【凍結】ドラゴンクエスト 勇者アベルともうひとつの伝説   作:しましま猫

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※2018/12/31 誤字脱字、文章表現等を修正しました。
※2017/11/26 冒頭に新しいエピソードを追加しました。その関係で、後半のお話を若干変更しています。
※2017/4/9 誤字修正:兄妹→兄弟
 エニックスI  様、ご指摘ありがとうございました
 その他、誤字脱字等を修正しました。


第3話 旅立ち バラモスの野望を阻止せよ!

 ヒカルがこの世界にやってきてから、半年あまりが過ぎ去ろうとしていた。季節は移り変わってゆき、山の色も緑の中に赤や黄色やその中間色といった異なる色が少しずつ混ざりはじめている。リバーサイドの村では夏の終わりの祭りが開催され、いつになく活気づいた人々の喧噪(けんそう)があたりに響き、いつも静かな麓の村は、少し違った様相を見せている。広場でたき火を囲んで踊る子供たちの様子を眺めながら、ヒカルは串焼きにした肉にかじりついていた。

 

「きゃ~~、ヤナックさんのエッチ!」

「いいじゃない~、ミリィちゃぁ~ん、俺といいことしようよぉ~。」

「きゃはは、捕まりませんよ~だ!」

 

 近くの茂みではヤナックが、村の若い娘と追いかけっこをしている。原作でも見慣れた光景だが、やはり村娘に嫌がっているような様子がない。楽しそうに笑いながら追いかけられている。そのうち、ほかにも2・3人の娘が加わって、にぎやかな追いかけっこは終わる気配がない。酒に酔ったヤナックは魔法のザル……もといカゴを使うこともなく、ややよたよたした足取りで娘たちを追いかけている。娘たちは基本、ヤナックをスケベ呼ばわりして騒ぐことがあっても、彼を拒絶するようなことはない。それどころか、進んで世話を焼いているような所もあって、誰も恋人にならないのがかえって不自然なくらいである。娘たちがなぜ喜んで追いかけられているのかというと、それはおそらく、ヤナックが絶対に一定のラインを越えてこないと知っているからだ。彼は娘たちが本当に嫌がることは決してしないし、彼女たちの相談事に乗ってやったり、ケガをすれば回復呪文(ホイミ)で治してやったりと、よく手助けをしている。そんな彼が恋人の1人もできないのは、彼自身がどこかで一線を引いてしまっているからではないかと、ヒカルは感じていた。よく考えてみれば、バラモスに立ち向かう勇者の手助けをするという彼の使命は、常に命の危険がつきまとっているといっても過言ではない。誰かと親密になれば、そう遠くない未来に永遠の別れを迎えてしまうかもしれない。使命の半ばで彼が死んでしまうことも十分に考えられるのだ。ヤナックが無意識のうちに、特定の相手と親密になるのを避けているように、ヒカルの目には映ったのである。

 

「あ~、またヤナックがおねえちゃんたちにいたずらしてるぞ~。」

「わ~、やっつけろ~!」

「へみ? わわっ、ちょっとまちなさい君たち! ととっ、うわあぁ!」

「きゃはははは、それ、みんな、全員でくすぐり攻撃だ~~!」

「ちょ、やめ、ぎゃはははははは!! や、やめ、いひひひひひ、うひゃひゃひゃひゃひゃ! こら~、いいかげんにしなさ~いっ、そんな悪い子たちにはおしおきだぞ~~!」

「や~い、こっこまでおいで~~!」

 

 途中から、踊りに飽きた子供たちが乱入し、村中を走り回りはじめた。笑いながら子供たちを追いかけるヤナック。はしゃぎながら逃げる子供たち。どちらも楽しそうだ。大人たちは酒を飲みながら、そんな光景を笑ってはやし立てている。ヤナックが羽目を外しても、基本的にここの村人たちは止めたり、とがめたりはしない。ヤナックが子供たちに読み書きを教えていたり、遊んでやったりと面倒を見ているため、大人たちからの信頼は厚いのである。そんな光景を、ヒカルも酒を飲みながら楽しげに見つめていた。

 

「ごしゅりんさまぁ~~、こんらところにいらっひゃったんれすかぁ~~♪」

「う、うわっ、モモ?! どうしたんだお前……って酒くさっ! 誰だよこいつに酒飲ませたの?!」

「とおぉってもいいきぶんれすわぁ……ぴと。」

 

 一体どれだけの酒を飲んだのか、普段の落ち着いた彼女からは想像もできないようなへべれけに酔っ払った姿で、モモはヒカルの前に現れた。そしていつもなら絶対人前ではやらない過剰なスキンシップを、よりにもよって大勢の村人が集まるこの広場で堂々と披露しはじめたのだ。

 

「ひっく、ごしゅりんさま、あったかいれすわぁ、すりすり。こうやって、かららを、こふりつけていると、と~っれもひもちいいれすぅ……。あふうぅん。」

 

 最早、ろれつが回っておらず、目の焦点も合っていないが、体だけは執拗にヒカルの全身にこすりつけ、体をくねらせながら悩ましい声を発するモモ。その行為は徐々にエスカレートし、ろれつが回らなくなった卑猥な台詞と共に、周囲におかしな空気を振りまいていく。

 

「ごしゅりんさまぁ、わたしらけこんなことしへるの、さみしいれすよぅ、ごしゅりんさまも、もっとモモにしゃわってくらはいよう。」

 

 いつの間にかこちらに視線を向けている村人、若い男連中からは強い嫉妬の感情と、これから先のさらに大胆な展開をわずかに期待する欲望の感情がごちゃごちゃと入り交じった視線を向けられているのを感じる。当然それを分かっているのはヒカルのみで、泥酔したモモは気づいているはずもない。彼女はヒカル以外の人間の前では、どこまでも淑女であり、清楚な雰囲気を崩すことはなかった。そんな彼女のあまりの豹変ぶりに困惑し、ヒカル以外の者たちもどう対処してよいか動くに動けずにいた。ヤナックとくすぐり合いをしている村娘や子供たちだけが、こちらに気づかずに戯れ続けているが、さすがにあまり長く続けると気づかれてしまうだろう。ヤナックと娘たちはともかく、子供たちに見せるにはまずい光景だ。

 

「ごしゅりんさまぁ、ごしゅりんさまのおててで、わたしのおっp……。」

「ええい離れろ酔っ払い! この変態エルフ!! 深くて三日は覚めない眠りの底に墜ちてしまえ!! ラリホー!!!」

 

 ヒカルは自分の手をつかもうとするモモの手を振りほどき、至近距離に迫ってくる彼女の額に人差し指を素早く突きつけ、そこから魔力を流し込む。元々泥酔していた彼女は途端に糸の切れた人形のように崩れ落ち、ぐったりと眠りこけてピクリとも動かなくなった。睡眠呪文(ラリホー)の効果は覿面(てきめん)のようだ。ちょうどその頃、子供たちにもみくちゃにされてひっくり返ったヤナックが降参したことで、祭りもお開きとなり、ヒカルたちは泊まっていかないかという村人たちの誘いを断り、帰路につくことにしたのである。モモはというと、そのままにしておくわけにもいかないので、しかたなくヒカルが村の男たちの手を借りて彼女の家まで運び込んだ。そこで、やはり泥酔して泥のように眠っている妹のミミを見つけ、結局両人とも寝室まで運ばれ、ここからは男の手には負えないからと、村の年長の女性が介抱することになったが、まあこれは余談であろう。しかし、彼女たちの閉じられたその目から、頬に伝う一筋の涙の後に気がついた者は、誰1人いなかった。その理由を知るのは彼女たち姉妹、2人だけである。

 ザナックの住む小屋まで帰る道すがら、ヒカルとヤナックは一言も発することがなく、ただ黙々と山道を登っていた。といっても、ヤナックの方は魔法のカゴに乗っているため、歩いているのはヒカルだけである。うっそうと木が生い茂る山道は暗く、たいまつがなければ何かに足を取られてしまうだろう。こんな時に周囲を照らすことができる呪文を、ヒカルは数日前に古文書から見つけ、契約もしたのだが、新しい呪文を頻繁に披露するとヤナックがいじけるため、このような方法をとっている。しかしたいまつで照らせる範囲は狭く、正直に言うと魔法を使った方が遙かに楽である。

 暗くなってしまったために多少時間はかかったが、ヒカルとヤナックはほどなくいつもの練習場にたどり着いた。そこでヒカルは立ち止まり、ヤナックの方を振り返った。ヤナックも無言のまま停止し、魔法のカゴでプカプカと空中に浮いている。

 

「んで、俺に話ってなによ。」

 

 ヤナックは相変わらず嫌悪感を隠そうともしない態度で要件を問うてきた。最近さらにまじめに修行に打ち込むようになったらしい。それ自体は良いことなのだろうが、ヒカルに対しての当たりはキツくなるいっぽうだ。ヒカルへの対抗心でハードな修行をこなしているということだろう。それ自体は別に良いが、ことあるごとに嫌みを言ったり、何でもかんでも異論を唱えるようになってきており、さすがにうっとうしいと感じることもある。しかしヒカルの方も、ヤナックにへそを曲げられてドロップアウトされたのでは、勇者パーティの魔法担当がいなくなるという事態になるため、ことあるごとにフォローを入れてはいるのだが、それもあまりうまくいっているようには感じていなかった。まあ、それも今日この日で、とりあえず一段落となるのだが、ヤナックはまだそのことを知らない。

 ヒカルは今日、祭りの後にヤナックに旅立ちを告げ、そのままザナックの元を離れようと考えていた。だから、いつもなら泊まって行けという村人の提案を断ることはしないのだが、今日に限ってはヤナックにも遠慮して貰っていたのだ。そのことも、どんちゃん騒ぎした後に村でゆっくり休みたかったヤナックにとっては気にくわなかったのだろう。ヒカルは、若干の申し訳なさを感じながら、それでも自分の決意を彼に伝えるため、口を開いた。

 

「まあまあ、お前にとっては悪い話じゃないぞ、俺は今日これから旅立つ。旅に出て、世界を回ってみようと思うんだ、ザナック様にはこの間話した。」

「……へえ、で、なんて?」

「旅に出て何をするのかと言われたな。」

「ま、そりゃ当然だろうね、で? あんたなんて答えたのさ?」

 

 ヤナックはさすがにこの答えを唐突に感じたのか、先ほどとは違った不思議そうな顔を向けてきた。日が落ち、あたりを夜の闇が覆い隠しはじめている。空には月が浮かび、どこか神秘的な青白い光を放っている。ターバンを頭に巻いた、24というには少し老け込んだように見える青年の顔は、対面に立つ男を見下ろしている。まだ、口髭は生えておらず、キセルも今はふかしていない。しかし彼を浮遊させているザル……もとい魔法のカゴは、現在も常用しているため、このときから標準装備だったようだ。ヒカルはゆっくりと、ヤナックにこれから聞かせるべき話を、言葉を選びながら語っていった。

 

「バラモスと死せる水の話は俺よりも詳しく聞いてるよな? ゾイック大陸の人たち……いや正確には、生物すべてが奴の脅威にさらされている。俺は俺なりの方法でそれに抵抗しようと思う。」

「戦うのか?」

「バカ言え、魔法の方はともかく、俺は直接戦闘力ほぼ皆無、一人じゃ奴とは戦えない、だけどな……。」

 

 ヒカルはあれからずっと考えていた。自分がこれからどうするべきなのかを。ザナックにはとてつもない才能があるようなことを言われたが、本人にはまるで実感がわかない。この世界の基準でいえば、人間が1年もたたないうちに系統の違ういくつもの呪文を行使できるようになるなどまずありえない。加えて、中級以上の呪文も使い手が少ないのが現状である。ヒカルもこれらの事実を聞かされて知ってはいたが、もともと魔法の類いなど存在しない世界からやってきたため、自分がどれほどの魔法の才能に恵まれているかという実感を持ってはいなかった。故に、彼は直接戦闘ではない別の方法で、バラモスとその軍団に対抗することを考えたのである。

 

「バラモスの軍団に対抗できる勢力をつくる。」

「!!」

「多少リスクはあるが、世界に魔法を広め、剣や格闘技以外の対抗手段、具体的に言うと魔法の使い手を増やそうと考えているんだ。」

 

 ヒカルが原作を見て思ったことが、味方側の魔法戦力が著しく少ないことだ。『青き珠』の能力はともかく、呪文が使えない『勇者』と、『戦士』に『力持ち』、ほかにも作中描写を見る限り、人間側は魔法職がほとんどいない、いや皆無だった。これでは低級モンスターですら呪文が使えるバラモスの軍勢には太刀打ちできない。幸い、バラモスがガイムを動かしてアリアハンに攻め入ってくるまで、原作通りならまだ10年以上ある。その間に魔法職を育てられるだけ育ててみたい、というのが彼の考えだった。

 

「……とんでもないこと考えるね、あんた。」

「できるかはわからないけどな、まぁ、おまえも俺がいない方がやりやすいだろう、おまえにはおまえの使命があるはずだ。」

「……お師匠から聞いたのか?」

「いいや、俺はおまえのことをはじめから知っていた。俺はこの世界の人間じゃない。」

「何だって?」

 

 ヤナックはさすがに驚いた顔をした。そして、その言葉の真意を確かめるように、ヒカルの顔をじっと見つめている。

 ヒカルはヤナックに、ザナックにしたのと同じように自分の身の上を話して聞かせた。ザナックからあらかじめ説明してもらってもよかったが、どうしても自分の口から伝えたかった。嫌われていることを感じていても、ヒカルの方はヤナックを嫌いになれない。原作を見ていたときから好きなキャラだったこともあるが、実際に接してみて、ヤナックの人となりを知ったことの方が影響は大きかっただろう。いざというときの行動力、内に秘める優しさ、どれも自分にはないものだと感じていたからだ。なんだかんだいって村の子供たちからも好かれている。だから、自分のことは自分の口から話したかった。

 

「……そうか、だからお師匠は何も言わず、あんたを受け入れたのか。」

「俺のことは嫌いなままでかまわない。でも、勇者たちにはおまえの力が必要だ。おまえが出会う時点で、勇者はまだ15だ。強大な敵と戦うには、年長者の助けが絶対に要る。だから、ぜひ立派な魔法使いになってほしいんだ。」

「正直いうとね、俺はあんたの才能をねたんでいたんだと思う。何でもぽんぽんこなしてしまうし、お師匠様に気に入られてるし、かわいい女の子2人といいことしてるし、それに比べて俺は……。」

「なぁ、ヤナック。」

 

 いつの間にかカゴから降りて、うつむき加減になって立ち尽くしているヤナックに、ヒカルは言葉をかけた。今度はいつもと違う、自信のなさそうな弱々しく揺れる瞳を向けてきた。彼も不安だったのだろう。それはそうだ。普段から散々出来損ない扱いをされていたところへ、出来のいい弟子が増える。師匠の注目は黙っていても自分から離れ、不出来な落ちこぼれだという劣等感が強くなり、元々たいしてなかった自信も急速にしぼんでいった。相手に敵対心の一つでも燃やさなければ、潰れてしまいそうだったのだろう。

 

「ザナック様が、なんでおまえを見捨てないと思う? あれだけさんざんに叱りつけて、ぶったたいて、それでもおまえを手放さないのは、なぜだと思う?」

 

 ヒカルは原作の後半の場面を思い出していた。ザナックは確かにヤナックは不出来だと思っているだろう。しかし、それでも最後には彼のあり方を認め、弟子として誇りであるとまで言った。そんな男が本当に落ちこぼれである訳がない。

 

「おまえの才能のことは俺にはわからん、ただ……。」

「ただ……?」

「魔法は、使う者の心を反映する。たぶんザナック様は、おまえの心の方を買ってるんだと思うぞ。おまえは確かに、スケベで酒好きでいい加減だが、周りの人たちの幸せを、誰より願っている。魔法を修行してんのも、使命のためだけじゃあないんだろう?」

「ヒカル、おまえ……。」

 

 ヤナックは目を丸くしてヒカルを見つめている。彼が師匠の真意を知るのは、老賢者が死ぬ間際だった。しかし、今ここには、いつも叱りつけてくる師匠の真意を伝える第三者がいるのだ。ヤナックが自分に秘められた才能を余すところなく開花させることを願い、ヒカルは別れの言葉を口にする。いつか、そう遠くない未来に、酒好きの彼と杯を酌み交わすことができることを、心の中で願いながら、しかし言葉には出さない。

 

「じゃあ、俺は行くわ、また会おう兄弟。」

「……ああ、またな。」

 

 月は魔力の象徴だとか、今宵は、魔法使いの旅立ちにはもってこいだ。ヒカルはヤナックに背を向け、いつの間にか闇に染まった空に青白い光を放つ満月を仰ぎながら、呪文の詠唱に入る。

 

「天の精霊よ、翼を持たぬ我の翼となりて、()の地へ導け。天よ、繋がれ!」

 

 青白い光がヒカルの体を包み込む。体が浮き上がる感覚が全身に伝わっていく。

 

「ルーラ!」

 

 この日、異世界から来た『彼』は一人で旅立った。まだ本当は、自分が何をすればいいのかわからない。それでも、何かしなければ、何も始まらない。ゾーマ以外に迫ってきている脅威の正体も、自分で確かめてみる必要がある。だが、見えているものはまだ何もない。自分の世界にとっては未知の『魔法』という力と、どれだけのアドバンテージになるかわからない『原作知識』というイレギュラーの2つだけをその手に、男の第一歩が刻まれた。

 

「行ってしまったか……。」

「はい……。」

 

 いつの間にか、ヤナックの隣に現れたザナック。ヒカルが去った後を、彼らはしばらく見つめていた。別の世界から来たという男は、バラモスに対抗する力を人々に与えるのだと言って、旅立っていった。わずかの時間でまだ初歩とはいえ様々な呪文を会得し、もはや正確に唱えられる者もいなくなって久しく、ザナックですら忘れかけていた『詠唱』という魔法の技術まで、倉庫でほこりをかぶっていた古文書の中から見つけ出して見せた。才能もそうだが、人を導くことのできる大きな力を感じる。勇者ではないが間違いなく『英雄』の器を持つ者に相違ないだろうと、老人は確信していた。

 魔法を広く伝えることには当然リスクもある。強大な力であるために、悪の手に渡れば災厄を招くことも十分にあり得る。しかし、多くの者たちはまだ知らないことだが、邪悪な力を宝石に宿して作り出されたモンスターたちが、わずかではあるが各地に出現しはじめ、その頻度は徐々にではあるが増え続けている。奴らは弱い存在であっても低級の魔法を易々と使いこなせる個体も数多くいる。利益とリスクとを天秤にかけた場合、やはり魔法を広める方が最終的に有益であろうと判断できた。それに――。

 

「あやつなら、人を見抜く目は確かじゃろう、ホッホッホッホッ。」

 

***

 

 ヒカルは旅の準備を整えるため、リバーサイドから少し離れた小さな集落へ立ち寄ることにした。夜であるため入り口にある門は閉ざされており、見張りとおぼしき人物が物見(やぐら)から外を監視している。リバーサイドほどではないが、そこそこ頻繁に訪れているため、もう顔なじみになっているその人物に、ヒカルは通してくれるように合図をする。

 

「おや、ヒカルじゃないか、旅支度なんかして、こんな夜更けにどうしたんだ?」

 

 物見櫓から男が降りてくる。今日の回り番は武器屋の店主らしい。地面に降り立つと彼はにこにこしながらヒカルの元へ向かってくる。

 

「ああ、ちょいと世界旅行にね、今日はもう遅いから、ここで休んで、明日の朝旅立とうと思ってさ。」

 

 それからヒカルは武器屋の店主と軽く世間話をした後、とりあえず今夜は一晩休んでから、明日、必要な物を買いそろえようと、道具屋の女主人が営む民宿へと向かって歩き出した。

 

***

 

 翌日、ヒカルは集落にある道具屋で、薬草などの回復アイテムを購入した後、防具屋で旅人の初期装備をそろえた。魔法職であるため、軽くて丈夫で動きやすい物を中心にチョイスした。購入した薬草、毒消し草、旅人の服、木の帽子と、昨日の昼間にリバーサイドの道具屋のおかみさんから半額で譲って貰った聖水の瓶が数本、それが装備を含めた、現在の彼の持ち物である。そして、護身用のナイフでも買おうかと、最後に武器屋を訪れる。

 

「ようヒカル、武器が必要かい?」

 

 昨晩、夜の見張りをしていた店主が、カウンターから声をかけてくる。一晩眠っていないはずだが、眠そうな顔をしているということもなく元気そうだ。

 

「う~ん、俺魔法使いだから、護身用のナイフとかあればほしいんだけど。」

「ああ、それだったら……、ほれ、これ、餞別代わりにくれてやるから、持っていきな。」

 

 店主が渡してきたナイフを受け取り、鞘から引き抜いてみる。通常のナイフとはかなり異なったギザギザの刀身が姿を現した。ピンク色で目立つ柄の部分といい、ゲームでいうところの「どくがのナイフ」と特徴が一致する。マヒ追加という特殊効果を持った、初期装備にするにしては高価な武器である。

 

「どくがのナイフ?! これ、けっこう高価なものじゃ……。」

「い~からい~から、気にすんな、それより、最近妙な魔物が増えて、なにやら世界中きな臭くなってきやがった……おまえは死ぬんじゃねえぞヒカル。せっかくかわいい嬢ちゃんたちにぞっこん惚れ込まれてるんだからな、がっはっはっはっ。」

 

 遠慮するヒカルに気にするなと手を振って、武器屋の店主は豪快な笑い声を上げる。店主に礼を言ってナイフを鞘に収めて装備すると、ヒカルは武器屋を後にするのだった。

 集落の代表者にあいさつをして、ヒカルは昼前に旅立った。この村のすぐ近くの森を抜けて、とりあえずどこか港町に行ってみようと地図を広げる。アリアハン周辺は原作の流れに影響が大きいので、今は近づかないことにした。地図上の一番近いのは村だが、その先にある街くらいまでなら日没前には到着できそうだ。とりあえずの目的地を定め、彼は半年ほど慣れ親しんだ地を離れ、旅立った。

 最初の数日は何事もなく過ぎていった。モンスターも弱く、初級の魔法があれば苦戦はしなかった。ただ、最初の村で1泊した後、次の町までが思っていたよりも遠く、広大な山中にある小さな集落を見つけては、そこで休みつつ進んでいくことになった。その日も、村というには小さな集落で朝を迎えたヒカルは、これからどこへ向かおうか、数日間で見慣れた地図とにらめっこをしながら考えていた。そして、彼が今日の目的地を定め、いざ歩き出そうと顔を上げたときだった。

 ガサガサと草が揺れる音と、何かの気配を感じて、ヒカルは一瞬身構えたが、邪悪な感じがしないのでとりあえず構えをとく。おそらく小動物だろうが、動物でも急に襲いかかってくることはあり得るので、慎重にゆっくりゆっくり歩を進めていく。今までにもこんな場面は数多くあったはずだが、それでもこういうときはいつも緊張するものだ。彼が次に目にするのはどのような光景であろうか、それは本人にも分からない。

 

to be continued




※解説
ルーラ:みんな大好き移動呪文。作者も使えるものなら使ってみたい呪文№1。Ⅰではラダトーム城にしか行けなかったが、Ⅱでは最後に復活の呪文を聞いた場所に行けるようになり、Ⅲ以降は一度行ったことがある町や村などに行けるようになった。初期は消費MPが8と高かったが、後の作品では2とか1とか。モンスターズに至っては石碑? の力を使うためMPを消費しない。ただのマップセレクトである。空が見えていないと使用できないという欠点があり、洞窟や建物などの閉鎖空間では天井に頭をぶつけてしまう。
ちなみに、二次創作ではイメージをはっきりと思い描ける場所ならばどこへでも行けることが多い。
薬草:冒険の初期には大量に持ち歩いてお世話になる人も多い、最下級の回復薬。初期のシリーズではこれ以外に回復薬がないという鬼畜使用。Ⅳでようやく出てきた上位回復薬は、なんと味方全員を全回復させる最高級仕様だった。よってドラクエでは回復を主に呪文に頼ることになるため、回復職(ヒーラー)なしだと難易度が跳ね上がる。隠し要素だが、やみのころもを剥ぎ取ったゾーマに多大なダメージを与えられる。
毒蛾のナイフ:奇妙な形をしたナイフ。マヒの追加効果があるので、攻撃力の割には便利な武器。ドラクエには状態異常の追加効果付きのアイテムが少ない。ちなみに、似たような名前を持つ「毒蛾の粉」とは効果が全く違う。蛾の種類でも違うのだろうか?

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