インフィニット・ストラトス -Supernova-   作:朝市 央

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■海と兎と重力と

「海っ!見えたぁっ!」

 

トンネルを抜けたバスの中でクラスの女子が声を上げる。

臨海学校初日、天気は快晴で海風も穏やか、絶好なロケーションだった。

 

「おー、やっぱり海を見るとテンション上がるなぁ。向こうに着いたら泳ごうぜ。箒、泳ぐの得意だったよな」

「そ、そう、だな、ああ。昔はよく遠泳をしたものだな」

「そろそろ目的地に着く。全員ちゃんと席に座れ」

 

全員がさっと席に戻る。

織斑先生の言葉通り、ほどなくしてバスは目的地である旅館前に到着した。

 

「ここが今日から三日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の仕事を増やさないように注意しろ」

「「「よろしくおねがいしまーす」」」

「はい、こちらこそ。今年の1年生も元気があってよろしいですね」

 

この旅館には毎年世話になっているらしい。

女将の対応も慣れたものだ。

 

「一夏、この三日間は俺とお前の二人部屋だ。部屋内に小さいが露天風呂もついているらしいぜ」

「おお、まじか!いいねえ部屋に露天風呂、さっそく行こうぜ!」

「こら、走るな一夏。焦らなくても露天風呂は逃げないさ」

 

俺たちだけでなく、生徒全員は一目散に部屋へと向かって行った。

やはり丸一日自由時間の今日が楽しみなのだろう。

俺と一夏も部屋へ荷物を置くと、更衣室のある別館へ向かって歩いて行くのだった。

 

 

「……」

「……」

「……」

 

俺と一夏は別館へ向かう途中で箒と合流していた。

しかし、問題は目の前の光景である。

道端にウサギの耳が生えている。それも引っ張ってください、という張り紙がしてある。

 

「なあ、これって――」

「知らん。私に聞くな。関係ない」

 

箒のこの態度を見るにこれはまず間違いないな。

篠ノ之箒の実の姉、篠ノ之束博士と関係がある。

 

「えーと……抜くぞ?」

「好きにしろ。私には関係ない」

 

箒は一人で行ってしまったが、一夏はウサミミを抜く気のようだ。

どうにも嫌な予感しかしない。

 

「……あれっ?」

 

なんの捻りも無く、ウサミミは抜けた。

 

「なんだ?誰かの悪戯か?」

「何をしていますの?」

 

ウサミミを片手に呆然としている一夏を見て、不思議そうな顔をしたセシリアがやって来た。

 

「いや、なんか地面にウサミミが生えてて、それで……」

「は、はい?」

 

セシリアも状況を呑み込めていないようだった。

そりゃそうだろう、俺だっていまいち理解できていないんだから。

すると突然、キィィィンと何かが高速で向かっているかのような音がした。

やがてドカン、と盛大な音を立てて落下してきたのは巨大なニンジンだった。

 

(これは……シオン、ひょっとしてだが……)

(篠ノ之束博士のものでしょうね。妙なセンスをしていると噂がありましたが、このようなセンスは理解不明です)

(俺もだよ)

 

「あっはっは!久しぶりだねぇ、いっくん!」

 

ぱかっと二つに分かれたニンジンの中から出てきたのは予想通り、篠ノ之束博士本人だった。

 

(――なるほど、この人がISの開発者、篠ノ之束博士か)

(相当な変人との情報があります。しばらく様子見することを推奨します)

(言われなくてもそのつもりだ)

 

「お、お久しぶりです、束さん」

「うんうん。おひさだね。本当に久しいねー。ところでいっくん、箒ちゃんはどこかな?さっきまで一緒だったよね?」

「えーと……すいません、分かりません」

「まあ、この私が開発した箒ちゃん探知機ですぐ見つかるよ。じゃあねいっくん。また後でね!」

 

無茶苦茶早いスピードで束博士は駆け出して行った。

なるほど、言動を見る限り一夏と箒のこと以外は眼中に無いらしいな。

 

「い、一夏さん?今の方は一体……」

「束さん。箒の姉さんだ」

「え……?ええええっ!?い、今の方があの篠ノ之博士ですか!?現在行方不明で各国が探し続けている、あの!?」

「そう、その篠ノ之束さん」

「……それにしても一夏、俺は篠ノ之博士がゲストとして招かれているとは聞いていなかったぞ?」

「いや、俺も久しぶりに会ったし、束さんが来てるなんて知らなかったよ」

 

やはり篠ノ之博士の訪問は突然のものか。

そして箒を探している、となるとおそらく――箒専用のISでも届けに来たってところか。

 

「まあ、いいや。箒に用があるみたいだったし、今のところ関係なさげだし。セシリアも海行こうぜ、海!」

「そうですわね。わたくしも着替えて海へ向かうとしましょう」

 

セシリアと並んで別館のほうへと歩いていく二人を尻目に、俺は篠ノ之博士のほうを気にかけていた。

 

(しかし、篠ノ之博士の動向が気になる……何もなければ良いが)

(私も嫌な予感がします。紫電、篠ノ之博士にはお気をつけて)

 

 

「あ、千道君だ!」

「う、うそっ!わ、私の水着変じゃないよね!?大丈夫だよね!?」

「わー、すっごい体つき……。まさに鍛えてますって感じ、すごいなぁ……」

 

ビーチでは既に数人の女子が遊んでいた。

熱い砂浜を足裏に感じながら俺は海の方へ向かって歩いていく。

 

(さて準備はいいか、シオン?)

(問題ありません、いつでも開始してください)

(よし、行くぞッ!)

 

俺は勢いよく海へと飛び込み、ある程度の深さまで潜った時点でフォーティチュード・プロトを展開した。

普段ならISの無断展開は許可されていないが、この臨海学校中は話が別だ。

元々ISを展開した作業を中心に行う予定なので、初日だろうとISを展開しても何の問題もない。

 

(防水加工も問題なし、対海水用の処理も問題ありません)

(よし、ならもっと深くまで潜るぞ)

 

ビーチから見れば青い海も深く潜れば暗い海へと変わる。

かなりの深さまで潜った俺は対水圧能力テストに来ていたのだった

 

(……流石にこの深さまで潜ると水圧っていうものをはっきりと感じるな)

 

推定水深200メートル弱ってところか。

ほんの僅かだが、水による機体への圧力が感じられた。

俺の狙いは水圧という眼に見えない圧力を感じることで、それと類似した力である単一仕様能力、「重力操作」を強化できないかというものだった。

重力のように眼に見えない力ならば、気圧や磁力による圧力など他の方法も可能だが、もっとも実現しやすいのがこの臨海学校時の水圧実験だったのだ。

 

(水中の場合は対象物の全体に圧力がかかる。しかし重力の場合、対象に対して地面に向かってしか力を発揮することができない。この水圧の力を感じてなんとか重力操作の単一仕様能力に影響を与えられないものか――)

 

俺は自身の単一仕様能力である重力操作の使い方に迷っていた。

とりあえず海底に向かって潜ったまま、自身に対して重力操作をかけてみる。

 

(……ん?今重力のかかる方向がおかしかったような――)

 

普段はこの重力操作、地面の方向にしか力が働かないのである。

なので俺の体に重力操作をかければより深い海の底へと沈んでいくはずだった。

にもかかわらず俺の体は海面方向へと引っ張られていった。

決して浮力によって浮いたわけではなく、俺の重力操作によって引っ張られたのだ。

 

(……無重力下ではどうなるのかとも考えたが、これは――)

 

俺の考えは間違っていた。

この重力操作能力は地面へ向かっての圧力を強めるだけのものではない。

重力をかける方向も操作できるのではないか――?

 

試しに近くを通りかかった魚に対し、重力操作をかけてみた。

魚も突然の異変に気付いたのか、必死に尾びれを動かしてその場からの脱出を試みるが、魚の思考とは裏腹に徐々に俺の方へと引き寄せられていく。

 

(おおっ!?結構応用が効くんじゃねーか、この重力操作は……!)

 

手元まで来た魚を今度は海面方向へと引っ張る。

そして再び手元へと引き戻す。

 

(……なるほど、重力の使い方も一筋縄ではいかねえってわけか)

(紫電、そろそろフォーティチュード・プロトのエネルギー限界です。浮上してください)

(……ああ、今から浮上する。シオン、良い収穫が得られた)

(ですが重力操作の単一仕様能力についてはエネルギーの使用量も馬鹿になりません。あまり多用はできませんね)

(ああ、確かに優秀な能力だが、重力方向を変えたり、強い重力を発生させようとすれば相応にエネルギーを喰うみてーだな)

 

シオンと会話しながら勢いよく海上へと飛び出す。

丁度太陽も頭上へと昇っており、昼食の時間にはぴったりだった。

 

(もっとうまく重力操作を使いこなせるようになれば、俺たちの計画はまた先へと進めることができるだろうな、シオン)

(午後も引き続き重力操作の訓練を行うつもりですか?)

(もちろんだ。今でなければ訓練できないからな)

(了解です。ISコアナンバー010を使用してISコアナンバー009のエネルギーを回復させておきます)

(頼んだ)

 

俺はビーチへ向かって泳いでいくのだった。

そして昼食を食べた後もすぐさま海中へと潜り、二度目のエネルギーが尽きるまで重力操作のトレーニングを続けるのであった。

 

 

「……」

「だ、大丈夫か?紫電」

「……ああ、大丈夫だ」

 

一夏が心配そうに俺を見ている。

結局あの後晩御飯の時間になるまで重力操作トレーニングをぶっ通しで行っていたのだ。

機体には影響がなかったものの、自身の体に相当の疲労が蓄積していたことに気付いていなかったのだ。

そう、水中でたまった疲労は水中では気付きにくい。

地上に出てからその疲労に気付くのだ。

夕食を食べた俺はもはや疲労がピークに達していた。

 

「すまん一夏、俺は先に寝させてもらうぞ……」

「あ、ああ。一体何をしたらそんなに疲れるんだ……?」

 

こちらを気にする一夏のことも気にせず、俺は深い眠りへと落ちていった――

 

 


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