インフィニット・ストラトス -Supernova- 作:朝市 央
一夏が休憩から戻らずにしばらくたった頃、シオンから予定外の連絡が入ってきた。
(紫電、お楽しみのところ申し訳ありませんが、少々気になることがあります)
(ん、どうしたシオン)
(所属不明のISコアがステルスモードで織斑一夏に接近しています。これは少し妙だと思います。正当なISパイロットが織斑一夏に会いに来たというならばステルスモードで接近する意味がありません。それにこのISの持ち主の動きも妙です。第四アリーナ付近の更衣室をうろうろとしているだけで、正当に招かれた客とは思えません)
(……さっきからする嫌な予感はそれか?分かった、様子を見に行こう)
「鷹月さん、ちょっと一夏呼びに行ってくるわ。すぐ戻るからうまくクレーム処理しておいてね」
「えっ、ちょっと、千道君!?」
俺は執事服のまま対象のいる更衣室へと向かって行った。
◇
一方、一夏は無理やり参加させられた生徒会の出し物、観客参加型演劇「
(くっそー、何がシンデレラだよ!こんなに武力装備したシンデレラがいてたまるかよ!)
「その王冠をよこせー!」
「とにかくよこせ!断れば斬る!」
「何それ怖い!誰か助けてー!」
「こちらへ」
「へっ?」
一夏は突如足を引っ張られ、セットの上から転落していった。
あまりにも一瞬だったため、舞台上にいた他の参加者たちは皆一夏の姿を見失ってしまったのである。
「着きましたよ」
「はあ……はあ……ど、どうも」
誰だかわからない声に誘導されるがままたどり着いたのは俺が使った更衣室だ。
さっき着替えた制服とかも揃っている。
「えっと……ありがとうございました……?」
暗い中、少し目が慣れてきたのか相手の顔がようやく見えてきた。
その人は意外にも先ほど出会ったIS装備開発企業の人、巻紙礼子さんだった。
「あ、あれ?どうして巻紙さんが?」
「はい。この機会に白式をいただきたいと思いまして」
「……は?」
「いいからとっととよこしやがれよ、ガキ」
「っ!?」
突如口調が変わったと同時に、思い切り腹を蹴られた。
その衝撃で俺の体はロッカーまで吹き飛んだ。
「ゲホッ、あ、あなたは一体……!?」
「あぁ?私か?企業の人間になりすました謎の美女だよ。おら、嬉しいか?」
未だ倒れている俺に再度蹴りをかましてくる。
そこまでされてようやく俺は目の前の人が「敵」であると認識できた。
「くっ……白式!」
緊急展開によってISスーツごと白式を呼び出す。
「待ってたぜ、それを使うのをよぉ」
先ほどの笑みは崩れ去り、目の前の人物は邪悪な表情を浮かべる。
「ようやっとこいつの出番だからさぁ!」
「!?」
目の前の女の背後から出てきたのは蜘蛛の足のような鋭利な爪だった。
おまけに黄色と黒というカラーリングが余計に不気味さを醸し出している。
「くらいなっ!」
背中から伸びた八つの装甲脚の先端が開くと、その中にあったのは銃口だった。
これはまずい、そう思った俺は脚部スラスターを最大噴出させ、天井へと飛び上がった。
そのまま天井を蹴って方向転換すると、雪羅をクロウモードで起動させ、目の前の女に向かって斬り込みに行った。
しかし、ビーム・クロウによる斬撃は後方への跳躍で回避されてしまった。
この人、中々……強い!
「なんなんだよ、あんたは!?」
「ああん?知らねーのかよ、ガキが!秘密結社『
「知るかそんなもん!だが白式は渡さねえ!」
オータムと名乗った女が再度八門の銃口から集中砲火を行ってくる。
(くそっ、セシリアのビットだって四基しかなかったってのに、その倍の数の銃口を向けられるのはきついぜ!)
「くらえっ!」
「甘ぇ!」
なんとか懐に飛び込み雪片弐型で斬り込んだが、今度は八本の装甲脚が雪片弐型の刃を受け止めていた。
それもまずいことに刀身をがっちり挟み込まれてしまい、押しても引いてもびくともしない。
「ぐっ……!」
「まだまだだなぁ!」
いつの間にかオータムの手にはマシンガンが構築されていた。
まずい、直撃する!
「ぐあっ!」
何発かの弾丸が俺に直撃する。
肉体自体は絶対防御で守られているものの、その痛みは消えない。
「そうそう、ついでに教えてやんよ。第二回モンド・グロッソでお前を拉致したのはうちの組織だ!感動のご対面だなぁ、ハハハハ!」
「っ!だったらあの時の借りを返してやらぁ!」
俺は全速力でオータムへと斬りかかる。
「ふん、やっぱガキだなぁ、てめぇ。こんな真正面から突っ込んでくるなんてなっ!」
オータムが指先であやとりのようなものをいじっていたと思っていたら、俺の目の前に突如巨大な網が展開される。
「くっ、この――!」
エネルギーで形成された網なんて雪羅で切り裂いてやる!
そう思ったのも束の間、俺の体は指先すら動かせないほどがんじがらめにされていたのだ。
「けっ、手間取らせやがって。んじゃ、これからがお楽しみタイムといこうぜ!」
オータムが見たことも無い四本脚の装置を俺にとりつけると、全身に電流に似たエネルギーが流された。
「があああああっ!!」
雷にでもうたれたかのような激痛が全身に走った。
その間もオータムは楽しそうに笑っていてそれが余計俺の神経を逆なでする。
「さて、終わりだな」
電流が収まると同時に謎の装置が外れ、糸もボロボロと崩れ落ちる。
が、崩れたのは糸だけでなく、俺の体も膝から崩れ落ちた。
(くっ……白式!)
呼び出しても白式が展開できない。
そして俺は左手のガントレットが無いことに気付いた。
「な、何が起こったんだ……白式!おい!」
「へっへっ、お前の大事なISならここにあるぜ」
「なっ!?」
オータムの手には菱型立体のクリスタル、それは紛れもない白式のものだった。
「さっきの装置はなぁ、『
オータムはさらに俺に蹴りを決めてくる。
「かえ……せ……」
「あぁ?聞こえねーな!」
「返せっつってんだよ、てめえ、ふざけんな!」
「だから、遅えんだよ!」
今度は横っ腹を蹴り飛ばされる。
「じゃあなぁ、ガキ。お前にはもう用はねぇ。ついでだし、殺してやるよ」
マシンガンの銃口が俺に向けられる。
(まずい……!白式を取り返すどころか……!)
どこからかズドンッ、と音がした。
すると目の前にいたオータムがすさまじい速度で吹き飛ばされていった。
今のルビー色の閃光は、まさか――
「奇襲が悪役だけの特権と思うなよ、三下。……一夏、大丈夫か?」
暗い更衣室の中でもはっきりとわかる鮮やかな薄紫色の機体。
俺が何度戦っても勝てない最高の友人が今、すぐ目の前に来ていた。
◇
「っがああ!なんだ、何が起きたっ!?」
オータムは一番遠くの壁まで吹き飛ばされていた。
「よう、あんたが悪の組織の一員か、初めまして。千道紫電、機体名フォーティチュードだ。お前の立場からしてみれば厄介な正義の味方、ってところかな」
「てめぇ、どこから入った!?今ここは全システムをロックしてんだぞ!……まあいい、見られたからにはお前も殺す!」
「……見事な三下っぷりだな。あんなロック、俺にかかればかかってないも同然だぜ。一夏も不意を突かれたとはいえ、こんなやつに後れを取るようじゃいけないぞ?」
「紫電、気を付けろ!そいつ結構強いぞ!」
「へえ、そいつは楽しみだ」
(あの機体はアラクネですね。八本の装甲脚が特徴の蜘蛛のような形が特徴の機体です。本来アメリカのものですが、おそらく強奪したのでしょう)
(ISを強奪ね。俺も人のこと言えたもんじゃねーが、ろくでもないヤツってのは間違いなさそうだなッ!)
俺は目の前の不細工なISにアサルトライフル「アレキサンドライト」とマークスマンライフル「エメラルド」の銃口を向けると、一気にその引き金を引いた。
ドドドドッという凄まじい音と共に大量の弾幕が形成される。
広いアリーナの中でも驚異的なものだというのに、狭い更衣室の中でその弾幕はより驚異的だった。
「があああっ!……くそっ、これしきの弾幕っ!」
数発被弾した後、なんとか雨のような弾幕から逃れたオータムはこちらへと接近してくる。
その左手にはカタールを持ち、なんとそれを投擲してきた。
俺はスイッチブレードで投擲されたカタールを弾く。
改めてオータムの方を向くと既にそこにオータムの姿は無かった。
「バカめ!こいつでもくらいなっ!」
カタールを投擲した一瞬の後、オータムは天井に張り付き、俺の頭上に移動していたのだった。
そのまま先ほど一夏を捕えたエネルギー・ワイヤーだ。
「……頭上を取ったことに気付いていないとでも思っていたのか?やっぱり三下だな、アンタ」
エネルギー・ワイヤーが俺の体を包み込もうとした瞬間、ワイヤーの動きがピタリと静止する。
「なっ、こいつは……まさかAICか!?」
「AICとはちょっと違うんだなこれが。よく見とけ一夏、これが俺の単一仕様能力の使い方の一つだぜ。……
先ほどまで俺目掛けて落ちてきたエネルギー・ワイヤーは
天井にいる自身の方へ落ちてくるという、想定外のエネルギー・ワイヤーの動きにオータムは反応できず、自身が作りだしたネットに捕らわれて天井から落ちてきた。
「くそっ、馬鹿なっ!どうなってんだっ!」
「どうせ説明しても阿呆なお前には一生理解できんだろうよ。ところで一夏、剥離剤を食らったISコアは遠距離からのIS起動ができるようになるらしいぜ?」
「本当か!?……来いっ、白式!」
一夏の全身が光に包まれる。
そこには白式・雪羅を纏った一夏が立っていた。
「やるじゃねーか、一夏。やっぱり正義の味方の色は白か赤に限るな。さ、止めを頼むぜ、一夏?」
「ああ、助かったぜ紫電。……本当にお前は頼りになるやつだよ!」
一夏が雪片弐型を展開し、振りかぶる。
「なぁっ!?て、てめぇ、一体どうやって――」
「そんなこと知るか!オータム、懺悔の用意はできているか!」
一夏はエネルギー・ワイヤーに絡め取られて身動きの取れない状態のオータムに対し、零落白夜を全力で振り下ろした。
「ぐえっ!」
ワイヤーごと切り裂かれたオータムはそのまま斬られた勢いを殺せず、壁の方へと吹き飛ばされていった。
「おー、かっこいいじゃねーか。さあ、一夏。あの侵入者を拘束するとしようぜ」
「……ああ!」
「く、くそ……ここまでか……!」
プシュッっと圧縮された空気の抜ける音が響くと、オータムのISが本体から離れる。
「げっ、一夏離れろ!」
「何っ!?」
光を放ち始めたアラクネは数秒後に大爆発を起こした。
俺は急いで一夏を後方へと引っ張ったかいもあり、なんとか巻き込まれることは回避できた。
「どういう……ことだ……?ISが爆発するなんて……」
「いや、おそらくISコアだけ抜き取って装備と装甲だけ爆発させたんだろう。爆発オチとはまさに悪役の所業だな」
「そうか、オータムには逃げられちまったな。というか紫電、助けてくれてありがとうな。本当に助かったぜ」
「うん?俺はいつまでたっても帰ってこない執事を探しに行っただけだから気にするな」
「そ、それはなんか生徒会の出し物に無理やり参加させられたせいで……」
「ま、侵入者ありってことでこのまま学園祭を続けるのは難しいだろうな。ってかこの爆発した更衣室どうすっかね……」
「……あ」
俺たちはすっかりボロボロになった更衣室の中で途方に暮れるのであった。