インフィニット・ストラトス -Supernova- 作:朝市 央
放課後、第四アリーナのピットにて俺はシャルルを待っていた。
(……今日シャルルが見せていた反応の数々、少なくとも産業スパイとして育てられた人物ではなさそうだ)
(動きも反応も素人すぎましたね)
(性格もおそらく素だろうな。元々根はいいやつだがなんらかの弱みがあってIS学園に潜入させられたってとこが妥当だが……真実はこれから明らかにすればいい)
「紫電、いる?」
「ああ、シャルルか。待ってたぜ」
俺はシャルルの背後に立ち、アサルトライフル「アレキサンドライト」を背中に突きつける
「……えっ?」
「動くな、シャルル・デュノア。貴様、何故性別を偽ってこの学園に入り込んだ?」
「ちょ、ちょっと!何を言ってるのか――」
「質問に答えろ。次余計なことを言ったら蜂の巣にするぞ」
「……っ!?」
ぐいっと銃口をシャルルの背中に押しつける。
「お前が男じゃないなんてのは丸わかりだ。骨格、歩き方、反応、全てがお前が男でないことを示している。……答えろ、何が目的でIS学園に転校してきた?」
「……もう、バレてたんだね。うん、紫電の言うとおり僕は男じゃなくて女だよ。ここに転校してきた理由は実家――デュノア社の方から命令があったんだ」
「デュノア社から、か。命令したのは誰だ?」
「……社長だよ。僕はデュノア社社長の……愛人の子なんだよ」
「なるほどね。デュノアの関係者に君が存在しなかった理由はそういうことか。君の本名は?」
「シャルロット。シャルロット・デュノアが僕の本名。だけど……父に会ったのは二回くらい、会話は数回くらいかな。普段は別邸でお母さんと暮らしていたんだけど、お母さんが亡くなったときに父の部下がやってきて、ISの適応能力が高いことがわかって、それで非公式にデュノア社のテストパイロットをやることになったんだ」
「……それで、なぜIS学園に入ることになったんだ?」
「あるとき本邸に呼ばれてね、本妻の人に殴られた。泥棒猫の娘が、ってね。このときからどうもデュノア社は経営危機に陥っていて、皆どこかピリピリしていたらしいんだ」
「……ラファール・リヴァイヴのシェア数は世界三位だったはずだ。それで経営危機に陥るのはどう考えてもおかしいと思うんだが?」
ISの開発に金がかかるのは事実らしいが、新星重工ではISに使用する
それは希少金属だけでなく、加工に使用するエネルギーまで含めてである。
おまけにISの設計から開発までを行う社員、俺とシオンは実質無給で働いているから金銭感覚にどうしても疎い。
そもそも給料の為に働いているのではなく、真面目に宇宙目指しているだけだしな。
「そうだけど、結局のところリヴァイヴは第2世代型だし、ISの開発にはものすごくお金がかかる。それにフランスは欧州連合の統合防衛計画『イグニッション・プラン』から除名されてしまったし、第3世代型の開発を急務で行っていたんだ。もちろん、国防のためってこともあるけどね」
「『イグニッション・プラン』か。俺も聞いたことがある。確か今はイギリスのティアーズ型、ドイツのレーゲン型、イタリアのテンペスタⅡ型が主力機として選定されているんだっけな。確かにフランスは最新機がラファール・リヴァイヴしかない。だから蚊帳の外ってわけか。ってことはセシリアが入学してきたことだけじゃなく、ボーデヴィッヒが転校してきたのも稼働データを集めるため……ってことだったのか。ああ、おかげで疑問が一つ晴れた」
「それで、デュノア社でも第3世代型を開発していたんだけど、もう全部が手遅れなんだ。データも、設計も、もちろん開発も。それで中々成果を出せなくて政府からの予算も大幅にカットされてしまったんだ。おまけに次のイグニッション・プランのトライアルで選ばれなかった場合は政府からの支援を全てカットし、IS開発許可も剥奪するって流れになったんだよ」
酷い話だな、と思ったが新星重工を経営している俺も他人ごとではない。
新星重工としては国から支援金は受け取っていないが、俺も今後ある程度成果を出す必要があるのだろうか?
「……それで窮地に陥ったデュノア社は急遽お前をIS学園に転入させ、他人や他国の機体データを入手してこい、って命じた訳か。データの入手自体は国家自体にもメリットはあるし、バレた際の責任は全てデュノア社に押しつけられるから国家へのダメージはほとんど無い。男性として入学させた理由はやはり一夏、俺辺りの特異なデータか。あとは……広告塔としてってところか」
「……その通りだよ。紫電、君の洞察力にはびっくりだよ。何でそこまでわかっちゃうのかな?」
「人の悪意には敏感なんだ。これでも俺も一つの企業を背負ってIS開発してるんでね」
「とまあ、僕がIS学園に来た理由はほとんど紫電の言った通りだよ。でももう紫電には完全にバレちゃったし、きっと僕は本国に呼び戻されるだろうね。デュノア社は、まあ潰れるか他企業の傘下に入るか、どのみち今までのようにはいかないだろうけど、僕にはどうでもいいことかな……」
「……」
「ああ、なんだか話したら楽になったよ。聞いてくれてありがとう。それと、ウソをついていてゴメンね」
「……最後に一つ聞かせてもらおうか、お前は何がしたいんだ?」
「え?」
「国に帰って処分されるのか、それともどんな手を使ってでも生き延びて足掻きたいのか、どっちだ?」
「それは……僕だって処分されるためにここに来たんじゃない!少しでも生き延びる道があるなら、そうしたいよ!」
「そうか、それならいい。……シャルロット、お前にはこれから俺と戦ってもらう」
「……え?」
俺はシャルロットに突きつけていたライフルを離すと、アリーナの方へと向かって歩いていく。
「言っただろう実戦訓練もできるとありがたい、と。こっちだ」
「……僕をどうするつもりなの?」
「まずは実戦訓練の相手になってもらう。……お前の実力が見たいんだ。全力でかかってこいよ?」
◇
第四アリーナ中央付近。
今日は貸切にしているので観客席にも誰もいない、静かな空間となっていた。
俺とシャルロットはISを展開すると、中央でライフルを構えて向かい合っていた。
「さっきも言ったが、全力でかかってこい。ひょっとしたらISを使った最後の機動になるかもしれんぞ?」
「……わかった、全力で行くよ!」
シャルロットがアサルトライフルの照準をこちらに合わせ、引き金を引く。
ほう、中々いい反応をするじゃないか。
こちらも新武装の実戦試験をさせてもらうとしよう。
俺はつい先日できたばかりのアサルトライフル「アレキサンドライト」を構える。
シオンの言うとおり多少の重さはあるが、射撃には問題ないレベルだ。
そしてアリーナの中心から円を描くように移動するシャルル目がけて「アレキサンドライト」の引き金を引いた。
薄緑色の閃光と共に凄まじい速度で弾丸が発射される。
あまりの弾速と弾数に流石のシャルロットも驚き、回避は間に合わなかったようだ。
「……随分すごい装備してるね、すごく避けにくいよ」
「ああ、作るのに一月かかったからな」
「……っ!」
シャルロットは遠距離戦を挑むのは不利と察したのか、急速に距離を詰めてきた。
いつの間にか手に持っていたアサルトライフル「ヴェント」も片手が「ブレッド・スライサー」持ちに切り替わっている。
「なるほど、接近戦で来るつもりか」
「……」
シャルロットはアサルトライフルで牽制しながら徐々に距離を詰めてくる。
そして俺の肩部レーザーキャノン「ルビー」の砲撃をギリギリで回避すると、一気に斬りかかってきた。
「もらっ……!?」
「……いい動きだ。だが相手が近接武装を持っていないとは限らないぞ?」
ブレッド・スライサーによる袈裟切りを俺はスイッチ・ブレードで受け止めていた。
しかし、シャルロットは手の甲から出てくるレーザーブレードに臆せず、新たに右手に別の武装を展開していた。
「これでも喰らえっ!!」
それは六九口径パイルバンカー「
「ぐっ……!」
咄嗟の出来事だったが俺はパイルバンカーの直撃に合わせてバックステップすることに成功していた。
それでもシールドエネルギーは大分削られてしまった。
「嘘でしょ……直撃の瞬間に後ろに跳び下がって回避するなんて……」
「今のはうまい攻撃だった。一夏にも見習わせてやりたいくらいだな」
俺は後ろに跳び下がりながら肩部レーザーキャノン「ルビー」を発射した。
流石のシャルロットもとっさの出来事に対応できず、「ルビー」の直撃を受ける。
赤い閃光が走ると共に、シャルロットのシールドエネルギーは遂に0になった。
◇
「はあ、はあ、紫電は本当に強いね。今までこんなに強いパイロットと会ったことは無かったよ。……最後にいい勝負させてくれてありがとう」
「最後?何を言っている、お前にはまだまだISパイロットとして頑張ってもらった方が良いと判断した。さっきの試合を引退試合にしてもらっちゃ困るんだよ」
「……え!?」
「お前の事情はわかった。お前は非常に困難な状況に陥ってるのかもしれないが、俺にとっては非常に有益な情報が得られたんだ。悪いが、これから俺の計画に協力してもらうぞ、シャルロット。ああ、大丈夫だ、お前が優れたパイロットだと分かった今、お前を悪いようにはしないさ」
「……え、え?」
「さーて……これからが腕の見せ所ってやつだな。とりあえず、もう少しだけシャルル・デュノアとして振る舞っておいてくれ」
「えっ……IS学園に報告しないの?」
「IS学園はとっくに気付いてるだろうよ。その上で君を入学させたんだと思う。それに今となっては君がいるほうが俺にとって都合がいいんだ。そこの所だけ理解しておいてくれ」
(全く、今度は何を企んでいるんでしょうか――)
このとき、シャルロットだけでなくシオンも紫電が何を考えているのかは分からなかった。
数日後、紫電の企みは全世界に報道されるほどのレベルになるとも知らずに――