インフィニット・ストラトス -Supernova- 作:朝市 央
翌日の朝、一夏は机に突っ伏していた。
なんでも昨日のことについて教師陣から散々事情聴取を受けて疲れたらしい。
俺は早々に逃げ帰ったのでなんとも聴かれなかったが。
ついでにボーデヴィッヒもまだ教室に来ていない。
「しかし結局トーナメントは中止だってよ。まあ、あんなことがあった後じゃ当然だが」
「うん、でも個人データ指標と関係するから一回戦だけは全試合行うみたいだよ。場所と日時は各自連絡が来るみたい」
「そうか。折角シャルの試験用装備を用意したってのに使う機会が無いのはもったいないもんな」
俺とシャルが今後について話し合っていると、教室のドアが勢いよく開かれた。
入ってきたのはボーデヴィッヒだった。
昨日の弱りきったような姿は見る影も無く、元気な姿勢で歩いている。
「織斑一夏っ!」
そして一夏の席の前に立つと元気よくそう言った。
突然の名指しに一夏も飛び起きる。
「は、はいっ!?ってラウラか、驚かすな――むぐっ!?」
ボーデヴィッヒはいきなり一夏の胸ぐらを掴むと、そのままキスをしていた。
「!?!?!?」
「お、お前は私の嫁にする!決定事項だ!異論は認めん!」
「嫁!?婿じゃなくて!?」
「日本では気に入った相手を嫁にする、というのが一般的な習わしだと聞いた。故にお前を私の嫁にする」
「……一夏、貴様どういうつもりか説明してもらおうか」
ダンッ、と一夏の目の前にいきなり日本刀が突き立てられた。
「待て待て待て!説明を求めたいのは俺の方だぞ!?」
「よう、ボーデヴィッヒ。元気そうで何よりだ」
「む、千道か。すまないな、昨日は迷惑をかけた」
「いや、こちらもなかなか面白い体験をさせてもらった。むしろ礼を言いたいぐらいだ」
「そ、そうか?それならいいんだが。あと、私のことはラウラで構わない。そして私も紫電と呼ばせてもらうぞ」
「ああ、よろしくな、ラウラ」
「それにしても紫電はかなりの操縦技術を持っているのだな。今度是非模擬戦の相手をしてほしい」
「ああ、構わないぜ。ちなみにシャルもかなり強いから勝負してみるといい」
「ええ!?そこで僕に振るの!?」
「む、そうか。ではシャルロットもよろしく頼む」
「お前らのんびり会話してないで助けてくれえっ!」
今日のホームルームは荒れに荒れた。主に教室が。
教室の至る所に穴や傷ができては、それについて一夏たちが織斑先生に叱られ出席簿で叩かれる、と。
なぜそうなることが見えているのにやってしまうのか。
とばっちりを喰らわないように大人しくしていた俺とシャルは無事無傷で済んだ。
◇
地球上のどこかに存在すると言われる秘密ラボ。
そこで篠ノ之束は唸っていた。
「むう……」
ISコアナンバー008、009、010からのシグナルが全く来ないのである。
自身が作成した467個のISコアが持つ情報はは全てラボ内のサーバーへと送信される仕組みになっているが、その三つだけは何も情報が送られてこないのであった。
分かっていることと言えば、その三つのISコアが割り振られている企業が新星重工である、ということだけ。
「まさかISコアの情報送信機能を見破られるとはねぇー……」
自身が作成したISコアは完璧である。
ISコアがまともに解析されるのは数百年はかかるだろうと思っていたが、それが今年になって見破られた可能性がある。
篠ノ之束は一見平静を装ってはたが、内心では驚いていた。
もしかして自身と同等の技術力を持つ技術者が存在するのかもしれない。
少なくとも十年前、ISを発表したころにはそんな人間は存在しなかったはずだが、十年という期間は人間を成長させるには十分な期間である。
篠ノ之束がそんな思考にふけっていたころ、携帯電話の着信音が流れる。
「こ、この着信音はぁ!トゥッ!……も、もすもす?ひねもす?」
「……」
携帯電話は無言のまま切れてしまった。
「わー、待って待って!」
幸いにも再度携帯電話は鳴り響いた。
「はーい、みんなのアイドル、篠ノ之束ここに――待って待ってぇ!ちーちゃん!」
「その名で呼ぶな」
「おっけぃ、ちーちゃん!」
「……はぁ、まあいい。今日は聞きたいことがある」
「なになに?」
「お前は今回の件に一枚噛んでいるのか?」
「今回、今回――はて?」
「VTシステムだ」
「ああ、あれ?うふふ、ちーちゃん、あんな不細工なシロモノ、この私が作ると思うかな?私は完璧にして十全な篠ノ之束だよ?すなわち、作るものも完璧に置いて十全でなければ意味がない」
「……」
「ていうか忘れていたけど、つい二時間ほど前にあれを作った研究所はもう地上から消えてもらったよ。……ああ、言われなくてもわかっていると思うけど、死亡者はゼロね」
「そうか。では、邪魔をしたな」
「いやいや、邪魔だなんてとんでもない。私の時間はちーちゃんのためならいつでもどこでも二十四時間フルオープンだよ!」
「……では、またな」
ぷつっと電話が切れると、束は携帯電話を放り出した。
「やあ、久しぶりに声を聞けて束さんは嬉しかったねぇ。ちーちゃんは相変わらず素敵ングだよ。夕日の向こうには行かないでね」
腕を組み、頷きながらうふふと笑みを添える。
「しかし、ちーちゃんはなんで引退したんだろーね?」
それだけは篠ノ之束の知能を持ってしてもはっきりとした答えが出せなかった。
年齢からしても、実力からしても、今すぐ現役に戻ったとして第一線で通用するだろう。
次のモンド・グロッソでも優勝候補筆頭になるのは間違いない。
そんなことを考えている間に、珍しくも本日二度目の着信音が鳴り響くのであった。
「やあやあやあ!久しぶりだねぇ!ずっとずーっと待ってたよ!」
「……姉さん」
「うんうん。要件はわかっているよ。欲しいんだよね?君だけのオンリーワン、代用無きもの、箒ちゃんの専用機が。モチロン用意してあるよ。ハイエンドにしてオーバースペック。そして、白と並び立つもの。その機体の名は『紅椿』――」
愛する妹からの連絡に喜んだ篠ノ之束の頭の中からは、いつの間にかいくつかのISコアから情報が来なくなったことなど消え失せていた。