インフィニット・ストラトス -Supernova- 作:朝市 央
IS学園某所、織斑千冬は国際IS委員会の会議に出席していた。
「さて、議題に入る前に少し教えてもらってよいですかな織斑先生。先日起こったフランスでのデュノア社襲撃事件ですが、千道君が解決したとか?」
「……本人からはそのように聞いています。また、相手はグストーイ・トゥマン・モスクヴェを使用していたとも聞いています」
千冬の言葉に国際IS委員会メンバーの一人が表情を強張らせる。
「……おそらくイリーナ・シェフテルが事故死した際に紛失したISコアをテロリストに奪取されたのであろう。我がロシアは今回のテロには一切関与していない」
「ISコアを正当に管理できていないことを棚に上げた回答ですな。それはいささか無責任ではありませんかな?」
「イリーナの事故の件は大分昔に片付いた話だ。それに奪われたISコアを誰がどう使うかまでは私の知ったことではない。そんなことを言われても責任の取りようなど無い。違いますか?」
「……」
会議室に一時沈黙が流れる。
そんな中口を開いたのは最初に千冬に質問した国際IS委員会の議長を務める男だった。
「まあ今日はグストーイ・トゥマン・モスクヴェのことを話しに来たわけではないでしょう。本日の議題に移らせてもらいますぞ?本日の議題は例のISパイロットランキングの件です」
ISパイロットランキング――
現在世界に存在するISコアの数は467個。それを駆使し、操るパイロットも数百名に及ぶ。
その中でも誰もが認める世界ナンバー1のISパイロット、織斑千冬を頂点とし、各国のISパイロットたちの戦闘能力を便宜的にランキング化したものである。
ISパイロットのランキング付けを行うことについては賛否両論、どのような基準で順位を決めるのかなど、様々な議論を呼んだ。
しかし結局のところは自分の国のパイロットたちがどれほどの実力を持っているのか、国家としても把握しなければならなかったため、明確な基準も無いまま過去の実績を基に暫定的に作りだしたものがこのISパイロットランキングである。
「1位が
「……私は既にISパイロットを引退した身なのですが?」
「残念だが、引退しても君が世界1位であるということは誰もが思っていることだ。悪く思わないでくれ」
「しかし、問題は5位以降になりますか……」
IS委員会では5位以降のランク付けに相当な迷いを抱えていた。
通常はモンド・グロッソの出場者から選んでいくのが妥当だろう。
しかし現在はISの開発も進み、第3世代型を操る優秀な若きパイロットたちがめいめきと頭角を現してきているのであった。
それこそモンド・グロッソ出場者が相手であろうと勝ってしまいそうな凄まじい
その後も幾度となく慎重な議論を重ねた結果、5位から10位までの順位付けも無事に済んでいた。
しかしそこにはまだ国際的な結果を出していないにも関わらず、その名を連ねている者の名が存在していた。
「……7位に更識を置くのはまだ分かります。ですが9位になぜ千道の名があるのでしょうか?国際大会、対外試合などにはまだ一切出ていないはずですが?」
ISパイロットランキング7位には更識楯無の名が、そして9位には千道紫電の名が刻まれている。
千冬はランキング表を見て疑問に思ったことを正直に話した。
「更識君についてはロシア代表に選ばれる実力者ですし、対外試合でもかなりの成果を収めていますから7位でも問題ないでしょう。千道君につきましてはIS学園での襲撃事件といい、この間のデュノア社襲撃といい、既に数回テロリスト撃退の功績があります。私は十分すぎるほどの戦果を上げていると思いますが?」
「それに、更識君との非公式試合では勝利を収めたとも聞いていますが?彼こそISパイロットの中の希望の星、まさに
「……」
世の中が女尊男卑の世界になったといえども、国際IS委員会の幹部には男性も多い。
おそらくは男である千道にある種の期待を抱いているのだろう。
「千道君がISランキングのトップ10に入るのは良いでしょう。ですが千道君がどこの国の代表でも代表候補生でもないというのが私には納得できません。ランキングのトップ10に入れるほどの実力者がどこの国にも帰属していないというのはいささか政情的に不安定ではありませんか?」
「千道君は日本出身の生粋の日本人です。日本代表の候補生になるに決まっているでしょう?」
「いやいや、我が国に来てくれるのであれば代表候補生などとは言わずすぐにでも代表の座についてもらいますよ?」
国際IS委員会幹部がガヤガヤと喋り出す。
一度こうなると中々収まらないところが千冬は嫌いだった。
そんな中、一人の代表が口を開いた。
「まあまあ、千道がどこの国の代表になるかは本人の意思確認が必要でしょう。今ここでそんなことを話しても何も決まらないのではありませんか?この際ですから千道君本人に代表あるいは代表候補生になる意思があるのか聞いてみようではありませんか」
「……そうですな。まずは本人の意思確認が必要不可欠。では来週の会議では千道君の招集をお願いしますぞ。織斑先生」
「……わかりました」
正直なところ千冬は千道の招集にあまり気のりはしていなかった。
IS委員会の会議は基本的に無駄話が多く、実りある会議になるケースは少ない。
そんな会議にあの冷静で洞察力の鋭い千道を呼び出したらどうなるか。
千冬は再び頭痛の種を抱えることになってしまったのであった。
◇
とある日の放課後、俺は織斑先生に呼び出されていた。
「千道。お前に国際IS委員会会議への出席依頼が来ている。ついてきてもらうぞ」
「会議?……はあ」
(ついに来たか。いつかは来るだろうと思っていたけど)
(やましいことをした覚えは全くありませんし、さほど気にしなくて良いと思います)
(いや、おそらく俺がどこの国の代表になるかっていうこと辺りだと思う。何せ一夏と箒もまだ日本代表の候補生になるとは宣言していない。おまけに現日本代表候補生の更識簪は正直言って性格的に戦闘に向いていない気がするしな。俺をどうしても日本の代表候補生にしたいんだろうな)
(それで紫電は日本の代表候補生になるのですか?)
(いや、なるつもりは無いよ?面倒くせえからな)
(そういうと思っていました)
そんなことをシオンと会話していると、気付けばもう会議室の前まで到着していた。
「……?何をしている、早く入れ」
「あ、いえ、ちょっと緊張してただけです。失礼します」
バタンとドアを閉めると、会議室の中は真っ暗だった。
そしてその中ではいくつものモニターが光り、国際IS委員会のメンバーらしき人物たちが映っている。
「先週の依頼通り千道を連れてきました。千道の件につきましては手短にお願いします」
「ああ、分かっていますよ織斑先生。では早速本日の議題に入ろうじゃないか。本日の議題とはまさに君が主役だ。IS学園の
「……俺に何かご用でしょうか?」
「まず先に話しておくと、この国際IS委員会でも君のパイロットとしての力量は優秀だと考えているのだよ。しかし君は専用機を持っているにも関わらずまだどこの国にも帰属していないね?政治的な話になってしまうが、それでは少々不安定なのだよ。君ほどのパイロットが未所属、ということがね」
「……」
「そこで今日呼び出したのは他でもない、どこの国の代表になりたいのか教えてもらおうと思って呼び出したのだ。もちろん出身である日本を選んでも構わないし、自由国籍権を行使して別の国の代表になっても良い。全ては君の考え次第だ」
「……まあ、君も日本生まれの生粋な日本人だ。日本の代表候補生になってくれるのだろう?」
おそらく国際IS委員会の日本代表であろう人物がそう告げる。
「……すいませんが、俺は
「……!」
IS委員会の日本代表であろう人物は図星を突かれたような顔をしている。
ほら見ろ、と千冬は内心思っていた。
「それに俺はモンド・グロッソに特に興味はありません。新星重工の開発者として言わせてもらいますが、弊社ではISを宇宙空間での活動を目的としたマルチフォーム・スーツとしか見ていません。武装を開発しているのはISコアの盗難を防止するためとISコアの成長を促す為です。競技用あるいは兵器としてのISの価値などに興味はありませんね」
「「「!?」」」
この発言には国際IS委員会に出席している全員が驚愕した。
もちろん織斑千冬とて例外ではない。
「皆さん忘れているようですが、ISの開発者である篠ノ之束博士は元々宇宙空間での使用を想定してISを開発したのです。それが白騎士事件以降は国家防衛の要だの軍事用ISの開発だの、本来の目的からかけ離れた運用ばかり。少しは恥ずかしいと思わないのですか?宇宙進出は全人類の夢では無かったのですか?」
俺以外の全員が沈黙を返す。
やはりここいらで一つ、寝ぼけているのは世界の方であることを教えてやらねばいけないようだな。
「モンド・グロッソを開催すること自体は否定しません。各国のIS開発状況の報告にもなりますし、ISパイロットたちの目標にもなりますから。ですがそのことばかりにかまけて宇宙への進出をないがしろにするのはやめていただきたい。はっきり言って技術の無駄遣いです」
「……さっきから聞いていればあなたの言っていることは全部自分の意見の押しつけじゃないの!こっちにまであなたの理想を押しつけないでくれないかしら!?」
「自分の意見を押しつけているのはそちらでしょう。一夏と箒を差し置いて俺だけをIS委員会に召集したことが何よりもそれを証明しています。自分で言うのもなんですが、ISに関して俺は一夏と箒より全体的に優れています。ISパイロットとしての技術、機体スペック、そして自らISを開発するだけの技量と知識、全てが。そこであなたたちは一夏や箒を差し置いて最も優れている俺に声をかけ、自国の代表にしようとした。それは国際IS委員会の勝手な意思とは違いますか?」
「……っ!」
先ほどまで声を高らかにしていた国際IS委員会の女性が引っ込む。
こちらの正論にぐうの音も出なかったか。
「……また、先ほども申し上げましたが俺は
「「「……!」」」
IS委員会はようやく俺の言いたいことを理解してくれたらしい。
もっともどこかの国の代表などになる気は全く無いが、なる気はあるとだけ匂わせておく。
そしてモンド・グロッソについても興味は無いと言ったが否定はしていない。
つまりどこかの代表になったらモンド・グロッソに出ることもやぶさかではない、ということだ。
これらは政治的な常套手段である。
「俺が言いたかったのはそんなところです。まあ軍事利用にせよ競技用にせよ、そんなことのためにIS開発をしているのであれば、新星重工は勝手に宇宙へと行ってしまいますよ?それでは失礼させていただきます」
「ま、待ってくれ千道君。新星重工は既に宇宙進出への足がかりを既に得ていると言うのかね!?」
「……それはご想像にお任せしますよ。ただ、のんびりしていると先に宇宙進出してしまいますよ、とだけ言わせてもらいます」
それだけ言い残すと俺は会議室を後にした。
(紫電、良いのですか?新星重工が宇宙進出を計画していることを宣告してしまいましたが)
(これくらい言わないと向こうも焦らないだろう。そうでもしないとやがて地球と共に人は滅びを迎えてしまうだろうしな。……宇宙進出は俺たちだけではまだまだ足りないのだよ、シオン。全世界が危機感を持って対処しなければならないことなんだ)
(先ほどの意見で世界は変わるでしょうか)
(変わらなければそれまでの話さ。それに国際IS委員会に言いたかったのはそれだけじゃない)
――今のところ知らない国の代表になるつもりはない。
この言葉を受け、世界は再び大きく動こうとしていた。