インフィニット・ストラトス -Supernova- 作:朝市 央
「紫電さん!サイレント・ゼフィルスの相手はわたくしが務めますわ!」
「……セシリア、追いついてきていたのか。残念だがコイツの相手はお前一人では重すぎるな。その高機動パッケージの間、ビット兵器は使えないんだろう?」
「……っ!わ、分かりました!紫電さん、一緒に戦ってくださいますか?」
「了解。俺が弾幕を張って注意を引いてやるから、そっからさらに援護射撃頼むぜ?」
俺は再び左手のアサルトライフル「アレキサンドライト」の引き金を引く。
フルオートモードで発射された大量の弾丸は高機動力を誇るサイレント・ゼフィルスを持ってしても回避は難しそうだった。
「くっ……こんな銃弾ごときにっ!」
「そこですわ!」
「!」
俺の弾幕によって一瞬ひるんだサイレント・ゼフィルスをセシリアは見逃さなかったようだ。
スターライトmkⅢからビームが放たれる。
しかし、サイレント・ゼフィルスの近くを浮遊していたビット兵器が傘のように開くと、セシリアが放ったビームは霧散してしまった。
「あれは……シールド・ビット『エネルギー・アンブレラ』!?紫電さん、お気をつけて!あのシールド・ビットはビーム系の兵器を無効化するものですわ!」
「へえ、ビーム系の兵器を無効化ね。大丈夫だ、俺のライフルは実弾だから。セシリアはそのまま射撃を続けてあいつのエネルギーを減らしてくれ!」
「分かりましたわ!」
俺はサイレント・ゼフィルスを中心に円を描くように動き回りながら銃弾の雨を降り注がせる。
流石の高機動が売りの機体といえど、俺のフォーティチュードのスピードについてはこれないようだ。
「ぐっ……貴様……っ!」
うまくアレキサンドライトの全弾命中は回避しているようだが、それでもエメラルドの弾丸は回避しきれないようだった。
「意外か?IS学園にこんな強いやつがいるなんてよ。そりゃそうだろうな、亡国機業に俺はいないからなッ!」
セシリアの砲撃がシールド・ビットに直撃した瞬間を見計らって俺は肩部レーザーキャノン「ルビー」を発射した。
実弾にばかり気を取られていたせいか、俺からの射撃にシールド・ビットを展開することもできずにサイレント・ゼフィルスの周りにルビー色の閃光が散った。
「紫電さん、ビーム兵器を直撃させましたの!?」
「ああ、セシリアの援護のおかげだ」
赤い閃光がサイレント・ゼフィルスの周囲から晴れていく。
ルビーの直撃はやはり大きなダメージとなったようだ。
「セシリア、今ならお前のビームでも当てられるんじゃないのか!?」
「っ!?」
サイレント・ゼフィルスのシールド・ビットは作動したままだ。
しかし、ビームを曲げることができれば話は別――
セシリアの心の中で蒼い雫が水面に落ちる。
(これが、ブルー・ティアーズ……。今なら――!)
セシリアは無心になってスターライトmkⅢを構えると、ゆっくりとその引き金を引いた。
それはいつも通りの動作、いつも通りの射撃だった。
しかし、そのビームの弾道はサイレント・ゼフィルスのシールド・ビットを避けるように、ゆるやかに弧を描いてサイレント・ゼフィルスへと直撃した。
「ぐっ!……馬鹿な、偏光制御射撃だとっ!?」
セシリアの攻撃が予想外だったのか、サイレント・ゼフィルスが空中でふらふらとたたらを踏む。
なかなかのしぶとさだな、その辺はまさに悪役って感じがするな。
俺たちがサイレント・ゼフィルスの反撃に備えて構えていると、突然サイレント・ゼフィルスから黒煙が吹き上がる。
「っ!?」
これは故障ではないな、逃走用の煙幕か!
俺は黒い霧の中に隠れるサイレント・ゼフィルスに向かって再度エメラルド弾を放ったが、残念なことに手応えは無かった。
もくもくと黒煙が広がっていく中、俺にはもう一つ、サイレント・ゼフィルス以外に気になっている点があった。
ハイパーセンサーで見える観客席で、楯無先輩が誰かと戦っているようだったのだ。
(シオン、向こうで楯無先輩が戦闘しているようだが、相手が誰か分かるか?)
(更識楯無は相手のことをスコールと呼んでいました。どうやら亡国機業の一員のようです)
(観客席側にも亡国機業の構成員だと?しかも楯無先輩が勝負を仕掛けてるってことは……そいつは幹部の可能性が高いな。さっきのエムってやつをけしかけておいて自分は高みの見物、といきたかったところを楯無先輩に見つかったってところだろうな)
(その説については否定できませんね。更識楯無の攻撃を簡単に防ぐところを見ると、実力的にもかなり高いようです。幹部クラスの可能性が高いでしょうね)
(まあなんにせよサイレント・ゼフィルスを追撃したいところだが、それはちょっと無理そうか)
サイレント・ゼフィルスは既に黒煙に紛れ、遠くへと離脱してしまっていた。
そのまま追撃して撃墜することも十分可能ではあったが、あのエムというパイロットはなかなか面白い。
そのまま成長すればもっと面白くなる存在だと感じた俺は、追撃することを止めたのである。
「紫電さん、サイレント・ゼフィルスを追撃いたしましょう!」
「いや、セシリア、それはやめたほうが良さそうだ」
「どうしてですの!?サイレント・ゼフィルスを取り返す絶好の機会ではありませんか!」
「さっき観客席のほうで楯無先輩が戦っているのが見えた。おそらく亡国機業の一員だろう。それも、見事に楯無先輩の攻撃を防いで逃亡したようだ。他にも亡国機業の罠があるかもしれん。追撃は危険だ」
「……っ!ですがっ……!」
「落ち着け、セシリア。自国の機体が悪用されて気分が良くないっていうのは俺だってわかる。でも、不用意な追撃で自らを危険に晒すのは愚策だ。焦るんじゃあない」
「……わかりましたわ。少し頭に血が上っていたようですわね」
「分かってくれればいい。それじゃ戻るとするか」
俺とセシリアはキャノンボール・ファストのスタート地点へと戻っていった。
◇
スタート地点ではみんなが待ってくれていた。
「紫電、セシリア!無事だったか!?」
「ああ、大丈夫だ一夏。サイレント・ゼフィルスには逃げられたがな」
「もう少しわたくしが強ければサイレント・ゼフィルスを取り戻せましたのに……!」
「あのサイレント・ゼフィルスと戦ったのか?それにしてはほとんど外傷が見られないが」
ラウラはセシリアの機体をチェックしながら疑問をぶつけている。
そういえば前にサイレント・ゼフィルスと戦ったのはこの二人なんだっけか。
「それは紫電さんが常にサイレント・ゼフィルスを引き付けてくださったからですわ。ビット攻撃と射撃攻撃の両方とも紫電さんを狙っていましたが、紫電さんは見事に全弾回避していましたわ。目の前で見ていたのですが、本当に同じ人間なのか疑わしく思えてきましたわね」
「なるほど、確かに紫電ならそれくらいできるか」
ラウラがうんうんと頷く。
ビット攻撃と射撃攻撃の同時回避なんて慣れれば君たちだってできるよ?多分……。
「それより楯無先輩のほうは無事なのか?観客席のほうで戦っている姿が見えたんだが――」
「あら?紫電君ってば、おねーさんのこと心配してくれるの?うれしいなー」
いつの間にか1年生専用機持ち組の中に楯無先輩があらわれていた。
ほんと神出鬼没だなこの人。
「いえ、心配はしてないですが勝てたんですか?」
「うー、紫電君ってば冷たいっ。っていうかサイレント・ゼフィルスを相手にしながらこっちのことを気にしてたのかしら?」
「まあ近かったんでそれぐらいは見れますよ。なんだか楯無先輩の相手強そうでしたし、気になってたんですよね」
「……ほんっと器用ねー。でも亡国機業には逃げられちゃいました。向こうも全然相手する気なかったみたいだしねー」
バシッと開かれた扇子には残念、と書かれている。
「そうですか。……この有様だとレースは中止ですかね?」
「うん、観客は全員避難させたし、レースの継続はさすがに無理ね」
「楯無先輩、今回の亡国機業の襲撃、何が目的だったんですかねえ?」
「うーん、流石の私も連中の考えまでは分からないわね」
「……そうですか」
俺の予想としてはサイレント・ゼフィルスの腕試しではないかと考えている。
サイレント・ゼフィルスはブルー・ティアーズの二号機だ。
機体としては最新のものだし、盗まれたのもおそらくつい最近だろう。
そして盗んだばかりの機体の調整相手として、俺たちIS学園の専用機持ちの1年生が選ばれた、というのが俺の推測である。
なにせ今年の1年生は専用機持ちが大勢おり、各国の代表候補生も揃っているのだから相手には事欠かない。
ただ、その中でも俺が想像以上に強く、サイレント・ゼフィルスを返り討ちにしてしまったことは亡国機業側にとっても予想外なことだっただろう。
本当はあんなボロボロな状態で帰るつもりはなかったんだろうな。
しかし、あのエムとかいうパイロット、誰かに雰囲気が似ているような気がしたな……。
はて、誰だろう……?
◇
「お帰りなさい、エム。随分と派手にやられたようだけど、IS学園にあなたを上回るISパイロットなんて存在したかしらね?」
「けっ、ざまぁねぇな。どうせお前もあの男にやられたんだろうがよ!」
「……っ!」
エムと呼ばれた少女がオータムを睨む。完全な誤算だった。
オータムが千道紫電という男に敗れたという話は聞いていたが、所詮はオータムのことだ。
不意を突かれて負けたのだろうと高をくくっていた。
それがどうだ、自分も千道紫電に一発被弾させることすらできずに大破させられてしまった。
目的だったサイレント・ゼフィルスの稼働データ採取も無残な返り討ちという結果に終わってしまい、完全な任務失敗である。
(千道紫電っ……!貴様も私の邪魔をするのか……!)
エムは思わず壁を殴りつけていた。
なぜあいつは偏光制御射撃をあっさりと避けることができた?
なぜ自分はあいつの射撃を避けることができなかった?
――思い浮かぶのはあいつに自分がやられる姿ばかりであった。
(くそっ!あんなやつに手間取っている暇など無いのに……!)
再度壁を殴りつけると、そこにはじわりと血が滲んでいた。