インフィニット・ストラトス -Supernova- 作:朝市 央
俺はセシリアと鈴を担いだまま医務室へと運んでいた。
「おーおー、派手にやられたなあ二人とも」
「別に助けてくれなくてよかったのに」
「あのまま続けていれば勝っていましたわ」
「二人とも、それはちょっと無茶な言い分じゃないかな」
そういうとシャルが鈴に巻かれた包帯に触れる。
「こんなの怪我の内に入らないわ!」
「そもそもこうやって横になっていること自体無意味ですわ!」
「しかし、随分酷いダメージだな。今月末の学年別タッグトーナメントに出れるかどうか山田先生に聞いた方がいいな」
「学年別タッグトーナメント……ですって?」
「あら、今年の学年別トーナメントはタッグ形式になりましたの?」
「ああ、なんでもより実戦的な模擬戦闘を行うため、タッグ形式になったらしいぜ」
「なっ、それじゃ急いで一夏を誘わなきゃ!」
「待ってください、凰さん。タッグのパートナーを選ぶのは確かに大事ですが、ISのことも気にしなければいけませんよ。先ほどお二人のISの状態を確認しましたけど、ダメージレベルがBを越えています。少なくともトーナメントまでの間は修復に専念しないと、トーナメントに出場することすらできなくなりますよ?」
気付けば山田先生がすぐそばに来ていた。
ぎりぎりトーナメントへの参加はできそうなのか、それは良かった。
「わ、わかりました。トーナメントまでISは休ませます!でもパートナーは一夏って決めてますんで!」
そういうと鈴は医務室を飛び出していった。
「鈴さんは一夏さんを誘うようですわね。ちなみに紫電さんはパートナーはお決まりですの?」
「ん、ああ、俺はシャルと組んでいる。悪いな」
「そうですか。では私も一夏さんを誘ってみることにしましょうか」
「……セシリアは一夏のこと、どう思ってるんだ?」
「一夏さんですか?……なんと言いましょうか、ほっとけない存在という感じでしょうか。はたから見ているととても危なっかしくて」
「ハッハッハ、そいつは同感だ。なんかあいつのことは危なっかしくてほっとけねーよな!」
「ですからわたくしがパートナーとしてフォローしてさしあげましょうかと。そろそろわたくしも行きますわね」
セシリアは優雅に医務室を後にしていった。
二人とも問題なしと判断した俺はシャルを連れて医務室を出ていった。
「ねえ、紫電。ちょっと助けるの遅かったんじゃない?二人ともあんなにボロボロにされてるのに」
「んー……助けるのが遅かったとは思ってない。なんでかって言うと、あの二人は一度痛い目に合わなければ今後もっと苦しい思いをするからさ」
「え?どういうこと?」
「あの二人、プライドが高いだろ?それでいてそれなりに実力もあるだろ?きっと今まであんまりISで挫折してないんだろーな。それ故に度々慢心しては隙を作るっていう悪循環に陥ってる。だから今回ボーデヴィッヒに散々やられたのはむしろあの二人にとっては自分の実力を思い知る良いきっかけになっただろうからさ」
「……紫電ってどうしてそこまで考えられるの?」
「普通それくらい考えない?」
「普通の人だったら友達が一方的にやられてるところを見たら真っ先に助けに行くと思うよ?」
「それも一つの手段だけど、それじゃセシリアと鈴のためにならねえ。だから俺は助けには行かなかった。それだけだよ」
「……わかったよ。途中で助けに行かなかったのは紫電なりに考えた結果だったんだね」
「そういうこと。あ、あと試作品のテストは明日やるぞ。しっかりコンディションを整えておくようにな」
「うん、わかった」
◇
六月も最終週に入り、IS学園は月曜から学年別タッグトーナメントが開始された。
もちろん無事にシャルの新武装テストも終え、準備は万端だ。
そんな中、俺と一夏はほぼ男子用となった更衣室でトーナメント表を表示するモニターの前に集まっていた。
もちろん、互いのパートナーであるシャルと鈴も来ている。
「結局一夏は鈴と組んだのか。少し意外だったよ」
「あ、ああ。最初は箒を誘おうと思ったんだけど断られちゃったんだよ。そしたら鈴がいきなり部屋に飛び込んできたから……」
「いいじゃない、どうせ他にパートナー候補なんていなかったんでしょ?」
「う……まあ次は紫電と組もうと思ってたんだけどもうシャルロットと組んだって女の子たちから聞いてて……」
「まあ数少ない男同士のタッグってのも面白かったかもな。悪いな、一夏。ところで当の箒は誰と組んだんだ?」
「セシリアと組んだらしい。なんでも、箒の方からセシリアにお願いしたらしいぞ」
「……そりゃそっちのほうが意外だな……」
このとき、箒は優勝したら一夏に付き合ってもらう、ということを宣言していたため一夏と組むことができなかったのだが、そんなことなど知らない俺に箒の心情など俺には分かるわけもなかった。
「しかしラウラのやつ、鈴とセシリアを痛めつけるだなんて、許せねえ……!」
「一夏、戦う前からそう熱くなるな。自分を見失ったら勝てる試合も勝てなくなるぞ?」
「紫電……。ああ、分かってる。分かってるつもりだ」
「しかしすごい観客数だな、見ろよ一夏。観客席ぎっしりだぜ」
「……ほんとだ。満席じゃないか。確か生徒だけじゃなくて各国の政府関係者やら研究所員やらいろんな人が観に来るんだっけか」
「その通り。一夏、つまり無様なところは見せられないな」
「うぐっ、そ、そうだな」
「心配しなくてもボーデヴィッヒは勝ちあがってくるさ。あいつ強いからなあ」
「――お、トーナメント表が表示されたぞ!」
一年の部、Aブロック一回戦一組目は……織斑一夏&凰鈴音ペアVSラウラ・ボーデヴィッヒか。
ってボーデヴィッヒはタッグじゃないのか!?
ああ、よく考えたら1年の人数は奇数だったな……。
「っし!」
一夏はガッツポーズをしている。
初戦でボーデヴィッヒと当たれたのがそんなに嬉しかったのだろうか。
「良かったな、初戦で念願の相手と当たれたぞ」
「ああ、絶対勝ってくる!」
「ちょっと一夏、勝手に一人で行かないでよ!」
一夏の後を追うように鈴も駆け出して行った。
「行っちゃったね、二人とも。紫電はどっちのほうが勝つと思う?」
「うーん、これは難しいな。一夏と鈴のタッグがどれだけのものなのか次第かな……」
「へえ……紫電にもわからないことってあるんだね」
「俺が分かるのは知ってることだけさ。知らないものは知らんよ」
そう言うと俺とシャルは更衣室内のモニターに視線を戻した。
◇
勝負は意外にも互角だった。
一夏も鈴も近接主体の攻撃が得意だ。
その両者はボーデヴィッヒのAICに掴まらないようにうまく位置取りをしている。
どちらかが正面に立てばもう片方は背後に回り込み、斬りかかる。
シンプルながらもシュヴァルツェア・レーゲンに対して最も有効な戦術だった。
ボーデヴィッヒもワイヤーブレードをうまく利用して一対二の不利な状況を立ち回っているが、既に何本か切断されてしまっている。
AICも何度か一夏を捉えることに成功しているが、その度に鈴が斬りかかって助け出している。
「二人とも近接重視なタイプだから大丈夫かなと思ってたけど、うまく立ち回ってるね。特に鈴、うまく一夏のフォローできてるね」
「ああ、このままなら押し切れるだろうな」
シャルと会話している間に、遂に一夏の零落白夜がボーデヴィッヒに直撃した。
これで決着はついただろうと会場にいる誰もがそう思った瞬間――
「……ん、何かボーデヴィッヒの様子が変だぞ」
おそらくシールドエネルギーはほぼ0になったであろうシュヴァルツェア・レーゲンがゆっくりと宙に浮かび上がる。
すると突然、ボーデヴィッヒから身を引き裂かんばかりの絶叫が発せられた。
「ああああああっ!!」
それと同時にシュヴァルツェア・レーゲンから激しい電撃が放たれ、一夏の体が吹き飛ばされた。
「ええっ、何が起こってるの!?」
「……!?」
シュヴァルツェア・レーゲンはドロドロと溶け出し、装甲の形を崩していくと同時にボーデヴィッヒの全身を包み込んでいく。
(シオン、あれが
(いいえ、いくら二次移行といってもあそこまで外見は変わりませんし、装甲が溶け出すということはありえません。ISに別のシステムが組み込まれていたと考えます)
(負けそうになると発動するシステムか?どうせ碌なもんじゃないんだろうな)
シュヴァルツェア・レーゲンだったものはすでに新たな形を造りだしている。
その姿は黒い全身装甲、そしてその片手に握られている武器は一夏の「雪片弐型」そっくりの形状をしていた。
そして黒いISが体勢を整えた瞬間だった。
ほんの一瞬の間に鈴との距離を詰め、居合のような中腰の構えから必殺の一太刀が放たれた。
不意を突かれた鈴は十分に対応することができず「双天牙月」が弾かれる。
そしてそのまま上段の構えへ移り、縦一直線に鋭い斬撃が放たれた。
「きゃあっ!」
鈴の体が後方へと吹き飛ぶ。
おそらく先ほどの一撃でシールドエネルギーをすべて使い果たしたのだろう、甲龍から発せられていた光が消失していた。
おまけに黒いISの斬撃が当たった鈴の左腕からはじわりと血が流れ出している。
「非常事態発令!トーナメントの全試合は中止!状況をレベルDと認定、鎮圧のため教師部隊を送り込む!来賓、生徒はすぐに避難すること!繰り返す!」
ISで出血するほどの戦闘とは、非常に危険な状態を意味している。
しかし前回のことを考えると、教師陣の出動を待っていては一夏と鈴が危険すぎる。
それに対し、俺たちはアリーナすぐ横の更衣室で待機しているため、間違いなく教師陣より先に救援に向かえるだろう。
「シャル、出るぞ!」
「……!うん、わかった!」
俺はフォーティチュード・プロトを展開すると、アリーナの方へと飛び出していった。
シャルも一歩遅れて後ろをついてくる。
「シャルは鈴を助けて医務室へ運べ。俺はあいつの相手をして時間を稼ぐ」
「うん、わかった。でも気を付けてね!」
シャルは鈴の方へと向かって行った。
俺の目の前にはかつてシュヴァルツェア・レーゲンだった黒いISが立ちはだかっている。
「よう、試合中に変身とは味な真似するじゃねーか。そんなに目立ちたがりだったか?お前」
話しかけるが返事は無し。
それどころか殺意が剥き出しである。
現にこちらに向かって、一夏に一太刀浴びせた居合の構えをして見せている。
「紫電、気を付けろ!そいつは千冬姉のデータだ!」
隣に並び立つ一夏が大声で叫ぶ。
しかし、織斑先生のデータだと?どういうことだ?
そんなことを考える間もなく、黒いISはその刃を俺へ向けて振り抜いてきた。
(うおっ、速えッ!)
上体を反らすと同時に後方へとブーストし、なんとか初撃を避ける。
「とととっ、やるじゃねーか、大したスピードだ」
「……」
目の前のISは沈黙したままである。
実力は大したものがあるが、やはり反応が無いと面白くないな。
「待ってくれ、紫電!そいつは俺が倒す!」
「おぉ?お前エネルギー残量大丈夫なのか?」
「ああ、まだあと一撃振るうだけの分は残ってる!」
一夏が雪片弐型を構える。
「で、なんでアレにそんなに固執してるわけ?」
「さっきの攻撃を見て分かったんだ、あいつは千冬姉のデータだ。それは千冬姉だけのものなんだよ!それにあんなわけわかんねえ力に振り回されてるラウラも気に入らねえ。ISとラウラ、どっちも一発ぶっ叩いてやらねえと気が済まねえんだよ!」
「……そこまで言うなら一撃、浴びせてやれよ。俺が注意を引いてやる」
「すまねえ、恩にきるぜ紫電!」
「なに、俺もちょっとあいつとは戦ってみたいんだ」
初撃で分かったがこいつの強さは半端ではない。
今まで国家代表候補生やら世界最強の弟なんかとも戦ってきたが、こいつはその比ではない。
一瞬でも気を抜けばそのまま一刀両断にされそうなこの圧倒的な気迫。
それにもかかわらず俺はこの感覚を楽しんでいた。
思えばいつもこうだった。
勉強でもスポーツでも、俺は常に他人より一歩も二歩も先を歩いていた。
それはもちろん日々の努力の賜物だったが、どうしても物足りないのだ。
自分と対等に渡り合える好敵手が。そしてそれは今丁度目の前にいる。
しかし一夏がどうしても倒したいというので、最後の美味しい所は譲るが、それまでは本気でやらせてもらうとしよう。
「おし、じゃ俺があいつの気を引いているうちになんとか一撃ぶち込んでやれッ!」
「おう!」
あらためて目の前の黒いISに集中する。
先ほどと同じ、居合の構えに入りこちらの隙を伺っているといったところか。
だが、その技は既に一度見せてもらったぜ?
「喰らえッ!」
肩部レーザーキャノン「ルビー」を黒いISに向かって発射する。
しかし、素早い動作で回避されると同時に一気にこちらへと距離を詰めてきた。
(そうだ、この感覚ッ!)
上体を反らして相手の居合抜きを回避すると、目の前をエネルギー状の刃先が通り過ぎていく。
今度は反撃としてスイッチブレードで突きを繰り出すが、返しの刃によってスイッチブレードは一瞬で霧散してしまった。
(一夏と同じ、エネルギー無効化攻撃のできるブレード……!さっき言ってた織斑先生のデータってこういうことか!)
俺はスイッチブレードによる攻撃を早々に諦めると、アサルトライフル「アレキサンドライト」で狙いを定める。
「アレキサンドライト」は実弾、ビーム弾両方を撃ち分けることができるが有効打を与えるには実弾しかない。
黒いISを狙って引き金を引くと薄緑色のマズルフラッシュが発生し、多量の弾丸が撃ち出された。
フルオートで射撃することで線状の弾幕を作り、移動方向を制限する。
それが俺の狙いだった。
しかし、黒いISは弾丸には目もくれず、空中へと跳躍して居合の構えをとった。
「ちっ、回避と同時に攻撃してくる気かッ!?」
黒いISが目前まで迫る。
「……なんてな、後は任せたぜ一夏」
俺は密かに研究していたフォーティチュード・プロトの
すると跳躍していた黒いISが突然地面に叩きつけられ、体勢を崩した。
これが俺の単一仕様能力「
対象にかかる重力を強化して地面へと陥没させることができる、とっても使い辛い能力だ。
すると、すかさず俺の背後から一夏が飛び出す。
それはまさに先ほど相手が見せたものと似て非なる構え。
居合の構えからの一閃が相手の刀を弾いた。
そしてすぐさま上段の構えへと切り替え、縦に真っ直ぐ振り下ろす。
「……これが一閃二断の構えだ。お前のはただの真似ごとに過ぎない」
黒いISは真っ二つに割れた。
中からは虚ろな目をしたラウラ・ボーデヴィッヒが現れ、こちらを一瞬だけ見ると力を失って足元から崩れていく。
地面に倒れ伏す前に一夏はボーデヴィッヒを抱え、一言呟いた。
「……まあ、ぶっ飛ばすのは勘弁してやるよ」
◇
ボーデヴィッヒは織斑先生の付き添いで医務室へと運ばれていった。
もう俺たちができることは無いだろう。
(シオン、あの黒いISが何か分かるか?)
(あの黒いISが織斑千冬のデータを模したものであるとすれば、ヴァルキリー・トレース・システム、通称VTシステムが組み込まれていたのではないかと考えます。VTシステムは過去のモンド・グロッソの部門受賞者の動きをトレースするシステムです。ただ、無理やりモンド・グロッソ部門受賞者の動作をトレースするため、操縦者への負担があまりにも大きく、IS条約ではどんな理由であろうとも研究・開発・使用全てが禁止されています)
(それがボーデヴィッヒのシュヴァルツェア・レーゲンに搭載されていたのか。それについてドイツはどう言い訳するんだろうかね)
(まあIS委員会の強制捜査は逃れられないでしょう)
(……しかし、あれがブリュンヒルデの一撃か――)
初代モンド・グロッソ覇者である織斑千冬はブレード一本で覇者となったと言われている。
実際データ上のものとはいえ、その一撃は素晴らしいスピード、重さ、鋭さを兼ね備えていた。
しかし俺にはその太刀筋が見えていた。そして体を反応させ、回避することもできた。
昔から反応速度には自信があったが、ここまでうまく反応できるとは。
願わくば、もっと正式な場で戦いたかったと俺はそう思わざるを得なかった。