろう。

 

「そうだ、そこだ!! ええい何をやっているか!! そんな奴などさっさと片付けてしまえっ!!」

 

 今はたいした役職もなく、下級官吏に甘んじているこの男だが、かつての栄光を捨てきれず、いつか国の中枢に返り咲いてやると、たいした能もないのに野心だけは人一倍強く、それをかなえるために様々な手段――表沙汰に出来ないようなことも含めて――を講じてきた。

 しかし、以前に触れたように、この国の、特に王の側近たちや高い爵位を持つ貴族たち、国の中枢をになっているような者たちは、王に忠誠を誓い、国や民のことを第一に考える非常に優秀な者ばかりだ。そんなところへ、野心が強いだけの凡庸な男が入り込もうとしても、それは無理というものだ。しかし、こういう無能に限って、自分は優秀だ、認めない周りが悪い、という明後日の方向に思考がゆくものだ。この男、マハール子爵もおよそその例に漏れない。

 

「むっ、あの小僧は、くそっ、奴さえいなければ、今頃我が息子が姫のおそばに……!! ええい忌々しい、平民風情が!」

 

 貴族特権とは本来、優れたものが社会をよりよい方向に進めるため、多大な責任を伴って与えられているものだ。しかしながら、それも世襲となると、次第に自分は特別だといういわゆる『特権意識』だけが先行してしまい、権力を行使する際に伴う重大な責任を果たさない者が現れてくる。最初は特に優秀な者ばかりだった貴族集団も、何代も続けば馬鹿も阿呆も産まれてくるわけで、そのあたりを見誤ったのが、国王と貴族を中心とした王政の限界といえるだろう。そのような中では、ドランはまだ相当にまともな国だといえる。

 

「ふはははは!! また勝ったぞ!! でかしたフランクよ! あと1勝で結晶だぞ! もう少し、もう少しだ! ハハハハハ!!!」

 

 まるで、賭け事に勝ったときのような高笑いを浮かべる子爵は気づいてはいない。傍らの水晶が、淡い光と友にどす黒い邪悪な気配を発していることを。息子に与えた高価な金の腕輪が、古代錬金術によって作り出された忌まわしき代物だと言うことを。そしてそのすべてが、彼の知らない邪悪な存在によって、意図的にもたらされたものだと言うことを

――ククククッ、セイゼイ浮カレテイルガイイ、愚カデ弱イ人間ヨ、ソノ魂ヲ、偉大ナル我ラガ主ノタメニ捧ルノダ――

 

 部屋の片隅にある、宝石箱を模した箱は不気味に笑う。この部屋で、主に負の感情を捧げる触媒となる人間の男を監視するのが、この魔物、パンドラボックスに課せられた役目だ。そうして誰も知らないところで、おぞましい計画は進んでゆく。子爵の手元に置かれている、かの魔物の分身たる死を招く小箱が、水晶と同じく邪悪な力を放っていることに、また、その意味に、愚かな父親マハール子爵は、気づくことが出来ない。

 

***

 

 メッキーのルーラで着地した場所は、貴賓席にほど近い、通路に当たる場所だった。会場には未だに多くの観客が避難もできずにとどまっており、サーラやピエール、貴族達や諸外国の来賓までもが、貴賓席から動けずにいた。

 

「陛下、姫様!」

「ヒカル! シャグニイル伯爵、戻ってきてくれたのですね!!」

「おお、シャグニイルよ、よくぞ戻った。メッキーもご苦労であった。」

「いいってことよ、友だちのサーラの頼みだからな。……っと、それより、どうなったんだあの化け物は?!」

「トビーとアンが応戦していますが、硬着状態です。観客達が下手に動くと、どのような攻撃をされるかわからないので、皆、ここから逃げられずにいるのです。」

 

 ヒカルが闘技場の中央に視線をやると、確かに、そこでは戦闘が繰り広げられているようだ。会場自体がかなりの広さのため、一見しただけでは何が起こっているのか正確にはわからない。状況を確認しようと視線を一点に固定し、ヒカルはその場に固まってしまった。

 

「なっ?! バルザック……?! しかも第二形態だと?!」

「あ、あの魔物を知っているのですかシャグニイル伯爵?! 我々はあんな怪物は見たこともありません!」

 

 アルマン男爵が言うのももっともだ。本来、モンスターとしてのバルザックはドラクエⅣのボスキャラであり、モンスター名=固有名である。バルザックという人間が魔物化した姿であるため、元々の人間が存在しないこの世界では、いるはずがない、はずである。しかし、遠くからでも見える魔物は確かに、棍棒を振り回す巨大な悪魔のような姿をしており、ゲームに登場したバルザック第二形態と配色までほぼ同じだ。

 

「と、とにかく加勢してきます、何とかあいつを引きつけるので、できるだけ速やかに観客の避難を!」

「ま、待ってヒカル、あの、あの怪物はフランクなのです!!」

「な、何だと?!」

「さきほどまでトビーとフランクが決勝戦を行っていたのじゃが、トビーの勝利で決着した後、フランクの腕が黄金に光り輝いたかと思うと……。」

「つ、次の瞬間にはあのような魔物に……!」

 

 サーラの言葉に驚くヒカル。グリスラハール男爵とグエルモンテ侯爵が続けた言葉は、にわかには信じがたい内容だった。闘技場で暴れているかの魔物が、あのフランクだなどとは、直接見ていたものでさえ未だに信じられない。魔物の姿しか見ていないヒカルには、それが先ほどまで人間の少年だったと言われても、すぐには思考が追いつかない。しかし、そんな彼らをよそに、魔物、バルザックと酷似した姿に変わり果てたフランクは暴走を続けていた。

 

「くそっ、何てバカ力だ!」

「す、スピードもオレよりずっと速い、さっきとは比べものにならない……!」

 

 おぞましい怪物の姿となったフランクは、アンの腕力を上回り、トビーのスピードを凌駕していた。戦士職に限れば、相手にできるのはこの2人くらいなもので、他の者たちは加勢したくとも、足手まといになることがわかってしまう。大会の出場者、兵士達のような力あるものならば、眼前の化け物がどれほどの強さであるのか、それと互角に渡り合っているこの師弟の実力がいかばかりなのか、嫌でも理解できてしまう。

 アンは迷っていた。確かに目の前にいるのは先ほど言葉を交わした少年だ。強くなるために努力を怠らず、職務を忠実にこなし、周囲の大人達からも将来を期待されていたし、彼女自身も期待していた。そんな努力家の少年だった。それが何をどう間違えば、あのような姿になり果ててしまうのか、あれをこのまま倒してしまって良いのか、かといって救う方法があるのか、アンにはわからないことだった。

 

「グオオアアアッ!!」

「な、何っ?!」

 

 会場全体を揺るがすようなすさまじい雄叫びを上げ、フランクの棍棒がトビーに迫り来る。その速度は先ほどの倍くらいはある。アンは後悔した。迷っている場合ではなかった。この怪物を放置しておいたら、どれだけの被害が出るのかわからない。それ以前に、自分とトビーで倒せるかどうかもわからないのだ。そのようなギリギリの状況で、一瞬たりとも迷うべきではなかった。

 

「トビー!」

 

 アンの悲痛な叫びが会場にこだまする。このタイミングでは、彼女のスピードを持ってしても助けに入るのは不可能だ。予想外の速さに不意を突かれた形になり、トビーは防御の構えが間に合っていない。このままでは致命的な一撃を食らってしまうだろう。アンだけではない、会場の誰もが、加勢しようと飛び出し駆けていたヒカルも、この後に起こる惨劇を覚悟した。

 

to be continued




※解説
進化の秘法:本作では、『進化の秘法』という術があり、それを発動する術者が必要という設定にしています。術をかけられたフランクは黄金の腕輪を持っていて、彼のマイナスの感情が一定ラインを超えたことで発動しました。術者はパンドラボックスですが、マハール子爵の野心につけ込んでその精神を半ば支配する形で発動させています。したがって、表向きの進化の秘法の術者はマハール子爵になります。
マハール子爵家:フランクの実家、本作のオリジナル設定です。トビーの運命が変化したために、フランクがサーラの婚約者になる道が閉ざされかかっています。理不尽に不幸を背負わされるモブが増えただけともいいます(をい)。あまり不幸な人は作らないつもりだったんですが、どうしてこうなった? ごめんよフランク君……。

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