【凍結】ドラゴンクエスト 勇者アベルともうひとつの伝説   作:しましま猫

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わりと早くプロットだけは上がっていたんですが、書き上げるのが結構困難でした。頭脳戦のまねごとや思惑の行き違いなど、心理戦は書くのが難しいです。自分、頭良くないなあと現実を突きつけられてました(笑)。
呪文の効果等に独自解釈がありますのでご注意ください。

※2019/1/1 誤字脱字、文章表現等を修正しました。
※2017/6/18 誤字脱字の修正を行いました。我が盟友よ、協力に感謝するぞ!
※2017/5/6 モモのセリフの始まりに「(かぎかっこひらき)がない部分がありましたので修正しました。本多忠明 様、ご指摘ありがとうございます。


第7話 脱出せよ、魔物だらけの港町!

 数本の燭台に掲げられた、ろうそくの明かりだけが周囲をぼんやりと照らしている。それらが映し出す状況から、ここが何かの建物の中であることだけは察せられるが、窓もない薄暗いこの場所からは外の様子はうかがい知れない。そんな薄暗い部屋の中央には粗末なテーブルがひとつと、それを取り囲むように丸椅子がいくつか並べられている。丸椅子の一つには痩せこけた商人風の身なりの男が、テーブルに広げられた白い布の上に置かれている黒く丸い、大人のこぶし大くらいの物体に手をかざしていた。

 

「ククク、もう少し、もう少しで目標が達成される。我が主よ、今しばらくお待ちください。必ずや、ご命令を成し遂げて見せますぞ。」

 

 男は黒い球を布で包むと、その脇に置かれていた小箱へ丁寧にしまい込む。そしてそれを壁際にある、質素な棚の上に置くと、再び部屋の中央に戻る。そして軽く手を掲げた次の瞬間、その姿は黒い霧のようになってかき消えた。それからまもなく、燭台にともっていたろうそくの明かりが一つずつ消えてゆき、この場は暗闇だけが支配する空間となった。

 

***

 

 とある狭い路地裏で、数人の男が対峙していた。かたや3人組の男、ごろつきと表現して差し支えないだろう、日の当たる道を歩んでいるとは思えない者たちだ。かたや老人と、旅人の服に簡素な革製の胸当てを着用した細身の男だ。男は老人をかばうように立っており、周囲を取り囲む3人組を油断なく厳しい表情で見据えている。しかし、柄の悪い3人組と老人はどちらも口が半開きで、ぽか~ん、といった擬音が聞こえてきそうな表情をしている。しかし、次第に状況が飲み込めてきたのか、3人組の1人が険しい表情になり、先ほどのやや軽薄な、馬鹿にするような調子とは打って変わった、ドスのきいた声を発した。

 

「てめえ、いったい何者(なにもん)だ?」

「ただの通りすがりさ、魔法がちょっと使えるだけの、弱っちい人間だよ。」

 

 問われた男、ヒカルは何でもないことであるといった風に、軽い調子で言葉を返す。3人組の内の残りの2人の表情も次第に険しくなり、それでも何かに警戒している様子で、襲いかかってこようとはしなかった。一方、老人はまだ混乱のさなかから抜け出せずにいた。急に自分を助けに現れた謎の青年が、おそらく魔法の力であろう突風で敵を吹き飛ばしたことだけでも驚きなのに、自分を襲ってきた男たちをモンスターだと断言している。ヒカルは知らないことだが、魔法の存在はもちろん、モンスターが人に化けるという知識も、この世界の一般的な人間にはあまり浸透してはいない。ゲームであれば変化の杖や変身呪文(モシャス)などでおなじみだが、そういった魔法の道具(マジックアイテム)を目にすることは滅多にないことなのだ。

 

「野郎、このまま逃がしたんじゃザムエルさ……いや旦那に合わせる顔がねえ! 絶対にこの場でぶっ殺してやる!」

 

 3人組は何かに動揺しながらも、ヒカルとバスパに再度襲いかかってきた。しかし、彼らが不測の事態に動揺して動きを止めていたしばしの時間は、魔法使いにとってはこの上なくありがたい時間だったのだ。ヒカルは敵である男たちが接近してくる頃には、呪文の詠唱を完全に終えていた。

 

「風の精霊よ、我に襲い来る者どもを退けよ、バギ!」

 

 再び、ヒカルの放った真空呪文(バギ)の突風が3人組を襲う。その威力は先ほどとは比べものにならず、大人の男を3人まとめて数メートル吹っ飛ばし、地面にたたき伏せた。しかし相変わらず、敵を切り裂くようなことはなく、ただ相手を退けるためだけに放たれたものであった。

 

「2人とも、来い!」

「はい!」

 

 塀の陰から二つの人影が素早く飛び出し、次いでささやくような小声で呪文の詠唱が紡がれる。早口で一気にまくし立てるようなその文言は、声が小さいこともあってはっきりとは聞き取れない。

 

「慈悲深き精霊神(せいれいしん)よ、迷える我らを救い給え、リレミト。」

 

 その詠唱が終わると同時、一瞬赤い光が放たれたかと思うと、次の瞬間にはそこにいたはずの者たちの姿は、跡形もなく消えていた。

 

***

 

「取り逃がした……、だと?」

「も、申し訳ありません、ザムエル様!」

「正体不明の、しかも人間の魔法使いか、これは計画を早めた方が良さそうだな……。幸い、準備はほとんどできている。最後の計画の実行を持って、この町を引き払うとしよう。」

 

 ひざまずいて許しを請う者には目もくれず、顔色の悪い優男……ザムエルは今後の方針を1人つぶやいた。その声は無機質で冷淡であり、人間であれば聞いただけで震え上がってしまうようなおぞましいものであった。彼は足下に這いつくばっている者たちを尻目に、邪魔に入ってきたという人間について思案を巡らす。状況から考えて、おそらく瞬間移動呪文(ルーラ)ではない何らかの転移を行ったのだろう。この世界では移動や転移に関する呪文は使い手が少ないことで知られている。消費するMP(マジックパワー)が大きいことや、呪文自体が高等術であることが主たる理由である。まして、人間はエルフやドワーフなどの多種族と比べて魔法に関する力量や知識が著しく不足している。少なくともこの世界ではそのように認識されている。よって、呪文行使を主力とする自らの部隊がこの港町で行う計画は終始、人間たちに気づかれることなく順調に進んでいたのだ。だが、空を飛ばずに転移できる何らかの手段を持ち、バギの威力や性質までも自在に操れるような存在が人間の中にいるというのであれば、その相手に警戒しないわけにはいかないだろう。

 

「しかし、問題はそこだけでは、ないな。」

 

 さらにもう一つ、ザムエルには気になっていることがあった。それは件の魔法使いがあの状況でルーラをあえて使わずに逃走したということだ。習得していないということも考えられるが、そうでないのならばあえて使わなかったということになる。赤い光に包まれて消えたというのが本当ならば、ザムエルの知っている中で最も考えられるのは脱出呪文(リレミト)か、同じ効果を持つアイテム『思い出の鈴』による転移だ。しかしどちらにしても、リレミトを町中からの脱出方法に選択するなどというのは、人間どころかエルフやモンスターでも容易に思いつきはしない。一般にリレミトは洞窟や塔、深い森の奥などから脱出するための呪文であると認識されている。そうでない運用方法を思いつくということは、よほど頭が柔軟か、魔法に関する深い知識を持っているかのどちらかだと考えられる。そして、ザムエルは後者だと推測した。逃げるだけならルーラやキメラの翼などでもよかったはずだ。さらに、転移の手段が何か分からないように小細工をしている点も気にかかる。それはつまり、目の前の敵には魔法的な何かを見抜く力がないということを、短い時間で看破したということになる。確かに、外見だけ見れば、ただのごろつきが呪文を使うことなど、この世界ではまず考えられない。しかし、相手はザムエルの部下たちを『モンスターである』と見破った上で、先の判断を下している。それは全く正解であり、抹殺対象が消え失せた理由に思い至らなかったために、部下たちはここへ戻ってきているのだ。たいして長くはないが、確実に時間稼ぎに成功している。これから、余計な動きを取られる前に、多少不完全であっても計画を実行に移すほかはないだろうと、ザムエルは判断した。

 

「我がシモベ、邪悪な『魔法使い』たちよ。」

「は、これに控えおります。」

「うむ、予定より少し早いが、これから計画の最終段階に移行する。偵察に出した『さそり蜂』共が戻り次第、行動を開始せよ。」

「かしこまりました。すべては偉大なる我らが主のため……。」

「そうだ、すべては我らが主のために。」

 

 薄汚れたローブをまとった邪悪な魔法使いたちは、不気味な笑いを浮かべながら、ろうそくの明かりの向こうに広がる闇へ溶けていった。

 

「さて、お前たちの処遇だが……。」

「ひいっ! どうか、どうか命ばかりは……。」

「……もう一度だけ機会(チャンス)をやろう、我らの邪魔をした、その魔法使いどもを始末しろ。本来の姿と力を使ってもかまわん。奴らに与する者も可能な限り殺せ。……例のバスパとかいうじじいも、家族共々葬ってやれ。」

「へへーっ。必ず仕留めてご覧に入れます。」

「おそらく、奴らはバスパの家にまず向かうはずだ。奴らが逃げないように、町中の監視体制を整えるのを忘れるな。」

 

***

 

 リレミトによりモンスターたちから逃げ出し、町の入り口付近へ転移したヒカルたちは、目立たぬように人混みに紛れ、あるいは物陰に身を隠しながら、町外れにあるバスパの家に向かっていた。あのとき、ヒカルはあえてルーラを使用せず、ミミの習得しているリレミトでの退散を図った。ルーラの移動速度は通常、目視できないほど高速ではあるが、空を飛んで移動していることには変わりない。モンスターの視力であれば人間のそれとは比較にならないほど良い可能性もある。敵が仲間と遠距離で連絡を取る手段を有していた場合、到着地点で襲撃される可能性が多少なりともあった。バスパを襲った者たちには、おそらくもっと多くの仲間がいるはずであり、そういった連中にこちらの行動を何かの手段で監視されているかもしれない。それらを総合して考えると、あの場でルーラを行使することは愚策であった。ただしリレミトにしても、その効果を熟知していれば同じように街の入り口付近で待ち伏せていればよく、危険度は変わらない。それゆえどうやって姿を消したのか判別できなくするため、相手に詠唱を悟られないようミミに指示を出したのだ。そもそも、通常ドラクエのゲームにおいては町や村などではリレミトは使用できない。ただ、モンスターに乗っ取られた町など、ダンジョン扱いになっている場所ならば使えることもある。この世界の呪文書には『迷宮、森、建造物の中など、迷ってしまったときに唱えれば迷いの道より抜け出せるだろう』といった文言が記されていたため、以前訪れた町で試しに使ってみたところ、見事に入り口近くへ転移できることがわかったのだ。

 バスパを含むヒカルたち4人は、周囲を警戒しながら、それでもなるべく急いで町の中を移動していたが、やはりというか、人に化けたモンスターの姿をあちこちで見かけていた。彼らは外見に関しては完全に人の姿となっており、普通の人間ではまず見破ることができないだろう。――ではなぜ、ヒカルたちはその存在を感知することができたのか? という疑問が生まれてくる。どうしてかは分からないが、ヒカルには邪悪な存在、宝石モンスターを直感で感じ取れる能力(ちから)が身についていた。そのため、この町の殺伐とした空気の中にも違和感のようなものを常に感じていたのだ。そのことが、彼にゴルドの周囲を調べようという気を起こさせ、結果としてバスパを助けるという現在の行動に繋がっているわけだ。

 人の集団に溶け込んでいるモンスターたちが襲ってこないことに、ヒカルは内心安堵していた。おそらく、監視があるならば自分たちの動向は相手に筒抜けだろう。ドラクエに監視魔法の類いはなかったはずだが、水晶玉1つで目的の場所が見通せるトンデモ能力も存在していた。たとえ見つかっていたとしても、大勢の人のいるところで騒ぎを起こすことはしないだろうと踏んでいたが、何せ相手はモンスターだ。いきなり襲いかかってきたり、こちらの知らない特殊能力で攻撃されたりすると非常にやっかいなことになる。

 そうこうしているうちに、市場を通り、そこから一直線に伸びる細い道をまっすぐに進むと、住宅街と思われる一角へたどり着いた。老人は何軒かある同じような外観をした家の前を通り過ぎ、その先、ちょうど道の行き止まりにある広めの敷地の前で一度立ち止まった。そしてあたりを見渡し、安堵したように1つ短いため息をついた。とりあえず、見渡してみる限りでは、家に誰かが押し入ったり、周囲に潜んでいたりということはなさそうだ。バスパは再びゆっくりと、周囲の家々よりも大きな、しかし決して立派とはいえない家の扉へと歩を進める。

 

「今帰ったぞ。」

 

 そう言いつつ、答えを期待していないのか、老人は家のドアを押し開け、そのまま中へ入っていく。ヒカルたちは黙って老人の後に続いていった。中は広い作りではあったが、配置されているテーブルや椅子、棚や台所に至るまで、おそらく手作りなのであろう無骨なものだった。見た目から食器棚であろう場所に並べられている粗末な皿やカップなどを見れば、この家が貧乏ではないにしろ、決して裕福でもないということが一目で分かる。バスパはテーブルに4つある椅子の一つにどかりと腰を下ろし、残りの椅子に適当に座るようにヒカルらを促した。老人のすすめに従って、客人である3人がすべて椅子に座り終えた頃、入り口とは違う方向にある扉の一つが開かれ、1人の人物が姿を現した。

 

「お帰りなさい、お義父(とう)さん。」

 

 入り口で老人を出迎えたのは、素朴な感じのする若い女性だった。しかし、その顔には生気がなく、昨日道具屋でバスパが語ったとおり、何らかの病に冒されているであろうことが一目で分かる。

 

「起きていて大丈夫なのか? メイヤ。」

「はい、そろそろお夕飯の支度をしないといけませんし。」

 

 メイヤはそう言って笑顔を浮かべたが、それが無理をしているものだということは、この場の全員が即座に感じ取った。特に薬師であるモモは、いつもは見せないような険しい顔つきになって、バスパに問いかける。

 

「なぜ、あのような状態になるまで放っておかれたのですか?」

「何?」

「詳しいことは診察してみなければわかりませんが、あの方の病は適切な処置をしなければ、徐々に進み、最後は死に至るものです。……失礼ながら、先日道具屋さんでのお話を偶然聞いてしまいました。」

 

 そこまで言うと、モモは一度目を閉じて、軽く息を吐き、そして再度、真剣な瞳でバスパをじっと見つめた。

 

「あなたがゴルドという方の方針に反対している数少ない船乗りだと、町の噂話で耳にしました。たくさんの方が不当な値上げを容認していく中、あなたは決してそれに屈しないのだと。それはとても勇気のある、立派なことなのかもしれません。ですがバスパさん、あなたの意地やプライドは、家族をあのような姿にしてまでも、守らなければならないものなのですか?」

「うっ……。」

「よせ、モモ、それは俺たちの立ち入っていい話じゃない。」

「……申し訳ありませんでした。」

 

 モモはヒカルに制止されてすぐに、謝罪を述べて頭を下げたが、納得などしていないのはその表情を見ればすぐに分かる。バスパは苦しげな表情を浮かべ、ぽつりぽつりと言葉を吐き出した。

 

「儂だってなぁ、大切な息子の嫁を、こんな姿になんかしたくはなかった。じゃが、ゴルドの、いやザムエルの思惑通りになれば、今よりもっと恐ろしいことが起こる、どうしてもそんな気がして仕方がない。」

 

 実際、老人の勘は当たっていた。ザムエルが何の目的でゴルドを動かしているのか、それはまだ分からないが、人に化けた魔物を使役してまで、平凡な港町を支配下に置き、住人や旅人に害を与えているのは、何か、支配して利益を得る以外の目的があるからだろうとヒカルは考えていた。問題なのは、その目的がいまだほとんど見えてきていないということだ。

 

「じいさん、さっきも言ったが、あんたを襲った連中は人に化けた邪悪なモンスターだ。本来の姿まではわからないが、ああいう連中が町の中にうようよいやがる。おそらく、ゴルドの手下として働いている連中は、ほとんど化け物だと思って間違いないだろう。」

「なんと……! それではこの町はモンスターに支配されておるようなものではないか……!」

 

 バスパは愕然とした。人間の金持ちがごろつきを雇って町を牛耳っているものだと思っていたのだから、それは当然の反応だろう。もはや事態が、自分のちっぽけな意地やプライドでは、ほんのわずかな理とも動かすことはできないのだと、老人はこのとき、はっきりと悟った。悟ってしまった。それと同時に、目の前のエルフの娘に問われた内容が、まるで重たい鉄の塊のように、老いぼれた身体に重くのしかかってくるのを、バスパは感じ始めていた。彼は船乗りとしての良心に従って、仲間たちや客のことを思って頑固な姿勢を貫いてきた。それはある方位から見れば、不器用ではあるが筋の通った、どちらかといえば善行だと言って良いだろう。だが、それは家族を持つ1人の男として、正しい行いだったのだろうか? 現在、バスパの息子は大きな漁船に雇われ、遠洋漁業に出ておりしばらくは戻ってこない。その間、嫁と、まだ乳離れもしていない幼い孫娘を守るのは、彼の責務ではなかっただろうか? バスパはここに来て初めて迷い、うろたえた。しかし、この緊迫した情勢は、彼らに悠長に考える時間を与えてはくれなかった。

 

「ご主人様……!」

「やはりというか、当然だな。少し遅いくらいだ。おおかた上の奴に指示でも仰いでいたんだろうな。」

 

 いつのまにか、モモが椅子から立ち上がっており、部屋に一つあるあまり大きくはない窓から外をにらみつけている。それはいつも優雅な微笑みを絶やさない彼女に似つかわしくない、鬼気迫る表情であった。妹のミミも椅子から動いてはいないが、その目は窓の外を見据え、姉と同様に険しい表情となっている。こちらも、いつもの幼さ、無邪気さとはかけ離れた顔であった。窓の外は西日が差し込んでおり、その色は黄色から徐々に赤みを増しはじめている。その景色はいつもと変わらず、何か特段おかしなものが見えるというわけではない。市場の方からこちらへ向かってまっすぐに伸びている細い道と、連なる家々が視界に映り込んでいる。それ以外は何もないように見える。あくまで『人間』の視力で見える範囲では、という注釈がつくのだが。

 モモとミミのエルフとしての常人離れした視力は、はるか遠くからこの家に少しずつ近づいてくる敵の姿を捉えていた。同時にヒカルの邪悪な気配を感知する能力も、近づいてくるどす黒い殺意を、その中核となっているであろう邪悪な宝石の黒い輝きを、鮮明に捉えていた。

 

「奥さん、この家に他に誰か住んでいますか?」

「……、え、ええ、娘のミグが、まだお昼寝していますけど……。」

 

 モモに突然質問を投げかけられ、顔色の悪いこの家の嫁は、さらに顔色を悪くしてか細い声で答えた。義父や客人のただならぬ雰囲気から、自分たちに何か危機が迫っていることを察したためだ。

 

「じいさん、この家は何階建てだ?」

「二階建てじゃが、それがどうしたんじゃ?」

「全員で、上の階の窓のある部屋に集まろう、ここから撤退する。」

「お、おい、逃げると言ってもいったいどうやって……。」

「説明している時間が惜しい、言うとおりにしてくれ、頼む。」

「……わかった、お前さんを信じよう、若いの。」

 

***

 

 無骨に組み上げられた木造の家屋には、それでもしっかりとした作りの2階があった。ヒカルらはちょうど西日が差し込んでくる大きな窓のある部屋に全員が集まっていた。ヒカルとモモ、ミミのエルフ姉妹に、バスパ老人、その息子の配偶者であるメイヤと、娘のミグである。モモに抱きかかえられているミグはまだ半覚醒状態で、母親ではない者に抱かれているのがわかりはじめているのか、軽くぐずりだしている。

 

「大丈夫だ、悪いけどもう少し眠っていてくれな。」

 

 ヒカルはミグの頬をやさしくちょんちょんとつつくと、その身体に手をかざして詠唱をはじめた。

 

「慈悲深き大地の精霊よ、我と汝の盟約に従い、無垢なる者を優しき夢の中へ誘え、ラリホー。」

 

 通常の戦闘時よりも長い詠唱の後、ヒカルの手から放たれた淡い緑色の光が幼子を包み込み、開き駆けていた瞼が再び、完全に閉じられた。

 

「お、おお、ミグ、大丈夫なんじゃろうな?」

「ああ、心配ない、眠りの呪文をごく弱くかけた。あと1時間くらいは眠り続けるだろう。」

 

 ヒカルは呪文の効果を小さくコントロールするため、普段とは違う長い詠唱を行っていた。生命を慈しむといわれる大地の精霊に呼びかけ、幼いミグを眠りと共に守護してくれるように『契約』を結んだのだ。

 

「ご主人様、あいつらもうすぐそこまで来てるよ!」

「大丈夫だ、奴らがこの家に入ってきてからが勝負だ、それまで落ち着いて相手の動きを探るんだ。扉を破る音が聞こえはじめたら、俺は呪文を唱えるから、ミミは奴らがこの家の中に全員入ったタイミングで合図してくれ、できるよな?」

「うん。」

 

 ミミはヒカルの問いかけに大きくうなずくと、息を潜め、窓から自分の姿が見えないように身を隠した。他の者たちはすでに部屋の隅へ固まって息を潜めている。ヒカルは一度に大勢を対象にした呪文を唱えたことがない。そこで詠唱に集中するため他の感覚をできるだけ遮断するように努めた。その間、ミミの優れた聴力によって、呪文の発動タイミングに関するサポートをしてもらうことにした。モモは殺気などの気配をある程度は感じ取ることができるが、かなり近づかなければ察知できない。それはせいぜい自分の周囲のごく限られた空間、それこそ今いる小さな部屋一つ分くらいの範囲でしかなかった。ミミの方は気配の察知はほとんどできないが、姉よりも視覚や聴覚といった感覚が鋭敏であり、今回のように敵が荒っぽい手段に出てきてくれているのは好都合であった。これが隠密性に優れた盗賊などに警戒するとなれば、別の手段を考えなければならなかっただろう。

 部屋の窓はすでに開け放たれ、日没が近づいてくるに従って低下してきた外気が部屋に吹き込み、一同の身体を震わせる。やがて、階下でどんどんという不快な音が鳴り響いた。ヒカルは自分の周囲にいる面々を見渡し、改めて全員がそこにいることを確認した。そして目を閉じて精神を集中し、呪文の詠唱に入る。

 

「天の精霊よ、翼を持たぬ我の翼となりて、彼の地へ導け。天よ、繋がれ……。」

 

 ヒカルを中心に放たれた魔力は次第に淡く青白いドームのように、その効果対象となる者たちを包み込んでいく。全員が効果範囲に入ったことを感覚で察知すると、彼は一度ふうと長く息を吐き、その口を閉ざした。一種異様な静寂があたりを包み込む。階下から確かに不快な音が聞こえているのだが、魔力の光の中はなぜか心地よい安心感に包まれていた。幼いミグが微動だにせず、安心しきって眠っているのは、先ほどのラリホーの効果だけではないのかもしれない。

 それからしばし、無言の時間が続いた。ほんの短い時間だったかもしれないし、割と長い時間だったかもしれない。そんな時間は、ドオォンというひときわ大きな音に遮られた。次いで数人の足音がなだれ込んでくるのが聞こえる。だが、侵入者の人数や詳しい動向まではうかがい知ることはできない。その中にあって、優れた聴力を持つミミは、集中して意識を研ぎ澄ますことで、襲撃者の人数と、彼らがおおよそ、下の階のどの位置にいるかということをしっかりと把握していた。

 

「ご主人様、みんな家の中に入ったよ!」

「……ルーラ!」

 

 ミミの発した言葉に、ヒカルはうなずくことで返事とし、発動句と共に今まで練り上げた魔力を解放する。淡く青白く光っていた球体からひときわ強い閃光が窓の外へ放たれ、しかしそれは一瞬の後に消え失せた。その後には最早、この部屋にいた誰1人の姿もなかった。

 

***

 

「取り逃がした、だと?」

「ひ、ひいぃいっ! お、お許しを~~! どうか、どうか命ばかりは!」

 

 薄暗い部屋の中で、痩せこけた顔色の悪い男の前で、地に伏して命乞いをする者たちがいた。彼らは皆一様に身を縮こまらせ、恐怖におびえ震えている。しかし、地に伏している姿は人間ではなかった。どう見ても、巨大なカエルだ。不気味な青い体色に、数多くのいぼ状の突出物が見える。ゲームでいうところの『ポイズントード』だろうか。

 

「もう後はないと言ったはずだな。お前らのような役立たずは必要ない。」

 

 男は抑揚のない冷淡な声でそう言い放つと、ひれ伏す3匹の大ガエルたちに向けて右手をかざした。

 

「ひ、ひいいっ!」

 

 3体の巨大ガエルはその場からなんとか逃げようと、カエルらしく大きく飛び退き、ザムエルから距離を取る。しかし、次に着地した瞬間、無慈悲な声が部屋に響いた。

 

「ギラ。」

 

 その言葉と同時に、3体のカエルたちは一瞬にして閃熱呪文(ギラ)の高熱に飲まれて焼け死んだ。あたりには肉の焦げる匂いが充満し、倒れてピクリとも動かなくなったポイズントードたちは、はじけるように光となって消え去り、3つの小さな宝石へと変化した。

 

「おのれ、忌々しい人間め……!」

 

 そう吐き捨てたザムエルの姿は、怪しげなローブを身にまとった魔物の姿に変わっていた。右手には、黒くまがまがしいオーブを携えており、その黒い球体から、暗紫色のオーラのようなものが漏れ出ているように見えた。

 

「ククク……、だが本来の計画には何ら支障はない。この町からいなくなってくれたのなら、それはかえって好都合だ。」

 

to be continued




※解説
リレミト:Ⅰからおなじみの呪文。洞窟や塔などのダンジョンから脱出することができる。本作では呪文書の記述を引用し、町でも使えたのだとヒカルが解釈したようになっている。
思い出の鈴:上記、リレミトと同じ効果を持つアイテム。ドラゴンクエストモンスターズで登場した。使い切りだが普通に道具屋で買うことができ、MPも消費しないので割と便利。
変化の杖:Ⅲから登場。外見の姿を変化させることができる。ただし、マップ配置されているオブジェクト以外のモンスターの目はごまかせない。システムの都合なのはわかるが、なんとも謎な仕様である。Ⅲでは、エルフをだまして祈りの指輪を購入することができる。ぼろ船を探すために必要な骨と交換しなければならない残念な運命である。ゲームでは姿を変えるだけだが、小説などでは能力がコピーできる場合もある。本作では姿のみコピーできる仕様とした。
モシャス:味方が使えば味方1人に、敵が使えばこちら側の味方1人に変身することができる。相手の能力をコピーできるが、その仕様は作品によって一定しない。本作では変化の杖同様姿を変えるだけにした。
ギラ:閃光で敵を焼き払うギラ系の初級呪文。最も早く覚える範囲攻撃呪文であり、初期の敵ならば一グループをまとめて一掃できる。これを覚えているのといないのとでは初期の攻略難易度にかなり差が出る。
ラリホーの詠唱:対象者を強制的に眠らせるラリホーは、ダメージを受けても覚醒することがないほど強力なので、そんなものを幼児にかけるのはちょっとなあ、ということで、理由をつけて威力を調整しました。ミグちゃんはまだ1歳半~2歳くらいの設定です。

一応、原作開始までのプロットは書き上がりましたので、これからぼちぼち書き進めていこうと思います。……10年分の物語を(え)。
引き続き、感想、誤字脱字報告等頂けますと助かります。
あと、活躍させて欲しいキャラを引き続き募集中です。活動報告かメッセージの方へお願いします。感想欄は規約でダメらしいので。

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