インフィニット・ストラトス -Supernova-   作:朝市 央

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■クラス対抗戦

翌日、生徒玄関前廊下には大きく張り出された紙があった。

『クラス対抗戦日程表』

そう書かれた紙を見ると、1組が一回戦で戦う相手は2組だった。

 

(2組のクラス代表は鈴か。早速中国代表候補生のお手並み拝見といこうか――)

 

俺はニヤリとほほ笑むと教室の方へと歩いて行った。

 

 

五月半ばにもなると特訓の成果もあり、一夏のIS操縦技術は徐々に向上しつつあった。

最近では俺もちょこちょこと一夏のトレーニングに顔を出しに来ては模擬戦をするようにしていた。

 

「一夏、来週からいよいよクラス対抗戦が始まるぞ。アリーナは試合用の設定に調整されるから、実質特訓は今日で最後だな」

「IS操縦もようやく様になってきたな。今度こそ――」

「まあ、わたくしが訓練に付き合っているんですもの。このくらいはできて当然、できない方が不自然というものですわ」

「ふん。中距離射撃型の戦闘法が役に立つものか。第一、一夏のISには射撃装備が無い」

「まあ、いつか役に立つかも知れんよ?意外とね」

(紫電と模擬戦した後のアドバイスが一番役に立っているっていうのは黙っておこう……)

 

あれから何度か俺と一夏は模擬戦をこなしているが、いずれも一夏の全敗で勝負は決していた。

しかし、徐々に戦闘技術を向上させていく一夏に対し、こちらは少々焦っていた。

フォーティチュード・プロトの装備が未だに完成していないのである。

概形だけ完成したカスタム・ウイング部分のスラスターは未だに正常動作していない。

正確に言えば、出力が強すぎてハードウェア部分が耐久力不足になってしまったのだった。

やむを得ず別の資材調達をシオンに頼んでいるが、それには多少時間がかかるため、ウイング・スラスターの完成は夏休み前辺りにまで落ち込むことになってしまったのである。

 

(こればかりは仕方がないか。一、二回ブーストしただけで壊れてしまうのではとても使い物にはならないからな)

(その代わりにフォーティチュード固有の武装はほぼ完成しています。残りはテストと微調整を繰り返せば完成となるでしょう。ようやく訓練機の装備を外すことができますね)

(ああ、ただどれも強力な兵装ばかりだ。俺が振り回されないようにしないとな)

 

「待ってたわよ、一夏!」

 

ピットには鈴が腕組みをして立っていた。

 

「貴様、どうやってここに――」

「ここは関係者以外立ち入り禁止ですわよ!」

「あたしは関係者よ。一夏関係者。だから問題なしね。脇役はすっこんでてよ」

「わ、脇やっ――!?」

「はいはい、話が進まないから後でね。……で、一夏。反省した?」

「へ?なにが?」

「だからっ!あたしを怒らせて申し訳なかったなーとか、仲直りしたいなーとか、あるでしょうが」

「ん、なんだ一夏。何か鈴を怒らせるようなことしたのか?」

「いや、俺はしてない!ってかそもそも鈴が避けてたんじゃねえか」

「あんたねえ……じゃあなに、女の子が放っておいてって言ったら放っておくわけ!?」

「おう、なんか変か?」

「……なんかこの二人の会話を見てると頭が痛くなってくるんだが、先に行ってていいか?」

「いや、紫電待ってくれ!お前にも話を聞いてほしい!」

「ええー……?」

 

正直、嫌な予感しかしない。

どうせ鈍感な一夏のことだ、無意識に鈴の機嫌を逆なでするようなことでもやらかしたんだろう。

 

「ああ、もうっ!いいから謝りなさいよ!」

「だから、なんでだよ!約束覚えてただろうが!」

「あっきれた。まだそんな寝言言ってんの!?約束の意味が違うのよ、意味が!」

「だから、説明してくれりゃ謝るっつーの!」

「せ、説明したくないからこうして来てるんでしょうが!」

 

この時点で俺の頭の中に嫌な予感が浮かんでいた。

あれだ、幼い頃に鈴から一夏に「将来、あたしが毎日酢豚を作ってあげる」とか言ったんだろう、中国人なだけに。

んでそれを一夏は文字通り素直に受け取ったとか、そんなもんなんだろう?

もしその通りだったら二人ともスイッチブレードで切り刻むぞ?

 

「じゃあ来週のクラス対抗戦、そこで勝った方が負けた方に何でも一つ言うことを聞かせられるってことでいいわね!?」

「おう、いいぜ。俺が勝ったら説明してもらうからな!」

「せ、説明は、その……」

 

これはますます俺の読みが当たっているようだ。

スイッチブレードの手入れを入念にしておこう。

 

「なんだ?やめるならやめてもいいぞ?」

「誰がやめるのよ!あんたこそ、あたしに謝る練習しておきなさいよ!」

 

そう言うと鈴はピットを出ていった。

 

「……一夏、クラス代表戦に向けて最後に模擬戦をやろうか」

「あ、ああ、いいぜ。って何かすげえ殺気立ってる!?」

「くだらん茶番に付き合わされたこっちの身にもなってみろ。今回はちょっとばかし本気出してかかるからな?」

「今まで本気じゃなかったのかよ!?」

 

数分後、第三アリーナにはボロボロになった白式と一夏が転がっていた。

 

 

試合当日、第二アリーナ第一試合。

組み合わせは一夏と鈴。

アリーナは全て満席となっており、会場入りできなかった関係者たちはリアルタイムモニターで鑑賞するほどの盛況ぶりだった。

 

俺はピットで一夏のセコンドを務めていた。

一夏が箒やセシリアでは落ち着かないからとのことで、俺がここにいるはめになったのである。

 

「一夏、お前と鈴の約束など正直俺にはどうでもいいことだ。そしてこの勝負にも約束事なんて持ち込むんじゃあない。ただ勝負に勝ちに行け。価値のある敗北なんていらん。価値のある勝利を取りに行くんだ!」

「おう、勝ってくるぜ!」

 

そう言うと一夏はピットを飛び出していった。

……しかし、二人には本当にくだらない茶番に付き合わされてしまった。

一夏の方は既にボロボロにして憂さ晴らしできたが、鈴とはまだ模擬戦を一度もしていない。

このクラス代表戦が終わったら申し込むとしよう。

 

(シオン、鈴のISの特徴を教えてくれ)

(凰鈴音のISは中国製の第三世代型IS『甲龍』です。燃費の良さと安定性を重視した機体で、そのウイング部分は龍咆という衝撃砲が備わっています。その砲弾は目に見えず、砲身の稼働限界角度が無い強力な武装と言えるでしょう)

(見えない砲弾、ね。さて、一夏はどう対応するかな……?)

 

俺はピット内のベンチに座ると、リアルタイムモニターの画面に映った二人を確認していた。

 

「一夏、今謝るなら少しくらい痛めつけるレベルを下げてあげるわよ」

「雀の涙くらいだろ。そんなのいらねえよ。全力で来い!」

 

――それでは両者、試合を開始してください――

 

ブザーが鳴り響くと、それが切れた瞬間に一夏と鈴は動き始めていた。

 

 

(やはり最初は鈴優勢か)

 

一夏がまたしても龍咆の直撃を喰らってよろける。

距離を取った戦い方だと遠距離用の武器を持たない一夏に勝ち目はない。

しかし、近接戦闘でも鈴は青竜刀を用いて器用に斬り込んでいる。

 

(よく見ろ、一夏。その龍咆も決して回避不可能なものではないぞ――)

 

だんだん慣れてきたのか、徐々に龍咆を避ける動作を見られるようになると、一夏は瞬時加速を利用して一気に鈴へと詰めかかった。

 

ズドオオオオンッ!

 

今にも鈴に切りかかろうかといった瞬間、轟音と共にアリーナ全体に巨大な衝撃が走る。

 

(ぐっ……何だ、何が起きた?)

(紫電、アリーナに侵入者です。所属不明のISが侵入しています)

 

リアルタイムモニターの画面を見直すと、そこには黒い全身装甲のISの姿があった。

 

(……アリーナの遮断シールドはISと同じものを使用して作られていたはずだが、あのISはそれをブチ破って侵入してきたのか!?)

(そのようです。かなりの力を持った機体と判断します。紫電、どうしますか?)

(慌てる必要はない。ここはIS学園だ。俺たちよりも優秀な教師陣がさくっと倒してくれるだろう)

 

「織斑君!鳳さん!今すぐアリーナから脱出してください!すぐに先生たちがISで制圧に行きます!」

 

リアルタイムモニターから山田先生の声が響く。心なしか普段よりも冷静で威厳がある。

これなら教師陣の援軍も期待できそうだ。

 

「――いや、先生たちが来るまで俺たちで食い止めます!いいな、鈴!」

「織斑君!?だ、ダメですよ!生徒さんにもしものことがあったら――」

 

山田先生が話途中なのにもかかわらず、正体不明のIS機は一夏たちを攻撃し続ける。

 

「一夏、あたしが衝撃砲で援護するから突っ込みなさいよ。武器、それしかないんでしょ?」

「その通りだ。じゃあ、それでいくか」

 

 

俺は引き続きリアルタイムモニターで一夏と鈴の戦う様を見ていた。

 

(……いつになったら教師陣は援軍にくるんだ?)

(紫電、第二アリーナの遮断シールドがレベル4に設定され。扉が全てロックされています。おそらく援軍に行くことができないのでは?)

(それくらいあっさり突破して救援に向かってほしいものだが。……やむをえん、計画変更だ。IS学園の緊急時の対応方法を見たかったが、このままでは一夏たちが先にやられてしまう。俺が救援に向かう)

(新しく開発した装備であればピットの扉を物理的に破ることも可能です。新装備のテストも兼ねてもらえると助かります)

(……それもそうだな!)

 

俺はフォーティチュード・プロトを展開すると、ピットの扉目がけて新装備である肩部レーザーキャノン「ルビー」を発射した。

 

 

「一夏っ、馬鹿!ちゃんと狙いなさいよ!」

「狙ってるっつーの!」

 

先ほどから放っている一夏の攻撃はかなり精度の高いものだった。

しかし、敵ISのスラスターの出力が尋常ではなく、零距離からでも一瞬で離脱されてしまっているのだった。

 

「一夏っ、離脱!」

「お、おうっ!」

 

攻撃を回避すると必ず反撃が返ってくる。

やたら長い腕を振り回しながらビーム砲撃と、やりたい放題である。

 

「ああもうっ、めんどくさいわねコイツ!」

 

鈴が衝撃砲を展開して砲撃するも、敵ISの長い腕はあっさりと見えない衝撃を弾き返してくる。

 

「鈴、あとエネルギーはどれくらい残ってる?」

「180ってところね……」

 

二人ともかなりシールドエネルギーを削られていた。

これからどう反撃したものかと考えている二人の耳にドオンッ、本日と二度目の轟音が響いた。

 

「――やれやれ、こう計画が狂わされると腹が立ってくるな。一夏、鈴、二人とも大丈夫か?」

 

二人の方を見ると、あちこちに傷は見られたがまだ無事そうだった。

ついで周囲を見回すと正体不明の黒いISが一機。

どうやら一番最初に援軍としてたどり着いたのは俺らしい。

 

「紫電!?助けに来てくれたのか!」

「まあな、お前らもうシールドエネルギーギリギリだろ?ピットの扉ブチ破っておいたからそこから下がっとけ」

「いやよ!ここまで来て引き下がれるわけないでしょ!」

「……わかったわかった、じゃまず俺がそいつと戦うから下がって見てろ」

「ちょっと、本気!?」

「鈴、紫電の言うとおりにしよう。俺たち一年の中では多分あいつが一番強いんだから大丈夫なはずだ」

「ええ!?」

「そういうことだ、大人しく下がっておいてくれ、っと」

 

俺目掛けて放たれたビーム砲を体を捻って回避する。

威力はあっても当たらなきゃ意味ないんだぜ、ポンコツ君。

 

「うそ、あんな避け方あり……?」

「こうしてあいつの戦い方を見るの、久しぶりだけどやっぱり桁違いだよなあ……」

 

ビーム砲の回避と同時に一気に距離を詰めると、長い腕を振り回して反撃に転じてくる。

それを上体を反らして回避すると、振り回した後の腕をスイッチブレードで切り裂く。

フォンという音と共に、切られた片方の腕が吹き飛んで行った。

 

「ん、なんだこの機体……中身が無いのか?」

 

俺は吹き飛んでいった腕を見ていた。

そもそも絶対防御が発動せず、腕が切れたことも気になっていたが、本来なら肉や骨がある部分に金属しか存在していないのだ。

 

「ふーん、無人機ってわけか。なら遠慮なく新装備を試させてもらおうか!」

 

敵ISは再び長い腕を振り回してきた。

再びスイッチブレードでそれを切り裂くと、バランスを崩した無人機に対し、肩部レーザーキャノン「ルビー」の照準を合わせ、レーザーを射出する。

 

「……ぶっ飛べッ!」

 

流石にバランスを失った直後で動けなかったせいか、見事にレーザーキャノンは直撃し、ルビーのように赤い、派手な爆発を引き起こした。

 

「ほい、一丁上がりっと……。結局先生方は間に合わなかったか。」

 

一夏と鈴は唖然としていた。

自分達が苦戦していた相手を、たった一人で粉砕してしまったのだから。

厄介だった長い腕をあっという間に切り裂き、ビーム砲はあっさりと回避して反撃。

とどめに高威力のレーザー砲を直撃させるという流れを一瞬でやってみせた。

 

「嘘でしょ……」

「ははっ、本当に倒しちまった……」

「おう、仕留めといたぜ」

 

あっさりと仕留めたことに対し、口では安心させるように言ったつもりだが、内心で俺は困惑していた。

 

(……倒したことはまだ良い。問題はこのIS学園の緊急時の対応が遅すぎることだ。これでは万が一、今回のような襲撃にあった場合、対処が間に合わないんじゃないか?)

 

IS学園ならば安全に宇宙船開発を遂行することができるだろう――

そう思って入学したはずが、学園側のセキュリティが脆すぎるのではなかろうか。

結局、新装備である肩部レーザーキャノン「ルビー」の威力に満足することはできたが、学園側の対応に俺は不満を抱く結果となってしまった。

 

 

学園の地下50メートル、そこにはレベル4権限を持つ関係者しか入れない、隠された空間が存在していた。

機能停止した正体不明のISはすぐさまそこへと運び込まれ、解析が開始された。

それから二時間、織斑千冬は何度もアリーナでの戦闘映像を繰り返し見ていた。

 

「織斑先生、あのISの解析結果が出ましたよ」

「ああ。どうだった?」

「はい、あれは――無人機です。どのような方法で動いていたかは不明です。千道君の攻撃で機能中枢が崩壊していましたので、修復も無理ですね」

「コアはどうだった?」

「……それが、登録されていないコアでした」

「そうか」

「何か心当たりがあるんですか?」

「いや、ない。今はまだ、な」

 

(一夏と凰の戦い方は悪くはなかった。この無人機が少し強かっただけだ。しかし千道、お前がこんなに簡単に無人機を圧倒するとはな。この短期間にまた強くなっているというのか――)

 

そう言うと織斑千冬は再びアリーナでの戦闘映像へと視線を戻すのだった。

 

 


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