インフィニット・ストラトス -Supernova- 作:朝市 央
アンジェラ・ウィルクスと千道紫電の試合はモニターを通じて国際IS委員会に公開されていた。
試合内容、試合結果共に勝利したのは千道紫電だということに対して、国際IS委員会のメンバーは様々な反応を見せていた。
「強すぎる……千道紫電、これほどとは」
「まさかあのアンジェラ・ウィルクスが敗北するなんて……」
「ほらみたことか。やはり千道君はISパイロットランキング9位なんて器ではない。ヴァルキリーにも匹敵すると私が言ったとおりだろう?」
「これがIS学園の
モニターの向こうで国際IS委員会のメンバーは口々に感想を言う。
そのほとんどは千道紫電への賞賛がほとんどだった。
(千道……やはりこの程度の壁は乗り越えてくるか。全く大した奴だ、お前は)
同様に試合内容を見ていた織斑千冬も内心で安堵していた。
「それで織斑先生、先ほど申し上げていた依頼なのですが……」
「わかりました。ですが本人の了承なしにその提案を受けることはできませんので、これから確認してみます」
「是非ともお願いしますよ。彼がロンドンを発つ前にね」
千冬はやれやれと言った感じで携帯電話を取り出すと、紫電へと連絡を入れるのだった。
◇
アンジェラさんとの勝負を終えた俺はホテルへと戻っていた。
このままだと予定通り明日には帰国となるが、俺は織斑先生からの連絡を受けていた。
「このタイミングでまた次の対外試合の申し込みですか……」
「そうだ。お前に試合を申し込んできたのはイタリアだ。ロンドンからはそう遠くはないが、無理強いはしない。短期間での連戦は肉体的にも機体にも負担が大きいからな。」
(イタリア、といったらひょっとして対戦相手はテンペスタⅡか?だとすれば機体データや戦闘データは是非とも採取したいな……。ここは受けるべきか)
「受けますよ、その試合。自分も機体も連戦での影響はありませんしね。それに一度日本に帰ってからまたイタリアに移動する方が大変ですからね」
「わかった。先方には試合の申し込みを受けると伝えておく。飛行機のチケットは明日までにお前の下に届くそうだからそれまでは自由に過ごしていてくれ」
「了解です。IS学園の方は変わりないですか?」
「ああ、別段これといった問題は発生していない。幸いなことにもな」
唯一気掛かりであったIS学園のほうもまだこれといって問題は起こっていないようだ。
織斑先生からそのことを直接聞けた俺はひとまず安堵した。
俺は電話を切るとそのままベッドに腰掛ける。
(しかし、イタリアにもアンジェラさんのような実力者はいるのか?アリーシャ・ジョセフターフは亡国機業へ降ってしまったから不在のはずだ……。シオン、イタリアのISパイロットについて何か情報はあるか?)
(イタリアのISパイロットについてはアリーシャ・ジョセフターフ以外あまり情報がありません。それに次ぐ実力者らしき人物はいるのですが、データはほとんどありませんね)
(なんでもいい、教えてくれ)
(名前はエレオノーラ・マルディーニ。イグニッション・プランでノミネートされている第3世代型IS『テンペスタⅡ』のテストパイロットです。他にも何人かテンペスタⅡのテストパイロット候補はいるようですが、現状では彼女が最も優勢なようでアリーシャの後継者と呼ばれています。ただ、彼女もまだ対外試合をしておらず、実力のほどは未知数です。あとは噂レベルですが、訓練生時代にアリーシャ・ジョセフターフに唯一ダメージを与えられた存在だと言われています)
ほう、と思わず俺から感嘆の声が漏れる。
俺がアリーシャ・ジョセフターフの戦いを目にしたのは京都での一度きりだけしかない。
彼女が使用していたテンペスタは第2世代型にもかかわらず、第3世代機を駆使するダリル・ケイシー&フォルテ・サファイアコンビを圧倒していた。
それだけで十分すぎるほど、その実力を認識していた。
(なるほど、あのアリーシャ・ジョセフターフに一太刀浴びせられる人物とはね……試合が楽しみになってくるな)
(それと紫電、国際IS委員会のほうでISパイロットランキングというものが作成されたようです)
(……何、ISパイロットランキングだと?)
(1位に織斑千冬、2位にアリーシャ・ジョセフターフといった感じで現状のISパイロットに順位を付けたようです。その中に紫電、あなたの名前も入りましたよ)
(ほう、何位だ?)
(9位です。ただ1位から6位まではブリュンヒルデとヴァルキリー、またモンド・グロッソでの実績がある人のみを選抜したようです。つい先ほど戦ったアンジェラ・ウィルクスも第2回モンド・グロッソでの実績がありますから、6位に位置付けされていますね)
1位から5位までは大体予想がついている。
IS関連の教科書に記載されていたり雑誌に掲載されていたりと、何かと有名人ばかりだからだ。
(……参考までに、7位以降を聞かせてもらおうか)
(7位はIS学園の生徒会長、更識楯無です)
(まあロシア代表だし、モンド・グロッソには年齢の都合上
(8位はナターシャ・ファイルスというアメリカ人ですね。紫電が助けたあの
(なるほど、流石に銀の福音のテストパイロットに選ばれるくらいだ。あの時は機体が暴走していたが、それだけの実力はあるんだろうな)
(そして9位に紫電、10位にはなんと先ほどお話ししたエレオノーラ・マルディーニがランクインしています)
(俺とそのエレオノーラって人はえらく期待されているようだな。大した実績も無いのにランクインするとは。俺としては箒かラウラ辺りが入ってくるかと思ったんだが、それでもまだ実力不足ってことなのか)
俺はバタリとベッドに倒れ込む。
テロリスト撃退くらいしか大した実績も無い俺がISパイロットランキング入りとはな。
それにしてもエレオノーラ・マルディーニか。一体どのような人物なのだろうか――
俺はそんなことを考えながらゆっくりと眠りについていった。
◇
「エレオノーラ少尉、あなたの対外試合の相手が決まったわ。相手はあのIS学園のスーパーノヴァ、千道紫電よ」
「……はあ、対外試合ですか。面倒くさいです……」
「少尉、少しはやる気を出しなさい!これはあなたがイタリア代表としての初の大仕事なんですよ!?」
「そう言われましても……」
はあ、と再びエレオノーラは溜息をつく。
それを見た上官であるエミリア・アストーリ大佐もつられて溜息をこぼす。
「エレオノーラ、あなたはどうしてそれほどの実力を持ちながらやる気を出してくれないのかしらねぇ……。これからブリーフィングだから、遅れずに会議室に来るのよ?」
「……はーい」
エレオノーラの口からやる気のない返事が返る。
これはいつものことであり、上官であるエミリアも半ば性格的なものと諦めていた。
元々エレオノーラも軍人になるつもりは無く、渋々軍隊に入ったという特殊な事情が裏には存在していた。
エレオノーラ・マルディーニはマフィアの家系に生まれた秘蔵っ子である。
幼い頃から蝶よ花よと大切に育てられてきた彼女であったが、どうしても納得できないことが一つだけあった。
それは両親からのお見合い写真の押しつけである。
家系を重要視する両親に対してエレオノーラは散々嫌気が差しており、ある日家出を決行した。
彼女も行く当てなく家を飛び出したため、今後のことについては一切考えていなかった。
しかし彼女には運が向いていたようで、家を飛び出した直後、とあるポスターを見ることになる。
――イタリア空軍ISパイロット募集!全寮制、給料良し、出自年齢問わず、ただし要IS適性判定――
思わずエレオノーラはこれだ、と口にしていた。
思えば学校に通っていた際に行ったIS適性試験の結果はAだった。
IS適性試験を実施した当時は軍隊など行く気にならなかったが、今はそれ以上に家に戻る気にはなれなかったため、エレオノーラはイタリア空軍に行くことになる。
そこで試験官として戦ったのはISパイロットランキング2位、アリーシャ・ジョセフターフだった。
結果は惨敗といえるものだったが、IS稼働時間が0だったにもかかわらず、ラファール・リヴァイヴを駆使し、ブレッドスライサーによる一太刀を浴びせることに成功する。
奇しくもその試験にてアリーシャに攻撃を当てられたのは彼女一人だけだった。
エレオノーラとしては寝床とお金が手に入れば万々歳というところだったのだが、それ以降彼女は国内での練習試合で勝利を積み上げ、意図せず昇進を繰り返すことになる。
気付けばアリーシャに次ぐ実力者として周囲に認識され、テンペスタⅡのテストパイロットに選出。
挙句、アリーシャが亡国機業に降ってからはイタリア代表にまで上り詰めてしまったのである。
(はあ……。お見合いしたくないからISパイロットになったのに、なんでこうなってしまったんでしょうか?アリーシャさんもいなくなっちゃっいましたし、忙しすぎて嫌になりそうです……)
陰鬱とした雰囲気を出しながらエレオノーラは会議室まで歩く。
先ほど上官であるエミリアから言われたブリーフィングのためだ。
会議室に入ると既に自分以外のメンバーは席についていた。
「時間通りに来たわね、エレオノーラ。ちょうどあなたが最後よ。それでは対外試合に向けたブリーフィングを始めましょう」
エミリアがそう言うと部屋が暗くなり、正面の大きなモニターが光ると対戦相手である千道紫電の顔とデータが表示される。
「今回エレオノーラが戦う相手はISパイロットランキング9位、IS学園所属の千道紫電です。といっても、ランキング9位というのもあまり当てにはできなさそうです。つい先日ISパイロットランキング6位であり、イギリス代表のアンジェラ・ウィルクスにも危なげなく勝利するほどですから、相当な実力者であると考えます。また、9位にランクインした理由は数々のテロリスト撃退が理由だとの話もあり、決して男性だからという浮ついた理由ではないようです」
エミリアの解説に周囲がざわざわと騒ぎ出す。
イタリア空軍も他国にもれず部隊の中心は女性になっており、中々姦しい。
「あのアンジェラ・ウィルクスに勝ったんですか!?」
「ただでさえ希少な男性ISパイロットだっていうのに、実力もあるなんて……」
「結構イケメンね……ぜひ会いたいわ」
ざわめく周囲とは正反対に、肝心のエレオノーラはモニターを凝視して沈黙していた。
「静粛に。他にも彼の機体、フォーティチュードは二次移行が済んでおり、機体も尋常ではない機動力を誇っています。テンペスタⅡも機動力が売りですが、彼とアンジェラ・ウィルクスの試合を見る限りではおそらく彼のフォーティチュードの方が上位になるでしょう。……エレオノーラ、何か気になったことでもあるかしら?」
何かと天才肌な彼女なら何か彼を倒す秘策でも思いついたのかもしれない。
それとも相手の強さに萎縮してしまった?
エミリアは先ほどからじっとモニターを見つめるエレオノーラが気になっていた。
「……決めました。私、この人と結婚します!」
「……え?」
沈黙を破ってエレオノーラから出た言葉は、周囲の予想を全て裏切ったすさまじく予想外な答えだった。