松浦果南はぶきように恋をする

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ぶきような水瓶座

ときどき、普段は気にならない音が煩わしく思うことがある。

今日がそのときだった。

ざああ、と雨が窓をたたく音。いつもならリズミカルにとんとんと机をたたいてみせるのに、今日はそんな気が起きなかった。

雨天だが、ダイビングショップは休みではない。とはいえ、流石に来る客はいなかった。今日みたいな日は、海に光は届かず、透明で綺麗な海の様子は楽しめないし、なにより冷たい。

幸いなのは予約客がいないことだった。キャンセル待ちの電話を待つ必要も、こちらから打診する必要もない。

 

「はあ……」

 

柄にもなくため息をつき、テーブルに顔を伏せる。

原因はなんだろうか、だなんて目を伏せて。

今日はあの人は姿も見せなかった。あんなことを言った後じゃ、顔を見せにくいのかも。男らしくないと思えば、もやもやとした気持ちが渦巻いている。ぐにゃぐにゃとした形の、何とも言えない色を重ねて塗ったような、まるで大理石の模様のようなその気持ちをつかもうとすると、ぬるりと零れ落ちる。

いやどちらかと言えば、自分から手を引いてしまうようなそんな感じ。

私ってこんなだったっけ。

店兼家には誰もいなくて、少しさびしい。だけどそんなことを言える人は今いなくて、重ね模様に拍車がかかる。

こんな感情のときは走ってスッキリしたいところだが、あいにく外は雨。雨がなにもかもを台無しにしていた。

心の切り替えには自信があったが、今回ばかりは降参だ。

雨に叩かれ、水滴が滴っていく窓には、私の陰鬱な顔が映っていた。

 

私の名前は松浦果南(まつうらかなん)

父親のダイビングショップを手伝っている高校三年生。さばさばしてて、物事にこだわらない性格のつもりだったけど、最近ではそれも言えなくなってるかな。最近ではとある人物に釘付けだから。

見知らぬ人ってわけでもなくて、むしろ結構仲のいい人。

 

「なんで私が悩まなきゃいけないんだか」

 

ぼそりと呟いたそんな愚痴も、ただ静寂へと吸い込まれていく。

常連の男の人。ちょっとかっこよくて、ちょっと抜けた人。大人っぽく見えるのは、彼が大学生だからだろうか。

うちを贔屓にしてくれて、ここ数か月でけっこう話すようになってきた。駅前で会ったときは、ファミレスで一緒にご飯を食べながら談笑するくらいには。

 

そんな彼が告白してきたのが、つい先日のこと。

今日とは比べ物にならないほどの晴れ渡る空の日。

体験ダイビングを通して、煌めく海の世界の虜になった彼は、その日はライセンスを手に入れてやってきた。

初心者ではない人とダイビングするのは楽しかった。とくに海の美しさと泳ぐ楽しさを理解してくれる人とは。

一通り泳ぎ回ったあと、事件は起きた。

 

「好きです」

 

飾り気のないシンプルな言葉。

顔を赤くして、目をぎゅっとつぶって、綺麗に礼。いや、頭下げられても困る。

えらく緊張してるみたいで、身体全体がこわばっているように震えている。

こういう告白って、いまどきの人って珍しくないんじゃないの? 

かくいう私も経験があるわけじゃない。

好きです。

心の中で言葉を咀嚼して、味を確かめ、告白されたと気づいたときには混乱した。

投げかけられた言葉は飲み込めない感情に変わって、その苦しさからか、身体が熱くなる。燃えるように顔が熱を持っていくのがわかる。

 

「え?」

 

思わず聞き返す。

聞こえなかったわけじゃなくて、意味が分からなかったわけじゃなくて。

反射のように口が動いてしまった。

 

「松浦さん、あなたのことが好きです」

 

さっきより、身体が熱くなっていた。

濡れているウェットスーツが一瞬にして乾く。そんな錯覚すら覚えるほど。

聞き間違いであってくれれば楽なのに、という気持ちと同時に告白されて嬉しいという気持ちも無きにしも非ず。

 

「う……あ……」

 

返事はイエスでもノーでもなくて。

 

「ちょ、ちょっと考えさせてください」

 

ひたすらにそれしか言えなかった。

いきなりのことだなんてのは、あっちが一番わかってる。彼は頷いて、その日はそれ以上なにも言ってこず何もしてこず、帰っていった。

 

「はあ……」

 

もう一度ため息をつく。

けれども結果は変わらず、考えはまとまらなかった。

嫌なら嫌とはっきり言えばいい。良いなら良いと言えばいい。

もし私ではない誰かが同じ状況なら、そう言い放っていたに違いない。

けれども、今の私自身にそれを述べても、返しに『でも』や『だけど』という迷いの言葉が枕詞のようについてしまう。

 

スマホの画面は、何分も前からメール画面のまま止まっている。

カーソルの前後にはなんの文字も書かれていない。TO欄に彼の名前だけ。

なんと言うべきだろうかと考えて、何度も文を書いては消し、書いては消しを繰り返す。

何かを言うなら、直接会って言う? そもそも彼は来てくれる?

迷って、迷って、もういいやと投げかけて、でもなんだかもやもやして投げられず。

そんなのを数度繰り返したあと、ピロンと軽快な音が鳴った。

メールだ。

間違えて送信しちゃった? と一瞬焦ったが、受信の通知だと気づいたときにはそれはそれで焦った。

彼からだ。題名は無題。内容は一行。

 

『明日、お出かけしませんか?』

 

 

 

ガラスに映る自分の姿を何度も見る。

せわしなく髪をいじりながら、ときどきその場で回りながら全身を確かめる。

服、変じゃないよね? 着替えてから今まで何度もこんなこと、誰にも相談できないし。

自分の部屋で何度も服を選びなおして数十分。かわいいやつ? 大人っぽいやつ? それともみんなに言われるような『良いスタイル』を活かしたやつ? 引っ張っては着替え、引っ張っては着替えを繰り返し、何がいいのか悪いのかこんがらがって、なに意識してんだろと無理やり振り払って、結局最後は自分の中では無難なものにした。

白のノースリーブシャツにモカカラーのロングカーディガン、下はスキニーパンツ。

着る服をどうしようかと迷って、面倒になったときはだいたい上着でごまかす。夏はそうもいかないが、今は暑さも落ち着いている。

おしゃれなんてわかんないし。わかんなくても困ったことはないし。

 

「松浦さん、待ちました?」

 

聞こえた声は低く、落ち着いたものなのに、身体が跳ね上がりそうになった。

振り返れば、件の彼がいた。

店に来たときは意識してなかったけど、なんだか、大学生というだけあっておしゃれに見える。

私が固まってしまっていると、彼はごめんなさい、と頭を下げた。

彼はよく話すようになったいまでもずっと敬語。

出会いが客と店員だったがゆえの距離感。いや、どんな出会いであっても彼は敬語だったような気がする。

彼の口からは敬語しか聞いたことがないから、そう思うだけかな。

 

「ま、待ってないです。私も今来たところで」

 

実際、どれくらい前に来たか覚えていない。何時間だったようにも思えるし、数秒だったようにも思える。

出かける相手が告白してきた人物でなければ、ただの待ち合わせにこれだけ心が浮ついてはいなかったに違いない。

 

「ええと、行きましょうか」

 

少しぎこちない感じで彼が言う。

緊張……しているんだ。

告白した相手が保留を決め込んだままのにも関わらず、デートのお誘いは承諾したのだ。

良いところを見せようとしているのか、彼が自分のことを知ってほしいと思っているのか、それとも私のことを知りたがってるのかな?

なんにしても、私が思っているのよりも彼は緊張しているはずだった。

恋のことなんて知らない私が慮ろうとしても、彼の気持ちなんてわかりようがないけど。

そう、思えば、彼のことはほとんど知らなかった。

店によく来る常連さん。海の楽しさを理解して、海の綺麗さを見出してくれる人。

そんなことしか知らない。

だからこそ、彼の誘いに乗ったのかも。

彼のことを知ってみたいという気持ちがないと言えば嘘になるから。

 

 

 

特別なことは一切なかった、ように思える。

いろんな店を見て、ファミレスでお喋りして、遅くなる前に帰ろう席を立つ。

お金はすべて、彼が払ってくれた。

何度も拒否しようとしたが、そのたびに、

 

「僕が誘ったんですから」

 

屈託のない笑顔を浮かべて、彼は言った。

 

「今日はその、誘ってくれてありがとうございました」

 

私が礼をすると、彼も「こちらこそ」と言いながら礼をしながら、なにやら小さい袋を取り出した。

彼に促されるままに開けてみると、小さなイルカのストラップが鎮座していた。

銀色に輝くそれは、ショッピングの途中で目についたものだ。

手が出せない金額ではなかったが、結局買わずじまいで眺めていたことを思い出す。

それを彼は見抜いていたのだ。

 

「今日来ていただいたお礼です」

 

受け取ると、彼と私が、告白したされた人間だとまた自覚して、思わずそっぽを向いてしまった。

そりゃそうだ。お互い会うのが気まずい相手だから。

そのはずなのに、彼は私を誘った。

どんな意図があるにしろ、私は嬉しくなった。

疑っているわけじゃないけど、本当に好きだと思われて、胸が暖かくなる。

まだ答えは出せないままだけれど。

 

 

 

彼と出かけた日から二日経った。

二日しか経ってない? それとも二日も経った?

どちらにせよ、ベッドに寝そべったまま、スマホを持って一時間。連絡先から彼の電話番号を引き出し、あとは通話ボタンを押すところで指の動きが止まっている。

彼と話すのが、そんなに難しい?

私のことを気にしてくれてるかな?

どこにいるのか、とか。何をしているか、とか考えてくれてるかな?

スマホに取り付けたイルカのストラップが振り子のように揺れる。

話したい……けど、何を話したらいいのかわからなくて、どうしても指が動かない。

電話はハードルが高い。メールにしよう。

そう決めてからも結局何十分も悩んで、ようやくメールを送信する。

 

『いま、大丈夫ですか?』

 

悩んだのが悟られないようにしたら、なんだか淡白な文章になってしまった。

送ってからまたも悩んでしまう。

こんな文、変に思われないかな?

いきなりメールなんて、おかしいかな?

時計を見ると、22時。

長針が動くのが、やたらと遅く感じる。

一秒、二秒、三秒。

壁の時計とスマホを交互に見ても、通知は来ない。

忙しいのかな?

大学生がどれだけ勉強や、はたまた他のことに追われるか知らないけれど、飲み会とかよくあるみたいだし。バイトとかしてるかもだし。

じっと見つめても、スマホの画面は待ち受けから変わらない。

一秒、二秒、三秒。

一分は経っただろうか。

耐えられなくなって、ぽいと投げる。

未練を断ち切るように目を瞑る。

眠ろうとする 頭の中ではいろいろな想いがせめぎ合っていた。

 

不意に振動音が鳴った、ような気がした。

さっきまでの鈍重さとは打って変わって、素早く立ち上がってスマホを拾った。

やっぱり間違いじゃなかった。

迷惑メールとか他の人からじゃなくて、ちゃんと彼からのメール。

 

『はい大丈夫です。どうしました?』

 

少女漫画をばかにできない。

メールが来ただけでこんなにも心臓が跳ね上がるなんて。

 

『何してました?』

『何も。テレビ見てました』

『この前はありがとうございました。楽しかったです』

『それはよかった。僕も楽しかったです』

 

もやもやした気持ちは吹っ飛んで、深い安堵と満足感がとって代わる

一分、二分、三分。

早く過ぎていく時間の中、この大したやりとりをやめたくなくて、不必要に引っ張る。

何の意味もない他愛もない話を、彼は朝まで付き合ってくれた。

 

 

 

それから、私たちはよく一緒に出掛けるようになった。

ショッピングはいろんなところ。ファミレスはいつものところ。

話すことは、彼の大学のこと、彼の周りのこと、私の高校のこと、スクールアイドルのこと。

 

「誘っておいてなんですが、スクールアイドルのほうはいいの?」

「うん、ちゃんと体力作りも練習もしてるよ」

 

最近はよく彼と会うこともあって、いろいろと詮索されることもある。

そのたびになんとかかわしているけど、鞠莉(まり)あたりは察してそう。

見られることを意識して、おしゃれのこととか化粧のこととか聞いたりしてるから仕方ないけど。

スクールアイドルなのにいまさらだとか言われたけど。

けど、思ったより上手くできなくて、なんだかもどかしい。

 

「あなたもほら、友達とかさ、遊んだりしないの?」

「平日とか、果南さんに会えない日に遊んだりしてるよ。そんなに友達が多いわけじゃないし」

 

彼はにっと笑った。

 

「それに、果南さんに会えるのが一番だからね」

 

こういうことを平気で言ってきたりするあたり、ずるい。

答えも出せずに、返事を言えずにいる私にこんなことを言ってくれることが、嬉しくて、でも胸がぎゅっとなる。

満たされるようでむず痒いような、でもなんだか痛い。

嫌なら嫌ってはっきり言ってしまえばいいんだけど。だけども、そんなに簡単に答えられるほど、自分の気持ちが白黒つけられているわけでもない。

この関係が心地よくて、それを壊すのがなんだか怖くて、何も言えずじまいでいる。

そんな自分に嫌気がさして……を繰り返す。

嫌悪の輪に陥りそうになったとき、控えめに呼び出し音が鳴った。

私の……じゃない。彼のスマホだ。

取り出して相手を確認すると、出ずにすぐさま切った。

 

「電話?」

「ん……うん、だけどいいんだ。大したことじゃないし」

 

特に表情を変えず、スマホをしまう。

友達からメールとか?

ま、大したことないって言ってるんだし、私が気にしても仕方ないか。

それから彼と話しているうちに、そのことはすっかり記憶から抜け落ちていた。

 

 

 

日が暮れるころ、駅まで一緒に歩いていたそのときだった。

 

「おーい!」

 

手を振りながらこちらに近づいてくる女性を見て、私はぽかんとする。

対して彼が手を振り返すと、知り合いらしい女性はより一層笑顔を輝かせた。

女性は目の前まで来ると、頬を膨らませた。

 

「もう、酷いじゃない。連絡したのに無視するなんて」

「今日は、その、お出かけだったから」

 

少し言いよどんで、彼は言った。

電話をかけてきたのはこの女性だった。

彼女は二言三言、楽しそうに彼と談笑したあと、私と彼を交互に見比べると、にっと笑って去っていった。

 

「誰?」

「ただの大学の友達」

「それにしては仲良く見えたけど?」

「そう? 大学でもずっと一緒にいるから、そのせいかも」

 

なぜか嫌な感情がわいてきて、ふてくされたような言い方になってしまったが、彼はなんでもないというふうに言った。

同じ学科で、とある授業で同じグループになったのがきっかけだと。

ただ、よく話をするだけの友達だと。

 

もやもやした気持ちは家に帰っても続いた。

空を見上げて月を探したけれど、あいにく今日の夜は曇りだった。

しかたなくベッドに横たわって、部屋の明かりを感じながら目を瞑る。

 

「好き、なのかな」

 

口に出してみると、余計に混沌としてくる。

普通、告白した女の子がいるのに、他の女の子と仲よくする?

バカげた考えを振り払って、ため息をついた。

友達と話をするなんて、普通のことでしょ。

それに、彼が誰と仲良くしようが、彼に甘えて保留している私が何か言う資格なんてないし、言うつもりもない。

本当に?

大したことないなんて彼は言ったけど、私はそれに翻弄されっぱなしだ。

もし私が大人だったら、経験が豊かなら、気にせずにいられるのだろうか。

このもどかしい気持ちに答えが出せるのかな。

 

彼を見ると安らぐ気持ちになる反面、切りつけられたような気分になる。

今まで、私は彼の話を心地よく聞いていた。

よりよく知れるような気がして、それがなんだか嬉しかった。

だけどいまは、ファミレスで楽しく大学の話をするあなたを遠く感じてしまう。

あの女性と話す彼の笑顔は、私の知らない顔だった。

私は彼のことをなにも知らない。

だけどそれは彼も同じだ。

私のことについて話してないことはたくさんある。

彼も私のことを知らないんだ。

 

酷い話。

 

きっと彼のほうが不安を抱えているはずなのに、私は勝手に傷ついて、勝手に嫉妬してる。

それがわかっても、追い立てられるような気持ちは膨らんで、止まらない。

 

 

 

彼には友達がたくさんいる。

それは、彼がファミレスで喋る、大学での話でよく聞いた。

彼はとても人生を楽しんでいるようで、声がはずんでいるようすから見てとれた。

充実している学生生活というのは、私も謳歌している。

スクールアイドルという、いわゆる普通の女の子が歩むのよりも厳しい道を進みながらも、正してくれる仲間のおかげで、いまでは夢を叶えて、夢を追いかけることができている。

きっと彼も彼なりの道を進んできたのだ。海の清らかさを語る彼、友達のことを語る彼を見て、その一端を感じ取れることができた。

 

「ねえ」

 

そんな彼を少し遠くに感じて、勝手に口が動いた。

知りたいことがある。

だけど恥ずかしくなって、口を閉じて、うつむく。待ってくれている彼に甘えて、考える。

小難しいことを考えるフリをしても、結局はなにも思い浮かばない。

どう言おうか整理がつかないまま、口に任せるままに言葉を紡ぐ。

 

「なんで私のこと、その、す、好きになったの?」

 

それを聞いた彼の反応は、きょとんとした顔ですべてだった。

数秒固まったあと、ああそうかと納得したようすで微笑む。

事の始まりの告白は余計なものが全てそぎ落とされた単純なもの。それゆえに、いつどこで好きになったのかだとか、理由だったりとか、どうしたいだとか、そういったものを彼から聞いたことはない。

 

「そうだな……」

 

いろいろと考えている格好だが、うーんと唸ったあと、またもやシンプルな言葉で返してきた。

 

「松浦さんだからかな」

 

 

 

ご飯を食べ終わったあと、おじいちゃんが淹れてくれたお茶をゆっくり飲む。

勇気を出して疑問を投げかけたのに、はぐらかされた……というか、誤魔化されたというか。

なんというか、求めていた答えが返ってこなかったことに、もやもやしていた。

出口のない迷路に迷い込んだような、どうしようもない感覚。

 

「最近元気があったりなかったり、どうした? 彼氏でもできたか?」

 

中身のなくなった湯呑みをぼうっと眺めながらため息をついていると、おじいちゃんが話しかけてくる。

 

「ええと、どうかな」

 

とっさの誤魔化しもできずにどもってしまう。

私たちって、どういう関係なのかな。なんて言葉で言い表せるのかな。

友達以上恋人未満だなんて、そういうのとも違う気がする。

 

「わからないなんてことあるか? 自分のことだろ?」

 

普通に考えれば、そうだろう。

自分のことは自分がよくわかっているはず……

 

「もう、いいじゃん、私のことなんか」

「恋愛ごとなんて、秘密にするもんじゃないぞ。あんな複雑なものを内にため込んでいたら病気になっちまう」

 

話を逸らそうとしても、おじいちゃんは逃してくれない。

しつこく感じて、ぶっきらぼうに返してしまう。

 

「じゃ、教えてよ。お祖母ちゃんとのこと」

「告白をしたときには、そりゃもう興奮したものだ」

 

少しは恥ずかしがるか怖気づくかを期待したけど、おじいちゃんは誇らしげに言った。

自信に満ちた声で、オーバーにリアクションで大きな笑みを広げるおじいちゃんの顔には、懐かしむような表情も見られる。

 

「で、OKを受けたんだ」

 

おじいちゃんはこれまた大きく首を横に振って、私を驚かせた。

 

「お祖母ちゃんもわしのこと気に入ってくれてた。だけど、お互いまだまだ知るべきこともあったし、なにより心配と興奮、興味でいっぱいだった」

 

半ば興奮気味に息を荒げながら、遥か彼方の月を思い返すかのように、おじいちゃんは続ける。

 

「お祖母ちゃんはこう言った。『そんな心の準備ができていない状態で返事を出したくないの。告白されて、勢いのままに承諾するなんてドラマでよくあることだけど、相手のことを本当に知っているわけでもないのに付き合うだなんて私はしたくなかったの』」

「だから待った」

 

穏やかにゆっくりと頷いて、満足げに微笑むおじいちゃんを見て、私は首を傾げた。

その目が、控えめに光る指輪に注がれていたからだ。

 

「それってもしかして、プロポーズのときの話?」

 

そんな重い話じゃないよ、と言おうとしたけど、同じことだ、と言われて遮られる。

 

「一時の感情だけで付き合うなんて、今も昔もよくあったことだけど、本当はそんなのダメだって思わされたよ。古いとか言われそうだけど」

 

理解できないわけじゃない。

運命の人と出会うなんてのを経験していない私にとっても、それは憧れるものだ。いや経験していないからこそか。

幻想に近いものだと分かっていても、それが理想なのだ。だから……

 

「だからと言って、わからないからって拒絶するのはまたまた違うことだぞ」

「は?」

「なんで好きになったかなんて、結局は後付けだ。好きになるときは、まずなによりも『好きだ』って気持ちが先に来てしまうのが人間ってもんだ」

 

 

 

まばゆい光を発する太陽の下、心地よい風が吹いた。

今日の服選びは失敗した。長袖を着て歩くには、少し暑いかもしれない。

もしかしたら、暑いと感じるのは気温のせいではなく、身体が火照っているからかも。

 

彼が手を振って、こちらに近づいてくる。

休日で、人があふれているのにもかかわらず、その姿はやけにはっきりと映った。

 

かっこよければ、誰でも好きになるわけじゃない。

優しい人であれば、誰でも好きになるわけじゃない。

頭が良ければ、誰でも好きになるわけじゃない。

理想が全部揃っていても、好きになるかどうかはまた別なんだろう。どうしても好きになってしまうから、好きになるのだ。

というようなことを、最近は思うようになってきた。

最近はよく考えることが多い。そして考えると、身体が熱くなるのだ。

心の底から燃え上がるような熱が身体を支配するように回る。だけどその熱は痛くはなく、むしろ心地よいものに感じられた。

この熱が、この気持ちがもし「好き」ということなら、そこにはきっと理由がある。けど、それは私自身たどり着けないものなのかもしれない。

どれだけ思いを巡らせたとしても、私だけじゃ出せない答えなのかもしれない。

それでもいい。手探りでいい。たとえ答えが出なくてもいい。

 

「聞いてほしいことがあるんだ」

 

頭の中では、言いたい言葉が浮かんでは消えていく。閃いては消していく。

これを伝えたい。いいや違う。こっちだ。ううん、それも違う。

一番伝えたい言葉を見つけたとして、よくあるラブコメディもののようにびっしりと伝えられる気もしない。

気持ちもまだ、きっちりと決められていない。

だから、だからこそ、そんなうまく言えない心を知ってもらいたい。

彼もまた、告白したときにはそう思ったのだろう。

好きになった理由がわからなくても、それが曖昧なものだとしても、言わずにはいられない。

自分と相手を知るために。

この揺れ動く心を知ってもらいたい。

 

 

どうやら、私はぶきように恋してる。


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