【凍結】ドラゴンクエスト 勇者アベルともうひとつの伝説   作:しましま猫

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少し忙しくて、本文を執筆する時間が取れませんでした。最終回までのプロットはあるので、ゆっくり更新していきます。よろしければおつきあいください。
気づけば40話を数えてしまいました。この話にて原作前のエピソードは終了となります
長すぎる前振りにお付き合いいただいた方々に、心から感謝致します。
我が盟友よ、今こそ新たなる伝説の始まりだ……!
。今後、世界の運命はどのようになっていくのか、ヒカル君と一緒に見届けてくださいね。


第40話 邪悪の胎動、それぞれの始まり

 ドラン王都の中でも、貴族たちの館が建ち並ぶ一等地、ヒカルのいた世界風に言い換えると、閑静な高級住宅街といったところか、そんな場所のはずれにある、このあたりでは割と質素な――といっても、一般的な家屋からすれば恐ろしく大きく、立派な物だが――館がある。いま、その館の主である老人が、旅の装備に身を固め、供回りも1人もいないという状況で、何処かへ旅立とうとしていた。

 

「すまんな、婆さん、留守を頼むぞ。」

「ふふ、何年ぶりですかねえ、お爺さんにそう呼ばれるのは。」

「お互い、貴族生活は肩が凝るなあ。」

「ええ、本当に。」

 

 会話を交わす2人は夫婦なのだろう。やりとりの中に、長年連れ添ってきた絆のような物が感じ取れる。この老人がドランの重鎮、グリスラハール男爵その人だとしったならば、周囲の人々は驚きを隠せないだろう。

 

「よもや、お師匠の言っていたことが現実になろうとは……な。」

「後継者が、早く見つかりますように、お早いお帰りをお待ちしていますよ、あなた。」

「では、行ってくる。後のことはシャグニイル……ヒカルに任せてある。奴の関係者もそうだが……伝説の青き珠の勇者がこの国を訪れたときは……。」

「心得ておりますとも。」

「重ね重ね、すまないな。すべてはこの世界のため……いや、これからを生きてゆく若者たちのためだ。」

「ええ、おじいさんもくれぐれも、道中記を付けてくださいよ? もう若くないんですから。」

 

 夫人の見送りに、老貴族は今度は答える代わりに軽く手を挙げ、住宅街を長く走る一本道を、老人にしては軽い足取りで、ひょこひょこと歩いて行った。遠ざかるその背中が見えなくなるまで、夫人、マリーモンテ=クレハ=アルテ=グリスラハール夫人は、静かに見送っていた。

 

「どうか、ご無事で……。」

 

 つぶやかれたその声は委中の相手には届くまい。しかし、その思いだけは、夫たるかの男爵の心には確実に、届いていることだろう。

 

***

 

 ヒカルと3人の子供たちが闘技場へ戻ったのは、まさにライスラッシュと名付けられた必殺技が、魔物と化したフランクに直撃した頃だった。彼らのはたらきで、古代の儀式を発動していた術者と、媒体である腕輪の接続は絶たれ、儀式的にはフランクは『進化の秘法』の呪縛から解放された。しかしながら、彼の腕に装着され、今や魔物の肉体の一部と化したそれは、単独でも恐ろしい力を放ち、フランクを魔物に変貌させ続けていたのだ。もっとも、術者であるパンドラボックスが儀式のフィールドを離れたことで、与えられていた膨大な力は弱体化し、体力が付きかけていたトビーでもどうにか、1人で足止めを出来るくらいにはなっていた。アンの放ったライスラッシュに込められた正義の光は、黄金の腕輪の力を粉々に粉砕し、フランクを元の姿へと戻すことには成功したようだ。

 

「う、ううっぐあっ!!」

 

 目覚めた少年の身体を、かつて感じたことのないような激痛が襲う。無理もないだろう。電撃呪文(ライデイン)の力が込められた一撃をまともにうけたのだ。進化の秘法によって強化された肉体でなかったら、とっくに消し炭と化していたはずだ。

 

「フランク!!!」

「ひ、姫様、お待ちください!! まだ危険で……。」

「よい、アルマン。」

「は?」

「……行かせてやれ、これはサーラ自身が決着を付けなければならぬ問題だ。王族としてではなく、1人の人間としてな。」

 

 まだ少しふらつきながら貴賓席をオリ、リングへと駆けていくサーラ姫を制止しようとしたアルマン男爵を、ピエール王は手で制した。その瞳は深く愁いを帯びていたが、しっかりと娘と、横たわる少年を見据えていた。

 

「そうであったか……人心とは思うままにはいかぬものよな……。」

「陛下、これも、ある意味、運命でございましょう。」

「じい……そうか、そうだな……。」

 

 王の隣で闘技場を見下ろす老貴族の表情も又、悲哀に満ちたものだった。観客は未だ事態を完全に把握できては折らず、演劇に見入るかの如く、闘技場の中心で繰り広げられる出来事を見つめていた。

 

「トビー! 大丈夫か?!」

「ううっ、は、伯爵様、だ、大丈夫です、恥ずかし、ながら、体力はもう限界ですが……。」

「僕が回復します。そのままじっとしていてください。完全には無理ですが少しは楽になると思います。』

「ああ、ありがとう……。」

 

 アルフレッド少年はトビーの身体に両手をかざし、その傷を癒すべく呪文を唱えた。

 

「ホイミ!」

 

 淡く緑色の魔法の光がトビーを優しく包み込み、完全ではないが蓄積したダメージを和らげていく。ほどなくして、どうにか起き上がって楽に話せるくらいまでは、トビーは回復した。

 

「はっ、そうだ、フランクは……!」

「フランク、大丈夫ですか?!」

「ひめ、様、もうしわけ、ありません……、このような醜態を、お見せす……ぐっ!」

「動かない方が良い、すまなかったな、あれしか、お前を停める手段が思いつかなかった。」

 

 アンは剣をゆっくりと鞘に収め、片膝を突いてフランク少年の顔をのぞき込んだ。容姿端麗だった面影はどこにも無く、あちこちが腫れ上がり無残な有様だ。

 

「どうやら死にはしなかったようだな。しかし……。」

「……ヒカルか、君たちが術の大本を叩いてくれたようだな。弱体化していなければ止められたかどうか微妙だったぞ。おかげでフランクの命は救うことができた。だが、もはや彼は剣をとって戦うことはできないだろう。」

「?! そんな、どういうことですか?! ねえヒカル、アン! 傷なら回復呪文で治せば元通りに……。」

「駄目なんだよサーラ、さっきの、怪物になる儀式のせいで、フランクの身体はどういうわけか回復呪文を受け付けない状態になっているんだ。」

 

 アンの説明に、サーラは驚愕のあまり声も出せない。現在のフランクは、元の姿に戻ってこそいるが、その身体は進化の秘法を用いたことと、アンの強烈な魔法剣をその身に受けたことで、深刻なダメージを負っており、一命は取り留めた物の自力で歩くことさえおそらく不可能だろう。加えて、どういうわけか身体が回復系の力を受け付けなくなってしまっている。アンが残り少ない魔法力(マジックパワー)を費やして唱えた回復呪文(ホイミ)も、効力を発する前にかき消えてしまったのだ。

 

「生命力はある程度残ったから、おそらく死にはしないと思うが、残念ながら今の状況を治療する手立てはおそらく……。」

「良い、のです、シャグニイル伯爵。……わた、しが……姫様を、身分不相応にも、愛してしまった故、このような……ことに……。」

「それは違うぞ、誰かを好きになることに罪なんかあるものか。罪があるとすれば、その心につけ込んで利用しようとする輩だ……!」

「伯爵……、私は、私は……うぅっ……。」

 

 少年の目から涙がこぼれる。ずっと、ずっと姫に憧れて、いつか異性として好意を持つようになっていた。それを押し殺して押し殺して、心の奥底にしまい込んで、彼は今日までを生きてきたのだ。様々な思いを抱えながら、それを他者に悟られぬように、彼は努めてきたのだ。それが予想外の力によって暴走したとしても、誰が彼を責められるだろうか。

 

「……泣かないでフランク……。ごめんなさい、私はあなたの想いに答えることができません。……でも、私もあなたと同じ、私もまだ、思い人に気持ちを伝えられてはいないの、でもいつか、そうもっと、私が自分に自信を持てて、勇気が出せるようになったら、きっと、そう思うの。」

 

 サーラは手にしたハンカチで、フランクの涙を優しく拭いて、そして自分の思いを吐露する。彼女もまだ、自分の気持ちを、委中の相手に伝えられてはいない。いや、ついこの間まで、そんな相手が自分にいるとは想っていなかったのだ。しかし、ドムドーラの襲撃事件を経て、自分の気持ちに気がついた。トビーがドランを離れているときの空虚な気持ち、ドムドーラが襲撃されたと聞いたときの衝撃、彼がたった1人で魔物たちから仲間を護り戦ったと聞いたときのモヤモヤした感情。守ってくれると、誓ってくれた、そしてその約束をいつも必ず守ってくれた、傍にいてくれた、そんな1人の少年の存在が、自分にとってどれだけ大きい物だったのか、彼女は初めて知ったのだ。

 

「みんな、まだまだ、片思い……なのですね……。」

 

 フランクは静かに瞳を閉じ、そうつぶやいた。その声は酷く弱々しかったが、どこかすっきりとした、晴れやかな物であるように、サーラは感じた。

 かくして、ドランで開催された武闘大会は、予想外の事態が起きた物の、観客には1人の犠牲者も出すことなく、トビーの優勝という結果に終わった。しかし、度重なる、国を揺るがすような大事件に、民心は揺らぎ、形に出来ない大きな不安が、国中に渦巻いていた。それは、かの邪悪なる大魔王に力を与え、その魔の手は、光指す世界に住まう者たちに、あと少しで届くほどに近づいていたのだ。だが、ゆっくりゆっくり、人間社会に隠れ潜むように浸食するその影は、未だほとんどの者たちに認知されてはいなかった。

 

***

 

 ドラン王宮にある、サーラ姫の自室で、1人の老婦人が、小さな主に頭を垂れている。王族と進化という関係であるから、別に珍しくもない光景なのだが、今日に限っては様子が違うようだ。部屋の主、サーラ姫は驚きと困惑が入り交じった表情で、老婦人の白髪交じりの頭を見つめるほかはない。

 

「暇乞い、ですか? 急にどうしたの? 婆や。」

「……言葉の通りでございます。我が夫が所用により、館を離れて旅に出ることとなりました。つきましては、勝手とは存じますが、当家の諸々のことを取り仕切る必要がございますので、この婆やも本日をもちまして、おいとまをさせていただきたく、ご挨拶に伺いました。」

「お父様……陛下はご存じなのですか?」

「はい、夫がかねてより、お役目を離れ隠居する旨、陛下にお伝えしておりました。」

「まあ。」

 

 どうやらグリスラハール夫妻の暇乞いは、ピエール王にはあらかじめ伝えられていたことらしい。正式に手続きされたことであれば、自分はそれをどうこういう立場ではない。ただ、去りゆく物を見送るだけだ。それでも、長年世話を焼いてくれた彼らが去るのは、当然寂しい物だ。

 

「寂しく、なりますね。」

「そのようなお言葉、もったいのうございます。姫様、いつも御前をお騒がせし、まことに申し訳ございませんでした。」

 

 老婦人は深々と頭を下げたまま、微動だにしない。いつもやかましく騒ぎ立てている姿とは対称的だ。そんな姿を見せられたら、まだ十代前半の少女としては胸にこみ上げてくる物がある。

 

「そんなことを言わないで、私の方こそ、いつも我が儘ばかり言って、困らせてごめんなさい。どうか元気でね、今までありがとう、婆や……。」

「ひ、姫様、そのようなお言葉、もったいない、ううっ。」

 

 老婦人は肩をふるわせ、感極まった様子で声を詰まらせた。表情は見えないがおそらく涙ぐんでいるのだろう。このまま湿っぽい状況を長引かせるのも良くないと思ったのか、サーラは努めて明るい声で問いかけた。

 

「そういえば、陛下にはご挨拶をしたのですか?」

「いいえ、これから夫とともに伺うことになっております。」

「では、私も一緒に参ります。」

 

 サーラはグリスラハール夫人の手を取って、ゆっくりと立たせると、そのまま手を引いて、玉座の間へと向かって歩き始めた。城の窓からは、西に傾きはじめた太陽が差し込み、遅番の兵士がちょうど交代した頃合いだ。運命はゆっくりとゆっくりと、誰も知り得ない方向へと、その歯車を回しはじめる。それらがどのようにかみ合い、どのような出会いや別れをもたらすのか、運命の神以外は知り得ないことだ。

 

***

 

 シャグニイル家の応接室で、一組の老夫婦を囲んで、ささやかな宴が催されていた。テーブルには主賓であるグリスラハール夫妻と、ヒカル、アン、トビーとルナ、モモの姿がある。

 

「はっはっはっはっ、それは苦労したのう、姫様はあれで相当に頑固だからな。」

「笑い事じゃないですよ男爵さま、本当に心臓が止まりそうだったんですから。……恋人同士に見えるように抱きしめてくださいとか、バレたら処刑ものですよ。」

「姫様が同じ歳くらいの男の子にそのようなことをねえ。大きくなられた物だわ。」

 

 老夫婦はトビーが語る城外でのサーラの様子に、手元のグラスを傾けながら楽しげに笑い、相づちを打っている。どちらも、王宮で見せている雰囲気とは異なり、どこにでもいるような普通の老人だ。

 

「で、じいさん、本当に旅に出るのか?」

「……うむ。いかに老化を遅らせる秘術で長らえているとはいえ、この身体もあと十年ももてばよいほうじゃろう。まさか、お師匠が予言されてから150年以上後になって、異世界から魔王が侵略してくるとは……な。」

「150年ってあんたいったい本当はいくつなんだ……下手すりゃエルフも真っ青な歳なんじゃないだろうな?」

 

 ヒカルはやれやれとため息を吐き、手元のグラスから酒を一気にあおった。ピエール王と同じく、この老人も他の貴族がいないときはかしこまった対応をしないようにヒカルに言い含めていた。最初、それは老人のヒカルに対する気遣いだろうと彼は考えていたが、どうもそればかりではないようだ。

 

「儂は元々貴族ではない。諸国を武闘家として旅しておったのじゃが、先々代の王と縁があり、爵位を与えられもう長くこの国に居座ってしまった。しかし、本来の儂の目的は師匠から受け継いだ拳法の後継者を探すこと。だがついに、この国でそれはかなわなかった。まあ平和な世の中が続くならたいした問題でもなかったのじゃが……。」

 

 老人は静かに目を閉じ、その場はしばしの間、静寂に包まれた。誰もが老人の次の言葉を待ち、言葉を発しようとはしない。

 

「……ヒカルよ、陛下と、姫様を頼む。」

「ああ、それはジュリエッタに言われてるさ。なんでみんなオレなんかあてにすんだかね。」

「ふふ、それでもあなたは、面倒くさい顔をしながら、約束を守るのでしょう?」

「婆さんにはかなわんね。まあ、お人好しとでも何とでも言ってくれや。」

 

 ヒカルはそう言うと、ポリポリと頭をかきながら、いつのまにか新しく中身の注がれたグラスに口を付けた。その様子をおかしそうに眺め、老婆、グリスラハール夫人は王宮の時とは全く違う、柔和な表情で笑うのだった。

 

「お人好し、そうかもしれませんねぇ。でも……、そう、そんなあなただからこそ、この館の人たちは皆、笑っていられるのですよ?」

「そんなもんかねえ。」

「そういうものですよ。」

 

 楽しげな笑いと、部屋を照らす温かな光と、穏やかな時間と。それらがずっと続けば良いのにと、この場の誰もが想ったことだろう。しかし、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう物だ。夜が明ければ、彼らはそれぞれ、定めた目的のために歩き出さなければならない。それがわかっているから、せめて今夜だけは、今の幸せを噛み締めて、酒に酔い、ただ笑い合おう。

 その日の宴は、この館では珍しく、夜明け近くまで続いた。

 

***

 

 中央大陸のはずれに、ペルポイという町がある。貧しい村や町が多いこの大陸にあって、この町も例外なく貧しく、さびれていた。しかし、それは表向きのことで、この町には光の中を歩く者たちには縁の無い、闇の側面があったのだ。

 巨大な石造りのリングの上で、2人の人物が剣を構えてにらみ合っている。かたや筋骨隆々の屈強な男、かたや鎧で武装してはいる物の、細身の助成だ。

 

「おいなにやってんだ!!!」

そうだそうだ! 早く戦え!!」

「怖じ気づいたのか!」

 

 相対してからすでにかなりの時間が過ぎているはずだが、に名は剣を構えた最初の姿勢のまま動いてはいない。周囲の柄の悪い観客たちのヤジをよそに、対戦者を見据え、にらみ合いを続けている。

 ここは闘技場だ。それだけならば珍しくもなんともないが、この闘技場はある一点が他とは異なっていた。

 

「せいっ!」

「ムッ?!」

 

 女性の気合いの乗ったかけ声が響いた刹那、その姿は一瞬で対戦相手の前からかき消えた。次の瞬間、男は血しぶきを上げながら倒れ、勝負は一瞬で決着が付いた。

 

「な、何だよ今の。」

「あの女、また勝っちまいやがったぞ?」

 

 にわかに会場がざわつきはじめ、手に持った札を見て呆然とする者、信じられないような顔をする者など、反応は様々だ。

 ここは闘技場、人の命を賭けのネタとして、どちらが生き残るかを当てる、といった場所だ。出場者には、勝てば目の玉が飛び出るくらいの賞金が出るが、負けることはすなわち、死だ。

 

「さあ、次はどいつだ!」

「しょ、勝者、挑戦者デイジィ!! つ、次の試合の準備までもうしばらくお待ちください!!」

 

 ようやく立ち直った進行役の男が場を取り仕切り、デイジィと呼ばれた女性は係員なのだろう男に促されていったん退場していった。

 結局、デイジィはこの日、一日中勝ち続け、彼女の元には信じられないような額の大金が転がり込んだ。しかし、結局こうやって、裏社会を渡り歩いても彼女の欲するものは見つかりはしなかった。

 あの日――人買いの馬車に連れ去られ、生き別れになってしまった弟と妹――もはや生死さえも明らかではないが、それでも生きていることに一理の望みを託し、彼女は明日も、無謀な戦いに身を投じてゆくのだろうか。

 1人の男によって運命を変えられた兄妹と、原作の物語と同じく、それを探す姉。デイジィがトビーとルナを探しているように、ヒカルの側でも彼女を探していた。しかし、どういった巡り合わせなのか、もう何年もたつというのに、彼らの運命はマダ、交わらない。

 

***

 

 窓のない、ランプの明かりだけが灯る石造りの部屋で、2人の男が並び立ち、何やら言葉を交わしている。夏の砂漠地帯ともなれば、外はかなりの暑さだが、地下に作られたこの部屋は思いのほか涼しく、避暑には最適だ。

 

「どうだいピエール、進み具合は」

「思ったより順調だな。あと1年ほどで完成できるだろう。……しかし、地下に第2王都を作るなど、思い切ったことを考えたな。」

「……実際に使うかわからんし、維持にそれなりの費用がかかるから提案するかどうか迷っていたところはあるんだけどな。」

 

 ここは、ドラン王都の地下、入り組んだ通路のあちこちに作られた無数にある部屋の一つだ。元々、追うや貴族達の脱出路としての通路が張り巡らされていた地下を、非常時に第二の王都として機能させようというのがヒカルの考えだった。そして、ピエール王がその考えを取り入れたため、現在第二の王都となる地下都市が秘密裏に建設されているのだ。これで、原作のように王都が魔物の手に落ちたとしても、首脳陣さえ無事であればこの地下都市から反逆の指揮をとることができる。また、原作で地下に作られていた『死せる水』の製造装置の建設なども、あらかじめ地下に防衛網を敷いておけば未然に防ぐことができるだろう。むろん、その前に警戒を厳重にして、そもそも手出しをさせないように手を尽くすつもりだが、備えておいて悪いと言うことはない。

 

「ヒカルよ。」

「ん?」

「今度は、守りたい物だな。」

「……ああ、守ってみせるさ、俺たちの力でな。」

 

 どんなに伸ばしても届かない手がある。だとしても、やはり、男は手を伸ばさずにはいられない。それが彼という人間だから。たとえお人好しだろうとなんだろうと、彼は、自分の周りへ手を伸ばし続けるのだろう。

 

「ところで、うちの卒業生たちは真面目に働いてるかい?」

「ああ、我が国だけでなく、他国からの依頼で出向している者もいるほどだ。」

「うーん、自分でやってきたこととはいえ、まだ15にもならない子供を送り出すのはなあ……。」

「まあ気持ちはわかる。 だが、我らの目的を考えるなら、優秀な人材はどうしても欲しい。」

「ま、そうなんだけどねえ。大人としてはなんとも複雑なわけだよ。」

 

 小柄な男は軽いため息をひとつ吐いて、ゆらめくランプの明かりをじっと見つめている。その横顔はどこか愁い気で、いつもの彼らしくない。何かの決意を秘めているような表情にも、ピエール王の目には映った。

 

「やはり、さらなる魔法の力を求めるのか。」

……ああ。今のレベルじゃ魔王どころか、その部下にも歯が立たない。人間の限界っていわれてる壁を突破しないことには、これから先ドムドーラの時のようなやつが出てきたら太刀打ちできないからな。」

「ずっと迷っていたのだが、私も覚悟を決めなければならないな。」

「ん?」

「これを持って行け、どこかへ旅立つつもりであろう?」

 

 ピエール王から渡された羊皮紙を広げ、内容を読んだヒカルは目を丸くした。

――ドラン国王ピエール=アドルド=ジエル=ドランの名において、この者に勅命を与える。

一つ、魔王の脅威を退け、これを討伐するため、あらゆる情報を収集し備えること。

一つ、国籍、身分、種族に選らず、魔王あるいは魔物によって苦しめられている者の力となるべし。

ドランは国王の名の下に、盟友たる諸侯に対し、かの者へのできうる限りの助力を求める物である。――

本来の文はもっと格式張ったものだが、要約するとおおよそ上のような内容になる。一国の王が密命とは言え、1人の人間にここまで肩入れするのは異例だ。国王直筆の書簡には絶大な力があり、使い方を間違えれば剣などよりよほど凶悪な、権力という武器になりかねないのだ。それをわかっていながら、ピエール王はあえて、ヒカルに権限を与え、彼が他の国の情報まで閲覧できるように手を回した。情報とはそれ自体価値がある物だ。文化が違うといってもそのあたりはどこの世界でもおよそ変わりない。この世界において、勇者や魔王、竜伝説などに関わる伝承や予言などは、国家機密として扱われていることも多く、特別な地位の者でなければ閲覧することは出来ない。アリアハン王がヒカルに竜伝説について書き記した手記を手渡したのは異例中の異例、ということになる。

 

「……いいのか?」

「何を今更驚いている? もはや事は我が国一国の問題ではない。各国の王に、魔王討伐に役立ちそうな情報は惜しまず提供するように依頼してある。我が国と国交のあるところならば、手を貸してくれるであろう。」

「助かる。」

 

 ヒカルは短くそれだけ言って、羊皮紙を丸めて懐に入れ、部屋を立ち去っていった。残されたピエール王は彼が出て行った部屋の扉をしばらくじっと見つめていた。

 それから数日の後、シャグニイル伯爵は学院の経営を従者のエルフに任せ、単身でドランの国を後にした。さらなる魔法の深淵に達し、邪なる魔物の王に対抗するために。

 それから、世界はしばらく、何事もなく平穏だった。退屈だが穏やかな時間が流れ、人々は素朴ながら幸せな日常を、なんとなく過ごしていた。その中にあって、迫り来る脅威を察知し、それに対する備えをしていた者が、いったいどれくらいの数、存在したのだろうか。ただ何もせずに、漫然と時が過ぎゆくのを見送っている者が多い中で、ドランは様々な面で、有事に備えていたといえるだろう。ヒカルが育てた魔法使いたちは新設された魔法師団に組み込まれ、あるいは他国に出向きその力を存分に発揮した。魔法が使える者も増えていき、高位の呪文はともかく、魔法自体はさほど珍しいものではなくなっていた。世界は、1人の男の出現によって、彼の思うよりはずっと、その有り様を変えていったのだ。

 そして、さらに二年の歳月が流れた。

 

***

 

 暗い暗い水の底、かつての古代文明の負の遺産、微生物一つ存在しない『死せる水』に満たされた沼地のそこで、古代人の野心の残滓が作り上げたそれは、一つの生物のような実態をなし、多くの者の欲望を喰らったといわれる美しい宝石から、数多の恐ろしい怪物を作りだした。それらは今、精霊神と呼ばれるこの世界を守護する存在が作り上げた強固な結界をついに突破し、まがまがしいその全貌を世界に占めそうとしていた。

 かつての古代文明、エスタークの負の遺産から作り出されたかの存在は、邪悪なる怪物たちから尊敬と畏怖を込めてこう呼ばれた。

 『大魔王バラモス』と。

 

「ムーアよ。」

「はひぇ、バラモス様、ようやく準備が整いましてございます。ムヒョ。」

「よろしい、では、これより浮遊要塞ガイムを浮上させる、者ども、衝撃に備えよ!!」

「はっ!! 伝令!! これより浮上する! 総員、持ち場に着き衝撃に備えよ!!」

 

 部下達が配置についた旨の報告を受けると、魔物の王、バラモスはその力を、怪しげなケーブルのような物を介して、浮遊要塞と呼ばれるものへつぎ込んだ。ほどなくして、彼らを乗せた要塞『ガイム』は、振動を伴いながらゆっくりと上昇しはじめ、次第にその速度は増していく。

 

「砕け散れ、忌まわしき結界よ! ぬううんっ!!!」

 

 バラモスの眼が妖しく光、彼が力を込めると、激しい衝撃とともにガイムは急浮上し、ついに、創造神たる者が作り上げた強固な結界を突き破り、水上にその姿を現した。

 

「フハハハハ! ついに、ついにやったぞ! 者ども、これより我が魔王軍による世界侵略を開始する。そして、伝説の竜をよみがえらせる力を持つ赤き珠と、それを操る聖女をこの手に収めよ。すべては我らの永遠なる反映のために!!」

「オオッ!! バラモス様ばんざい!! エスタークに栄光あれ!!!」

 

 災厄は解き放たれた。これより世界は、文字通り死をまき散らす汚染水である『死せる水』に苦しめられることとなる。この先、幾多の苦難が人々に降りかかることとなるが、そのことに気がついている者は、世界全体から見たらほんのわずかである。そして、その影に潜むように、もうひとつの邪悪な影が、別な方向から世界に魔の手を伸ばしはじめていた。

 

to be continued




ついにバラモス様のご出陣!です。次話から原作の時間軸に突入していきますが、作中でアベル達が旅をした器官がいったいどれくらいなのか不明なため、そちらは独自解釈になります。……いくらなんでも某J漫画のように決戦まで三ヶ月、などということはありません。

それでは、次回もドラクエするぜっ!!

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