インフィニット・ストラトス -Supernova- 作:朝市 央
ホテルでの朝食を終えた俺は再びエミリアさんの運転する車に乗ってイタリア空軍基地へと向かっていた。
もちろん隣ではエリーがべたべたとくっついてきている。
「エリー、だから近い、狭い」
「ぶー、昨日一緒に寝てくれなかったんですからこれくらいいいじゃないですか。一人寝は寂しいじゃないですか」
「あなた基地ではいつも一人で寝てるでしょう……」
エミリアさんからも突っ込みが入る。
幸い今は冬なのでくっつかれてもさほど気にはならないが、これがもし夏だったら暑くてうっとおしかっただろう。
ローマ郊外にある空軍基地まで車でおよそ1時間。
結局エリーはずっと俺の腕にくっついたままだった。
◇
「着きましたよ。ここが今日試合を行う場所、イタリア空軍基地です」
「……エリー、基地に着いたんだ。そろそろ離れてくれないか」
「腕を組んだままでも歩けますから、大丈夫ですよ!」
俺が言いたいのはそういうことじゃない。
結局腕は離してくれず、恋人のように腕を組んだまま基地に入ることになってしまった。
すれ違う人たちは一体何があったのか、とでも言いたいような目でこちらを見ている。
エミリアさんは既に諦めているようでこちらについては何も言ってこない。いいのかそれで。
「ここが今日あなたたちが使うISアリーナよ。今日の試合も国際IS委員会に公開されるものだから二人とも変なことしないように全力で試合に集中しなさいね?」
「……!そうだ、紫電様!私がこの試合で勝ったら結婚するっていうのはどうでしょう!」
「……俺が勝ったらどうするつもりなんだ?」
「そのときは私が紫電様のお嫁さんになります!」
「一緒じゃねーか!そんな提案に誰が乗るか!」
「えー、いいじゃないですか。私が勝った時くらいご褒美くださいよぉ」
「ご褒美に結婚するしないをかける奴はいないだろう……」
どうしてもこいつと話してると調子が狂ってくるな。
ひょっとしてだがそういう作戦なのか?
「それとも私に勝てる見込みが無いから乗らないってことですかー?」
「へえ……俺がお前に負ける、と。本気で言ってんのか?」
「私、結構強いんですよ?だから私が勝ったら結婚してください!」
「……上等だ、だが俺が勝っても結婚はしないぜ」
「……!もしかして私が負けた場合、私は紫電様の愛の奴隷になるんですか!?」
「ならねーよ!」
……まあなんにせよ俺がこんなやつに負けるなんてことはあり得ない。
そんなことがあってはならないんだ。
「コホン、二人とも準備はいいかな?そろそろ試合を始めたいんだが」
アリーナ内にエミリアさんの声が響く。
それに応えるように俺はフォーティチュード・セカンドを展開した。
対面で距離を取ったエリーもテンペスタⅡを展開している。
なるほど、あれがテンペスタⅡ……確かにテンペスタと形が似ている。
数少ない情報によれば、テンペスタの上位互換を目指した機体だとか言われているな。
ということはアリーシャさんがやっていたように、風を使った攻撃を行ってくるのだろうと俺は予測していた。
「私が勝ったら結婚ですからね!絶対ですよ!」
「寝言は寝てから言うんだな。勝つのは俺だ」
「それでは、試合開始!」
エミリアさんの号令で試合が始まる。
俺はテンペスタⅡの分析のため、距離を取って様子を見る。
しかし距離を取った俺に対し、エリーの取った行動は全くの逆、一気に俺に向かって距離を詰めてくるのだった。
「てやー!」
「何ッ!?」
エリーなりには気合いを込めたつもりなのだろうが、どことなく気の抜けた掛け声とともに風圧を纏った拳を放ってきた。
いきなりのインファイトに俺は驚き、後ろへと飛び下がる。
しかし拳による殴打は回避できたものの、風でできた拳だけはそのまま飛び退いた俺に向かってきていた。
「ぐっ!」
風でできた拳が俺に直撃する。
幸い後ろに大きく飛び退いていたおかげでクリーンヒットは免れたが、いきなり一撃をもらうとは予想外だった。
「……なるほど、二段構えの攻撃だったか。これは中々楽しめそうだなッ!」
俺はエリーを人差し指で指差すとフィンガーショットでの反撃を開始した。
「わわっ!愛の弾丸では撃ち抜かれましたけど、ただの銃弾では撃ち抜かれませんよっ!」
なにやらまた妙なことを言っているが、見事にフィンガーショットによるエメラルドの弾丸はガントレットで防御されていた。
(……三発撃ってかすったのが一発、直撃は0か。いい反応速度してるじゃねーか)
(感心している場合ではありませんよ、紫電。彼女、相当な実力者のようです)
(ああ、わかってる。しかもまだテンペスタⅡは本気を出していないからなッ!)
俺は近接用ブレード「オブシディアン」を構えて一気に距離を詰める。
「はあああッ!」
加速で勢いをつけたまま薙ぎ払いを放つ。
しかしこれはボクシングのガードのような体勢をとったエリーにブロックされてしまう。
「うっ……紫電様の愛情、見事な重さです!ですが受け止めて見せます!」
どうやらテンペスタⅡの武装の特徴はその両腕にある巨大なガントレットのようだ。
指先から肘近くまでをカバーする大型のガントレットは攻守両方で活用できるらしく、今までの攻撃はあまりシールドエネルギーを削れていないようだ。
(なるほど、テンペスタにはあのガントレットは無かったな。あのガントレットを装着することで防御性能に問題のあったテンペスタを改善したってわけか)
俺は再びフィンガーショットでテンペスタⅡを狙うも、ガントレットで防御されてしまう。
(……なるほど、確かに隙がねえな。テンペスタⅡの性能とエリーの反応速度、確かに相性バッチリじゃねえか)
「やられてばかりではいられませんっ、今度は私が紫電様のハートを射抜きますっ!」
そう言うとエリーの右手に風で槍が形成されていく。
「当たってください!」
大きく振りかぶった後投擲された風の槍は見事にこちらを捕捉していた。
そしてその槍の速度は投擲武器とは思えないほど驚くべき速さだった。
(だがその攻撃なら一度見たことあるぞッ……!)
俺は大きく跳躍して風の槍を回避すると、そのまま距離を詰めて上段からの振り下ろしを放つ。
「わわわっ!」
今度はガードせず、横方向に移動して振り下ろしを回避された。
だが、それを待っていたぞ――!
俺は振り下ろしたオブシディアンの刃を返すと、凄まじい速度で思い切り振り上げる。
俗にいうVの字斬りの型である。
流石に今度はガードも間に合わず、テンペスタⅡの肩部をオブシディアンの刃が滑っていく。
「あうっ、そんなっ!」
ようやくまともにテンペスタⅡのシールドエネルギーを削れたようだ。
ここまで俺が苦戦を強いられたのはテロリストも含めてエリーが初めてかもしれない。
感謝するぜエリー、お前のおかげで俺はまた一歩
「……やっぱり紫電様は私の結婚相手に相応しいです!ですから私、本気を出します!」
そう言うとテンペスタⅡの周りに強い風が集まっていく。
ついに来るか、テンペスタの真骨頂――!
そこには京都で見たテンペスタの単一仕様能力と同じく、テンペスタⅡと全く同じ実像を風によって作り出していた。
◇
「良かったわ、
モニタールームにてエミリアは安堵していた。
安堵した理由の一つ目としては、テンペスタⅡを試験稼働した際にアリーシャの腕と目を消失させてしまったことだ。
あのときはまだ機体調整が完璧では無かったことが原因だったため事故扱いとなったが、パイロットであるアリーシャに甚大な被害を出してしまった。
その問題もなんとか修正することはできたが、結局それ以降アリーシャはテンペスタⅡを装着することを拒絶してしまった。
それ以降も有力なパイロットはその危険性からテストパイロットになることを嫌がり、しばらくテストパイロットは不在のままだったのだ。
そんな苦境の中でなんとか見つけたパイロット、エレオノーラは問題なくアーリィ・テンペストを発動させることができた。
これがまずエミリアが安心できた理由である。
そして二つ目の理由としてはエレオノーラがアーリィ・テンペストを発動できたことだ。
ようやくエレオノーラがテストパイロットとして承認されたはいいが、単一仕様能力であるアーリィ・テンペストは機体とパイロットの相性が悪ければ発動させることができない。
現に今までエレオノーラは一度もアーリィ・テンペストを発動させたことが無かったが、千道紫電という強敵を前にしてようやく本気を出せるようになったおかげだろう。
その点も千道君様様、といったところだろう。
エミリアとしてはもう既にこの対外試合での主目的は果たした、といっても良かった。
ところがそれ以上に予想外なことが起きている。
普段全くやる気を出さないことで知られるエレオノーラが全力で勝負に挑んでいるのだ。
突然千道君と結婚する、とか言い出したのは謎だが彼女が全力を出してくれるのであればそれでよかった。
おまけに想像以上に千道君のフォーティチュードを前に善戦している。
「もし勝ってくれたら大金星なんだけど……」
エミリアは期待の眼差しをエレオノーラに向けるのであった。
◇
「なるほど、アーリィ・テンペストか。テンペスタⅡに単一仕様能力を引き継がせるとは、イタリアもなかなかやるらしいな。だがアリーシャさんは分身を二体出せていたぞ?」
「……残念ですがこのテンペスタⅡはテンペスタのように分身を二体出すことはできません。ですが――」
テンペスタⅡ本体が再び風の槍を形成し始めると、分身の方も同様に風の槍を形成し始めた。
「こんなこともできるんですよっ!」
二機のテンペスタⅡから同時に風の槍が投擲される。
その弾速もかなりの早さであり、威力は対物ライフル並みだったはずだ。
俺は勢いよくスラスターを吹かし、風の槍を二本とも回避する。
「そこですっ!」
「ッ!」
俺が風の槍に気を取られている間にエリーは距離を詰めてきていた。
その拳には再び風が纏わりついており、こちらに向けてストレートが放たれる。
「……残念だが、二度同じ手には引っかからないッ!」
俺はオブシディアンを構え、風を纏ったストレートを受け止めた。
拳はオブシディアンの刃で受け止め、風の拳は刃によって切断されていた。
「なんて頑丈なブレード……!」
「……中々の重さの拳だが、まだまだだッ!」
刀と拳の鍔迫り合いの状態を押し返し、至近距離でフィンガーショットを放つ。
この距離、その体勢ならば避けきれないだろう?
俺の予想通り、指から発射されたエメラルドの弾丸はエリーの胸部を撃ち抜いていた。
「うっ……!」
その衝撃に思わずエリーが怯む。
「隙ありだぜ……ッ!
「きゃあっ!?」
低空を飛行していたテンペスタⅡが地面に突然叩きつけられる。
同時にアーリィ・テンペストで形成した分身も地面に叩きつけられて霧散してしまった。
「見事だったぜ、エリー。だがこれで終わりだッ!」
俺の重力操作によって地面に張りつけにされたテンペスタⅡはレーザーキャノン『ルビー』を避けることができず、シールドエネルギーがついに0になった。
「そこまで!勝者、千道紫電!」
試合終了を告げるブザーと共にエミリアさんが俺の勝利を告げる。
……それにしても強敵だった。
なんというか、今まで戦ってきた誰よりも強い勝利への執念を持っているような、そんな気がした。
「お疲れ、エリー。立てるか?」
「うぅ……。やっぱり紫電様は強いです。でもやっぱりそれがいいんです!今回
「……負けたってのに、随分元気だな。心配する必要はなかったか」
俺はエリーに背を向けるとその場を立ち去った。
対外試合も終了したし、テンペスタⅡとの戦闘データも取れた。
目的は果たしたし、あとは日本へ帰るだけだな。
「お疲れ様、千道君。君のおかげでエレオノーラは強くなったわ。ありがとう」
「いえ、俺もまた一歩高みへと登ることができました。どうもありがとうございました」
「今日はもう日本へ帰ってしまうのでしょう?空港まで送るわ」
「すいません、よろしくお願いします」
俺はエミリアさんに送ってもらい、基地を後にした。
一人アリーナで倒れたままのエレオノーラは一つの考え事をしていた。
(紫電様に勝つにはまだまだ強くならないと……。そうだ!いいこと思いつきました!)
何か考え込んでいた素振りを見せていたエレオノーラの表情は、敗北したにもかかわらず、充実した笑顔に満ち溢れているのであった。