インフィニット・ストラトス -Supernova- 作:朝市 央
白騎士事件後、紫電とシオンが密やかに宇宙船開発プロジェクトを遂行している中、世間はISと白騎士の話題で持ちきりとなっていた。
(紫電、白騎士とは一体何者なのでしょうか?)
(わからない。どこのニュースでも白騎士の正体については掴めていないみたいだ)
(正体不明の騎士ですか。しかし紫電、この白騎士は日本を守ったと考えて良いのですか?)
(結果的には多くのミサイルから守られたことになるね。でもこの事件、すごく怪しい気がする)
(怪しい、ですか)
(正体不明のIS『白騎士』の動きはどう見ても宇宙空間での活動を目的にしたものではなかった。戦闘能力をアピールするためのものだったようにしか見えない)
(確かに、ISは宇宙空間での活動を想定して開発されたマルチフォーム・スーツだと篠ノ之束博士が発表していました。ニュースの通り他国の軍事兵器を返り討ちにできるほどの戦闘能力があるとすれば、それは過剰戦力と考えます)
(だとしたらやっぱり白騎士はISの戦闘能力をアピールしたかったのかな?ただ、どう考えてもこのタイミングで日本に向けて大量のミサイルが発射されるなんて都合が良すぎると思わないかシオン?)
(ISの存在感を示すためのマッチポンプでしょうか。とするとミサイルの発射をしたのは篠ノ之束博士ということになりますが)
(……白騎士を見る限り、ISはとてつもない技術の塊だと思う。そしてそれを開発した篠ノ之博士は相当な切れ者なんだろうね。日本へミサイルを発射するよう仕掛けることも不可能ではないのかもしれない。だとすると本当に篠ノ之博士がミサイルを……?)
俺とシオンは白騎士事件について可能な限りの情報を集めては考察していった。
白騎士はともかく、ISという存在は俺たちの目標である宇宙船開発プロジェクトに有効なものだからだ。
もしISを手に入れることができれば宇宙船開発の速度も上がるうえ、宇宙空間での活動もより効率的になる。
そんなことを考えていた一方、残念な知らせが届くことになる。
――ISは女性しか起動することが出来ない。
ニュースでの一報は俺を大きく落胆させた。
今後もしISが一般人でも入手できるようになれば、俺自身がISを装着して宇宙空間での作業を行えるようになる。
そんな考えは一瞬で崩れ去ってしまったのだ。
(紫電、ISを起動できないからといって宇宙に行けなくなったわけではありません。気を落とさないでください)
(……あぁ、わかってる。ISが無かろうと、俺たちの計画は止まらない。ただ――)
ISが使えればもっと早く計画は進んでいただろう――
そう言いかけたところで俺は言うのをやめた。
無理なものは無理と割り切らなければ。
(……しかし、篠ノ之博士は本当に宇宙開発をする気があるのかな?これじゃただ自分の作ったISを兵器として見てもらいたい、というようにしか感じられないんだけど)
(優れた技術者は変人であることが多々あります。篠ノ之博士の思想も常人では考えもつかない何かがあったのではありませんか?)
(そんなもんなのかな。もしきちんとした開発者なら、自分の作ったものにちゃんと責任を感じてほしいものだけど……)
俺の頭の中にはある一人の偉人が浮かんでいた。
その偉人の名前はアルフレッド・ノーベル。
かのノーベル賞の由来となった人物である。
ノーベルは取扱いの難しい火薬を簡単に扱えるようにとダイナマイトを開発した。
それは鉱業分野などで素晴らしい活躍を見せたものの、軍事方面でも有効活用されてしまい、死の商人とまで呼ばれるようになってしまった。
ノーベルは決して死の商人となることを望んではいなかったが、結果としてこのような事態を招いてしまったことを悔やんで死んでいった。
ノーベル賞には大いなる発明には大きな責任が伴う、ということを忘れないようにというような意味もこめられているのだろうと俺は認識している。
篠ノ之博士はどうなのだろうか。
ノーベルのように自らの発明に責任を感じているのだろうか。
先の白騎士事件の顛末を見る限り、おそらくISは宇宙空間での作業よりも兵器として利用される可能性が高い。
もしそのような世界になったら――
(シオン、宇宙船は可能な限り早めに作りたいね)
(元よりそのつもりですが何か思うことがありましたか?)
(いや、将来も今のように安穏と過ごせる日々が来るとは限らなそうだからね……)
このときの俺の予想は当たっていた。
各国はISの研究にのめり込み、軍事の中心はISへと遷移。
今後、若い女性達はIS適性検査が義務付けられ、ISに関する技術・知識の学び舎となるIS学園も設立されるとのことだった。
また、ISを起動することができない男性は冷遇され、女性の地位、立場が上昇し、徐々に女尊男卑の世界へと傾いていった。
さらにISの開発者である篠ノ之束博士は467個のISコアを残して失踪し、消息不明に。
白騎士事件をきっかけに、世界は少しずつ、大きく変わっていった。
ただ幸いなことに俺とシオンへの影響はさほど無かった。
理由は単純、大病院の院長という立場である親父のおかげだった。
流石に医療という現場までは女尊男卑の風潮はあまり強くないらしい。
いかに女尊男卑が蔓延ろうとも、医者の意見にはきっと逆らえないからだろう。
それに加えて俺が入学した学校もいわゆる上流階級向けの進学校で、女尊男卑なんてしようものなら大ごとになりかねないことを皆理解していたからだった。
◇
それから1年、2年と時が過ぎていくうち、白騎士事件も気付けばもう10年も昔のことになっていた。
ISを使用した世界大会『モンド・グロッソ』が開催されるほどISの認知度も向上しており、それが拍車をかけたかのように世間ではすっかり女尊男卑の風潮が蔓延っていた。
一方、そんなこととは関係なしに俺の学生生活は良好だった。
試験では常にトップを取り、体育でもあらゆるスポーツで優秀な成績を収めた。
両親は喜び、親父は俺を病院の後継ぎにしたいと話してくる始末。
一応親父には医者になれるように頑張るとだけは言っておいた。
ただ、あくまで俺の目標はシオンと共に宇宙へ行くことであり、その目標は現在、中学3年の受験シーズンになっても変わることはなかった。
少しずつ時間をかけて造られた宇宙船も10年の歳月のおかげか、ほぼ完成に近づきつつある。
それに向けて俺の鍛錬も進めており、計画は順調だった。
しかし、とある日のニュースによって俺たちの計画は大きな転換期を迎えることになる。
――世界で初めてISを起動させた少年、現れる。その名は織斑一夏。
最初は何かの見間違いかと思った。
しかしどのチャンネルも、新聞も同じ話題を一面に載せて報道している。
(ISが男でも起動できる、だと?)
(どうやらそのようです。ひょっとしたら紫電も起動できるかもしれませんね)
(……いや、その可能性は無いだろう。織斑一夏はモンド・グロッソの優勝者、織斑千冬の弟らしい。何か特別な才能、素質があってもおかしくないぜ。それにそもそも男性のIS起動なんてどの国も真っ先に研究課題にしそうなものだろう?それが達成されたという報道は一切無いし、織斑一夏以外の男がIS起動することはできないと思うぜ)
(もし紫電がISを起動することができないのであれば私がISを起動して紫電に装着させればよいのではないでしょうか)
(何っ!?そんなことできるのか!?)
(ISコアが使用しているエネルギーは私自身が持っているエネルギーと同質のものと思われます。なのでISコアのエネルギーと私のエネルギーを統合すればISの起動は可能と考えます)
(だがそれだとISを起動はできても機敏に動くことはできないんじゃないか?)
(私がISを起動させて紫電に装着させた後、感覚同調すればよいだけの話です。紫電がISを動かしたいと思うその感覚に合わせて私がISを動かします)
(……なるほど、理論上は確かにできそうだが、俺がISを動かしたいと思ってからシオンが実際にISを動かすまでのタイムラグがあるんじゃないか?それだと肝心の戦闘能力が落ちるぜ?)
(感覚同調にタイムラグはありません。同調は一瞬でしているのでその懸念は無用です)
ISが動かせる可能性がある。
シオンはそう告げているが俺自身はまだ確信が得られずにいた。
(シオン、確かにISを起動できれば今後非常に役に立つことは間違いないが、その案ではまだ確証が得られない)
(えぇ、その通り確証はありません。現時点では、ですが)
(そう言うってことはシオンも俺と同じ考えか)
それはあまりにも無謀で、困難で、馬鹿げた考え。
――ISコアを入手する。
俺とシオンは全く同じことを考えていた。