インフィニット・ストラトス -Supernova- 作:朝市 央
キャノンボール・ファストが終了して早翌日。
俺はとある問題に直面していた。
「……やばいな、ピート君から送られてくる野菜が増えすぎてきた」
ひっそりと宇宙船内で行っている農作業活動は順調だった。
いや、順調に行き過ぎていたのだ。
農作業を担当しているピート君は既存の種を交配させては次々と新しい作物を送ってきている。
つい最近砲丸ピーチとドームメロンを大量に売りさばいたばかりだが、まだまだ他の野菜が大量に残っているのである。
ピート君が送ってくる野菜はどれも外観が独特なので、うかつに売りに出すこともできないのだ。
となれば、消費する方法は食べるしかない。
「どうにかして食わないと悪くなっちまうなー。元々研究のために作っていたとはいえ、廃棄しちゃうのはもったいないし……。そうだ、ここは盛大に野菜パーティーでも開催しよう!」
俺は早速食堂の厨房にレンタル予約を入れると、1年生の専用機持ちたちに参加を呼び掛けるのだった。
◇
翌日の放課後、1年の専用機持ちたちは揃って食堂へ向かって歩いていた。
「珍しいな、紫電の方から俺たちにイベントの呼びかけをするなんて」
「なんでも、園芸同好会で作った作物が豊作すぎて食べきれなくなったとか言っていたぞ。あの紫電がそんなことを言うなんて、少し意外だったな」
一夏と連れ添って歩く箒はくすりと微笑を浮かべる。
その後ろには1年の専用機持ちであるセシリア、鈴、シャルロット、ラウラが続いている。
「キャノンボール・ファストの慰労会も兼ねるなんて、紫電さんは気が利きますのね」
「でも野菜パーティになる訳でしょ?どんな料理出てくるのかわかんないわねー」
「それなら大丈夫だよ、鈴。紫電は本当に料理上手だったよ。僕が保証するよ」
「む、シャルロットは紫電の料理を食べたことがあるのか?」
「うん、僕も前野菜が余ったーって言われて、紫電の作った料理を食べたんだ。もうすっごいおいしくて、ついおかわりまでしちゃったくらいだよ」
ちなみにそのときシャルにご馳走したのはシマイモの
一同が食堂に着くと、そこに立っていたのはコック服を着た紫電だった。
その姿は全員が似合っている、と思ったに違いないだろう。
それくらい紫電のコック服は様になっていたのである。
「……おお、みんなよく来てくれた!今日は園芸同好会が手塩にかけて育てた野菜たちを食べてもらおうと思って料理を用意したんだ。キャノンボール・ファストの慰労会と思って、遠慮なく食べていってくれ。もちろん、野菜料理ばかりではないから安心してくれよ?」
そういうと紫電はテーブルの上を指差す。
テーブルの上には既にずらりと料理が並んでいた。
「えっ、この量を一人で作ったのか!?相当大変だろう、この量」
「いやいや、手塩にかけて育てた野菜が腐って廃棄になるということを思えば、これくらいの料理はなんともないさ。ささっ、バイキング形式だから好きな料理をがんがん食べてくれ」
「それじゃ、遠慮なく……ってその前に一応料理の説明を聞いていいかな?このサラダ、一体何でできてるの?なんか所々で光ってるんだけど」
「流石のシャルも見て分からないか。これは透明キャベツ、電灯キューリ、トマトニアンのシーザーサラダだ」
「あっ、これ園芸同好会の展示で見たぜ!ジュースは売り切れてたけど、なんか葉っぱが透明になってるキャベツと蛍光灯みたいに光るキューリだよな!」
「ああ、あれか。一夏が私と一緒にジュースを買いたいというから着いて行ったが売り切れだったという……」
「ほ、箒。それについては悪かった。でもどうしてもあのジュースを箒にも飲ませてやりたかったんだよ……」
「ああ、午後の休憩時間中に園芸同好会まで来てくれてたのか。悪いな一夏、ジュースの販売は午前中で売り切れちまったし、その後俺はずっとクラスの出し物に出ずっぱりだったからよ。だが、安心しろ、またあの砲丸ピーチとドームメロンは用意してあるから。ほら、そこにあるぞ」
「よっしゃ!流石紫電だぜ!ほら箒、これだよこれ!俺今度はピーチもらうぜ!」
「なんだこの変わった形のメロンは……ってなんて甘さだ、これはっ……!?」
一夏と箒は早速砲丸ピーチとドームメロンに夢中なようだ。
生徒会に行ったとき、一夏はあのメロン気に入ってくれてたしなぁ。
「ねえ、キャベツとキューリはなんとなくわかったけど、トマトニアンって……何?」
「おお、途中で説明を切って悪かったな、シャル。これは正真正銘トマトなんだが、なんだか見た目がエイリアンっぽかったからトマトニアンと名付けたんだ」
「見た目がエイリアン……。ああ、言われてみればなんとなくそんな気もするね……」
「ただ栄養価が通常のトマトとは比較にならないぐらい高いから食べると相当な美肌効果が期待できるという――」
「食べますわ!」
さっそくサラダに手を伸ばしたのはセシリアだった。
それもトマトニアンを大目によそっている。
「っ!なんですのこのトマトの甘さ!?まるでフルーツトマトではありませんか!それにこのキャベツも素晴らしい水分と甘味ですわ!キューリも光っているだけの添え物かと思いましたが、素晴らしい食感で次々に食べられそうですわ!」
サラダは作り方がシンプルな分、素材の味が重要である。
どうやらセシリアはシーザーサラダを気に入ってくれたようだ。
「サラダでこれほどの美味を感じたのは初めてのような気がしますわ!」
「気に入ってくれたようで何よりだぜ」
「おい、紫電。こっちの
ラウラは野菜スープが気になったらしい。
やはり芋が入っているからだろうか?
「おう、そういえばドイツでは野菜スープをアイントプフって言うんだっけか。そのスープにはシマイモ、コスモニンジン、星カブ、タマネギボムに牛肉を加えたコンソメベースのスープだ」
「随分変わった品種名だな。特にタマネギなのにボムとは一体どういうことだ?」
「なんか形がボムみたいだったからさ。ただ味と栄養バランスはすごいぜ?」
「ふむ、いいだろう。だが私はアイントプフについてはうるさいぞ?」
ラウラは野菜スープをよそうと、早速シマイモにフォークを突き立てた。
「……この芋、なんと柔らかく、ほどよい粘り気だ……!一口噛むたびに口の中でとろけるようだ……!それにこのスープもなんという美味……!それぞれの野菜がすばらしいダシとなっているようだなっ……!」
ラウラは勢いよく野菜スープを飲み干す。
具は細かく切ってあるが、そんなに一気に飲むと詰まらせるぞー。
「ねえ、紫電。あたしの見間違えじゃなければこれは餃子かしら?あんた中華も作れるの?」
鈴が小皿に取っていたのはその通り、俺特製の揚げ餃子だった。
「おお、その餃子は是非とも鈴に味見してほしかったんだ。結構な自信作なんだぜ?」
「ふーん、でもあたしは餃子にはうるさいわよ?じゃあまず一口――」
一口サイズに揃えられた揚げ餃子が鈴の口へと運ばれていく。
サクッとした音と共に鈴の目が大きく開く。
「なっ、こ、この味と匂い……!紫電、あんた何をしたわけ!?」
「ど、どうしたのさ、鈴!?」
「どうしたもこうしたもないわよ!シャルロット、あんたも料理部の一員なら食べてみなさい!」
「わ、わかったよ……んっ」
シャルロットは揚げ餃子を食べて鈴の言いたいことがすぐわかった。
「……!?これは、この味はニラとガーリックを使っているんだね?」
「そう、この独特の風味はニラとガーリックによるものよ。でもなんで!?ニラとガーリックを使っているにもかかわらずあの臭みやえぐみが全く無いの!?というよりもなんでこのニラとガーリックの匂いが芳しく感じられるのっ!?」
流石鈴、そこまで見抜いてくれたか。
餃子にニラやガーリックを入れるととても強烈な風味と匂いを出すが味が引き締められ、よりおいしくなるのは料理人なら誰でも知っていることだ。
そして女性はその強烈なニラやガーリックの匂いを嫌うことも当然俺は理解していた。
もちろん牛乳を混ぜることで臭み消しを行っているが、本当はそんなことすら必要ないくらいに、このニラとガーリックの質が良いのだ。
その品種の名はまさにニラの王冠、ニラクラウン。
そしてとげとげした見た目をしているものの、匂いについては最早癒しの芳香ともいえる奇跡の野菜、トゲガーリックだ。
俺はこの二つの野菜の匂いと風味に絶対的な自信を持っていたからこそ、この揚げ餃子にニラとガーリックを混ぜたのだ。
「まさか女の子に食べさせる餃子にニラとガーリックを混ぜるなんて……。しかもそれでいてこの芳しい匂いを生み出せるなんて……これは流石にあたしの負けだわ。この匂い、たまらないわ!」
そう言いながら鈴は二つ目の餃子を口へと運ぶ。
「おお、こっちの餃子も桃に負けないいい匂いだな。ところで紫電、この米料理は何だ?」
「これは……見たことない米料理だな」
一夏と箒はジュースを飲み終えたのだろう。
興味津々といった様子で大型フライパンの上に盛られている米料理を見つめている。
「流石二人とも日本人だけあって米料理に興味ありか。これはパエリアっていうスペインの米料理だ」
解説しながら早速二人分の小皿にパエリアを取り分けていく。
「おお、なんか香ばしい香りがする。ちょっと辛そうだけど、箒は辛いの大丈夫か?」
「辛すぎるのは流石に食べられないが、少々辛い程度なら問題ない」
「大丈夫だ、そのパエリアはみんなで食べれるように辛さは控えめにしてある」
「ならば大丈夫だろう。パエリアとやら、期待させてもらおう」
一夏と箒がパエリアを一口、口の中へと運ぶ。
「っは!口の中ですっげーいい香りが広がったぜ!」
「うむ、米もいいが特徴的なのはこの豆か。一粒一粒もちもちとした歯触りと甘味があって、スパイスの辛みと調和している。……このスパイスも味わったことの無いような気がするな」
流石に箒も鋭い。
そのパエリアに使用しているのは感涙食感の宇宙マメとホタル唐辛子だ。
この宇宙で育ったマメはやたらともちもちした食感が特徴的で、非常に日本人好みな食感をしている。
そしてこのホタル唐辛子は文字通り、蛍のようにほんのりと光る唐辛子なのである。
強烈な辛さを誇るこのホタル唐辛子も、分量を抑えれば絶妙な辛さを引き出してくれるのだ。
「流石だね、紫電。皆をこうも喜ばせる料理を作るなんてね。でも僕はこれでもフランス人なんだ。料理にはちょっと厳しいよ?」
「ああ、分かってる。シャルには是非これを食べてほしい」
俺は小皿にそれをよそうと、シャルロットの前に突き出した。
「これは……クレープ・シュゼット!?」
「ああ、俺もフランス料理自体は初挑戦だが、こいつは自信作だ。さあ、食べてみてくれ、このイチゴブドウのクレープ・シュゼットを」
「イチゴブドウって……イチゴなのかブドウなのかどっちなの?」
「それは食べた人のみぞ知る……。さあ遠慮なく!」
シャルロットは俺からクレープ・シュゼットを受け取ると、フォークで一口サイズの大きさに切ってその小さな口へと運んでいった。
「……!?なるほどね、確かにイチゴともブドウとも取れるような変わった味だね。でもこの甘さの前にはそんなことどうでもいいかな。生地もふわふわして柔らかいし、これは今まで僕が食べたクレープ・シュゼットの中で一番おいしいよ!」
「よっし!料理まで努力したかいがあったぜ!さあ、まだまだ量は残ってるからがんがん食ってくれていいぞ!」
「任せろ!こんだけうまい料理ならいくらでも食えるぜ!」
「むう、嫁も絶賛していたこのメロンは本当に美味いな!」
「ちょっとセシリア、トマトばっかり食べないでよ!」
「これは早い者勝ちですわ!それにキャベツとキューリもしっかり食べていますから!」
最後まで騒がしくも俺が準備した料理は無事全てみんなの胃袋におさまり、園芸同好会主催のキャノンボール・ファスト慰労会は無事終了したのであった。
☆本日のメニュー☆
・光るシーザーサラダ
・宇宙野菜たっぷりスープ
・女性でも安心してたべられるニラ&ガーリック入り揚げ餃子
・宇宙マメとホタル唐辛子の特製パエリア
・イチゴブドウのクレープ・シュゼット
・砲丸ピーチジュース&ドームメロンジュース
以上、お粗末ッ!