インフィニット・ストラトス -Supernova- 作:朝市 央
11月も下旬に差し掛かった頃、俺は宇宙船内の改装工事を完了させていた。
コロニー・リトルアースへと移動させた農業施設の穴埋めである。
そこに作った施設は食糧保管庫に調理場、そしてスペースが余ったため、小規模な宇宙の見える展望レストランを建設していた。
(高い場所から周囲を見渡せるレストランはあっても、地球を眺めることのできるレストランはおそらくここしかないだろうな)
(紫電、空いたスペースをどう使うかは自由ですが、なぜレストランなのですか?)
(それはこれから使うからさ。まあ何人がここに来るかはわからないが、な)
簡潔ながらも多少の豪華さを備えたそのレストランには大型のテーブルが一つしかなかった。
ごく一部の要人のみを通す予定であるこのレストランにはそれだけで十分だったのである。
(さて、じゃあ早速オープニングセレモニーといきますか。初のお客さんは今日の放課後だ。さくっと料理の準備をしないとな)
午後の授業中にもかかわらず、俺は宇宙船内のロボットアームを駆使し、料理に没頭するのであった。
◇
放課後の寮内、千道紫電の部屋の前にて織斑千冬は意外な人物たちと顔を合わせていた。
「む、山田君に更識か」
「あれ、織斑先生もひょっとして千道君に呼ばれましたか?」
「なんでも千道君から相談事があるから自室に来てほしいと話が合ったんですが……」
どうやら三人とも同じ形で呼ばれたようだった。
更識の開いた扇子には謎、と書かれている。
「19時になったらドアを開けて中に入ってくださいって言われましたけど……勝手に入っていいんでしょうか?もう19時ですよ」
「本人がそういってきたんですから入っても問題はないでしょう。千道君、入るよー」
そういうと更識はドアを開けてさっさと中に入ってしまった。
やむを得ないので更識の後に続いて中に入る。
しかし、そこにあったのは広い空間に白いテーブルクロスを敷いた大きなテーブル、さながら高級レストランのようだった。
それも天井を覆う大きなガラス窓の先に見えているのは宇宙、そして地球だった。
「……あらあら、随分おしゃれなレストランね」
「……どうなっている?」
「……え、え?」
更識は平静を装っているようだが流石に驚いたようだ。
開かれている扇子の文字が予想外、になっている。
「ああ、すいませんねお三方。わざわざ呼び出してしまって」
そう言って奥から出てきたのはコック服を着た千道君だった。
「千道、これはどういうことだ?ここはお前の部屋のはずだが?」
「俺の部屋ですがちょっと細工して別の場所になってます。まあ立ち話も何ですし、そこの椅子にかけてお待ちください。今料理を持ってきますんで」
「料理、ですか?私は相談があると聞いたんですけど……」
「まあそう慌てずに。まずは俺が作った料理を食べてからにしてください」
そう言うと奥の厨房のほうへ行ってしまった。
「千道君の料理っていうと、例のアイスクリームを思い出しますね」
「あの食べると体が熱くなるドリアンアイスですね。また奇怪なものでも食べさせられるのかしら」
「……」
(千道、何を考えている?千道のことだから少なくとも私たちに害のある話ではなさそうだが――)
残念ながら千道が何を考えているのか、ここはどこなのか、私には全く分からなかった。
各自が椅子に座ってからほんの少しの時間が経った後、千道はその両手に皿を持ってやって来た。
「今回はあまりコース料理としてこだわっていないので、軽く食べてもらえると幸いです。まず、前菜の『蒸かし貴婦人』です」
「……貴婦人?」
そういって目の前に置かれたのはピンク色の芋らしき物体だった。
ころっとした三つの小さな実がなんとも可愛らしいが、これは何なのだろうか?
「これは芋の一種ですよ。園芸同好会で生み出した最高傑作のひとつです。あんまり味付けとかも必要ないくらいうまいのですよ。なので調理法はシンプルに蒸かして塩をかけただけです。あ、皮ごと食べられるんでそのままどうぞ」
「……まあ、折角だしいただいちゃいましょうか。以前食べた料理もおいしかったし、期待しちゃおうかな」
そういうと更識は貴婦人を一つ口の中へと入れた。
「……!?」
「あの、更識さん。味の方はどうなんでしょう?」
「!!!」
更識は口を押えたままバシッと扇子を開く。
そこには美味!とだけかかれていた。
「そんなにうまいのか。この貴婦人とやら……」
「じゃ、じゃあ私たちもいただきましょうか?」
「あ、ああ」
山田君と一緒に目の前のピンク色の貴婦人を口の中へ入れる。そして一噛み。
(なんという芳醇な香り……!そしてこのとろけるような柔らかさともちもち感っ……)
思わず口元を抑え、口内から香りが溢れ出るのを阻止しようとしてしまった。
なるほど、更識が喋れなかったのはこういうわけか、と私は理解していた。
なめらかな食感は舌の上でさらに広がり、やがて溶けるようにして喉を通って行った。
「っ、蒸かして塩をかけただけでこの味わいですか。どうなってるんですかね、この貴婦人って」
「今まで芋を食べたことは何度もあるけど、これほど味わい深い芋は食べたことなかったわね……」
「む、た、確かにうまかったな……」
二人はこの貴婦人の食感のように蕩けたような顔をしているが、私は思わず頬がにやけてしまいそうなのを抑えるのに必死である。
それほどまでにこの貴婦人という存在に私たちは驚愕していたのである。
「さて、次はもうメインディッシュになります。皆さん大好き、カレーライスですよ」
そう言って千道が持ってきたのは至ってシンプルなカレーライスだった。
千道は順々にカレーライスを盛り付けた皿を置いていくが、目の前にカレー皿を置かれた瞬間、強烈なインパクトが私たちを襲った。
そう、
「に、匂いだけでよだれが止まりませんっ……!」
「カレーって……こんなに透き通るような匂いだったかしら!?」
「なんだこのカレーライスは……!」
「カレーといえばスパイスですよね。今回はそのスパイスの中に俺が育てたとっておきのハーブを混ぜてみました。これがメインディッシュの『水晶ハーブカレー』です」
水晶ハーブ、か。
なるほど、確かによく目を凝らして見てみるとカレールーの中に水晶のように光る粉末がちらほらと見える。
そのせいかこのカレーライスは光を放ち、輝いているようにも見えた。
「……!?」
私がカレーを口にするのを必死に堪えながら分析している間に山田君は一口食べてしまったようだ。
その顔は目を見開き、興奮の色に染まっている。
それにつられて更識と私も目の前のカレーをスプーンで掬うと、ゆっくりと咀嚼していった。
(くっ……!なんと強烈な香りだっ……!この香りはこの輝くハーブによるものだというのか……!)
千冬の脳内ではモンド・グロッソの決勝戦でアリーシャ・ジョセフターフと一騎打ちをしていたときのような強烈な刺激を感じていた。
一口一口が激烈な風味と香りを醸し出すこのカレーはブリュンヒルデですら苦戦必須の超傑作だったのだ。
「ああ、もう無くなってしまいました……」
「……はっ!気付いたらカレーがもうないわ!なんて恐ろしい料理だったの……!」
「……!」
気付けば私のカレー皿も空になってしまっている。
それでいて胃袋と口内は非常に満たされている。
――なんという料理を作ってくれるものだ、千道紫電。
「カレーライスも無事完食していただけたようですね。ではデザートをお持ちしますので少々お待ちください」
「……さっきのカレー、凄かったですね」
「……ああ」
「気付けば無くなっている料理なんて、本当に存在したんですねえ……」
今でもまだあのカレーの風味は脳内に刻まれている。
それほどまでにインパクトのあるメインディッシュだったが、ひょっとしてデザートというのも何かすごいものが出るのではないか――三人は微笑を隠せずにいた。
「おまたせしました。デザートの『アストロキング』です」
「「「!?」」」
千道が厨房からデザートらしきものを運んでくるが、私たちはそのデザートを見る前に既に驚愕していた。
――音楽が聞こえる。それも心の疲れを洗い流すような、綺麗で繊細な――
気付けばそれは目の前に置かれていた。
今まで見たことも無い奇妙な形をした物体、そもそもこれは料理なのだろうか。
それすら疑わしいが、もはや神秘的とも呼べそうなその形状は美しかった。
「これが俺が育てた野菜の中の最高傑作です。まだ品種改良の途中ではありますが、十分食用になると判断した最高の野菜『アストロキング』です」
「……野菜、だと……!?」
「こ、これは一体……!?」
「なんて爽やかな音色なの……」
三人の表情は食べる前から驚愕に染まっていた。
それも当然、このアストロキングは天使の歌声とも呼べるような素晴らしい音色を奏でる野菜なのだ。
「こ、これを食べるんですか!?なんだかもったいないような気がしますね……」
「もっと聞いていたくなる、そんな音色ね。でもデザートなんだし、食べるしかないようね」
「……食べるか」
三人はそれぞれ覚悟してアストロキングにフォークを入れる。
プリンのように柔らかく、ふわっとしたその感覚はなんともいえない触感だった。
意を決して三人はアストロキングを口の中へと運んでいった。
「「「……っ!!」」」
それはまさに口の中を風が突き抜けていくかのような爽やかさのある風味、そして口の中に入れてもなお響くその音色だった。
それでいてその味はまさに幸福な甘味とも呼べるほど甘く、舌の上で至福の食感をもたらしている。
おまけにいつかのドリアンアイスのように、体を突き抜けるような衝撃がまたしても体を熱くさせた。
「なっ……う……!」
「なんて、すごい……!」
「……!」
一同は服が弾け飛んだかのような錯覚に襲われていた。
それほどまでにこのアストロキングという野菜はすごかったのである。
気付けばもう皿のどこにもアストロキングは残っていない、一瞬で食べつくされてしまったのだ。
「それで相談の件なのですが、これらを含めた俺が育てた野菜を販売しようかと思っています」
「なっ、なん……だと……!?」
「この野菜を売る、ですって……!?」
「ほ、本気なんですか、千道君!?」
「ええ、品種改良を続けていくうちにだんだんと作物も食べきれない量になってきました。このまま腐らせて廃棄させてしまうよりは誰かに食べてもらおうかと思いましてね」
「確かにこれだけのものを廃棄するのはもったいないわね……どれも絶品だもの」
「織斑先生、学生の商業行為は校則に違反していませんか?」
「……通常であれば禁止事項に当たるが、千道の場合は少し事情が違う。こいつの後ろ盾は企業だ。千道本人が絡んでいたとしても、それは企業活動の一環として商業行為も学校からは黙認されるだろう。懸念すべきことといえば学業への悪影響だが、千道ならばその心配も無用だろう」
「そうですか。では作物の販売自体は問題なしということでいいんですね?ただ、俺が気にしているのはこの作物の出所であるIS学園が襲撃されないか、ということを気にしているんです。なのでIS学園の防衛に関与しているお三方に相談したかったのですよ」
「確かに水晶ハーブ、貴婦人、アストロキング。どれも絶品でしたね。ただ農作物を狙いにIS学園に侵入、なんてこともありえるでしょうか?」
「……ありえない、とは言い切れない気がします。これらの作物を一度でも食べたのならば」
「ふ、それくらいの心配は気にしなくていい。それに千道。お前のことだ、これらの農作物はそんな簡単に盗めるような状態ではないのだろう?」
「……流石織斑先生、察しが良いですね。農作物のセキュリティは万全ですよ。ま、俺の方が襲われるっていう可能性のほうが高いでしょうね」
「それも問題ない。生徒は私たちがなんとしてでも守って見せるさ」
「……頼りにさせてもらいますよ?」
この後、新星重工のホームページから野菜の購入が可能となったことは世界的なニュースとなった。
特にアストロキングは一つだけでも一億円以上もの値段で取引され、その音色と風味に世界中の富豪が魅了されることになる。