【一時休載中】ドラゴンクエスト 勇者アベルともうひとつの伝説   作:しましま猫

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ドラン王女杯武闘大会が開催される中、サーラちゃんに好意を寄せる少年、フランク君の大好きパワーが暴走して大変なことに。バルザック第二形態よろしく化け物になってしまった彼を停めることは出来るのでしょうか?また、彼の父親を操っている不穏な怪物の背後には、またしてもあいつの影が……!


第39話 破滅への誘い、死のオルゴールの旋律

 リング状で繰り広げられる戦いに、誰もが息を呑んだ。決勝戦まで勝ち上がった2名はどちらも剣士で、難関であるドラン王宮の兵士入団試験に、十五に満たない年齢で合格したという。その事実だけでも信じられないようなことだが、今、観客たちの眼前で繰り広げられている戦いは、もっと信じられないような光景だった。

 

「はあっ!」

「ふんっ!」

 

 気合いの乗ったかけ声と友に繰り出された一太刀を、いったいどれだけの数の人間が性格に目視できたのだろう。目にも止まらぬ速さ、などとよく言うが、まさに、彼らの攻撃はすでに並の兵士を軽く超えており、その動きを目で追える者は、この場に数えるほどしかいなかった。

 

「副長、どう見る?」

「いやあ、どちらも速いですね、私も目で追うのがやっとですよ。」

 

 アンに問われた男は、あまりにも速い2人の動きを見逃さないように注力しながら、落ち着いたゆっくりした口調で自分の分析を述べた。

 

「単純な身体能力では、わずかにフランクの方が上ですね。」

「ふむ、私も驚いたよ。手前味噌だが、トビーの実力はそこいらの腕利きなどでは相手にならんレベルに達している。まともに相手に出来る者は騎士団の中にもそう多くはいないはずだ。それをわずかでも上回っているとはな。」

「……正確に言えば、ほんとうにまともに相手できるの、隊長くらいしかいないですよ?あれが子供かと思うと末恐ろしい。それをわずかでも上回っているとか、いったいどんな才能に恵まれるとああなれるんですかねえ?」

 

 副長はやれやれと肩をすくめた。軽口をたたきながらも、戦いの動向はしっかりと目で追い続けている当たり、この男もただ者ではないと思わされる。彼はさらに続ける。

 

「でもまあ、あれじゃトビーには勝てませんね。」

「副長もそう思うか。私も同意見だな。あれではいかに優れた能力に努力を重ねても、トビーに勝つことはできん。」

 

 リング状ではなおも、勢いが衰えることもなく、均衡した戦いが繰り広げられているように見受けられる。会場はこれだけの人がいるにもかかわらず静まりかえっており、聞こえてくるのは試合用の刀剣がぶつかり合う音と、風切り音のみだ。

 

「くっ。」

 

 剣を合わせながら、初めて相まみえる本当の強者に、フランクは驚きを隠せなかった。強さが別格であるアンを除けば、今まで訓練で彼と対等に渡り合えた者などほとんどいない。正面切っての戦いに限れば、彼の勝率は100%、負けなしである。ドランの兵士、騎士たちはこの世界基準で見ればかなりの強者揃いであり、訓練とはいえその中で負けなしというのは、彼の実力が本物である何よりの証拠だ。そんなフランクをしても、目の前の対戦相手、トビーは別格の強者だった。

 それはある意味、当然のことかも知れなかった。トビーとフランクの最も大きな差、それは実戦経験の有無だ。本当の敵、特にモンスターなどは型にはまった、それこそ戦術の教科書のような動きをするはずもなく、それに対応しているうちにトビーには、相手の動きを見切る力が身についていた。逆に、いかに厳しいとはいえ、所詮は人間同士の戦いである模擬戦の範疇を出ない経験しか積んでいないフランクには、相手の動きに合わせて臨機応変に変化するトビーの動きを捕らえることは難しかったのだ。

 

「はあっ!!」

 

 かけ声に気合いを込めて渾身の人たちを振り下ろすフランク、それは性格に受け止められてしまう。相手の動きを見ていても、わずかに自分の力量の方が勝っているように感じる。しかし、どうやっても攻撃はすべて止められてしまい、フランクは決定打を出すことが出来ないでいた。まるで、次の自分の動きがすべて、相手にはわかっているかのようだ。実際、一撃一撃は目にも止まらぬ速さを誇っていても、フランクの動きは単調であり、良くも悪くも『教科書的』な動きだといえた。

 いかに身体能力が高かろうとも、パターン化された攻撃は見切られやすい。すでに、トビーはフランクの動きのほぼすべてを、完全に読み切っていた。

 

「ふんっ!!」

「くっ、しまっ……!」

 

 焦りからか、今まで休みなく続いていた攻撃の手が一瞬緩んだ。その隙を突き、トビーの横薙ぎの一撃がフランクの腹にわずかにヒットした。そのことで、フランクの攻撃のリズムが乱れ、わずかにバランスを崩してしまう。こういった状態から、つまり自分に不利な体勢からどのように立ち直るか、あるいはそこからでも有効な手を打てるか、そのあたりが、先に述べた実戦経験の差、ということになるだろう。

 

「そこだっ!!」

「な、にっ?!」

 

 次の瞬間、無数の斬撃が光の軌道を描きながらフランクに襲い来る。受け止めて打ち返そうにも、不規則な、それでいて華麗に舞い踊るかのような光が、四方八方から向かってくるため、瞬時に判断して次の手を打つのはかなり困難だ。

 

「む、あれは……いつもの『五月雨斬り』ではないな。」

「何だアレは、私にはさっぱり見えませんよ?!」

 

 このときはじめて、今まで盛んに攻撃を仕掛けていたフランクが、防戦一方になった。観戦していた者たちが、そう認識した次の瞬間には、ドサリという音とともに、勝者と敗者がはっきりと分かたれていた。

 

「やった! すごいわトビー!!」

「うむ、見事な攻撃ですじゃ。……まさかこの儂の目にもすべて捕らえきれんとは……まいったのう。」

 

 満面の笑みで手を叩くサーラ姫の隣で、満足そうに頷く老人。かつては名高い武闘家として知られたかの老人、グリスラハール男爵の目を持ってしても、トビーの最後の攻撃のすべてを見切ることは出来なかったようだ。この老人が何者であるかはとりあえず置いておくとして、とにかく、常人の目には映らないほどの剣劇が、しかも複数身体に打ち込まれたことで、さしものフランクも防ぎきることが出来なかった。

 

「じい、あれはいったいどんな剣技なのですか?」

「……あれによく似た技を、昔戦ったモンスターから喰らったことがあります。あれはおそらく『剣の舞』でしょう。……人間には使えぬ技のはずなのじゃが、な……。」

 

 サーラがトビーの勝利に喜び、花の咲くような満面の笑みを浮かべている。ここが公式の場所でなければ、彼女が王女でなければ、真っ先に彼の元へ走り寄り祝福していたのだろうか。倒れ服す彼の脳裏に、そんな考えがよぎったとき、フランクの中の、何かが、切れた。

 

「ウオァアアアアアッ!!!」

 

 とても、少年のものとは思えぬ、会場全体を揺るがすような雄叫びが響き渡り、掲げられたその腕が黄金に光り輝いた。その光はやがてフランクの身体すべてを包み込み、そして、はじけた。果たして、そこには――。

 とても元が人間だったとは思えない、醜い異形の化け物が、赤く明滅する眼光を放ち、トビーを見据えていた。

 

***

 

 トビーを完全に捕らえた棍棒は、彼の体を地面に打ち付け、激しい衝撃を与えた。フランクの身体変化と友に現れた巨大なその武器は、いったいどこにあったものなのか全くわからないが、何か特別な材質で出来ているようには見えず、ひたすら巨大な木の棒だ。しかし、単純なその重量と、巨大な魔物の腕力から生み出される一撃は、当たれば確実に少年1人の息の根を止められるだけの威力を持っていた。いや、たとえ重装備に身を包んだ大人の騎士が相手だったとしても、結果はさほど変わりはないだろう。

 

「トビー!!!」

「うぐっ、がはっ、……ひ、め、様?」

 

 生きている、確かに彼は生きていた。即死級の攻撃をもろに受けたはずだが、まるでサーラ姫の声に応えるかのように、よろよろと立ち上がり剣を構えている。その様子に多少なりとも驚いたのか、バルザック形態のフランクは追撃しようとしていたその手を下ろし、じっと様子をうかがう態勢を取っている。棍棒の一撃が炸裂した瞬間、トビーの身体を覆った赤い魔法の光が、ヒカルやアンだけでなく、この魔物にも見えたのだろうか。それは防御力を大幅に上昇させることが出来る守備力上昇呪文(スカラ)の光、ヒカルもアンも習得してはいないし、彼らが知っている限りドランの国で習得できた者はいない。それに、本職の戦士でさえ見切ることの難しいあの動きを防ぐタイミングで、スカラを行使するなどよほどの強者でなければ不可能だ。

 

「いまの呪文は……? サーラ? いや、サーラの戦闘力じゃ無理だ。しかし、それじゃあどういうことだ?」」

「ああ、トビー、よかった……。」

「姫様、お気を確かに! シャグニイル伯爵!! 何をやっているのです!! 早くあれをなんとかしてください!!!」

 

 アルマン男爵が慌ててサーラ姫を支え、彼女はなんとか貴賓席に激突する三時を免れたが、受け止めたのがこの男というのはなんとも、ヒカルには面倒な話だ。アルマン男爵はことあるごとに、ヒカルの行動に難癖を付け、酷いときにはそれはもう、罵倒する行動から言動に至るまですべてが、まるで子供のようである。

 

「チッ、このような状況に至っても個人攻撃ですか? おめでたい頭で。何ならご自分であの魔物をどうにかなさってはいかがです? 人に偉そうに上から目線で言うからには、あなたには造作も無いことなのでしょう?」

「よさんかヒカル、それにあちらに加勢するより、やらなければならんことがあるじゃろ? あの、奇妙な腕輪の魔力を断ち切らんことには、分が悪すぎるわい。」

「じいさ……グリスラハール男爵、それはそうなのですが、あの秘術を操っている奴がどこにいるのか、見当が付かないのですよ。」

 

 さすがにこの状況に至ってまで個人攻撃に終始するアルマン男爵に業を煮やし、売り言葉に買い言葉で応戦するヒカルだったが、無論今はそのようなことをしている場合ではない。例によってグリスラハール男爵にたしなめられたが、進化の秘法の元を絶つと言っても、この広い闘技場内で、魔法とは異なる術の使用者を探すのは困難を極める。

 

「進化の秘法か……やれやれ、厄介なものを……。あのような誰からも忘れ去られたような秘術を、いったいどこの何者が持ち出したか……。フランクが術者とはとても思えん。必ずどこかで、術を発動している何者かがいるはずなのじゃが……。」」

「先ほどから邪悪な気配がこの闘技場全体を覆い隠すように放たれています。この会場内に術者がいる確たる証拠ともいえますが……。」

「人を隠すには人の中、か。術者は人間の可能性もあるかのう。」

 

 さらに厄介なことに、この会場内には宝石モンスターの気配がない。何かの手段で感知を妨害しているのか、あるいは、魔王事件の時のサリエル公爵がそうだったように、魔王に魂を売ったか、操られている人間が一枚噛んでいる可能性もある。後者だった場合――状況からしてこちらの方が可能性が高いが――さらに厄介な話になる。

 

「いや、迷っている場合じゃないな。トベルーラ!」

 

 ヒカルは飛翔呪文(トベルーラ)を用いて貴賓席から飛び立ち、今まさに魔物とにらみ合いを続けているアンとトビーの元へ降り立った。

 

「ヒカル?! もどったのか?!」

「ああ、……長々説明してる暇はないから手短に言うぞ。あれは人間すら化け物に変えることが出来る錬金術の一種、進化の秘法だ。この会場の何処かから術を発動している奴がいる。オレはそいつを探し出して術を止めさせてみる。悪いがここは頼んだぞ!!」

「は、伯爵様、フランクは……!」

「……助かるかはわからん、しかし単純に倒すよりは可能性はあるかもしれん。……オレが間に合えばの話だけどな。」

 

 確かに、もし術者を倒すことで変化が解ける類いのものならば、助けられる可能性もある。しかし、現状それが可能かどうかは賭けだ。

 

「グオアァアァ!!」

「悪いが後を頼むぜ! そらよ、置きみやげだ!! メラミ!!」

 

 新たな標的を魔法使いの男に定め、魔物と化したフランクは棍棒を振りかぶった。しかし、すでに発動準備が成されていた呪文が先に炸裂し、魔物は攻撃の手を止めざるをえない。

 

「よしっ、行くぞトビー、ベホイミ!」

「はいっ!!」

 

 炎が消え煙が晴れると、そこにはすでにヒカルの姿はなく、師弟は再び、たった2人で未知の怪物と対峙することとなった。観客たちの見守る中、予期せぬ形で、結晶の『延長戦』が繰り広げられる。

 

***

 

 ヒカルは広い闘技場内の薄暗い通路を、小走りで駆け抜けながら、術を発動している『何者か』の気配を探っていた。しかし、広いこの闘技場をくまなく探すのは骨が折れる。邪悪な気配は蔓延しているが、発生源を突き止めるにはもう少し細かな捜索が必要だ。

 

「校長先生!!」

「!! シェリーにミーシャ、アルフレッド!」

 

 先を急ぐヒカルを呼び止めたのは、ドラン魔法学院に通う生徒たちだ。少年1人と少女2人、一緒に行動することの多いこの3人は、学院の中でも特に魔法の才能に恵まれた子供たちだ。まだ十代の前半という幼いともいえる年齢の彼らだが、いずれも魔法の腕前に関しては、そこら辺の王宮お抱えの魔法使いにも引けを取らない実力を持っている。

 

「お前たち、試合を見てたのか?」

「見てた、あれ、普通じゃ、ない。」

 

 やや口ごもった、特徴のあるしゃべり方をする少女、ミーシャは深刻な顔で、手にしている『魔道士の杖』を握りしめた。彼女は多種多様な魔法を使いこなすことが出来、勉強は得意ではないが、こと魔法の実技に関しては生徒たちの中ではトップクラスだ。加えて、勘が鋭く、邪悪な気配などには特に敏感だ。その点に限れば、ヒカルよりはるかに優れている。特殊な儀式と邪悪な気配の流れを敏感に察知しているのだろう。

 

「アルフレッドが、図書館の本で、あんな怪物を作り出す術について読んだことがあると言っていました。ええと、進化の……。」

「進化の秘法ですよシェリー、フランク様が身につけていた金の腕輪、あれが光ったと思ったら、あんな怪物になってしまったんです。まさかとは思うんですが、あまりにも本で読んだ通りだったので驚きました。』

 

 ヒカルはまず、アルフレッド少年の勤勉さに驚いたが、進化の秘法について書かれた書物があったこと自体にも相当に驚いた。様々な書物に目を通してきたつもりだったが、学院の図書館にそんな本があったことを、彼は知らなかった。そういえば、グリスラハール男爵も進化の秘法について知っているようだった。それはさておき、今は驚いている場合ではない。かなりの危険が伴うが、ヒカルは子供たちに手を貸して貰うことにした。

 

「ミーシャ、悪いが邪悪な気配の発生源が判るならオレ……私を案内してくれないか? お前たちにこんなことをさせるのは気が引けるが……。」

「皆まで言わないでください。私達は、校長先生のお力になるためにここへ来たのですから。」

 

 シェリーの言葉に、ヒカルは軽く頷くと、子供たちの頭を1人ずつ、優しく撫で、それから決意を込めたまなざしで、長く続く闘技場の廊下、その先を見据えた。

 頭上から聞こえてくる戦闘音とは裏腹に、薄暗い廊下に生き物の気配はない。しかし、おそらくこの通路を進んだ先に災いの元凶があるだろうことを、ヒカルは半ば確信していた。

 

***

 

 石造りの壁に囲まれた、薄暗く湿った部屋で、水晶玉を食い入るように見つめながら、男は全身を震わせていた。恐怖故にではない。歓喜による物だ。水晶玉に映し出された映像の中では、自分の息子が圧倒的な力を振るい、ドランの国で最も強いと評される戦士を追い詰めている。

 

「ふはははははは! そうだ、いいぞ、もう少しだ!!」

 

 男の目は血走り、耳障りな甲高い声を張り上げ狂ったように笑い叫んでいる。その有様――化け物となった己の息子が暴れるのを喜ぶ――は、彼が正気ではないという証拠だ。

 

『ククッ、本当ニ愚カダナ、人間トイウ生キ物ハ。』

 

 魔物、パンドラボックスの嘲笑の声は、この部屋にはっきりと響いているが、男、マハール子爵はそれを意にも介さない。己の野心につけ込まれ、心を邪悪に支配された彼は、すでにもう、かなり前から正気ではなかったのだ。

 

『デハソロソロ仕上トイコウカ、目障ナスライムナイトヨ、進化ノ秘法ノ力ノ前ニ敗レ去ルガ良イ!!』

「冗談じゃねえわ

『何?!』

 

 気がつくと、固く閉ざし、隠蔽までしたはずの扉はあっさりと開かれ、1人の男と3人の子供たちが入り口に立っていた。そのうちの1名、小柄な少女が明らかに、おびえを含んだ声音で継げる。

 

「あ、れ、あの棚の上の箱、あれが、本体。子爵、操られてる!!」

『バカナ、我ノ擬態ヲ看破シタダト?!』

 

 小柄なその少女は、とても戦い慣れしているようには見えない。現に今も振るえているのは恐怖のためだろう。それでも、部屋全体に声を響かせ、魔力や気配をまんべんなく行き渡らせて出所を隠したにもかかわらず、迷うことなく自分が擬態している箱を突き止めた。パンドラボックスは即座に、一番の危険分子と判断した人間を排除にかかる。

 

『死ネ、ザキ。』

「マホカンタ!!」

 

 パンドラボックスの放った即死呪文(ザキ)は、しかしタイミングが判っていたかのように唱えられたシェリーの反射呪文(マホカンタ)によって術者へ返される。しかし、当然パンドラボックス自身には即死の効果はない。だが、この事態は魔物にとっても驚くべきことだった。

 

『人間フゼイガ、マホカンタヲ使エルトハ……!』

「邪魔はさせんぞぉ!! シャグニイルうぅっ!!」

「お前は寝ていろ! ラリホー!!」

 

 マハール子爵が短剣を振りかざし、ヒカルに向かって突っ込んでくるが、正気を失っている故か、そのナイフ裁きはでたらめといってよく、ヒカルの身体能力でも何とかかわすことが出来た。とりあえず無力化するために放たれた睡眠呪文(ラリホー)の魔力により、なんの耐性も持たない子爵はあえなく床に這いつくばることとなる。

 

『チッ、役立たズメ、……見ツカッテシマッタカラニハ仕方ガナイ。貴様らヲ殺シテココヲ立チ去ルトシヨウ。……ザラキ』

「!! しまった!」

 

 パンドラボックスの唱えた集団即死呪文(ザラキ)により、死の言葉をささやく怨霊たちが部屋に充満し、ヒカルたちのいる入り口まであっという間に迫ってきた。今からでは対策を講じるのは困難だ。マホカンタで守られているミーシャ以外の者に『死の言葉』が降り注ぐ。

 

「ぐっ、うがっ!!」

「くっ、ああっ、やめてえぇっ!!」

「う、わあああっ、怖いよう、お、お母様っ!!」

 

 高い魔力を有する故か、ある程度の耐性があるらしく、ザラキはすぐに結果をもたらさなかったが、耐えがたい恐怖による苦痛が、ミーシャを除く3人に襲いかかる。特に、子供たちは今までに発したことがないような声量で絶叫しており、このままでは恐怖に耐えかねて絶命するのも時間の問題だ。

 

『ハハハハハ、心地ヨイ絶叫ダ、特ニ人間ノ恐怖ハ良イ音ダ。実ニ素晴ラシイ。』

「く、そっ、ぬかった、まさかトラップモンスターだったなんて……!! せめて子供たちだけでもっ……、や、闇の……雷、よ、つらぬ……ぐっ!!!」

「校長先生、 シェリー、アル!!! 何とか、しなきゃ……。できるの? 私に……?」

 

 ヒカルは何とか攻撃呪文を繰り出し反撃しようとするが、恐怖に駆られた状態で精神統一などできるものではない。そもそも、発動されてしまったザラキがそんなもので解除できるかは怪しいところだ。しかし、よく回る彼の頭も、現在の精神状況では当然、まともには働かない。

 ミーシャは呪文をはじき返す光の壁に守られながら、何とか打開策を考えていた。普段の勉強は得意ではないが、こういったときの対処能力に関しては、彼女は非常に優秀である。そんな彼女が導き出した答えは、一か八かの賭けといってよかった。しかし、実行をためらっている猶予などすでに無く、彼女は自分の直感のままに、現状を打開しうる一つの呪文を行使した。

 

『フハハ……?! 何ダコノ力ハ? 我ガ呪文ノ効力ガ薄レテイクダト?!』

「これは……?! おい、シェリー! アルフレッド!! しっかりしろっ!!」

「ううっ、校長、先生?」

「あ、れ、怨霊……たちが、消えて、いく……?」

 

 次第に膨れ上がっていくミーシャの魔力は、パンドラボックスのザラキの効果を徐々に弱めていき、次第に自分と仲間たちを覆うように展開されていた。いつの間にか彼女の震えは収まり、普段は愛くるしいその表情が、魔物さえ一瞬たじろぐような恐ろしい形相へと変わっていた。――もっとも、彼女の後ろ姿しか見えていないほかの3人の知るところではないが――彼女を突き動かす物は、憎悪、魔物と呼ばれるすべての存在に対する、激しい憎悪だ。その理由(わけ)は、彼女以外には判らない。

 

「ゆる、せない! おまえ、だけは、人の、こころを、もてあそぶな!!」

『何、ダト?! 何ダコノ感情ハ?! 暗黒ノオーブデ吸収デキナイダト?!』

「……マホトーン!!」

 

 震える声を張り上げ、3人組の中で最年少の少女は杖を固く握りしめ、それを媒介として己のありったけの魔力を、一つの呪文につぎ込んだ。

 本来、呪文封じ(マホトーン)は術者の呪文を『封じる』ものだ。したがって、呪文が発動されてから唱えてもその効果を打ち消すことは出来ない。――『通常は』という注釈が付くが――

 ミーシャのすべてのMP(マジックパワー)をつぎ込んで発動されたマホトーンは、冥界から呼び出された音量たちをすべて、跡形もなく消し去った。もっとも、それはまさしく、彼女のすべての力と引き換えだったようで、精神力を使い果たした彼女は膝から崩れ落ちそうになるところを、復帰したヒカルにかろうじて支えられ、なんとか立っている有様だ。

 

『あリ得ン、スベテノマジックパワーヲツギ込ミ、我ノ呪文ヲ打チ消スナド、ソンナバカナコトガ……! オノレ人間ども……! 死ノオルゴールヨ、愚カナソノ男ノ魂ヲ喰ライ、暗黒ノオーブニ宿ル力ヲ我ガ主ノ元ヘ!!!」』

 

 パンドラボックスが命じると、マハール子爵の懐から小さな小箱が飛び出し、宙に浮かんだそれは黒い霧のようなものをまき散らしはじめた。それが子爵の体にまとわりつき、全身を覆ったかと思うと、眠っていたはずの子爵はにわかにうめき声を上げて苦しみ始めた。

 

「う、ぐ、あぁっ! くる、しいっ! た、助けてくれ、だれ、か、し、死にたくなぁいっ!! 私はまだ死にたくない!!!」

「チッ! バギマ!!」

「メラミ!!」

 

 ほぼ同じタイミングで放たれたヒカルの真空呪文(バギマ)とシェリーの火炎呪文(メラミ)は、燃えさかる炎をまとった嵐に変化し、子爵の体の上で不気味に浮かぶ小箱、死のオルゴールをピンポイントで直撃した。――しかし、だ。

 

「うそ?! ぜんぜん効いていません!」

「やはり、予想はしていたが、手遅れ、だったか……!」

『フハハハハ、少シハデキルヨウダナ人間。ダガソノ程度ノ力デハ、我ヲ、マシテヤ我ガ主ヲ止メルコトナド到底出来ヌワ。思イ出ノ鈴ヨ、コノ身ヲ地上ヘ。』

 

 棚に飾られていた小箱が、一瞬のうちに魔物、パンドラボックスの本来の姿に戻り、さらに次の瞬間には赤い光に包まれ、部屋から消え失せた。マハール子爵が急に声を発しなくなり、まるで糸の切れた人形のように脱力して動かなくなった。そして、宙に浮いていた小箱、死のオルゴールはいつの間にか、黒い霧のような、もやのようなものをまとわりつかせた漆黒のオーブへと姿を変えていた。

 

「また、デスタムーアか……!」

 

 ヒカルはオーブを確保しようと手を伸ばすが、その手が届くよりわずか前に、オーブは跡形もなく消え失せた。そしてその場には、血走った目を開ききったままで絶命した、貴族だった物のなれの果てが、哀れに転がっているのみだった。

 

***

 

 リング状での戦いは硬着状態が続いていた。怪物化したフランクの動きを、アンとトビーはほぼ見切っていたが、単純な身体能力の高さ、特に強靱な鱗のような皮膚で守られたその肉体には、容易にダメージを通すことが出来ないでいた。一方魔物の方も、大ぶりな攻撃はすばやい師弟には届かず、こちらも決定打を出せずにいた。だが、徐々に形成は魔物の側に傾きつつあった。

 

「はあはあ、くそっ、こっちはもう息が上がってきてるのに、あっちはまだ余裕か……!」

「大丈夫かトビー? ……これは早めにカタをつけなければまずいな……!」

 

 徐々に、トビーの体力が限界に近づいており、彼ほどではないがアンにも疲労の色がうかがえる。対して魔物の方は、まだ余力を残している様子だ。生物である以上、魔物の方にも当然限界はあるだろう。しかし、その限界は人間と比べたらはるかに遠くにあり、モンスターであるはずのアンの限界値をも上回っていたのだ。それが『進化の秘法』の成せる(わざ)なのだろうか。

 いずれにしても、このままでは先に体力が尽きるのはアンとトビーの方だろう。であれば、その前に相手のHP(ヒットポイント)を一気に削りきる大技をたたき込む以外にない、アンはそう結論づけた。しかし、それには彼女1人の力では不可能だ。

 

「トビー、頼みがある。」

「え?」

「1分……いや三十秒でいい。奴を完全に足止めしてくれ。これから大技を撃つ準備をする。」

 

 これはかなり危険な賭けだ。すでにトビーの体力は底を突きかけている。アンが放とうとしている技の、いわゆる『溜め』に要する時間を稼ぎきれずに彼が倒れれば、二対一でかろうじて拮抗している戦況は大きく崩れることになる。――当然、現状で拮抗しているのだから、それを1人で押さえ込むのは相当に骨が折れることは言うまでもないが――それでも、ここで決定打を打たなければ、かの魔物を世に解き放つことになる。それだけは何としても避けなければならない。――たとえ、フランクという少年の命を刈り取る最悪の結果になったとしても――アンは、決意を込めて、破邪の剣を固く握りしめた。

 

「わかりました、行きますっ!!」

「頼む!!」

 

 トビーは再び剣を構え、様々な衝撃でひび割れだらけになった石造りのリングを力強く蹴って跳躍した。その動きに魔物は完全には反応できていない。相変わらず大ぶりな棍棒の一撃はトビーを捕らえることはなく、すさまじい風切り音とともに空を切った。

 

「天なる轟きよ、我が剣に宿り、邪なる力を払う刃となれ!」

 

 アンの掲げた剣に魔力が集まっていき、晴れ渡っていた空にはいつのまにか黒雲が立ちこめはじめた。アンの魔力に呼応するように雲から小さな電工がほとばしり、掲げた剣の先にも魔力の光がバチバチと火花を挙げる。

 彼女は力を溜めながら、愛弟子と怪物の戦闘を注視する。最後の力を振り絞ったトビーの『五月雨斬り』は、有効なダメージを与えてこそいないが、十分に魔物の気をそらす役には立っている。

 

「ライデイン!!」

「グオ?!」

「よくやった!! 離れろトビー!!」

「はっ、はいっ!!」

 

 天から目もくらむような眩い雷が、アンの掲げる破邪の剣めがけて、墜ちた。アンの指示とほぼ同時に、最後の力を振り絞ったトビーは、転がり落ちるように魔物から離れ、距離を取った。異変に気がついた魔物が迎撃態勢を取ろうとしたが、その時にはもう遅い。青白く輝く雷光をまとったスライムナイトの姿は、すでに視界にはない。

 

「ライスラッシュ!!」

「フランク~~!!」

「サーラ、ヒ、メ、サ、マ、ウ、ゴアァアアアアッ!!!」

 

 果たして、ようやく立ち直り、貴賓席から戦況を見守っていたサーラの目の前で、電撃呪文(ライデイン)の光をまとった斬撃が、魔物――フランクという1人の少年だった物――に向かい放たれた。姫の叫びに呼応したその呼び声は、大技(ライスラッシュ)の轟音にかき消され、誰の耳にも届きはしない。

 

「許してくれ、フランク……!」

 

 立ち尽くすアンと、その横に鎮座するスライムのアーサーの目前で、巨大な魔物は正義の光に打ち抜かれ、その場に倒れ服した。同時に、その身体が淡い黄金色に光り、それが収束したときには、1人の少年の姿が、そこにはあった。冷たい石のリングに横たわるその姿は、酷く小さく、悲しく、見る物の目に映ったという。

 

to be continued




※解説
シェリー=アルマータ:ドラン有数の大富豪の娘。明けても暮れても金のことしか考えていない父親に嫌気が差し、魔法の勉強をするため学院に入学した。おっとりとした、いかにもお嬢様な口調で話す。めったなことでは怒らないが、本気で怒らせるとかなり怖いらしい。金に執着する者を蛇蝎の如く嫌う。一方で、金持ちでありながら贅沢はせず、質素倹約を心がけるなどしっかり者。大人びているように見えるが、本当は淋しがり屋。実はトビーの隠れファンである。13歳。得意呪文はメラ系で、ほかに補助呪文が少々使える。MP切れを起こしやすいのが弱点。
ミーシャ=レイモン:王家お抱えの鍛冶職人の娘。実技試験で過去最高得点をたたき出し、特待生として入学した。3人組の中では最年少の11歳。皆のマスコット的存在で、とてもかわいがられ大切にされている。魔王ムドー事件の際、大好きな兄が二度と覚めない眠りについてしまい、普段はひた隠しにしているが魔王やそれに加担する者すべてを強く憎んでいる。学院に入学した本当の目的は、魔王とその配下たちを根絶やしにするというある意味、子供が考える物としては非常に恐ろしい内容であるが、それを知るものは現時点では誰もいない。得意呪文はバギ。攻撃、回復と幅広い魔法を使いこなすことが出来るが、あまり高度な呪文は使えない。年少故体力に難がある。勉強は苦手だが機転が利き、とっさの判断力に優れる。運動全般が苦手。
アルフレッド=ダンテ=モールガン:ドランの零細貴族モールガン家の一人息子。母親に溺愛されて育ったため、かなりの甘えん坊。勉強熱心で、魔法以外にもさまざまな知識を持っており、3人組の知恵袋的な存在。12歳。得意呪文はホイミなど回復系全般。教会の新刊になりたかったが、貴族家の跡取りであるため叶わなかった。心優しく、動物好きで家では犬を飼っている。気弱で臆病なのが弱点。
マホトーン:原作ではヤナックが、すでに発動しているホイミを力業でねじ伏せていたため、大量のMPをつぎ込めば発動済みの呪文も打ち消せる設定としました。ただし、通常の数倍のMPを消費し、なおかつ高度な制御を必要とするので、マホトーンを「習得している」だけの術者には到底使いこなせません。ミーシャはオリキャラで、かなり特殊な立ち位置の存在になります。ある意味で、ヒカル側のキーパーソンかも知れません。ちなみに、そういった理由で、ヤナックの才能はかなり特別、ということになります。マホトーンのこのような使い方は、本作ではヤナックとミーシャ以外にはできません。
死のオルゴール:有名な没アイテム。本作では子爵の命と引き換えに、暗黒のオーブの力を解放するという役目を与えられました。ちなみに一度使うと無くなる模様。
剣の舞:通常攻撃より若干威力の低い攻撃を4発たたき込む。ばくれつけんなどと同系統の技。威力はシリーズにより多少差異があるが、本作ではばくれつけんと同等にしている。
ザキ:敵1体に即死効果をもたらす呪文。敵側には耐性を持つ物も多く、使用してくる相手には効きにくいのがお約束。ちなみに人間の味方は耐性アイテムを装備していないとレベルが高くても即死する可能性があり危険。初期のシリーズでは耐性アイテムが少なかったこともあり、ザキ系を集団で使う敵が現れると厄介。味方側ではⅣの某神官が乱発してネタとなった。
ザラキ:敵全体に即死効果をもたらす恐ろしい呪文。ザキよりも単体に対する確率はやや墜ちるが、敵にコレを連続で使用されるとかなり危険。初期のシリーズではブリザードなどのザラキ連発攻撃が有名。
ライスラッシュ:本作のオリジナル技になります。剣にライデインを落とし、横薙ぎの強烈な一撃をたたき込む必殺技、属性は電撃/斬撃です。ギガスラッシュの下位技になりますが、集団に効果のあるライデインを剣に収束するため単体に使うのであればかなり協力。しかし、アンの少ないMPでは多用は出来ません。

必殺技はかなり迷いましたが、いきなりギガ技はちょっと、ということで勝手に作ってしまいました。威力的には「ダイの大冒険」で登場した『ライデインストラッシュ』程度になります。

さあ、アンの技が初めて、明確に人間に対して炸裂しました。まぁ魔物化してましたけど。フランクの生死は? 彼は救われるのか?
次回もドラクエするぜ!!

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