インフィニット・ストラトス -Supernova- 作:朝市 央
「……ふぅ、見事だったわ。最初に接触したときに倒しきれなかったのが私の敗因かしらね。遠距離戦ではどうあがいても私に勝機は無かったものね」
「確かに、あの突進力は恐ろしいものがありましたね。長柄のハルバードを自身の体の一部のように扱うっていうのはかなりの迫力でしたよ。まあだから距離を取って戦うことにしたんですけどね」
「自分の得意な間合いに持ち込むこと、相手の苦手な間合いに入ること。両方ともうまくこなしていたあなたに私が勝てる道理は無いわ。やっぱり私よりもあなたのほうが2位の座には相応しいようね」
「ISパイロットランキング、ですか。正直あんまり興味は無いんですがね……」
「あら、得られるものは得ておいてもいいんじゃない?少なくとも私に勝ったのだから、あなたには私よりも上の座にいてほしいのだけれど」
「もらって得するものならいいんですがね。もらってもあるのは名誉だけで別段なんとも得が無いんですよ」
「名誉だけでも悪くは無いとは思いますが……。ところで千道さん、よろしければ私とも一戦交えてもらえませんか?といっても、ISパイロットランキングに入るほどの実力ではありませんが」
「おお、クラリッサさんとですか。いいですね、是非一戦やりましょう」
「ありがとうございます。ではこれからそちらに――!」
そう言いかけたところでクラリッサはモニタールームから動くのを止めた。
何やらモニタールームで連絡音が鳴り響いている。
その音を聞いてリーズさんの表情が曇る。
「……紫電君、悪いんだけどクラリッサとの勝負はまた今度になりそうね。今の音は緊急連絡の合図なの。それもかなり悪い状況の時に流れるやつ、ね」
「……」
俺はなんとなくその内容を察していた。
というよりはもう始まったか、というのが心情だった。
おそらくドイツ以外にも連絡が届いたのだろう、アメリカが襲撃されていることが――
(篠ノ之博士、俺がドイツに行っている間に襲撃したのか。ひょっとしてそれも計画の内なのか?少なくとも俺がIS学園に居なければ勝手な行動はとらないだろうと、そういうことなのか?)
広いアリーナの中、俺はフォーティチュードの展開を解除して佇む。
するとクラリッサさんが暗い表情のままこちらへ向けて歩いてきた。
「ヴェルナー大佐……それと千道君にも聞いてほしい。とても重大なニュースです。アメリカのフロリダ周辺にて謎のIS機の集団に襲撃されているようです。それもどうやら大量の無人機のようで、今アメリカのIS部隊が必死に迎撃しているそうです」
「何ですって!?」
「……!」
リーズさんが大声を上げるのも無理はない。
予め襲撃のことを知らされていた俺ですら実際の報告を聞いて驚いたほどだ。
――しかし襲撃が早すぎる、予め長い期間をかけて準備していたのだろうか。
「……それで、ドイツ軍はどうするんですか?」
「……今のところはまだ何とも言えないですね。現状のところアメリカからの救援要請は来ているが、上層部の判断待ち、といったところです」
「じゃあ俺は早々にIS学園に帰ったほうが良さそうですね。ここにいても邪魔になるだけでしょうし」
「確かに、今は千道君を日本へと帰してやりたいところなんですが……残念なことに空港も現在は運航停止状態です。しばらくはホテルに滞在してもらうことになると思います」
「あぁ、そのことならご心配なく。飛行機が無くても、IS学園に帰る手段は用意してありますから」
「……何?どういうことだ?まさかISで飛んで帰るつもりか?」
リーズさんがまさかそんなことはしないだろうな、というような表情を見せる。
「俺の単一仕様能力の一つに座標操作という能力があるんです。転送先の座標さえ把握していれば、人や物をそこに転送できるっていう能力ですよ」
「何!?君の機体は重力操作が単一仕様能力のはず。まさか二つも単一仕様能力が使えるのか!?」
「あー、座標操作は別のコアの能力ですよ。新星重工はISコアを三つ持ってるんで」
「それだとしても一人で二つもの単一仕様能力を持っているなんて、随分とまた凄いんだな。おまけに重力操作に座標操作とは、能力も桁違いだ」
「その分エネルギー消費量もすごいですけどね。世の中うまく回らないもんです。それじゃ、俺はこのまま失礼させていただきますよ。試合、どうもありがとうございました」
そう言うと俺は座標操作を発動させ、一瞬のうちにIS学園の自室へと戻っていった。
「……アメリカがどうこうよりも紫電君のほうが重要度高いんじゃないかしら、クラリッサ」
「……そうかもしれませんね」
「だから以前から紫電君との国際交流の機会を増やすべきだって言ってたじゃない!なんでこういうときくらい上層部は私の言うこと聞いてくれないのよ!」
「今回、対外試合を即日申し込みしたじゃないですか。おそらくそれが精一杯だったんじゃないですか?IS学園は千道君については鉄壁のようにガードしていますからねえ」
「むうー……。あれだけの実力があるならきっとIS学園でももてるでしょうね。もう少し私が若かったらIS学園に行って紫電君を誘惑できたのに……」
「大佐、無理言わないでくださいよ……」
結局この後、ドイツ以外のヨーロッパ各国もアメリカに向けてIS部隊の応援を送ることとなり、フロリダはIS戦闘による激戦区となった。
◇
座標操作によってIS学園の自室へと戻った俺は織斑先生の下へ状況確認に向かっていた。
(ところでシオン、ドイツで発現した例の単一仕様能力『超感覚』ってもっと前から発動していなかったか?度々射撃攻撃を受けた際、弾丸がゆっくりに見えていたんだが)
(おそらく、それは超感覚が発現する予兆だったんでしょう。それに紫電の反応速度は先天的に優れていましたから)
(そんなもんか?だが任意のタイミングで発動させられるようなもんでもないからちょっと使い辛いな……っと、職員室通り過ぎるところだった)
「織斑先生、たった今ドイツから戻りました」
「……!?千道、お前いつ……いや、いい。聞くだけ野暮だったな。今更お前が何をしようとも驚かん」
「説明する手間が省けて助かります。ところでIS学園内の状況はどうなっていますか?」
「つい先ほど国際IS委員会から連絡があった。アメリカで起こっている無人機との戦いのため、ヨーロッパ各国からアメリカに向けて援軍が出立したとのことだ。それで自国の防衛が手薄になったため、緊急でヨーロッパが出身の生徒達は一度国に帰ることになった。それ以外の生徒達は学園内で待機だ。……IS学園からも対テロリストのためお前の力を借りたいと打診があったが、流石に生徒を本物の戦地に送ることはできないと通達しておいた」
「……そうですか、ありがとうございます。俺だって好きでテロリストを退治しているわけではないんで、助かりましたよ」
「礼には及ばん。……お前もドイツから帰ってきたばかりなのだろう、ゆっくり休め」
「はい、そうします。失礼しました」
そう言うと俺は職員室を後にし、寮へと戻ってきた。
寮内の談話室ではいつもより多くの生徒達が集まっている。
やはり皆一人では不安なのだろう、その表情もどことなく暗いものが多かった。
「お、紫電!もう帰って来たのか!」
「ああ、一夏たちも集まっていたのか」
「……セシリアやラウラたちはみんな自国へと一時的に帰されることになったそうだ。そのせいか寮内も少し寂しく感じるな」
「……あたしもこれから中国に一旦帰らなきゃいけなくなったみたい。さっき管理官から連絡があったわ」
「え、鈴も帰っちゃうのか?中国は関係ないと思ってたのに……」
「うちの国も襲撃されるんじゃないかって過敏になってんのよ、多分。でもすぐ戻ってくるから、安心してよ、一夏!」
「……そうか。それじゃこの寮に残る専用機持ちは俺と紫電と箒と簪だけになっちゃうのか。あとは幸いなことに楯無さんがアメリカに行かなくて済んだことくらいか?流石にIS学園の防備が薄くなるからって楯無さんの招集は見送られたってさっき言ってたぞ」
「うん、お姉ちゃんは……IS学園に残るって」
心なしか簪の表情は嬉しそうである。
……無理もないか、危うく姉が戦場に連れて行かされそうになったんだからな。
(しかし篠ノ之博士……アメリカを襲撃すると言っても相手は強大だ。アメリカにはISパイロットランキング5位のイーリス・コーリングに8位のナターシャ・ファイルスだっているんだぜ?無人機だけでアメリカを制圧するつもりなのか……?)
俺は自室に戻ると、刻一刻と変わる戦況を頭の中に浮かべながらベッドの上に寝転がった。
◇
――フロリダ州ケープカナベラル空軍基地。
そこは未曾有の大惨事となっていた。
空に突如大挙として押し寄せた謎のIS集団の襲撃により基地機能が麻痺し、各所で火災が発生するなどの被害を出していた。
ケープカナベラル空軍基地に滞在していたIS部隊も当然のように迎撃に出ていったが、千道紫電との戦闘を経てさらに強化された無人機、通称『ゴーレムⅣ』はあっさりとそれを撃退。
幸い死者こそ出なかったものの、アメリカは緒戦で敗北を喫してしまう。
その後、アメリカ内の各空軍基地から主力部隊が集結し、ケープカナベラル空軍基地近くに集結していた。
その中にはアメリカ製第3世代型IS『ファング・クエイク』を操るアメリカ国家代表、イーリス・コーリングの姿と、緊急時として凍結を解除された『
「ここに集められた諸君。いいか、ここはアメリカだ、私たちの国だ!私たちの力で敵を撃退しないでどうする!政府はヨーロッパの国に援軍を出したと言っているが、私たちの力で私たちの国が守れなくてどうする!テロリスト連中に我々の力を見せつけてやるぞ!」
「「「おおーっ!」」」
自国の防衛戦ということもあり、ISパイロット達の士気は高い。
おまけにシルバリオ・ゴスペルまで凍結解除されたのだ、その中でも特にナターシャ・ファイルスの意気は強かった。
「ナタル、この襲撃を仕掛けてきたテロリストと私の愛機を暴走させた人物……なんとなくだけど同じ人物のような気がするわ」
「……こんな大規模な攻勢しかけられるのも、極秘機体だったシルバリオ・ゴスペルを暴走させることができるのも同じ人物、か」
「……ええ、おそらく篠ノ之博士でしょうね。それ以外にこんなことができそうな人物は考えられないわ」
「イーリ、お前の気持ちはわからなくもない。だけど今は目の前の戦いに集中しろ。余計な雑念は邪魔なだけだ」
「ええ、わかってるわ。ただ久しぶりにこの子を操縦できると思うとつい熱くなっちゃって、ね」
そう言ってナターシャは自身に纏ったシルバリオ・ゴスペルを撫でる。
純粋に空を飛びたがっていたこの子を暴走させたテロリストは許せない――
ナターシャ・ファイルスの中には静かに炎が燃え上がっていた。