インフィニット・ストラトス -Supernova- 作:朝市 央
11月の初旬、エリーが転校してきてからIS学園1年1組はさらに賑やかになった。
それ以降専用機持ちたちは織斑先生指導の下、二対一での訓練や三対三の訓練など様々なバリエーションの訓練を行っている。
おかげでフォーティチュード・セカンドの稼働率も上がってきたそんな頃、ついにその日は訪れた。
(紫電、コロニー・リトルアースの環境が整いました。後は養殖対象となる生物の搬入だけとなります)
(……遂に来たか、この日が。毎日せっせと土や水を運び、地形を均したかいがあったか!)
コロニー・リトルアースは文字通り小さな地球を模した球形食糧生産コロニーである。
最先端のIS技術を転用して構成されたステルス外殻は、放射線や流星などの外的要因からしっかりと守れるだけの頑丈さを持っている。
もちろん植物が光合成できるように必要な分だけ太陽光を得ることはできるし、コロニーの回転によって昼と夜を切り替えることだってできる。
それと当然のことだが、地球や衛星から見つけられないよう、普段はそこらへんにある隕石と同じような外見となるようにカモフラージュしており、中心のISコアはステルスモードになっている。
シオンの力無しにはこのコロニー・リトルアースは見つけることはまず不可能なのである。
(ピート君1号と2号はコロニー・リトルアースに移動させました。そして作物栽培施設の方はもう既に宇宙船からリトルアースの方へと移動済みです。農作物の方は相変わらず順調に育っているようですよ)
(素晴らしい。ピート君3号ももうすぐ出来上がるところだから、できあがったらリトルアースへと転送してくれ。それと、ピート君2号のほうは早速今日から仕事をしてもらうとしよう。2号にまずやってもらいたいのは海ブドウの栽培と牡蠣の養殖だ。魚の養殖も手を付けたいところだが、まずは比較的育てやすい植物と貝類から始めよう)
ピート君1号は野菜、果物類の育成を担当しており、2号は水産物の育成を担当させるつもりだ。
ちなみに現在俺が部屋の中で作っている3号は畜産を担当させる予定である。
彼らはただ育成や収穫といった作業だけでなく、宇宙で育ちやすく、また早く収穫物が得られるようにと品種改良をすることもできるため、ここ最近俺はピート君1号が作った野菜ばかり食べることになっていたのだ。
それらは驚くほど素晴らしい味をしていたが、流石の俺も野菜ばかりでは飽きてくる。
そんなときにこのコロニー・リトルアースが稼働開始したのは特に朗報だった。
(ところで紫電。宇宙船内の農業施設を移転させたため、宇宙船内の一部が空白地帯となってしまいましたが、このスペースは何かに利用するつもりですか?)
(ああ、そこをどうするかについてはもう決まっているんだ。それじゃ今から宇宙船内のリフォームを始めようか――)
ちなみに今は授業中である。
ノートを取っているとみせかけて俺は宇宙船内に配置しておいたロボットアームを動かし、がらんどうとなった宇宙船内の一角にある施設を組み立てるのであった。
◇
11月の中旬、早くもコロニー・リトルアースでの収穫物ができあがった。
まずは新たな野菜、その名も水晶ハーブだ。
まるで水晶のように透き通ったそのハーブは、あらゆるハーブの長所のみを集めた究極の人工野菜だった。
一口試しに舐めてみたところ、あまりの衝撃に涙が溢れてしまうほど壮絶な味だった。
どんな不味い料理でもこれを砕いてかければ一級品になる――
まさにそんな感覚だった。
ちなみに地球でも栽培できるか試したところ、これはダメだった。
他の野菜にも言えることだが、どうも宇宙栽培用の野菜は地球で栽培するのに適さないらしい。
そしてコロニー・リトルアースでできた収穫物第2弾、その名も深海ブドウだ。
ピート君2号が海に潜って初めて収穫したのがこれである。
これは元々真空ワカメを栽培していた際に突然変異してできた種だったのだが、どうしても畑では育たなかったのだ。
詳しく調べてみるとその性質は地球にある海ブドウにそっくりということだったので、ひょっとしたら海中で育つのではと踏んだのだ。
そうしたら案の定、リトルアースの海中で育ったそれは見事にカラフルな実を実らせたのである。
一口味見してみるとほのかに潮の香りがするものの、地球産のブドウと同等の味を持っていた。
これから品種改良していけばより良い味になるだろうと、俺は笑みを浮かべるのだった。
そして深海ブドウ収穫の連絡があってからさらに数分後。
ついに念願の野菜以外の収穫物である牡蠣の養殖に成功した、とシオンから連絡があった。
早速ピート君2号に収穫してもらったそれは見事な大きさを誇っていた。
(……まだまともに品種改良もしていないというのに、かなりの大きさだな。そして色艶もいい。早速食べてみるか)
「紫電様!昼休みの時間です、昼食に行きましょう!」
「ああ、今日はちょっと面白いもんが手に入ったんでな。先に屋上に行っていてくれ」
「まーた紫電は何か面白いものでも育てたのかな?」
「……シャルは鋭いな。まあ食べるのにちょっと準備があるんでね」
そういうと俺は一度自室に戻り、牡蠣用ナイフに醤油と七輪、軍手を持って屋上へと上がるのだった。
「こうしてみんなが屋上に集まって飯を食うのも久しぶりだな……。って紫電、なんで七輪なんて持って来てんだ?」
「お、一夏たちも来ていたのか。ちょうどいい、これから焼き牡蠣をするところだ」
「焼き牡蠣って……昼休みにか?」
「ああ、今日の俺の昼飯だ」
「昼食が焼き牡蠣とは随分と変わったことをするな」
昼飯に重箱持ってくる箒も大概だと思うけどな、俺は。
早速七輪に火をかけて網を温めると、ごろっと大きめの牡蠣を網の上へと乗っける。
じゅうじゅうと牡蠣の身が焼けていく音と共に周囲に焼き牡蠣の匂いが広まっていく。
「……私たちが作ってきた弁当の匂いが掻き消されそうなほどすごい香りだな。流石にこの場で焼いているだけあるか」
流石の箒も興味を持ったのか、七輪の上で順調に焼けていく牡蠣を覗いている。
俺は牡蠣ナイフで牡蠣の殻を破ると、中には真っ白に輝く牡蠣の身がぎっしりと詰まっていた。
「あー、重いとは思っていたが結構身もしっかりしてるな。これなら1個でも結構腹に溜まりそうだ」
俺はさっと醤油をかけてその身にかぶりつくと、周囲からごくりと生唾を飲む音が聞こえた。
「あちちっ!……うん、よく焼けてる。……まだ品種改良は完璧ではないが、食べるには十分な品質だな。よし、他のも焼けたからお前らも食ってみてくれ」
「え、いいのか?紫電」
「紫電様、私ももらっていいですか?」
「ああ、今ある分全部お前ら食っていいよ。うまいかまずいかどうかだけ後で教えてくれ」
「これだけいい匂いさせておいてまずいってことはないだろ。じゃ、遠慮なくいただくぜ!」
一夏とエリーが焼き牡蠣に手を伸ばす。
「あっちぃ!でも昼休みに焼き牡蠣が食えるなんて最高だな!」
「日本では牡蠣をこのショウユという調味料で食べるんですね!すごくおいしいです!」
「ほいほいっと。次焼けたらシャル、箒、鈴は食べるかな?悪いね、七輪が小さくて牡蠣が一度に三つしか置けねえんだ」
「え、僕も食べていいの?」
「む、私にもくれるのか?」
「あたしもいいの?」
「ああ、むしろ多くの人に食べてもらった方が俺としてもありがたいんだ。牡蠣はまだこれから数が増えてくるからな」
「「「???」」」
ひとまず第一弾として収穫された牡蠣は無事全て消費することができた。
あれからセシリア、ラウラ、簪にも牡蠣を食べてもらい、専用機持ち全員からおいしいとの感想を得ることができた。
「さて、牡蠣はなんとか食いきれたな。んじゃデザートにこれを食おうか」
俺が持参したタッパーを開くと、その中には色とりどりの丸い果実が大量に収まっていた。
「なんだこれ?アイスか?……あっ、これってまさかブドウか?」
一夏は水色の実を持ってやっとそれが何かわかったようだ。
色が鮮やかすぎて一見では何が何だかわからないが、手に持つとようやくわかるその実の柔らかさと薄い皮、ブドウの証である。
「おっ、色はなんか不思議だけど味はブドウだ。なんかちょっと海っぽいような匂いするけど」
「おー、一夏は中々鋭いな。それはただのブドウじゃなく、深海ブドウっていう海ブドウの一種だ」
「海ブドウ!?海ブドウっていってもこんなカラフルなもんだっけ……?」
「そういう品種なんだ。身もでかいし、食いやすいだろ?」
「確かにうまいけど……俺の知ってる海ブドウとは違うな……。これはむしろブドウに近いぜ」
「まあ海で育つブドウっていうのが狙いの品種だからな。ブドウと思って食べてくれ」
焼き牡蠣に続き、深海ブドウも専用機持ちたちには中々の高評価だったようだ。
品種改良せずともこのポテンシャルとは、今後が楽しみだな。
◇
午後の授業中も俺はいつも通りシオンと連絡を取っていた。
(牡蠣と深海ブドウの栽培はうまくいったと言っていい。品種改良はこのまま継続しながら次の段階へと進もう。次は牡蠣に続いてホタテの養殖だ。そしてついに魚類の養殖を開始する。まずは地球での養殖実績の高いブリ、タイ、マグロから始めよう。ついでにこないだ買ったクルマエビとイセエビも養殖を試してみるか)
(おそらく海の部分で養殖できる品種はそれらとあと3、4品種くらいでしょう。リトルアースといえどその広さは本当に小さいのですからね)
(まあそんなもんか。じゃあ残りは料理に幅を持たせやすそうなイワシ、サンマ、サバの養殖にするか)
(わかりました、早速それらの魚の品種改良に移ります)
(それと並行してリトルアースにある川の部分も活用していくぞ。養殖できそうなのはアユ、イワナ辺りか?あと海部分も利用してサケが養殖できるか、といったところか。この辺りはうまくいくかどうか本当に分からんな。一、二種類うまく増えてくれれば儲けもん、ってところか?)
(ピート君2号がうまく品種改良しているようなので、養殖自体は全種類成功すると思いますよ)
(……まじで?ピート君2号、頼りにしてるよ?)
俺はシオンとそんなことを会話しつつ、宇宙船の空きスペースに食糧保管用の大型冷蔵庫と調理施設を設置していた。
養殖したはいいが、あまり食材を廃棄するのはもったいないという日本人らしい精神ゆえである。
結局その後もいつも通り、俺は授業の内容など一切聞かずに宇宙開発にのめり込むのであった。