インフィニット・ストラトス -Supernova- 作:朝市 央
(しかしシオン、ISを入手するにしても何かあてはあるのか?ISの入手なんて早々できるもんじゃないぞ)
ISはIS運用協定、通称アラスカ条約の下に規定が存在しており、ISの取引は規制がなされている。
また、各国が所有するISコアの数も既定の下に振り分けられているため、ISコアの取り扱いには細心の注意と警戒が敷かれているのは想像に難くない。
そんな中でISコアを手に入れるにはいったいどのような手段があるのだろうか。
(ISコアについて調べましたが、ISはコア・ネットワークという内蔵の通信ネットワークを持っているのですが、どういうわけか、私はこれにアクセスすることができました)
(……さらっとすごいこと言ってるが、本当か?)
(私のエネルギーを用いれば通常のインターネット上にはアクセス可能であることがわかっていましたので、ISのコア・ネットワークにも接続できるか試したところ、できることがわかりました)
(……意外とセキュリティ弱いのか、コア・ネットワークは……?)
俺は唖然とした。
こんなにあっさりとISの機密部分にアクセスできるとは。
本当にセキュリティが脆いのか、それともシオンがすごいのかは分からなかったが。
(それでコア・ネットワークからISコアの位置情報をサーチしたところ、おかしなところに存在するISコアがいくつか見つかりました。そしてその中の1つがここから近い場所にあります)
(ISコアがおかしなところにある……?ISコアは467個全てにナンバーが付けられて厳重に管理されているはずだが……まさかもう誰かが盗んだのか!?)
(その可能性は否定できません。ISコアと言えど所詮は物です。ISを使って無理やり強奪したのかもしれません)
(しかしISコアが強奪されたとなれば一大事じゃないか。国防にすら影響を与えかねないレベルだと思うんだが……あぁ、だから報道もされていないのか?)
(その通り、例えどこかの国、企業がISコアを紛失したとしても世間にばれる可能性は低いようです。ですので――)
――この強奪されたと思われるISコアを強奪しましょう。
シオンの一言は俺に衝撃を与えた。
ISコアを強奪しろ?随分と大それたことを言うようになったな。
……だが悪くない。
宇宙への道に近づくためであれば、それくらいのリスクは背負ってでもISコアを手に入れたい。
(シオン、その強奪されたと思われるISコアについて詳しく教えてくれ)
(はい、強奪されたと思われるISコアナンバー009は日本のIS研究企業である新星重工が保持しているものです。しかし、現在は新星重工の研究所から離れた廃工場内から位置反応が出ています。
それも、なぜかコア・ネットワークによる位置情報が漏れないように潜伏モードのまま。
この廃工場は新星重工とは一切関係のない建物で、意図的にISコアを移動させたとは考えられません。おまけにこの廃工場は正体不明の人間が何度か出入りしているようです)
(ISコア強奪犯の隠れ家ってわけか。しかし位置情報でISコアの場所がわかってしまうのなら、強奪しても俺たちがISコアを持っているとすぐにばれてしまうんじゃないか?)
(通常、ISコアの位置情報は潜伏モードであれば探知されません。最も、私にとっては潜伏モードなど無いも同然です。なのでISを起動して潜伏モードを解除したりしなければ位置情報がばれることはありません)
(起動しなきゃばれないってことか。しかしそれだと結局ISを起動するタイミングが――)
無い、と言いかけて俺は気付いてしまった。
俺がISを起動させてもおかしくないタイミングがある。
織斑一夏がISを起動させてしまった以上、どの国も若い男性を対象にIS適性試験をするのではないか、いや、絶対にするだろう。
まだ15歳の俺も当然その対象となり、ISを起動することができるか試されるはずだ。
もしそのタイミングでISを起動すれば――
いや、ISコアの起動タイミング以外にもまだ問題がある。
ISコアを仮に入手できたとして、俺がISコアを所持していい正当な理由が無い。
新星重工からしてみれば俺がISコアを奪った強奪犯に見えるだろう。
そう見られてはいけないのだ、あくまで新星重工からISコアを奪った強奪犯と俺は別人として認識してもらう必要がある。
そんなことができるだろうか……いや、できる!
かなり綱渡りになるが、俺がISコアを強奪してそのISコアを自分のものとする策がある!
(シオン、ISコアのある廃工場はここからどれくらいかかる?)
(電車で45分、そこから徒歩で15分もあれば到着できるでしょう。ちなみに紫電、ISコア強奪には私との協力が不可欠です)
(もう日も傾き始めている、今から出れば丁度日も落ちるか。……シオン、できると思うか?)
(先ほども言いましたが、私と紫電が協力すれば可能です)
(……わかった、行こう。ISコア強奪作戦開始だ)
俺はシオンがひそかに用意していた小道具を持つと、ゆっくりと部屋を後にした。
しかしシオン、小道具を用意しているあたり強奪する気満々だったんだな……。
◇
受験戦争真っ只中の2月は陽が落ちるのも早く、すでに辺りは暗闇となっていた。
小さな工業地帯の中にぽつんと存在する廃工場。
一見すると誰もいないように見えるがこっそり中をのぞくと人影が見える。
(場所はここで間違いないみたいだな)
(はい、ISコアナンバー009の位置はここで間違いありません。高さとしては一階にあるようですが、あまり細かい位置までは把握できないことを理解願います)
(細かい位置ね、そんなものは大体見ればわかるもんさ)
俺は別の位置から廃工場の中を見回す。
小さな蛍光灯の下に人が男が二人、一人は鉄柱に寄りかかっており、もう一人は腰くらいの高さまである木箱の上に腰かけている。
また、二人以外にも工場内の入り口付近に見張りの男が一人いることがわかった。
(大事なものを隠すとき、人は目の届かないところに置きたがらない。おそらくあの木箱の中かその近くにあると見た。まずはあの二人の周りから探すぞ)
(了解です。私をISコアに近づけてくれればISコアのエネルギーを感じ取ることができますので、あまり大きな音は出さずに探すことができると思いますよ)
(ああ、頼りにさせてもらう)
退路のことも考えながら廃工場を一回りぐるりと見渡す。
やはりこんな辺鄙な場所には誰も来ないと踏んでいるのか、警戒は薄目のようだった。
――二階部分から侵入したほうが良さそうだ。
俺は錆びた煙突に足をかけると、ゆっくりと音が立たないように昇っていった。
(……よっと、ひとまず工場内への侵入はうまくいったな)
(目標は工場一階中央付近にいる二人の近くです。気を抜かないように)
(あぁ、わかってるさ、バレたらただごとじゃあすまなそうだ)
一歩一歩、音がしないようにゆっくりと階段を降りる。
錆びついているせいか、ギシギシといやな音を立てているがギリギリあの二人までは聞こえないだろう。
なんとか一階まで降りることができた俺はドラム缶の陰に身を隠す。
(幸い、木箱やらドラム缶やら色々放置されてるおかげで隠れ場所には事欠かなそうだ)
(……このドラム缶の中にはISコアは無いようです)
シオンもさっそくISコア探知モードに入っている。
よし、じゃあゆっくりと周囲を探るとするか。
(……この箱の中でも無いようです)
工場中央付近で男が座っている箱以外の場所はあらかた見て回ることができた。
やはり本命のISコアはあの木箱の中にあると見ていいだろう。
(ここらで小道具の出番だな、頼むぞシオン)
(任せてください)
そういうと俺のポケットから小さなネズミのぬいぐるみが飛び出していった。
この暗い工場内ではまず本物のネズミと見分けがつかないだろう。
ぬいぐるみの中にはシオンが入っており、低空をゆっくりと這うように動くことで本物のネズミのように振る舞って木箱に近づく、という作戦である。
かくしてその目論みは無事成功していた。
まともな照明の無い廃工場では小さなネズミの姿を認識することは難しい。
見張りらしき二人の男はネズミに扮したシオンに全く気付くことなく、のんきに煙草をふかしていた。
(……紫電、どうやら当たりのようです、ISコアナンバー009はこの箱の中にあります)
(読み通りか。シオン、その箱を加工して穴を開けられるか?)
(無論です。既に私が通れるギリギリのサイズで穴を開け、中に入りました)
(もう穴を開けていたか。中々早いな)
(木箱の中は金庫のようです。ISコアはこの中にあると見られますので、早速穴を開けます)
(金庫ですら簡単に穴開けられるのか。とんでもねーやつを妹にしちまったもんだぜ……)
(……金庫に穴が開きました。ISコアを回収して今戻ります。ついでに開けた穴も元に戻しておきましょう)
穴の開いた木箱からゆっくりとネズミのぬいぐるみが出てくる。
ちゃっかり木箱の穴も即座に塞いでいるあたり緻密である。
相変わらず暗い工場内ではその姿を認識することは難しく、見張りに全く気付かれることなくISコアを奪取することができた。
(紫電、ISコアの奪取に成功したからには長居は無用です。早々に立ち去りましょう)
(了解、来た時と同じ二階から脱出するぜ!)
俺はネズミのぬいぐるみを回収すると、ゆっくりと音を出さないように二階へと上がっていった。
そして再び錆びた煙突に足をかけ、今度はゆっくりと降りていく。
地に足が付くと一気に駆け出し、廃工場を囲っていた塀に手を掛ける。
ゆっくりと頭を出して周囲に人がいないことを確認すると、瞬時に塀の外側へと飛び出していった。
俺は少し上がった息を整えると、ゆっくりと駅の方へと歩いて行った。
(紫電、お見事でした。工場に侵入してから脱出するまでほとんど音がしていません。日頃の鍛錬のおかげですね)
(こっちは内心冷や冷やしたぜ。スパイ映画とかは好きだが、まさか実際に自分がスパイみたいな行為をすることになるとはな……)
ポケットの中に手を突っ込み、ネズミのぬいぐるみを破ると、中には見慣れた三角錐の隕石ともう一つ、ダイヤモンド型のISコアが存在していた。
(これがISコアか……なんか二つに分かれる前のシオンに似ているような気がするな……)
(形だけではありません。このISコアのエネルギーの性質も私とほぼ同じです。私とこのISコアとの違いはただ感覚の同調ができないことと、なんらかの武装が設定されていることくらいです)
(ということはひょっとしたらシオンはISコア……?いや、でもそれはあり得ない、俺がシオンと会ったのは篠ノ之博士がISを発表する前だった)
(ですがこのISコアと私は何らかの関係がありそうです。詳しく調べたいので、ひとまずここを離れましょう)
(あぁ、わかってるさ。さっさと帰るぜ)
結局、廃工場の中に居た三人は侵入者に気付くことは一瞬たりともなかった。
ISコアを奪取してポケットに隠した少年は暗い夜道の中一人、駅に向かって歩いていった。
◇
紫電たちが丁度家に着いた頃、廃工場に一人の女性が訪れていた。
「ちょっとアンタ達、ちゃんと見張りしてたのかい?」
茶色く長い髪をなびかせ、颯爽と現れたスーツ姿の女性を見た見張りの一人はうっかり加えていた煙草を床に落とす。
「は、はっ!誰もこの廃工場に近づいていませんので、問題ありません!」
廃工場入口付近で見張りをしていた男が答えると、茶髪の女はつかつかと工場中央へと向かっていった。
「ISコアは?」
「へい、この箱の中に入ってますぜ」
木箱に腰かけていた男が腰を上げ、木箱の蓋を開ける。
中を覗くと重厚な金庫の扉が顔を覗かせていた。
茶髪の女はいつの間にか手にしていた鍵を使って金庫の扉を開くと、その勝気な目を見開いた。
「……おい、ISコアをどこへやった?」
「へ?その金庫の中に入って……ねえ!?」
金庫の中は空だった。
「もう一度聞く。ISコアをどこへやった?」
「し、知るかよ!俺はちゃんとこの木箱の上に座ってたし、相棒と一緒にずっと見張ってたぜ!?」
「おお、誰もここには来てねえし、金庫の鍵を持ってたのだってあんたじゃねえかよ!」
2人の男たちが喚きだすと、茶髪の女性は明らかに不機嫌な表情を見せる。
その直後、鋭い刃物が肉を貫くような音が二度、廃工場内に響くとそれ以降喚き声は聞こえなくなった。
「あの、オータムさん、何か……ひっ!」
入り口の見張りをしていた男が中に入ってくると、金庫の見張りをしていた二人が血を流して倒れていた。
出血量からしてすでに事切れているだろう。
「アンタ、こいつらと金庫を処分しときな。私は帰る」
「は、はいっ!」
オータムと呼ばれた女は片手で頭を押さえながら廃工場を後にした。
(あのクズ達の言うとおり、百歩譲って木箱を開けたとしてもあの金庫は早々開けられるもんじゃない。それに鍵を持っていたのはずっと私……!どうやって中のISコアを取り出したというの!?)
思わず空いた片手でコンクリートの壁を殴りつける。
手から血が滲み出すが、そんなことは気にならないくらい頭に血が上ってしまっていた。
(せっかく新星重工からISコアを強奪できたっていうのに!?スコールになんて説明すればっ……!)
悔しさを端正な顔立ちに浮かべながらオータムは暗い夜道へと消えていった。
真相を知るのはたった一人の少年と一つの隕石だということも知らずに――