インフィニット・ストラトス -Supernova- 作:朝市 央
十一月も終わりに差し掛かったある日、俺はデュノア社長から連絡を受けていた。
「ムッシュ・センドウ、やりましたよ。エクレールがイグニッション・プランのトライアルに選出されたとの連絡が届きました!これで我が社は支援金を打ち切られずに済みます!」
「そうですか。まああれだけの性能があれば通るのはまず間違いないと踏んでいましたが、実際に連絡が来れば一安心ですね。ところで、イグニッション・プランの次のステップは何をするんですか?」
「それについても連絡がありました。しかし、今回は前回とは少し流れが違うようです。例えば前回の第二次イグニッション・プランの主力機選抜では我が社のラファール・リヴァイヴが選抜され、それが大量生産されて欧州各地の基地に配属、という形だったのですが、今回はその流れにはどうもならないようです」
「ほう、それはなぜでしょうか?」
「理由としては第3世代型ISを使いこなせるパイロットの不足ですね。例えばティアーズ型はIS適性だけでなく、BT兵器への適性も必要とされてしまいますし、我が社のエクレールもシャルロットのように
俺は思わずはあ、と溜息をついた。
やはりどこの軍隊も死ぬ気で戦っている、というような人物は少ないのだろう。
セシリアやシャルは必死に訓練を重ねた結果、ああして第3世代機をうまく操っている。
ラウラに至っては生まれたときからISパイロットとして訓練されてきており、そしてエリーに至っては超天才肌だ、真似してできるようなタイプではない。
現状、欧州で国家防衛用として使用されているものはラファール・リヴァイヴがスタンダードだ。
あれなら確かに扱いやすいし、癖も無いためちょっと訓練すれば誰でも乗れてしまうのである。
今はそれが仇になったという訳か。
「ということは第3世代機の量産は諦めるのですか?」
「ええ、量産自体はしません。コスト的にも不可能という結論に至りました。作れても各機体の2号機、3号機辺りまでというすることにして、少数精鋭型の防衛プランにしようということになりました。そのため今回のイグニッション・プランのトライアルでは現状存在している第3世代機パイロットたちのチームワークを測るものとなるようです」
「チームワーク、ですか?具体的には何をするんでしょうか?」
「そこまでは私も知らされていません。ですが現状の第3世代機パイロットはみんなIS学園に集結していますから、開催箇所はIS学園と聞いています」
「……欧州の防衛プランにもかかわらずトライアルの実施箇所はIS学園とは、それでいいんですかね?」
「まあ欧州連合の決めたことですし、IS学園以上にISを動かしやすい場所はありませんからね」
「……そうですね。デュノア社長、ご連絡どうもありがとうございました。また何か追加の情報とかありましたらご連絡願います」
そう言って俺は電話を切った。
――もう何度味わっただろうか、この感覚。
俺は胸の奥底で残り火が燻っているかのような焦燥に捕らわれていた。
決まってこういう時には碌でもないことが起きるのである。
おそらくこの嫌な予感はイグニッション・プランに関わることだろう。
しかし今のところでは何もできることが無く、俺はやむを得ずベッドに倒れ込むのであった。
◇
「ねえ紫電。今週末の日曜日なんだけど、イグニッション・プランのチームワーク向上に向けた演習をIS学園内でやるらしいよ」
「チームワーク向上に向けた演習、ねえ……?シャル、もう少し詳しく教えてくれないか?」
「うん、なんでもIS学園内に偽爆弾をしかけるからそれを私、ラウラ、セシリア、エリーの四人で連携して解除するって課題らしいんだ」
「偽爆弾か……」
「本物の爆弾とは違って中身は火薬じゃなく、紙吹雪らしいから安全性は大丈夫だと思うけど、一般の生徒達には秘密で行われるんだって。でも先生たちは知ってるし、それに紫電にも伝えておけば問題ないかなって思うんだ」
「欧州連合も思い切ったことをするんだな。偽物とはいえ爆弾をIS学園に仕掛けるとはな」
「IS学園側としてもここ最近テロリストの強襲なんかが続いてるし、警備体制強化訓練に繋がるかも、ってことらしいよ」
「……まあ確かにIS学園への襲撃は多いからな。その予防訓練と思えばいいものか」
俺は自分の席にもたれかかる。
相変わらずあの嫌な気分は自分の中で燻っていて、うっとうしいことこの上ない。
(……シオン、やはり先手を打っておこうか)
(それは構いませんが、何をするつもりですか?)
(まずは――)
こうして俺とシオンは密やかに嫌な予感を打ち払うべく、イグニッション・プランの演習に向けて暗躍を始めるのであった。
◇
そしてイグニッション・プランが行われる日曜日がやって来た。
普段は生徒達で溢れかえるアリーナも、唯一の休日である日曜日は練習しにくる生徒もおらず静寂に包まれていた。
そんな中、第三アリーナではイグニッション・プランに選出された四機を操るパイロットたち四名が集められていた。
その前に立つ女性はおそらく欧州連合から派遣されてきた今回の演習の試験官だろう。
俺はアリーナ観客席の縁に隠れ、ハイパーセンサーを活用してその会話を盗み聞きしていた。
「それではみなさん、今回の演習の説明をします。先日の内にこのIS学園内の各所に偽物の爆弾を設置しました。その数は全部で十個。爆弾が爆発するまでの制限時間は二時間となっています。あなたたちはその制限時間内に全ての爆弾を処理すること、それが今回の演習内容です。四人で十個の爆弾を探し出し、処理するには個人だけの活躍では困難でしょう。うまく連携して爆弾処理に当たってください。万が一爆弾の処理に間に合わなかったとしても、爆弾の中身はただの紙吹雪ですので危険なことはありませんが、本物の爆弾を処理するものとして任務に臨みなさい。でなければ面倒な掃除が増えるだけですからね。以上、何か質問はありますか?」
四人全員が挙手するが、そこは空気を読んだのか一人ずつが質問を始める。
「はい。爆弾処理の方法については何か条件はありますか?」
「当然のことだけれど、生徒や教師たちの近くで爆破処理はしないことが条件です。他の一般人に迷惑が掛からない方法であればどんな手段をとっても構いません」
「はい。爆弾の起爆条件は制限時間以外にありますか?」
「今回の演習では制限時間以外に起爆条件はありません。全て時限式の爆弾という設定です」
「はーい!爆弾を見つけるためのヒントみたいなものは無いんですか?」
「爆弾からはほんのわずかにC4センサーに反応するように細工してあります。なのでハイパーセンサーに組み込まれているC4センサーを利用し、いろんな所を探し回ることです。それと、もちろん爆弾は爆発させるのに効果的な場所に設置されているといるので、その辺りをうまく推測して探しに行きなさい」
「はい。学生寮内とかはどうなんですか?流石に生徒達の部屋までは探しきれませんよね?」
「学生寮内部と職員室内部には爆弾は無いということだけ宣言しておきます。質問の通り、探しに行くと生徒や先生方に迷惑がかかってしまいますからね。……さて、質問はこの辺りで十分でしょう。今から爆弾のタイマーを作動させます。二時間以内に爆弾を全て処理してきなさい」
そういうと試験官がスイッチを押した。どうやら試験の始まりらしい。
「みんな、先ほど試験官も言っていたがこの広いIS学園全体を見回るのは難しい。まずは爆破が効果的なポイントを挙げるとしようではないか」
真っ先にまともな意見を言い出したのはラウラだ。
流石軍人だけあって頭の回転が早いようだ。
「爆破が効果的なポイント、ですか……やはり人がたくさん集まる場所でしょうか」
「このIS学園で人がたくさん集まる場所というと……やっぱりアリーナかな?」
「食堂や学生寮もそうだと思いますよ。あと学生寮内には爆弾は無いって言ってましたけど、外側の柱とか外壁は爆弾が設置されてるかもしれません!」
「まあ真っ先に挙げられるのはその辺りか。だがアリーナといってもこのIS学園には六ヶ所もあるんだ。調べるには時間がかかるだろう。まずは我々四人総がかりでこのアリーナ全てと隣接されている整備室を見ていくとしよう」
「「「了解!」」」
全員がそれぞれISを展開して飛び立っていく。
しかしみんな見事な読みだね、確かにアリーナにはおそらく三つ、そして整備室には二つの爆弾が設置されているはずだ。
実際のところ、俺はほぼ全ての場所の爆弾の位置を把握していると言っても過言ではない。
なぜかというとずっと前からこの試験官の挙動を監視していたからである。
外来者通用口の部分にある監視カメラをシオンに監視させ、怪しいと思った人物がまさにこの試験官だったのである。
あとはIS学園内各地にある監視カメラをハッキングしてこの試験官が歩いていく方向を見ていれば、どこに爆弾を仕掛けたか丸わかり、というわけである。
(――しかし、この試験官はどうも白のようだな)
(ええ、この試験官は欧州連合の職員として数年前から登録されており、今まで重大な違反等もした記録がありませんし、すこぶる真面目な人物のようですね)
(まあこの人自体は問題ないだろう。前からずっとIS学園に俺が気になっているのは爆弾の設置場所のほうだ。事前にこの人の動きは監視カメラで常にマークしていたから偽爆弾をどこにしかけたのかはわかっているんだが……)
悲しいことに、つい先ほどシオンが宇宙船のC4センサーを使用してIS学園全体をサーチした結果、11か所に反応があった。
誰かがこの試験に紛れて余計なものを1つ持ち込んだ、というのが妥当な所だろうか。
俺はゆっくりとアリーナの観客席から起き上がると、こっそりとアリーナを後にするのだった。
◇
(先の試験官が立ち寄っておらず、C4センサーに反応があるのはここですね)
(ああ。……発電施設を狙うとは、また仕掛けたのは狡猾なやつなんだろうな。それもこのC4センサーの反応の大きさったら、絶対偽物の爆弾じゃないぜ。本物のC4爆弾だ)
(偽物を仕掛けている間に本物の爆弾を仕掛けた人物がいるということですか)
(ご明察。……俺が爆弾を仕掛けた犯人だとすれば仕掛ける場所は――)
ここだよな、と言おうとした瞬間だった。
目の前の柱には緑色のランプが点滅する金属製の四角くて黒い箱。
どう見てもC4爆弾だな、誰だよ偽物に交ぜて本物仕掛けたやつ!
(さーて、処理方法は簡単だ。幸いにもこの場には誰もいねえから座標操作で爆弾を宇宙まで転送しちまえばいい。だが問題はそこじゃない。
俺は目の前にあるC4爆弾にそっと触れると、その姿は跡形も無く消え去った。
おそらく宇宙のどこかで爆発でもしてるんだろう。
そんな中、俺は突如背後に何者かの気配を感知した。
「――ッ!」
とっさに展開したオブシディアンの矛先では黒いISが銃口をこちらに突きつけていた。