インフィニット・ストラトス -Supernova-   作:朝市 央

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■それぞれの日常

クラス代表戦も無事終わり、各自が寮に戻った後。

セシリア・オルコットは自室でシャワーを浴びながら今日の試合のことを振り返っていた。

 

(今日の試合――)

 

まず初戦、千道紫電という男は今まで誰もやってこなかった方法でブルー・ティアーズのビットを迎撃して見せた。

その後の戦い方も今まで戦ってきた誰とも違う、とにかく意表を突く戦い方を繰り広げ、気付けばこちらのシールドエネルギーは0にされてしまっていた。

 

(その次の試合も――)

 

織斑一夏には勝ったものの、ビットは四基も破壊され、おまけに最後の一撃が当たっていれば勝負の結末はわからなかった。

恒常的に勝利への自信と向上心を持ち続けていたセシリアにとって、この結末は酷く複雑なものだった。

 

(――千道紫電、織斑一夏――)

 

セシリアにとって印象的だったのは二人の眼だった。

千道紫電に切られた瞬間、織斑一夏に切られかけた瞬間、二人は同じ眼をしていた。

勝利への自信に満ち溢れていた眼差し、両者の眼はとても自信に満ち溢れていた。

 

自分はどうだったろうか?

勝利への自信があったことは間違いないと言える。

しかし、彼らのような眼差しが自分にあっただろうか?

敗因はおそらくその辺りだとはわかったが、それが自身の持ち方なのか勝利への執念なのかはセシリアにはわからなかった。

 

(あの方たちはわたくしの父とは違う……)

 

セシリアは無意識のうちに父親のことを思い出していた。

名家に婿入りしたプレッシャーからか、常に母の顔色をうかがう父を見ては男とはなんと情けないものかと感じていた。

その結果か、今でもセシリアは情けない男とは結婚しない、と心に誓っている。

 

(父は、母の顔色ばかりうかがう人だった……)

 

ISが発表されてから益々立場の弱くなった父のことを思い返す。

一方で母はいくつもの会社を経営し、成功を収めた強い人だった。

だがそんな両親は三年前に事故で他界している。

越境鉄道の横転事故、死傷者百人を超える大規模な事故はあっさりと両親の命を奪ったのだった。

手元には莫大な遺産が残ったものの、それを狙う金の亡者は後を絶たず、必死に勉強してそれを守り抜き、IS適性テストでもA+を出した。

結果、第三世代装備ブルー・ティアーズの一人者として選抜され、栄えあるIS学園への入学が決まったのだった。

そこにはISを動かしたという二人の男。

二人のことを散々挑発したにもかかわらずこの様である。

千道紫電にはなすすべもなく敗れ、織斑一夏にはかろうじて勝ったものの、試合では負けていたようなものである。

 

(わたくしの方が間違っていたんですの……?)

 

今思い出してもあの二人の眼は父の眼とは違う、自分への自信に溢れた眼だった。

それは自分ともまた違う、確固たる信念を持った瞳だった。

 

(……負けたにもかかわらず、なぜこんなにも嬉しいのでしょうね)

 

セシリアの気持ちは晴れていた。

シャワーから流れる水を止める。

バスタオルで体を拭うと、まず二人に対して謝ろうと決意するのであった。

 

 

翌日、朝のショートホームルームにて織斑一夏は驚いていた。

 

「では、1年1組の代表は織斑一夏君に決定です。あ、一繋がりでいい感じですね!」

「先生、質問です!俺、昨日の試合は二連敗だったんですけど、なんでクラス代表になってるんでしょうか!?」

「あー、悪いな一夏。戦績だけで言えばクラス代表は俺なんだが昨日見せたとおり、俺のISは着色すら済んでねえプロトタイプなんだ。で、そのISの開発自体も俺がやってるから、クラス代表までやってる余裕ないんで辞退させてもらったんだ」

「まじか……いや、それでもセシリアが俺に勝ってるじゃないか!」

「それはわたくしも辞退したからですわ!」

 

ガタッと立ち上がり、セシリアは腰に手を当てる。

 

「ええ!?何辞退してんだ!?」

「まあ、勝負はあなたの負けでしたが、しかしそれは考えてみれば当然のこと。なにせわたくしセシリア・オルコットが相手だったのですから。それは仕方のないことですわ。それで、まあ、わたくしも大人げなく怒ったことを反省しまして、"一夏さん"にクラス代表を譲ることにしましたわ。"紫電さん"はIS開発で忙しいとのことでしたし」

「いやあ、セシリアわかってるね!」

「そうだよねー。せっかく男子がいるんだから、同じクラスになった以上持ち上げないとねー」

「そ、それでですわね、わたくしのように優秀かつエレガント、華麗にしてパーフェクトな人間があなたたちにIS操縦を教えて差し上げれば、それはもうみるみるうちに成長を遂げ――」

 

バン!と机をたたく音が響くと、立ち上がったのは箒だった。

 

「あいにくだが、一夏には私という教官がいる。私が、直接頼まれたからな」

「あら、あなたはISランクCの篠ノ之さん。ISランクAのわたくしに何かご用かしら?」

「ら、ランクは関係ない!頼まれたのは私だ。い、一夏がどうしてもと懇願するからだ」

「え、箒ってランクCなのか……?」

「だ、だからランクは関係ないと言っている!」

 

「座れ、馬鹿ども。お前たちのランクなどゴミだ。私からしたらどれも平等にひよっこだ。まだ殻も破れていない段階で優劣を付けようとするな。それと、代表候補生も一から勉強してもらうと前に言っただろう。くだらん揉め事は十代の特権だが、あいにく今は私の管轄時間だ。自重しろ」

 

千冬姉の一言のおかげで立ち上がっていた二人は席に座った。

家事はいまいちなのに、職場ではこんなにしっかりやっているんだな。

そんなことを考えていたら俺の頭に千冬姉の出席簿がバシンと直撃していた。

 

「クラス代表は織斑一夏。異存はないな」

 

俺を除くクラス全員ははーいと返事をしていた。

団結することはいいことだが、理不尽なことはよくないと思った。

 

 

「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、千道、オルコット。試しに飛んでみせろ」

「わかりました」

 

俺は一瞬でフォーティチュード・プロトを展開する。

その展開時間はおそらく0.5秒を切っている。

 

「ほう、千道はなかなかの展開速度だ。二人はもっと早くしろ。慣れれば千道のように一秒以内にISを展開できるようになるぞ」

「ちょっと待った、早いって!」

「集中しろ」

 

オルコットがブルー・ティアーズを展開してすぐ、一夏も白式の展開に成功する。

 

「なあ、紫電。素早く展開するためのコツって何かあるのか?」

「さあ……織斑先生の言うとおり慣れじゃないか?俺はむしろなんでそこまで時間がかかるのか不思議でならないくらいだ」

「紫電さん、あなた随分規格外なのですわね……」

「全員ISを展開できたな。よし、飛べ」

 

真っ先にオルコットが飛び上がる。

へえ、クラス代表戦のときはわからなかったが、ブルー・ティアーズも結構速度出せるんじゃないか。

そんなことを考えながら俺と一夏はオルコットの後を追うように飛び上がった。

俺がオルコットに追いついたのはすぐだったが、一夏の方はだいぶ遅れている。

 

「なかなかの速度ですわね、紫電さん。クラス代表戦のときからかなりのスピードを出していましたが、その機体は高速機動重視の機体なんですの?」

「察しがいいな、オルコット。その通り、このフォーティチュード・プロトはスピードがメインの機体になる予定だ」

「わたくしのことですが、セシリアで構いませんわ。あなたはそれだけの実力を見せつけてくれましたのですし」

「……そうか、なら今後はそう呼ばせてもらおう」

「――や、やっと追いついた……!」

 

上空で静止してセシリアと話しているところでようやく一夏が同じ高さまで到着する。

間もなく通信回線から織斑先生の声が届く。

 

「何をやっている。スペック上の出力ではお前の白式が一番上だぞ」

「うへぇ、まじかよ……」

「一夏、気にするな。慣れればもっとうまく動けるようになるさ」

「そう言われてもなぁ。空を飛ぶって感覚自体がまだあやふやなんだよ。なんで浮いてるんだ、これ」

「説明しても構いませんが、長いですわよ?」

「あ、いや、どうせ理解できないから説明はいい」

「そう、残念ですわ。ふふっ」

 

セシリアは楽しそうである。

 

「紫電さんのほうは全く問題なさそうですが、やはり一夏さんにはまだ指導が必要そうですわね。また放課後に指導してさしあげますわ」

「一夏っ!いつまでそんなところにいる!早く降りて来い!」

 

通信回線から流れてきたのは今度は怒鳴り声だった。

遠くの地上を見ると、箒が山田先生からインカムを取り上げていたようだ。

 

「織斑、千道、オルコット、急下降と完全停止をやって見せろ。目標は地表から10センチだ」

「了解です。それでは一夏さん、紫電さん、お先に」

 

そう言うとセシリアはすぐさま地上へと向かって行った。

どうやらうまく完全停止できたらしい。

 

「紫電、先に行かせてもらうぜ」

「ああ、いいぜ。気を付けてな」

 

一夏は勢いよく地上へと向かって行った。

急下降は問題無さそうだが、ちゃんと停止できるだろうか?

俺がそう思って束の間、案の定一夏は地上に激突し、大きな穴を空けていた。

 

「やれやれ、俺も行くとするか」

 

全速力でスラスターを吹かして地上へと急降下する。

最適化する前は速度に振り回されてばかりだったが、今ではまったくそんなことはなく、自由に速度制御ができるようになっている。

 

「地表から約5センチといったところか。中々上出来だ」

「まだ5センチか……0センチ目指してたんですけどねえ」

(……いきなり急下降と完全停止をやってみせるとは、やはりこいつのポテンシャルの高さは才能か?)

 

織斑千冬は内心驚いていた。

一夏のように地上に墜落することは無いとは思っていたが、いきなり地上5センチの高さで完全停止をやってのけるのは一筋縄ではいかないはずである。

 

「織斑、次は武装を展開してみせろ。それくらいは自在にできるだろう」

「は、はいっ!来い……!」

 

一夏の手には雪片弐型が握られていた。

 

「遅い。0.5秒で出せるようになれ。次はセシリア、武装を展開しろ」

「はい」

 

セシリアは真横に腕を突きだす。

一瞬爆発的に光るとその手にはスターライトmkⅢが握られていた。

 

「さすがだな、代表候補生。ただしそのポーズはやめろ。横に向かって銃身を展開させて誰を撃つ気だ。正面に展開できるようにしろ」

「で、ですがこれはわたくしのイメージをまとめるために――」

「直せ、いいな」

「……はい」

「セシリア、次は近接用の武装を展開しろ」

「えっ、あ、はいっ」

 

スラーライトmkⅢを光の粒子へと変え、収納すると新たに近接用の武装を展開し始めた。

 

「くっ……ああ、もうっ!インターセプター!」

 

セシリアが武器の名前を叫ぶと無事武装は展開された。

だが武器名を叫ぶことで武装を展開するという手法は俗に言う初心者向けのやり方だ。

代表候補生であるセシリアがそうしなければ近接武装を展開できない、というのは正直予想外だった。

 

「……何秒かかっている。お前は実戦でも相手に待ってもらうつもりか?」

「じ、実戦では近接の間合いに入らせませんから問題ありませんわ!」

「クラス代表戦で千道にも織斑にも簡単に懐を許していたろう」

「そ、それは……」

 

流石のセシリアもばつが悪そうである。

 

「最後に千道。お前も武装を展開してみせろ」

「了解です」

 

(焔備ッ!)

 

展開速度約0.6秒、俺の両手にはアサルトライフル「焔備」が握られていた。

 

「続いて近接武装を展開しろ」

 

(葵ッ!)

 

焔備を即座にしまうと、今度は近接用ブレード「葵」を展開する。

こちらも展開速度は約0.6秒といったところ。

 

「ほう、中々の展開速度だがまだまだだな。もっと早く展開できるように精進しろよ」

「了解です」

 

織斑千冬は再び驚いていた。

武装の展開速度、格納速度、何れも初心者のものとはかけ離れている。

 

(現状、一年の中で最も実力があるのはやはり千道か。これでまだ機体がプロトタイプとはな――)

 

「今日の授業はここまでだ。織斑、グラウンドを片付けておけよ」

「……はい」

「まあそう落ち込むな、一夏。穴埋めるの手伝ってやるからよ」

「まじか!?紫電、ありがとう!」

 

そう言うと早速俺と一夏はグラウンドの穴埋めに奔走するのであった。

 

 


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