インフィニット・ストラトス -Supernova-   作:朝市 央

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■2組の代表候補生

クラス代表決定戦から早数日、俺はいつも通りのロードワークに励んでいた。

放課後にアリーナが予約できなかった際、一定の時間はこうして自身のトレーニングに時間を費やしている。

そのトレーニング時間はおよそIS開発と半々といったところだ。

前日は多くの時間をIS開発に費やしてしまったため、今日は長めにトレーニングをしていたところ、彼女と出会ったのであった。

 

 

「ふうん、ここがそうなんだ……」

 

すっかり日も暮れたIS学園の正面ゲート前。

少女は小柄な体に不釣り合いなボストンバッグを持って立っていた。

 

「えーっと受付は……本校舎一階総合事務受付ってだからそれどこにあんのよ」

 

ポケットから取り出した一切れの紙を再度くしゃくしゃにしてポケットにしまう。

 

「自分で探せばいいんでしょ、探せばさぁ」

 

ぶつくさ言いながらもとにかく歩いて探す。

その度に長いツインテールが揺れて夜風になびく。

 

(誰かいないかな。生徒とか、先生とか――!)

 

目の前に人影有りと見るや否や、少女はその人目掛けて小走りに走っていくのだった。

 

 

「ねえ、ちょっと!本校舎一階総合事務受付ってどこか――って男!?」

「うん?」

 

俺はウインドブレーカーのフードを下すと、目の前の少女を見た。

学校の制服も着用しておらず、小柄な体にツインテール。

中々特徴的な容姿をしているにもかかわらず、俺には一切会った記憶が無かった。

まず間違いなく初対面だろう。

 

「ね、ねえ、アンタってひょっとして千道紫電?」

「ああ、そうだが。ところで君は?」

「あたしは凰鈴音。鈴でいいわ。中国代表候補生として今日からこの学校に転校することになったのよ!」

 

ふふん、と胸を張ってそう言い張る鈴。

 

「へえ、中国代表候補生ね。ってことは強いのか?」

「強いわよ。それとアンタこそ二番目にISを動かした男なんでしょ?強いの?」

「アンタ、じゃなくて俺のことも紫電でいいぜ、鈴。実力に関してはまだあんまり実戦をしていないからなんとも言えないな。そんなに強くないんじゃないかな」

「ふーん、そうなんだ……」

 

このとき、鈴は直感的に感じていた。

この紫電という男は決して弱くはないだろうと。

目の前にいる男はウインドブレーカーを着ていて体格はよくわからなかったものの、身長も高く、走り方が様になっていた。

話し方としても真面目っぽい雰囲気が漂っており、「そんなに強くない」という発言があまり本当のことのように思えなかったのだった。

 

「ねえ、ところで本校舎一階総合事務受付ってどこにあるか知ってる?そこに行きたいんだけど」

「ああ、それならすぐそこだ。案内してやるよ」

「ほんと?ありがとね!」

「ああ、IS学園へようこそ、鈴」

 

俺は鈴を連れると総合事務受付まで歩いて行った。

 

 

「それじゃあ手続きは以上で終わりです。IS学園へようこそ、凰鈴音さん」

 

愛想のいい事務員の言葉もどこ吹く風か、しばらく会っていない幼馴染のことを考えていた鈴は若干上の空になっていた。

 

「あ、あの。織斑一夏って、何組ですか?」

「ああ、一夏君だったら1組よ。鳳さんは2組だからお隣ね。そうそう、そう言えばあの子、クラス代表になったみたいよ。流石、織斑先生の弟さんなだけはあるわねぇ」

「……!2組のクラス代表って、もう決まってますか?」

「決まってるけど、それがどうしたの?」

「名前は?」

「え?……聞いてどうする気なの?」

「私、2組のクラス代表になろうと思いまして――」

 

そう言う鈴の眼には強い意志が宿っていた。

 

 

「よう一夏、昨日中国代表候補生の子と会ったぜ。なんでも転校して来たんだとか」

「へえ、転校生?今の時期に?」

「あら、わたくしの存在を今更ながらに危ぶんでの転入かしら」

 

今朝もまたセシリアは腰に手を当てたポーズをしている。

癖なのか?そのポーズ。様にはなっているが。

 

「このクラスに転入してくるわけではないのだろう?騒ぐほどのことでもあるまいが、気になるのか?」

 

箒も話に割り込んでくる。

やはり女子はこの手の噂話が好きらしい。

 

「ああ、少しはな」

「ふん……今のお前に女子を気にしている余裕があるのか?来月にはクラス対抗戦があるというのに」

「そう!そうですわ、一夏さん。クラス対抗戦に向けてより実戦的な訓練をしましょう!相手ならこのわたくし、セシリア・オルコットが務めさせていただきますわ」

「まあ、やれるだけやってみるか」

「やれるだけ、では困りますわ!一夏さんには勝っていただきませんと!」

「そうだぞ。男たるものそのような弱気でどうする」

 

一位のクラスには優勝賞品として学食デザートの半年フリーパスが配られるらしい。

正直そんなものもらっても胃がもたれそうだが、もらえる物はもらっておきたいな。

 

「織斑君が勝つとクラス皆が幸せになれるんだよー!」

「織斑君、がんばってね!」

「フリーパスのためにもねー」

「今のところ専用機を持ってるクラス代表って1組と4組だけだから、余裕だよ!」

 

(……シオン、4組にも専用機持ちがいるのか?)

(4組の専用機持ちパイロットは更識簪ですね。日本代表候補生でもありますが、あまり目立った成績はおさめられていないようです)

(それなら一夏でも十分に勝機はあるか。だが――)

 

「――その情報、古いよ」

 

教室の入り口付近から昨日聞いた声がする。

そう、俺は懸念していた。

昨日話した子は中国代表候補生と言っていた。

ならば専用機を持っていてもおかしくは無いだろうと。

 

「2組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから」

「鈴……?お前、鈴か?」

「そうよ。中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」

「何格好つけてるんだ?すげえ似合わないぞ」

「んなっ……!?なんてこと言うのよ、アンタは!」

「おい」

「なによ!?」

 

バシンッ、と鈴に織斑先生の出席簿による打撃が入る。

相変わらず強烈な音だ。

 

「もうショートホームルームの時間だ。教室に戻れ」

「す、すみません……。またあとで来るからね!逃げないでよ、一夏!」

「さっさと戻れ」

「は、はいっ!」

 

そう言うと鈴は2組の方へと駆け出して行った。

どうやら、初対面の時に思った印象通りの人物のようだ。

猪突猛進、物怖じせず強気なタイプ。

一夏は知り合いのようだったが、どんな関係か後で聞いてみるとするか。

 

 

午前の授業も終わった昼休み、俺は一夏、セシリア、箒と共に学食に来ていた。

 

「お前のせいだ!」

「あなたのせいですわ!」

「なんでだよ……」

 

セシリアと箒の両名は午前中だけで何度か山田先生と織斑先生から注意を受けていた。

 

「あの中国代表候補生が気になって勉強に集中できないってか?それを一夏のせいにするのは少し酷いんじゃないかねえ?それで一夏、鈴とは知り合いなのか?」

「ああ、鈴は――」

「待ってたわよ、一夏!」

 

噂の張本人はお盆にラーメンを乗せ、俺たちの目の前に立ちはだかっていた。

 

「まあ、とりあえずそこどいてくれ。食券出せないし、普通に通行の邪魔だぞ」

「う、うるさいわね。わかってるわよ!」

 

それぞれが注文したメニューを受け取ると、空いていた席へと座る。

 

「それで、一夏と鈴はどんな関係なんだ?」

「ああ、鈴とは幼馴染なんだ」

「幼馴染……?」

「ん、お前箒のことも確か幼馴染って言ってたよな?それなのに箒と鈴は幼馴染ではないのか?」

「あー、えっとだな。箒が小四の終わりに引っ越してっちゃって、んで鈴が小五の頭に転校してきたから、二人は顔を合わせたことは無いんだよ。で、鈴は中二の終わりに国へ帰っちゃったから、会うのは一年ぶりになるってわけだ。つまり箒がファースト幼馴染で、鈴がセカンド幼馴染ってことだ」

「へえ、なかなか複雑な巡り合わせなんだな」

「ほら、鈴。こっちが箒だ。前に話したろ?小学校からの幼馴染で、俺の通ってた剣術道場の娘」

「ふうん、そうなんだ……。初めまして、これからよろしくね」

「ああ。こちらこそ」

 

挨拶を交わす二人の間で火花が散ったように感じた。

 

(この二人、仲悪そうだなー)

(女同士の争いは総じて醜くなりがちです。紫電、巻き込まれないようにご注意を)

(もう巻き込まれている気がしなくもないんだよなぁ……)

 

「わたくしの存在を忘れてもらっては困りますわ。中国代表候補生、凰鈴音さん?」

「……誰?」

「なっ、わ、わたくしはイギリス代表候補生、セシリア・オルコットでしてよ!?まさかご存じないんですの?」

「うん。あたし他の国とか興味ないし」

「な、な、なっ……!?」

「おいおい、落ち着けよセシリア。そんなに驚いても知らねえやつは知らねえんだ。俺たちの時もそうだったろう?」

「う、そうでしたわね。ですがわたくし、あなたのような方には絶対負けませんわ!」

「そう。でも戦ったらあたしが勝つよ。悪いけど強いもん」

「い、言ってくれますわね……」

 

……すっげえデジャヴ。

セシリアよ、それを負けフラグというのだ、覚えておけ。

 

「しかし、随分自信があるな鈴は。大したものだ」

「まあね。ところで一夏。アンタ、クラス代表なんだって?」

「お、おう。成り行きでな」

「ふーん……。あ、あのさぁ、ISの操縦、あたしが見てあげてもいいけど?」

 

バンッっとセシリアと箒がテーブルを叩いて立ち上がる。

 

「一夏に教えるのは私の役目だ。頼まれたのは私だ」

「あなたは2組でしょう!?敵の施しは受けませんわ」

「あたしは一夏に言ってんの。関係ない人は引っ込んでてよ」

「か、関係ならある。私は一夏にどうしても、と頼まれているのだ」

「1組の代表ですから、1組の人間が教えるのは当然ですわ。あなたこそ、後から出てきて何を図々しいことを――」

「後からじゃないけどね。あたしの方が付き合いは長いんだし」

 

女子勢はわいわいと騒ぎ出す。

食事時くらいもう少し静かにできないもんかね。

 

「なあ紫電、今日アリーナ予約取れたんだけど模擬戦の相手してくれないか?」

「お、予約取れたのか。よし、それじゃ一戦やるか」

「それで近接戦の際だけど――」

「お前の癖として――」

 

一夏に戦闘のアドバイスをしながら食器の片付けに向かう。

どうでもいいが、昼休みもうすぐ終わるぞお前ら。

 

 

放課後の第三アリーナにはいつもと違った顔ぶれが揃っていた。

一夏は普段セシリアにIS操縦を教わっており、基本的には二人きりで訓練している。

初回は俺もセシリアに教わっていたが、射撃の実力にあまり差が無いことがわかると、俺はさっさと個人練習に切り替えてしまっていた。

それ以前にセシリアが一夏を鍛えるのを邪魔したくない、ということもあったが。

今日は昼休みに約束した通り、一夏との模擬戦のため俺も第三アリーナに来ていたが、そこには『打鉄』を装着した箒が立ちはだかっていた。

 

「な、なんだその顔は……おかしいか?」

「いや、その、おかしいっていうか――」

「篠ノ之さん!?どうしてここにいますの!?」

「どうしてもなにも、一夏に頼まれたからだ。それに近接格闘戦の訓練が足りていないだろう。私の出番だな」

「ほう、訓練機の使用許可が下りたのか。一夏、ここはいい機会だから箒と勝負してみてはどうだ?」

「ええっ?でも……」

「俺のことは気にしなくていい。セシリア、一夏の代わりに模擬戦の相手をしてくれないか?」

「わ、わたくしですか?まあ、仕方がありませんわ。わたくしがお相手いたしましょう」

「では一夏、はじめるとしよう。刀を抜け」

「お、おうっ」

 

こうして第三アリーナでは俺VSセシリア、一夏VS箒で一対一勝負が行われた。

 

 

「よし、今日はここら辺で終わりにしようか」

「どうしてこうも紫電さんには勝てないんですの……」

「っはー!疲れた……」

「ふん。鍛えていないからそうなるのだ」

 

(ふむ……訓練機で一夏の白式と対等に渡り合うとは、篠ノ之箒。中々のポテンシャルを持っているようだな)

 

最近ではISを操縦しながら周囲に目配せできるくらいの余裕ができた俺は、セシリアとの戦闘中にちょこちょこと一夏VS箒の様子を観察していたのだった。

 

「一夏、中々いい動きをしているが動きが直線的すぎるんじゃないか?」

「え、そうかな……。白式はかなりスピード出せるし、相手に一直線に向かって切り込んだ方が手っ取り早くないか?」

「その考え方は少し間違っているぞ。白式の速さを活かすために一呼吸入れるんだ。渾身の一撃を加える前に相手との距離を測ったり、相手がどっちの方向へ移動するか予測しながら動くんだ」

「えーっ!?そんなことできるのかよ!?」

「相手の動きを良く見ろ。大事なのは間合いだ。しっかり自分の得意不得意な間合いを見極めて相手をよく見るんだ。よく見ていれば相手がどう動くかは読めるようになる。それができるようになれば自分がどう動けばよいかも自然とわかるはずだ。まあもっとも、それができるかどうかは努力次第だが」

「なんだろう、セシリアや箒よりも紫電が一番まともにアドバイスしてくれるような気がするぜ……」

「まあ、努力は自分を裏切らない。そして怠けたら怠けた分だけ相手との差は広がる。それだけは覚えておいてくれ」

 

これだけ言っておけば一夏は自然と強くなっていくだろう。

 

(俺も油断してはいられんな――)

 

それだけ言うと俺は一夏を置いてピットを後にした。

 

 


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