【凍結】ドラゴンクエスト 勇者アベルともうひとつの伝説   作:しましま猫

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第6話です。ここからリメイク前と少しお話が変わっていきます。なるべく、原作に出てきたキャラを多く登場させたいと思っています。
もし、出して欲しいキャラなどの要望がありましたら、活動報告の方へコメントお願いします。


第6話 豪商ゴルド 港町に潜む邪悪な影!

 カザーブの村を出発し、いくつかの町や村を経由して、ヒカルたちは大陸北西の港町マイラにたどり着いた。ゲーム的に言えば森の中で温泉が名物の村だったはずだが、この世界では港町である。

 

「うわ~、すっごい人だね~。」

「こらこらミミ、あまりはしゃがないの、恥ずかしいでしょう?」

「まあまあ別にいいじゃないの、珍しいものがたくさんあって楽しそうだし、はしゃぎたい気持ちは分かるよ。」

 

 はしゃぐミミをなだめるモモを、ヒカルは笑いながら眺めていた。あれから、ここまでくるのに1ヶ月以上の時間を要した。この世界の移動はもっぱら徒歩か馬車である。大きな街道でも舗装されているなどということはなく、ヒカルの元いた世界のように車などがあるわけではないので、移動時間はヒカルの感覚からすれば相当に長くかかるものだった。さらに、未知の場所への移動となれば、ルーラを使うわけにもいかない。今はもう慣れたが、最初は疲労でヘトヘトになり、村や町に着くたびに宿屋で速攻ベッドへダイブ、ということが繰り返された。だから今のように、新しい街についてすぐに周りを散策しているというのは、それだけの間、旅に身を置いてきたということである。

 

「とりあえず、宿を取ってから、トフレ大陸に渡る船に乗る手続きをしなければいけませんね。」

「そうだな、まあでも、宿を取ったらとりあえず昼飯でいいんじゃないかな。急ぐ旅でもないし。」

「わ~い、ごはん! ミミお腹すいちゃった。」

「よ~し、とりあえず宿へゴー!」

「お~~!」

 

 手をつないで歩きながら拳を高く上げてはしゃいでいる主人と妹を眺めながら、モモはいつもと同じ柔らかな微笑みを浮かべていた。あれから、ミミは少しずつ安定して呪文を使えるようになり、自分だけの特別な能力(ちから)も手に入れたようだった。立ち直った彼女は魔法使いとしてもそこそこ優秀で、戦闘の際にも必要以上におびえることはなくなった。そんな妹の変化を嬉しく思うとともに、主と決めた男への敬愛が、より一層深く強固なものになっていくのを、彼女は感じていた。

 街の入り口から港へ向かう大通り沿いにはいくつもの店が軒先を連ねている。もうすぐ昼時とあって、飲食店の準備中の札が営業中に変わりはじめている。宿屋に部屋を借り、荷物を置いたヒカルたちはそんな中の店の1軒に足を踏み入れた。

 

「いらっしゃい、奥の席が空いてるからそっち座っとくれ。」

 

 店に入ってすぐ、キセルをふかした恰幅の良い女性が指し示す席へ、ヒカルたちは腰を下ろした。テーブル席の他に調理場に直面したカウンターが設置されており、店の雰囲気から酒場のような場所だと分かる。現実の世界でもあるように、夜は酒場として営業し、昼は食事を振る舞う店であるようだった。モモが店員を呼んで慣れた様子で注文をすると、ほどなくして皿に盛られた料理が運ばれてくる。この世界では庶民の口にする料理は単純な味付けのものが多く、シンプルに素材の味を生かしたものになっている。生野菜のサラダに、ほどよく焼き目のついた骨付きの鶏肉、魚介と野菜を煮込んだと思われるスープに、様々な果物。それらを笑顔で頬張りながら、ミミは時たまヒカルの方を向いてにこにこと笑っている。そんな彼女の顔についた食べかすを時々ナプキンで拭ってやりながら、ヒカルは苦笑を浮かべる。

 

「おまえなあ、もう少し落ち着いて食べろ、まるで小さな子供みたいだぞ。」

「もうミミったら、しょうがない子ね。」

 

 2人にそんなことを言われても、ミミは幼い子供のような食べ方をやめたりはしない。ヒカルと桃ももう慣れたのか、あきらめているのか、それ以上無理にやめさせようとはしなかった。彼らも口元を汚すようなことはないものの、その体格からはちょっと信じられないような速度で料理を平らげていた。

 

「おやまあ、3人とも良い食べっぷりだねぇ、気に入ったよ。」

「いや~、お恥ずかしい、あんまりうまかったから、ついね。」

 

 先ほど席を案内してくれた、おそらくこの店の主人なのだろう女性は、豪快な笑いを浮かべて機嫌良さそうにしている。事実、この店の料理は素朴ながら、その味は旅でつかれた体に活力を与えてくれるような、そう、家庭で母親が作ってくれるような、そんな暖かみのあるものだった。

 

「船に乗るのにずいぶんと手間がかかるんだね、ちらっと聞いた話だけど、なんだか船賃もやけに値上がりしてるみたいだし。」

「ああ、あんたたちこの町は初めてだね? 実はねえ、最近、大金持ちのゴルドっていう商人が港を牛耳っちまってさ、出す船の数を絞って船賃をつり上げてんのさ。」

「ほえ、そうだったの、まあ、どこにでもある話だけど、なんとも嫌な感じだねえ。」

「まったくさ、今じゃ元の船賃でやってんのはバスパじいさんを含めてほんの一握り。でもそういう連中にもゴルドが脅しをかけて、次々と自分とこに引き入れてるって話でねえ。」

 

 この店にやってくるまでの道すがら、他の大陸に渡る定期便の予約がいっぱいで、数日から1週間程度足止めを食いそうだという話を他の旅人がしているのをヒカルたちは聞いていた。船賃の方も以前より高くなったと、ぼやきながら歩いている人たちと何度かすれ違っている。一方でなんともいえないピリピリした空気が町中に張り詰めているのも、なんとなく感じていた。まだ何か物騒なことが起こるとか、そういった危険性はないだろうと思われたが、あまり長くこの街に滞在するのは得策ではないだろう。

 

「なるほど、こりゃあなるべく早く出発できるように手配した方がよさそうだね。」

「あたしもそう思うよ、船乗りたちもなんだかイラついているみたいだから、特に船賃の交渉とかは気をつけな。」

「ありがとうおかみ、モモ、代金を。」

「かしこまりました、ご主人様。」

 

 モモは所持している財布の中から、3人分の食事代をテーブルの上に置くと、立ち上がってヒカルの手を取る。

 

「それでは参りましょうか。」

「ああ、それじゃあ、ごちそうさん。」

「おいしかったよ、ありがとう。」

「ああ、良かったらまたおいで。」

 

 いつの間にかミミが、席を立ってヒカルたちの傍らまで来ている。ヒカルは入店してきたときと同じように彼女と手をつないで、店の入り口へと歩き出した。その後をモモが付き従い、彼らは悠々と店を後にした。

 

「よお、おかみよお、アレはいったい何者(なにもん)だ?」

「あたしがそんなこと知るわけないだろう? しかし、ありゃただ者じゃないね……。」

「あの娘っこたちはエルフだろう? どうみてもあのヤローの召使いかなんかだよなアレは。」

「……それにこの金払い、こんな庶民向けの店で払うような額じゃないね。ひょっとしたら、どこかの偉いさんのお忍びかもしれないねえ。」

 

 ヒカルは知らないことだったが、従者を連れ歩くような人間はこのような場所にはまず訪れることはない。原作の物語の中では明確にはされていないが、王が治める国が多く、文明も中世レベルであることから、この世界の政治体制は王制を敷いているところが多い。当然、貴族や平民、奴隷などの身分制度も確立しており、通常は従者を連れ歩くような身分の高い人間は庶民に混ざって行動することはまれであるのだ。

 

「しっかしよぉ、それにしたってエルフが人間に付き従うのかよ? あいつらプライド高くて、人間を下目に見てるっていうじゃあねえか。」

「さあねえ。けどあのお嬢さんはお高くとまってるような雰囲気はなかったし、エルフにもいろんなやつがいるのかもねえ。」

 

 おかみと客たちは、先ほど出て行った3人の珍客の話題に、しばし花を咲かせるのだった。

 

***

 

 結局、ヒカルたちは1週間後に出航予定のトフレ大陸行きの定期便を予約した。それ以前は満席ばかりで、どうやっても乗れそうになかった。キャンセル待ちという手段を執れるところもあったが、1週間くらいならば問題ないだろうと、この港で少し旅の疲れを癒すことにしたのだった。

 

「ご主人様、あそこの店に寄っていきたいのですけど、よろしいですか?」

「ああ、いつものやつか、よろしく頼むよ。」

 

 夕食までの時間帯、街を散策しながら宿へ帰る道すがら、モモが一軒の店の前で足を止める。そこは道具屋で、薬を取り扱っている旨が扉の張り紙に示されている。モモはおもむろに扉を開け、店の中へと足を踏み入れる。その後を、ミミの手を引いたヒカルが続いて入っていく。

 

「いらっしゃい、あ、いや、これは失礼、いらっしゃいませ、当店にどのようなご用でしょうか?」

「薬草を買い取っていただきたいのですが、お願いできますか?」

「はい、かしこまり、ました?」

 

 店に入ると正面にカウンターがあり、小太りで口ひげを少し生やした丸顔の店主が座っていた。店主はヒカルたちの姿を視認すると、少し驚いたような顔になったが、すぐに営業スマイルを浮かべて応対をはじめた。慣れない丁寧語を使い、少し額に汗をにじませながら、モモから大きな袋を受け取ると、店主はその袋を開けて、中のものを取り出し、鑑定をはじめたようだ。袋の中からは様々な植物が次々と出てくる。店主ははじめは硬い表情でそれらをひとつひとつ確認していたが、だんだんとその表情が驚愕へと変わっていく。

 

「こ、こりゃあ、驚いた、どれも貴重な薬草ばかりじゃないですか、いったいどこで手に入れたんで?」

「それは企業秘密ですから教えられませんわ。でも、私はエルフなので、そういう能力で自分で見つけてきたとだけ、言っておきますわね。」

「はえ~、そうですかい。こりゃますます驚いた。確かにエルフって奴は、魔法とか薬草とか道具(アイテム)とか、いろんなものに詳しいとは聞いたことがありましたがねえ、それに直接お目にかかれるとは……。」

「それで、おいくらで買い取って頂けますか?」

「う~ん、ちょっと正確な値段が出せないものもあるから、すぐに全部は買い取れませんが、少し待ってもらって、いや、いただいていいですかね?」

 

 モモが持ち込んだ薬草は、彼女特有の能力によって採取されたものである。もちろん彼女はそれらについての知識をすべて持っているが、人間の道具屋にはそれだけの知識はない。買取に時間がかかるのはどこの街でも同じことだった。そして、これらの薬草の希少価値を知った相手が破格の買い取り価格を提示してくるのも、いつもの流れであった。そのようなわけで、ヒカル一行は路銀に困ったことはなかったのである。

 

「鑑定が終わるまでどれくらいかかりますか?」

「明日の夕方までにはなんとかします。それで大丈夫ですか?」

「問題ありません。明日の夕方にまた来ます。この町の一番大きな宿に泊まっていますので、何かあったら連絡をいただけますか? あ、私はモモといいます。こちらの主人、ヒカルの名前で宿をとっていますので。」

「わかりました。それでは明日の夕方また来て、いえいらしてくださいませ。ええと、とりあえず今すぐ買い取れる文だけ、全部で8000ゴールドになります。」

「ありがとうございます。」

 

 モモは店主からゴールドの入った革袋を受け取ると、ヒカルに先ほどと同じ内容を簡潔に伝える。その様子を見て、店主はさらに冷や汗をかくのだった。

 

「やべえな、エルフを2人も従えてるなんて、ありゃあどこぞのお偉いさんに違いねえ。そそうのないようにしねえと。」

「何かおっしゃいましたか?」

「い、いえ何でもありま……ございませんです、はい。」

「それでは失礼しますね、鑑定の方をよろしくお願いします。」

「確かに、また明日、お待ちしておりや……おります。」

 

 ヒカルたちが店から出ようとしたちょうどそのタイミングで、店の扉が開き、1人の老人が中に入ってくる。老人はカウンターに向かって歩を進めながら、店主に短く用件を伝える。

 

「おやじ、いつもの薬を頼む。」

「おう、バスパじいさんか、メイヤさんの具合はどうだい。」

「相変わらずじゃな、今はなんとかやっておるが、少しずつ弱ってきておる。」

「ミグちゃんもまだ小さいのに大変だねえ。この店の既製品の薬じゃあ、そんなもんだと思うぜ、薬師か医者に頼んだ方がいいんじゃねえか?」

「そうなんじゃろうが先立つものがの、ゴルドの奴が幅をきかせ始めてから、仕事もままならん。」

 

 老人は忌々しそうに吐き捨てた。ゴルドとは、さっき昼食を食べた店でも聞いた名前だ。ヒカルは自分の原作知識の中にこの老人の名前がなかったか、どういった存在だったかを可能な限り思い出していく。この老人は確か原作で、アベルたちに協力していた船乗りだろう。メイヤは知らないが、ミグは孫娘の名前だったはずだ。こういうところまで原作とそっくりなのだなと、ヒカルは妙な関心を覚えた。そして、店主とバスパの話を努めて聞き流しながら、モモとミミと共に道具屋を後にした。

 

***

 

 ヒカルたちは宿で夕食をとった後、自分たちの部屋に引き上げて地図を眺めていた。カザーブの村からここまで実に1ヶ月半、ヒカルがこの世界に来てから8ヶ月ほどが経過しようとしていた。当初は春だった季節も今は夏から秋へと移り変わり、まもなく冬が訪れようとしていた。

 

「う~ん今までの距離と時間を考えると、シオンの山まで後数ヶ月かかるなぁ、まだまだ先は長そうだ。もうすぐ冬になるし、どこかで旅を中断して冬を越さないとならないかもなあ。」

「それは大丈夫だと思います。中央大陸の冬は寒く、たまに雪も降りますが、トフレ大陸やテイル大陸には、滅多に雪は降りませんから。」

「そうか、ならこのまま進んで問題なさそうだね。よし、じゃあとりあえず後1ヶ月くらいは旅を続けることになるけど、今後ともよろしくな。」

「はい、こちらこそよろしくお願いします。」

 

 ミミはいつの間にか、かわいらしい寝息を立ててベッドで眠りに落ちていた。その頭を撫でながら、ヒカルは昼間の出来事を思い返していた。ゴルドという豪商と、それに苦しめられている人々。助けられるものなら助けたいとは思うが、元々組織の末端でこき使われてきた彼には、金や権力を持っている者に対抗する手段など思いつくはずがなかった。今までのように相手がモンスターであったり、火事や地震などの災害であったなら、彼は人助けをためらったりはしなかっただろう。しかし、対人間となれば、宝石モンスターの時のように命を奪うことは、さすがに同じ人間としてためらわれた。それに、少しばかり他人より優れた能力があろうとも、それは個人より大きな集団に対してはたいした役には立たないことを、彼はよく知っていたのだ。しかし、この町のピリピリした雰囲気の中に、何か粘り着くような嫌なものを感じ取り、ヒカルはゴルドという人物について、これ以上の情報を集めるべきかどうか迷っていた。

 

「どうかなさいましたか? ご主人様?」

「え、あ、いやなんでもない。」

「……街の人たちの話、ゴルドとかいう商人のことが気になりますか?」

「はは、かなわないなモモには。いや、街の人たちを助けるのはたぶん権力のない俺には無理だろうけどさ、なんかこう、背景に不自然なものを感じるんだよな。そう、なんか邪悪な気配みたいな、街の連中のピリピリした雰囲気に混じってわかりにくくなってるけど、気になる嫌なものを感じるんだ、具体的に言葉にはできないけど。」

「深入りしない範囲で、この街の情報を集めてみますか? バラモスが何かを仕掛けていたりということもありますし。」

「そうだな、明日から少し、街を出歩いてみるか。」

 

***

 

 翌日の午前中、朝食を終えたヒカルたちは街を見物しながら、それとなく情報を集めていった。ゴルドは確かに金持ちの家に生まれたが、父親の財を受け継いだだけの、たいした才能もない男だった。だが、いつのころからか怪しげな連中と手を組み始め、金の力で港を押さえ、出入りする船と船乗りたち、それに関わる者たちに大きな影響力を持つようになっていった。この町は港町であるから、港を手中に収めるということは、街のほぼすべてを掌握したに等しかった。ゴルドは港を行き交う船の数を減らし、運賃をつり上げて不当な儲けを得ていた。船を出して欲しいという需要に対して、少しばかり供給が少なくなるように調整していたのだ。しかも、船賃の安い一般向けの客船から出港数を絞っていた。急ぐ客は高い船賃を払って高級な客船に乗るしかないという状況になっていた。船乗りたちにも組合があり、最初はゴルドに抵抗していたが、金と暴力で従わされ、今では彼の傘下に入っていない船乗りはバスパをはじめ数えるほどしかいないらしい。

 

「あの店のおかみが言っていたとおりだな。」

「ええ、でも、それ以外にもちょっと気になることがあるんです。」

「ん? どゆこと?」

「ゴルドのところに、ザムエルという商人が出入りしているのですが、元々取引があったわけではなく、最近関わりはじめたらしいんです。』

「おい、まさかこのパターンって……。」

「はい、ザムエルが街に現れてから、ゴルドの様子が少しずつおかしくなったらしいのです。」

 

 ゴルドは元々は、単に金持ちなだけで特に悪人だというわけではなかった。それが徐々に金と暴力に物を言わせるような振る舞いをする人物に変わっていったのだという。どう考えても、ザムエルという人物が怪しいのは明白だ。しかも、RPG的に考えれば、もしかしなくてもモンスターかそれに類する悪者が事件に関わっているパターンといえるだろう。

 

「お話まだ終わらないの~? お腹すいちゃった。」

「こらミミ、もう少し我慢しなさい。」

 

 いつしか、日は高く昇り、宿の階下からも鼻腔をくすぐる良い匂いが漂ってきている。窓の外を見やれば、飲食店の並んでいた通りへ向かって足早に歩いて行く人の群れが見える。ヒカルはミミの頭を軽く撫でた後、腰掛けていたベッドから立ち上がった。

 

「いや、俺も腹減ったし、そろそろお昼にしよう。」

「あら、もうこんな時間なんですね。かしこまりました、ご主人様。」

 

***

 

 ヒカルたちは宿を出て、近くの食堂を探して昼食をとった。宿への帰り、あえて回り道をしながら行き交う人々の会話に耳を傾ける。他愛もない会話に混じって、昨日のように船の出航待ちで滞在しているという話や、船乗りの関係者と想われる者たちのゴルドに関する噂話などが耳に入ってくる。

 もうすぐ宿に着くというところで、ふとモモが足を止める。彼女の視線は宿とは反対の方へ向かう路地の方へ向いていた。彼女の妹は急に立ち止まったモモを不思議に思い、その理由を問いかける。

 

「どうしたのおねえちゃん?」

「……あの路地に入ってすぐの所に、何かいるな。」

「それは音でミミもわかるけど? それがどうしたのご主人様?

 

 姉に代わって答えた主人に、ミミはきょとんとした顔を向けてくる。彼女は他の2人と違い、この路地へ入ったところに存在している邪悪な気配を察知できないようだ。ヒカルは状況を目視するため、路地への曲がり角を形作っている民家の塀の影に身を潜ませ、その先の様子をうかがった。

 

「あ、あれは、昨日の、バスパってじいさんか、周りにいるごろつきみたいな連中……全部で3人、獲物は、ナイフか。」

 

 ヒカルの見据える先には、1人の老人が数人の柄の悪い男たちに取り囲まれていた。老いた顔を憤怒にゆがめながら、老人は男たちを鋭くにらみつけている。

 

「ぐっへへへぇ、おとなしくゴルドの旦那の言うとおりにしときゃあいいものをよぉ。」

「ふざけるな! 真の海の男はお前たちのような輩には決して従わん! とっとと帰れ!」

「けっけけけ、お前も適当にぶちのめして、言うことを聞くようにしてやるぜぇ!」

 

 その言葉が言い終わらないうちに、男の1人が老人に向かって飛びかかった。粗野な言動とは裏腹に、そのナイフはなかなかのスピードで、老人、バスパの肩めがけて突き出された。しかし、その先端が老人に届くことはなかった。

 

「バギ!」

 

 呪文の発動句と共に発せられた小さな空気の塊が、男の体を激しくたたき、彼はナイフを取り落として後方へ軽く吹き飛ばされた。通常であれば空気の刃で敵を切り裂く真空呪文(バギ)だが、威力を調節されたそれは、標的とされた者を直接傷つけることはなかった。それは男とバスパとの距離が近すぎたため、老人を傷つけまいとした術者の配慮であった。そしていつの間にか、先ほどまでは存在しなかった者が、男たちとバスパの間に割って入っていたのだ。

 

「ば、かな。」

 

 男たちは驚愕した。いつの間にか間に割って入ってきたこの男の動向を、彼らは誰1人として視認できなかった。素早い盗賊や武闘家ならともかく、主として魔法を扱うであろう人間の動きを、何故見切ることができなかったのだろうか。彼らは知らないことだが、飛び込む寸前にモモによって唱えられた加速呪文(ピオリム)の効果により、彼、先ほどのバギの術者である男の素早さは、何段階も引き上げられていたのである。

 

「じいさん、ケガはないか?」

「お、おお、すまん、助かった、お前さんはいったい……。」

「その話は後だ、とりあえずここから逃げるぞ。これ以上こいつらと関わるとろくなことにならない。」

 

 バスパは黙ってうなずいた。確かに追い詰められて逃げ場がなく、やむなく戦闘態勢を取ったが、武器を持った3人の男たちに囲まれていては、勝率は低いだろう。であれば、この場はひとまず安全なところまで逃げるのが最良の手だ。

 

「けっ、逃がすと想うのかよ、魔法使いが1匹増えた程度で、俺たちに勝てると思ってんのか? ああん?」

「そうだな……、人間ならそれなりに勝てる自信はあるんだが、お前らモンスター相手じゃ、やっかいなことになるかもしれないな……。」

「なっ?!」

 

 男たちと老人が驚きの声を上げたのは、ほぼ同時だった。

 

to be continued




※解説
ピオリム:味方全体の素早さを上昇させる。前に述べたことがあるように、実際の戦闘中の行動はランダム要素が大きいため、1回で確実に敵より先手を取れるようになるのは難しい。重ね掛けすることである程度敵より先手を打てるようになる。FC版のⅢでは、素早さを上げた魔法使いにピオリム↓魔法使いがドラゴラムという流れで、ターン開始時に炎をはいてはぐれメタルを一掃して経験値を稼ぐという方法があった。

さて、金の力で港町を牛耳っている富豪と、それに虐げられる人々……。これは何か起こりそうですね。よ~し、次回もドラクエするぜ!

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