インフィニット・ストラトス -Supernova- 作:朝市 央
学園祭が終了して早数日。
早くも学園は次の行事開催に向けて新たな慌ただしさを迎えていた。
「はい、それでは皆さん。今日は高速機動についての授業をしますよ!」
山田先生の声が響く。
ここ、第六アリーナは他のアリーナとは少し構造が違い、中央タワーと繋がっており高速機動の実習が可能なのである。
「まずは専用機持ちの皆さんに実演してもらいましょう!」
そう言われてスタートラインに並ぶのは1年1組の専用機持ち四人組である。
一夏の白式・雪羅、箒の紅椿、セシリアのブルー・ティアーズ、そして俺のフォーティチュード。
シャルとラウラはまだ高速機動用の増設スラスターが準備できていないらしいとのことで準備中だ。
「なるほど、それがセシリアの高速機動パッケージか。中々かっこいいな」
「ええ、これがわたくしの『ストライク・ガンナー』ですわ。ところで紫電さんの機体には何も変化が見られませんが、高速機動パッケージはありませんの?」
「ああ、デフォルトで高速機動を想定した機体だからこれ以上速くはできねーんだ」
「……紫電。今まで気になっていたのだが、お前のフォーティチュードの最高速度はどれくらいなのだ?お前の機体のマシンスペックは公開されていたが、速度については測定不能とされていたのだが?」
「俺の機体の情報について調べたのか、箒。最高速度が測定不能なのはどこまで俺の体がついていけるか分かんねーからどうとも言いようがないんだ」
「……そんなに速度が出るのか?」
「それはこれからのお楽しみだ」
「みなさーん、準備できましたかー?これからスタートの合図を出しますよー?」
「おっと、おしゃべりタイムはここまでみてーだな。さて、今回はちょっとばかし本気出すぜ?」
俺以外の三人がごくりと唾を飲む。
やはり三人とも俺のことを警戒しているようだった。
「では、……3、2、1、ゴー!」
山田先生がフラッグを降ろすと同時に、各位一斉に飛び出す。
やはり先頭に抜き出たのは俺だった。
スタートダッシュのタイミングもそうだが、他の三人と比べると最高速度に達するまでの加速力が圧倒的に違う。
そしてそれはスタートしてからわずか数秒でその差は一目瞭然となった。
三人が中央タワー外周にたどり着いた頃、既に俺はタワー頂上から折り返しているほどに差が開いていたのだった。
そしてそのまま圧倒的な速度でスタート地点まで戻ってくると、スタートライン上で急停止した。
「せ、千道君が一番でしたね。まだ皆さん折り返し地点から戻ってきているところなので、もう少し待ちましょうか……」
「うーん、もう少しタイムは縮められそうだけど、本番は妨害もありなんですよね?そう簡単にはいかないか……」
「え、ええ、本番では妨害ありなんですが、これだけ差が開いてしまうと妨害もできないような……。あっ、皆さん帰ってきましたね!」
それぞれセシリア、箒、一夏の順にゴールインするも三人は息が上がっていた。
「はい、お疲れ様でした!皆さんすっごく優秀でしたよ!」
「し、紫電さんに全く追いつけませんでしたわ……」
「……どうなっているのだ、あの機体は……。全速力で追いかけたはずだぞ……」
「はぁ、はぁ……。結構うまく機動できたと思ったのに最後かよ……。にしても紫電速すぎるだろ……」
「そりゃ高機動重視の機体だからこれくらいできねーとダメだろ?」
「「「……はぁ……」」」
三人は遂に沈黙してしまった。
俺の機体は構造が特殊だからあんまり気にしなくていいんだがなぁ。
「うーん、やっぱり紫電の機体が一番だったかぁ。あそこまで差がつくなんて……」
「うむ、正攻法ではまったく勝てる気がせん。機体を大破させるレベルの妨害でもしかけなければこちらの負けは明白か……」
第三者として見ていたシャルとラウラの感想もそんなものか。
というかラウラよ、俺を大破させるほどの手段があるのなら練習試合の時にもっと早く仕掛けて来いと言いたい。
◇
そしてキャノンボール・ファスト当日。
素晴らしい秋晴れの下、会場は超満員となっていた。
最初のプログラムである2年生のレースは抜きつ抜かれつの大混戦となっており、観客たちも興奮のるつぼへとはまり込んでいた。
そんなレースも間もなく終わる。
そうすれば次は俺たち、1年生の専用機持ちたちのレースである。
相変わらず4組の代表候補生は参加していないが、そんなので本当に日本代表候補生が務まるのだろうかと俺は気にしていた。
そんなことを考えながら俺がピットの中に入ると、俺以外の全員はもう既に準備万端、というような状態だった。
俺のフォーティチュードには高速機動用に機体を設定する必要が無いため、通常の状態で準備万端なのだ。
「おっ、来たな優勝候補。演習では散々だったが、今度は妨害ありだからな。全力で妨害させてもらうぜ!」
「紫電、そう簡単には優勝させてやらんぞ。覚悟しておくんだな」
「へぇ、やっぱり紫電が一番早かったんだ。だけど私のことを忘れてもらっちゃ困るわね!優勝はあたしよ!」
一夏、箒、鈴の三人は俺に勝つ気満々のようだ。
そうだ、そうでなければ俺も張り合いがない。
「へぇ、みんなやる気あるみたいじゃねーか。期待させてもらうぜ?」
「望むところだ、本番では何があるかわからんからな。足元をすくわれないように気を付けるがいい」
「みんな、全力で戦おうね。恨みっこなしだよ!」
ラウラとシャルもやる気は十分なようだ。
俺も手加減する気は一切無かったし、これで何も気兼ねせずにレースに集中できそうだ。
「みなさーん、準備はいいですかー?スタートポイントまで移動しますよー」
山田先生ののんびりとした声が響く。
どうやら2年生のレースは終了したようだった。
1年の専用機持ち全員がマーカー誘導に従ってスタート位置へと移動を開始する。
それにしても、大勢の観衆に晒されるのは中々悪い気はしないものだ。
まるでスーパースターにでもなった気分だ。
「それではみなさん、1年生の専用機持ち組のレースを開催します!」
アナウンスと同時に観客席から大きな歓声が沸くと、俺たちは各自位置に着いてスラスターを点火した。
超満員の観客が見守る中、ついにレースの開始を告げるシグナルランプが点灯し始める。
3……2……1……ゴー!!
「いくぜッ!」
やはり先頭に飛び出したのは俺だった。
実はスタート直後にラウラがAICで俺のスタートダッシュを阻止しようとしていたのが読めていた。
そのため、うまくラウラとの間に鈴を挟むようにしてAICの束縛を逃れた俺はまんまとスタートダッシュに成功したという訳である。
もちろん鈴は俺の代わりにラウラのAICに掴まり、ラウラと揃ってスタートから出遅れてしまっていた。
しかし好調なスタートを切ったのは俺だけでは無かったようだ。
後方から容赦なく銃弾やらビームやらが飛び交ってくる。
ハイパーセンサーで後方の様子を見ると、こちらを狙っているのはセシリアとシャルだった。
ふむ、やはり技巧派な二人はこのキャノンボール・ファストでも良いスタートダッシュをしてきたか。
ならばこちらも本気で反撃させてもらうぞッ!
俺は前方への加速を維持したまま後方へと振り向き、アサルトライフル「アレキサンドライト」とマークスマンライフル「エメラルド」でセシリアとシャルに狙いを定めた。
薄緑色のマズルフラッシュと共に大量の弾丸がセシリアとシャルに襲い掛かる。
「きゃあっ!……加速を維持したまま後方を振り向くなんて、器用なことしますのね!」
「わわっ!あの緑色の弾丸はまともにあたるとものすごいシールドエネルギーを減らされるから気を付けてね、セシリア!」
「わかってますわ!ですがこのまま独走を許すわけには――!?」
セシリアが前を振り向くと、そこに既に紫電の姿は無かった。
「……逃げられちゃったかなぁ。最初に振り切られるともう追いつけないのになぁ」
「感心してる場合ではありませんわ!さっさと追いかけますわよ!」
◇
……どうやらうまいこと、先頭組だったセシリアとシャルを撒けたようだ。
俺はそのまま二人と差を広げると、早くも二周目開始のスタートラインへと到達し、立ち止まっていた。
「おおっと、千道選手!急に立ち止まってしまいました!マシントラブルでしょうか!?」
アナウンスは俺のマシンがトラブルを起こしたかと勘違いしているようだが、トラブルが起きたのは決して俺ではない。
(……シオン、どうやら招かれざる客が来たようだな?)
(ええ、ISコアの情報を確認したところ、近づいてきているのはサイレント・ゼフィルスで間違いありません。……射撃が来ます!)
(ちッ!)
俺はどこからともなく放たれたビームをスイッチブレードで弾き飛ばす。
「隠れてないで出て来いよ。もうお前がいるってことは分かってんだ」
大声で俺が叫ぶと、その機体はゆっくりとその正体を現した。
一見すると蝶の翅のようなカスタム・ウイングに長い砲身の射撃兵器。
そして機体の周囲を浮遊するビット兵器、サイレント・ゼフィルスだった。
「いきなり狙撃してくるとは、匪賊には誇りの欠片も無いのか?」
「……」
「だんまりか。いいだろう、俺が相手してやる」
俺は左手に構えたアサルトライフル「アレキサンドライト」で一発、撃ち返す。
ひらりとしたサイレント・ゼフィルスのその機動はあっさりと俺の狙撃を回避して見せた。
……なるほど、セシリアが苦戦したというのも頷ける腕前だ、ならばこっちはどうだ?
今度は右手に構えたマークスマンライフル「エメラルド」で狙撃を行う。
同じようにして回避しようとしたのかは分からなかったが、あまりにも早すぎるエメラルドの弾丸は正確にサイレント・ゼフィルスを捉えることに成功していた。
「……っ!?」
「どうやら調子に乗りすぎたようだな。相手の装備もろくに理解せずに奇襲を仕掛けるとは、愚の極みだぜ」
「貴様っ……!」
どうやら向こうもやる気を出してきたようだ。
セシリアのスターライトmkⅢによく似た大型のライフルをこちらに向けると、躊躇なく連射してきた。
そしてそのビームはゆるやかに弧を描いてこちらに向かってくる。
なるほど、偏光制御射撃ってのはこれのことか。
――だが遅すぎるぜッ!
俺は左、右、左と小刻みにステップを刻み、ビームの連射を回避する。
やはりそうだ、俺は射撃系の武器にやたらと強くなっている。
実弾にせよビーム弾にせよ、自分に向かって飛んでくる弾丸がすごくゆっくりに見えるのだ。
相手の射撃を見てから回避する、なんてことはもはや俺には簡単にできていた。
「……貴様、何者だ?」
自慢の曲がるビームをあっさりと回避されたせいか、サイレント・ゼフィルスのパイロットも動揺しているようだ。
声が若干上ずっているように聞こえる。
「千道紫電、機体名フォーティチュードだ。お前は名乗らないのか、臆病者さんよ?」
「臆病者だと……!?いいだろう私の名はエム、だ。地獄への土産に覚えておくがいい!」
今度はビット兵器も同時に射撃を行ってくる。
ほう、セシリアはビットを操作している最中動くことができなかったが、こいつは射撃も同時にこなせるのか。
やはりセシリアよりも実力は上ってところか……?
俺はビット兵器の射撃も器用に回避しながら冷静に相手の分析を行っていた。
◇
「きゃあああああっ!」
「落ち着いて!みなさん、落ち着いて避難してください!」
会場は突如現れた侵入者によってパニックを起こしていた。
丁度スタートラインまで戻ってきた上位組であるセシリアとシャルロットはその異常事態に気付いた。
「大変だ、セシリア!観客席でパニックが起こってる!」
「あれは……サイレント・ゼフィルス!?こうしてはいられませんわ!シャルロットさん、申し訳ありませんがわたくしはサイレント・ゼフィルスに用がありますので会場の方はお願いいたしますわ!」
「あ、ちょっと、セシリア!?」
サイレント・ゼフィルスが現れたことが分かった途端、セシリアは目の色を変えて飛んで行ってしまった。
「……まあ、紫電が今戦ってるみたいだし、大丈夫だよね?気を付けてよ、紫電、セシリア……」
そういうとシャルロットは観客席のほうへ向かい、避難誘導を行うのだった。