インフィニット・ストラトス -Supernova-   作:朝市 央

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■デュノア社襲撃(2)

――グストーイ・トゥマン・モスクヴェ。

それは紛れもないロシアのごく一部の人間にしか使用が許されていない狙撃能力に優れた専用機である。

俺はIS開発の参考にと、あらゆる国家の専用機、量産機のデータを集めていた。

そのときに確認したデータの中にグストーイ・トゥマン・モスクヴェのデータも当然あったのだ。

そして、目の前で静かに佇む機体は間違いなくグストーイ・トゥマン・モスクヴェだった。

 

「アンタ……何者だ?オータムやエムの名前を知ってるってことは、亡国機業の人間のようだが。それにその機体、グストーイ・トゥマン・モスクヴェだろ?強奪したのか?」

「あら、良く知ってるわね。その通り、この機体はグストーイ・トゥマン・モスクヴェで私は亡国機業の人間よ?」

 

残念なことに、目の前のグストーイ・トゥマン・モスクヴェを纏うパイロットはフルフェイスのヘルメットを着けているせいで顔は全く見えない。

辛うじてわかったのは、肩辺りまである銀色の美しい髪くらいだった。

 

「狙いはやはり『エクレール』か。だが残念だったな、エクレールはもう既に避難させてもらった」

「……そう。まさかこんなに早く潜入が気付かれちゃうなんてね。正直、あなたがIS学園からフランスに来ることも正直予定外だったわ」

「へえ、そりゃ残念だったな。ならついでにその機体、置いて行ってもらおうかッ!」

 

俺はアサルトライフル「アレキサンドライト」を構えると、そのまま一気にグストーイ・トゥマン・モスクヴェ目がけて発砲した。

 

「あらあら、それはできない約束ね」

 

そう言うとグストーイ・トゥマン・モスクヴェは大きく旋回して弾丸を回避していった。

おまけにグストーイ・トゥマン・モスクヴェが通り過ぎていった場所には白い霧が立ち込めている。

 

(ちっ、あの白い霧、厄介だな。視界が狭まってグストーイ・トゥマン・モスクヴェが完全に隠れちまった)

(視界を狭めただけではありません。あの白い霧の中はハイパーセンサーでも探知ができません。どうやら単一仕様能力で生み出された霧のようです)

(……本当に厄介だな)

 

さらに残念なことに、グストーイ・トゥマン・モスクヴェは俺の周囲をぐるりと移動したようで、既に俺の周りは白い霧だらけとなっていた。

 

(……ッ!)

 

白い霧の中から突如ほんのかすかな発砲音が聞こえる。

俺は咄嗟にスイッチブレードを出力すると、こちらに向かってきたライフル弾を斬り落とした。

 

「……あら、今の狙撃に反応するなんて、大したものね」

「お褒めに預かり光栄だね」

 

(正直今のはギリギリだったぜ……。たまたま工場内の機械音が途切れた瞬間だったから僅かに発砲音が聞こえたが、このままだとまずい!)

 

悲しいことに、相手の機体はスラスター音ですら消音仕様らしい。

銃声だけでなく、グストーイ・トゥマン・モスクヴェが移動する音すらほとんど聞こえていなかった。

 

(……なるほどね、単一仕様能力で白い霧を作ってその中から狙撃してこちらを削るって戦法か。それなら――!)

 

「うおおおおおッ!」

 

俺は周囲の機械に向かってアレキサンドライトの弾幕を張り巡らす。

あちこちに機械の破片や資材が飛び散ると、工場内で時折響いていた機械音も全て止まったようだった。

 

「あら?やけになって乱射しても私には当たらないわよ?」

「いいや、当たるね。宣言してやる、俺は必ず霧の中に隠れているアンタを狙撃してみせる!」

「ふふふっ。いいわ、できるものならやってみなさい!」

 

再び霧の中からほんのわずかな銃声が聞こえる。

先ほどのアレキサンドライトの乱射によって工場内の機械をほとんど停止させたため、さっきよりは断然周囲からの音が聞き取りやすくなった。

 

(……そこだッ!)

 

俺は後方へ跳び、飛んできた弾丸を避ける。

 

(……ッ!?)

 

白い霧の中でほんのわずかに何かが光ったような気がした俺は、咄嗟にスイッチブレードを出力し、飛来物を弾き飛ばす。

カラン、と音を立てて床に落ちたのはナイフだった。

 

「あらあら、まさかナイフまで避けるなんてね。本当にすごい反応速度じゃない」

「……ッ!」

 

(ちっ、消音スナイパーライフルだけじゃなく短剣投擲(スローイングナイフ)までできるとは……中々味な真似をするじゃねーか!)

 

しかし今のは本当に危なかった。

銃声ならばほんの微かな音が聞こえるのだが、スローイングナイフは全くと言っていいほど音がしない。

スイッチブレードで弾き飛ばせたのは直感のおかげ、あるいはほぼ運が良かったとしか言いようがないだろう。

 

(集中しろ……ッ!()()()さえ聞こえれば……ッ!)

 

俺は再び周囲の音を聞くことに集中する。

機械音すら止まった工場内は白い霧と静寂に包まれ、相変わらずグストーイ・トゥマン・モスクヴェからの音はしない。

やはり先ほどのスローイングナイフを回避したせいで警戒しているのだろうか。

 

(――来たッ!)

 

俺は背後を振り向くと、マークスマンライフル「エメラルド」の引き金を引く。

バシュッという音ともに緑色のマズルフラッシュが起こると、それにはガキンッという金属音が返ってきた。

 

「……っ!?」

 

どうやら手応えはあったようだ。俺は続けて肩部レーザーキャノン「ルビー」を発射する。

発射された弾丸は見事に霧の中に隠れていたグストーイ・トゥマン・モスクヴェに直撃し、赤い閃光が炸裂した。

続けてアレキサンドライトで弾幕を展開して周囲を一掃すると、若干だが霧が晴れてグストーイ・トゥマン・モスクヴェの姿が現れた。

 

「見事ね。まさか私の深い霧(グストーイ・トゥマン)がこんなに早く見破られるとは」

「……馬鹿な、その顔……!イリーナ・シェフテルだと!?」

 

どうやら先ほどのアレキサンドライトの弾幕によってグストーイ・トゥマン・モスクヴェのパイロットのヘルメットが吹き飛んだようだ。

流れるような銀髪に切れ長の目、100人中100人が美人と答えるであろうその顔に俺は見覚えがあった。

 

イリーナ・シェフテル――

第一回、第二回モンド・グロッソの射撃部門で総合一位を取った正真正銘ロシア代表のヴァルキリーだ。

その射撃能力の高さは全ISパイロットの中でもナンバー1と言われ、その偉業を称えてISの教科書にも顔が掲載されたほどの人物である。

それ故に俺はイリーナ・シェフテルの顔と名前を認識できたのだった。

しかし第二回モンド・グロッソの後、イリーナ・シェフテルは事故死したと世界的に報道されていた。

俺が驚いた理由はそれが原因である。

 

「……なるほど、イリーナ・シェフテル。事故死したと聞いていたが実際は亡国機業に寝返っていたのか」

「あら、裏切ったんじゃないわ。私は元々楽しい方に付くだけ。ロシア代表よりも亡国機業で活動する方が楽しいからそっち側に付いただけよ?」

「それを寝返るって言うんだぜ」

「ふふ、まあそんなことはどうでもいいわ。本来、私の顔を見られた以上始末するのが原則だけど、流石に分が悪いわね。今日のところは撤退させてもらうわ」

 

そう言うと再び周囲に白い霧を撒き散らし、後方へと飛び去ってしまった。

……流石に追撃は困難か、本当に厄介だなあの白い霧は。

 

(それにしても危なかった。あのグストーイ・トゥマン・モスクヴェ、まじで音をほとんど出してこねえ……。()()()()()()()()()()()()()()()()()()が無かったら本当に危なかったかもしれねーな……)

 

俺がアレキサンドライトを乱射したのは工場内の機械を止めるためだけではなかった。

エクレールの塗装に使用した塗料を床にぶちまけることで、その上をグストーイ・トゥマン・モスクヴェが通った際に塗料が波立つ音を頼りにして相手の位置を捕捉していたのである。

 

「あーあ……工場の中がボロボロになっちまった。仕方ねえ、これも全部テロリストのせいってことにしちまおう」

 

段々と霧が晴れてくるとすっかり荒らされた工場内の様子が目に入ってきた。

俺はやれやれと溜息をつくと、工場の外に避難したシャルたちのもとへと向かうのだった。

 

 


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