インフィニット・ストラトス -Supernova- 作:朝市 央
「すげえ、ISでも生徒会長に勝ちやがった……」
「……あの女の動きも中々のものだったが、それ以上に紫電の動きが上をいっていた。こうして客観的にみるとわかりやすいが、紫電の動きは非常に理にかなっているな」
「あの高速機動はどうなっているのだ?私も紅椿で一度同じような動きをしてみたが、体への負担が半端ではなかったぞ。あれは普通の人間にできる動きではない」
二人の戦いを見ていた一夏たちの感想はやはり紫電についてだった。
高速機動状態から放たれる圧倒的密度の弾幕と、同時に放たれる正確で高威力な射撃。
うまく接近できたとしても超反応で攻撃を回避された後、スイッチブレードで反撃される。
それが千道紫電の必勝パターンであり、誰もその牙城を崩せずにいた。
生徒達の頂点である生徒会長なら、紫電を倒せるかもしれないと思っていたが、結果は紫電の勝利に終わった。
そしてまたしても紫電は一切被弾することなく勝利するという記録を更新していくのだった。
◇
「楯無先輩、どうもありがとうございました。俺に特別コーチは必要ないってことでいいですかね?」
「うーん、手加減したつもりはなかったんだけどなあ……。確かに、その腕前があれば私のコーチはいらないかもね。むしろ私がコーチしてもらいたいくらいかしら」
「いや、楯無先輩のコーチをするほどの腕前は俺にはありませんよ。俺のことは気にせず、一夏をガンガン鍛えてやってください」
「わかったわ、おねーさんに任せなさい」
バッと開かれた扇子には見事、と書かれていた。
まだ本気を出していなかったのだろうか。
まあなんにせよ、特別コーチがついて俺の自由時間が減るということは免れたようだ。
そもそも俺の機体は普通のISとは機体の組み方、基本構造が全然違う。
楯無先輩から基本的なことを教わっても、ほとんど俺の機体には活かせないだろう。
「なあ紫電。お前あんなに加速して疲れねえの?あの速さで機動してたら体への負担も相当かかると思うんだが」
「ん?ああ、あれは俺の単一仕様能力でカバーしてるんだよ。普通の機体で俺と同じ動作したら多分体が重力で潰れるだろうな」
「え、お前の機体も単一仕様能力があるのか!?」
「ああ、といっても俺もまだその能力を完全に理解できてないんだが、"重力"に関係する能力とだけ言っておこう」
「重力……私のAICと似たような能力か?」
「まあそんなところだ。ラウラのAICは対象を停止させるが、俺の場合は対象を地面に向かって陥没させたり、加速時に自身にかかる重力負担を軽減することができるってくらいだな」
「随分強力な単一仕様能力のように聞こえるが、なぜ戦闘で使わないんだ?」
「ぶっちゃけエネルギー効率が悪いから使ってないだけだ。機会があれば普通に使うさ。だから今は加速したとき自分にかかる重力を減らすことだけに使ってるだけなんだよ」
「エネルギー効率、か。私の紅椿も一夏の白式・雪羅も燃費の悪さに困っているが、何かコツはあるのか?紫電がエネルギー切れを起こしている場面は私の記憶にはないんだが」
「そうだな……それは全員の操縦時の癖にもよるけど、まず無駄にスラスターを起動させすぎていることとだろうな。相手からの攻撃を回避する際に余裕を持たせて動きすぎている。もう少し小刻みに機動した方がエネルギー消費も抑えられるはずだぜ」
「あらら、本当におねーさんのコーチは紫電君には必要ないみたいね」
楯無先輩の扇子には今度は残念、とかかれている。
俺は別に残念ではないんだが。
◇
俺が楯無先輩と勝負してから早数日。
連日一夏は楯無先輩にこってり絞られているようだった。
「おう一夏、どうだい調子は?少しは強くなったか?」
「おー……紫電か……」
まさに疲労困憊ってところか。
まあこれだけ動かされれば少しは強くなっているんだろう。
それに一夏は俺の目から見ても呑み込みが早い方だ。
楯無先輩も鍛えがいがあるだろう。
「疲れてる所悪いんだが、俺らの学園祭用の衣装ができたから早速試着だ。ほら、着替えに行くぞ」
「ああ……」
「楯無先輩、書類が溜まってきたから明日は特訓は休みだってよ。良かったな、一夏。休みだぞ」
「おお、まじか……」
「といっても明後日は学園祭だから、その溜まった疲労を一日で回復させなきゃ学園祭当日きつくなるぞ?」
「うへえー……」
本当に大丈夫か?一夏。
確かに明日は休みだが今日は休みではないんだぞ……。
◇
そして学園祭当日、午前の部。
俺の前には大量の生徒が押し寄せていた。
この行列も意外や意外、園芸同好会の展示と販売にこんなに人が来るとは思っていなかったぜ。
「砲丸ピーチとドームメロンのジュースは一つ100円だ!売り切れ御免の早い者勝ちだけど、しっかり並ばない人には売らないぜ!」
「このピーチジュース、すっごくいい匂いなんですけど!?」
「何この形、本当にメロンなの!?しかもすっごい甘くて美味しい!」
「私よりも背の高いカブって、童話の大きなカブみたいね」
「このキューリ光るってどういうことなの……。えっ、食べられるのこれ?」
「透明なキャベツなんて初めて見たわ。どういう育て方したらこうなるのかしら……」
生徒会メンバーにも大絶賛だった幸福芳香な砲丸ピーチと極上甘味なドームメロンのジュースは大盛況だった。
それぞれピーチとメロンにストローを差すだけで準備完了なので、俺一人でも容易に回せる。
また、珍品野菜として展示している巨大星カブ、電灯キューリ、透明キャベツも見て楽しいと好評なようだ。
ちなみにクラスの出し物であるご奉仕喫茶の執事役は一夏に任せている。
そのかわりに午後の部は俺がご奉仕喫茶で執事をし、一夏は休憩という取り決めだ。
「はーい、今ので園芸同好会の物販は終了になります!皆さんお買い上げありがとうございました!買えなかった人は運が悪かったってことで、悪いね!」
まだ少しだけ人が残っていたが、それぞれ50個も用意していた砲丸ピーチとドームメロンは無事売り切れとなった。
しかしそれを考えると午前中だけで100人近くも来ていたのか、これは流石に予想以上だ。
午後の部開始まではまだ時間があるが、特にやることもないのでクラスの方へ向かうとするか。
◇
早速戻ってきた1年1組の教室の前には長蛇の列ができていた。
何これ、こんなに並んで何を期待しているんだこの人たちは。
「よう、シャル。園芸同好会の物販が終わったんで早めに戻って来たぜ……って中もすげえ混んでるな!」
「あっ、紫電、良い所に来てくれたね!皆紫電はいないのかってクレームがいっぱい来て困ってたんだよ」
「何、一夏がいれば十分……ってわけじゃなさそうだな、どうみても回ってねえや」
一夏は忙しそうにあっちこっちへと移動しては接客している。
執事っていうよりバイト奴隷みたいだ。
「ま、わかったよ。もう着替えてきてるからいつでも準備オッケーだぜ」
「じゃあ早速指名入ってるから、接客よろしくね?」
「任しておけ」
俺を指名するとは、酔狂なやつもいるもんだ。
大人しく一夏を指名しておけばいいのにな……。
「えへへ、じゃあ紫電、早速『執事にご褒美セット』の注文だよっ」
「って指名したのお前か!シャル!」
「今僕休憩時間だから問題ないもん。ほら、紫電も執事になりきらなきゃ!」
しかもよりによって執事にご褒美セットかよ!
……まあいい、俺を指名するとどういうことになるか、思い知らせてやろうじゃあないか。
「お待たせしました、お嬢様。執事にご褒美セットでございます」
「……し、紫電、やっぱりその恰好、似合ってるね」
「お褒めに預かり光栄です、お嬢様」
俺はそっとポッキーの入った器とアイスティーをテーブルに置く。
「執事にご褒美セットの概要はご存じですね?」
「う、うん。はい、あ、あーん……」
シャルがポッキーを俺の口元へと運ぶ。
俺は目を閉じてそれを口で受け止めるとゆっくりと咀嚼して飲み込む。
「ありがとうございます、お嬢様。それでは今度は私からさせていただきます」
「え!?ちょ、ちょっと!紫電!?そのサービスは含まれてないんじゃないの!?」
「まあまあそう仰らず。これはサービスでございます」
俺はポッキーを一本取ると、シャルの口に近づけていった。
「い、いいのかな……?あ、あーん……」
そっとポッキーの先端をシャルの口に入れる。
流石にシャルも恥ずかしいのか、ほんのりと紅潮しているようだった。
「んっ、あ、ありがとう……」
「どういたしまして、お嬢様。さあ、続いて口直しにアイスティーをどうぞ」
俺はシャルの肩に腕を回し、アイスティーの入ったカップをシャルの口元へ近づける。
「えええええっ!?紫電、これそういうサービスじゃないよ!?」
「お嬢様の喜んでいただける顔が私にとって一番のご褒美ですから問題などありません。遠慮せずに、さあどうぞ」
シャルの顔は既に真っ赤である。
ふふふ、執事と見せかけたホスト紛いの攻撃は中々有効なようだ。
シャルはすぐに顔を真っ赤にするから面白い。
「……んっ」
覚悟を決めたのか、シャルはアイスティーのカップに口を付けると、ゆっくり飲み干していった。
アイスティーの冷たさのおかげで頭が冷えたのか、シャルの顔色は少し落ち着きを取り戻したようだった。
……だがシャルよ、本番はここからだぜ?
俺はシャルが飲み終えたカップに再度アイスティーを注ぐ。
「……え、紫電?」
「お嬢様、今度は私にも一杯アイスティーを頂けませんか?」
「!?!?!?」
シャルの顔が再度真っ赤に染まる。
まるでリンゴのように、ポッキーの時とは比較にならないほど真っ赤になっていた。
(こ、これって、か、間接キス……だよね!?)
シャルの心臓はドキドキを通り越してバクバクと鳴り響き、心なしかカップを持つ手にも震えが走る。
「……あ、あーん……」
「……ん」
俺はシャルが持つカップに口をつけると、わざと時間をかけてゆっくりとアイスティーを飲み干す。
「大変美味でした。お嬢様、ありがとうございます」
「……」
シャルは顔を真っ赤にして固まっている。
(か、間接キス……!紫電と間接キスしちゃった……!?)
「お嬢様、残された時間があと少ししかありませんので、このまま写真撮影とさせていただきます」
(……!?これって、お姫様抱っこ!?お姫様抱っこ、お姫様抱っこ……!?)
俺は未だ固まっているシャルをお姫様抱っこすると、カメラを持って待っている鷹月さんのほうを向いた。
「……千道君って大胆なんだね。織斑君は顔真っ赤にしながら写真撮ってたけど」
「ま、これくらいサービスしでも良いでしょう?シャルは午前中ずっと頑張ってくれてたんだし」
「羨ましいなぁ……。あ、写真撮るよー」
パシャッと音がしてカメラのフラッシュが光る。
「じゃ鷹月さん、シャルをよろしくね。俺は次の接客に移るから」
「うーん、デュノアさん、この後仕事できるかなぁ……?」
(紫電とツーショット、紫電とツーショット……!えへへ……)
シャルロットは写真を眺めては満足そうに笑みを浮かべており、完全に自分の世界へ入っている。
手元の写真には顔を真っ赤にしたシャルロットと穏やかな笑顔を浮かべた俺が映っていた。
◇
「やったぁ、千道君とツーショットだ!」
「千道君が目の前でアイスティーを注いでくれてる……夢みたい」
「やっぱり織斑君より千道君のほうがいいわぁ……」
午前の部が終わり、午後の部になって一夏が休憩に入ると俺の忙しさはさらに倍になっていた。
なるほど、これは確かに一夏一人では大変なわけだ。
「なあ鷹月さん、一夏はいないのかってクレーム来ないの?俺目当ての人もいるっぽいけどさ」
「もちろん来てるよ、織斑君はいないのかって。でも午前中もずっと千道君はいないのか、って同じこと言われてたから大丈夫だよ、きっと」
「きっと、ねえ……」
俺はひょこっと廊下に顔を出してみたが、長蛇の列は変わらずだった。
「ていうか、一夏の休憩長くないか?もう一時間過ぎてるぜ?」
「うーん、織斑君のことだから何かに巻き込まれてるのかもね。その分が千道君に回っちゃってるけど、ごめんね」
「いや、謝らなくていいさ。鷹月さんのせいじゃなくて一夏のせいだから」
まあ一夏のことだから何かに巻き込まれているのは間違いないだろう。
ただとてつもなく嫌な予感がすることを除けば問題ないんだが、な――