インフィニット・ストラトス -Supernova- 作:朝市 央
一夏が日本を発って数刻、俺たちは再び会議室へと集まっていた。
「織斑先生、上海に到着しました。鈴の居場所は俺の位置から見てどの辺ですか?」
「北西へ向かっておよそ20キロといったところか。まずは空港を出ろ。更識の協力者が空港の外で車を用意してくれているから、まずはそれに乗れ」
「わかりました」
流石楯無先輩、更識家の威光は上海だろうと関係なしって感じか。
こういうとき暗部の人っていうのは役に立つんだな。
「箒、紅椿の準備は大丈夫か?状況によっては転移後、即戦闘というケースも十分あり得るぞ」
「問題ない。いつでも戦いの準備はできている」
「……そうか。それならいい」
今回ばかりは流石の俺も少々緊張している。
今まで何度かこうした秘密の作戦を決行してきた俺だが、自分以外の人命が関わる作戦というのはどうしても神経過敏になってしまうのだ。
そしてこうしてただ待っている間にも一夏は鈴の下へと近づいている。
勝負の時は一瞬、最優先すべきは鈴の安全だ。
俺は改めて気を引き締めると、一夏からの連絡を待つのだった。
◇
「もしもし、こちら一夏。そろそろ目標地点の付近に到着したと思うんだけど……どう?」
「ええ、一夏君から見て北側に50メートルほど進んだところに鈴ちゃんの反応があるわ。周囲はどうなってるかしら?」
「目の前に滅茶苦茶でかい倉庫がありますね。おそらくこの中でしょうか」
「……ええ、おそらくその中でしょうね。千道君、箒ちゃんを連れて一夏君の下へ転移できるかしら?できたら二人には倉庫の裏側から回り込んでほしいの」
「了解です。座標はバッチリ、箒、行くぞ!」
「ああ!」
俺と箒の周りが一瞬小さく光ると、次の瞬間には俺と箒は一夏のすぐ隣に転移していた。
「うおっ!……ってなんだ、紫電と箒か。びっくりしたぜ!」
「一夏!……ということはここはもう上海というわけか。凄まじい単一仕様能力だな、紫電」
「まあ単純な能力の割に強力なんだよな、これ。エネルギー消費もものすごいのが欠点だが。っと一夏、俺と箒は倉庫の裏側に回り込むからお前は正面から鈴の救出に向かってくれ」
「ああ、わかった。何かあったら援護頼むぜ」
「うむ、任せておけ」
「よし、行くぞ箒。一夏は今から10分経ったら倉庫の中に入ってくれ」
「了解!」
俺と箒は倉庫の裏側に回るべく、慎重に倉庫の外周を歩いて行った。
「……外には誰もいないな。それに窓からこちらを覗く人影も今のところ見えない。こうまで静かだと誘拐としては逆に不気味だな」
「窓まで見てたのか?……紫電、お前本当はスパイか何かなんじゃないのか?」
「ただのIS発明家兼農家兼料理人だ。断じてスパイなんかじゃねーよ」
「……私としてはもうその中にスパイを含めても良いと思うぞ」
「……よし、ドアは鍵がかかってねぇな。中に入るぞ」
倉庫のドアを開けて中に入ると、中は粗雑に置かれた箱やらドラム缶やらで埋め尽くされているせいで視界が非常に悪い。
だが逆に言えばそれだけこちらの体を隠しやすいともいえる。
「む、一夏と……鈴!」
「ようやく誘拐犯とご対面か……だがこっちからだと状況がよくわからんな。もうちょっと近づくぞ」
「わかった」
俺と箒は極力音が出ないよう、静かに移動を続ける。
ただ残念なことに、ISコアの反応を探ると覆面を付けた誘拐犯たちの中にIS持ちが二人も交じっているらしい。
随分贅沢な誘拐犯だな、もっとも俺には誘拐犯が誰かなんてことはある程度目星はついているんだが。
「……ここならハイパーセンサーで一夏たちの会話も聞こえるぞ」
「都合よく鈴の姿も見えるな。この距離なら俺の座標転移を使って鈴をIS学園の俺の部屋に転移させることもできるだろう。タイミングを見計らって鈴を救出するぞ」
「ああ、任せた。ひとまずは一夏と誘拐犯の会話を聞こう」
ドラム缶の陰から俺と箒は誘拐犯たちと一夏の状況をひっそりと覗き見るのだった。
「遅かったじゃないか、織斑一夏。こいつを助けには来ないのかと思ったぞ」
「てめえ……!約束通り来たんだ、鈴を放せ!」
「まあそう慌てるな。元々こいつに用は無い。用があるのはお前だ、織斑一夏」
「何だと!」
「まずは貴様の白式をこちらへ渡せ。妙な真似はするなよ?」
「くっ……!」
頃合いか、流石に白式を誘拐犯たちに渡すわけにはいかん。
鈴の座標をIS学園の俺の部屋に転移させる――!
「「「……!?」」」
覆面のせいで誘拐犯たちの表情は読めないが、きっと驚愕の表情を浮かべているだろう。
なんせ自分たちの交渉カードの切り札である人質が目の前から消え去ってしまったのだから。
それと比べて一夏はしてやったり、というような表情を見せている。
「白式をやるわけにはいかねえ!鈴だって返してもらったぜ!」
「くっ、何が起きた……!?仕方ない、無理やりお前の身柄を拘束させてもらう」
「そう簡単に拘束されてたまるか!来い、白式!」
一夏が白式・雪羅を展開すると、誘拐犯たちの中の二人もISを展開する。
その内の一機は今までに何度か見たことのある例の黒いISだ。
あの機体、俺が分析したところでは
それはあの黒いISは中国製の機体だということを示している。
つまり――この誘拐事件の主犯は中国という国自体が絡んでいる可能性が高いということだった。
「まずいな、箒、紅椿を展開して一夏の援護に――」
「一夏っ!」
「……ってもう行っちまったか。本当に一夏のことになると一直線だな」
俺は念のため様子見を継続している。
誘拐犯が持つISは二機、箒の援軍で二対二になったわけだからピンチになったら俺が助けに入る、これがベストなところだろう。
(しかし、黒いISの傍らの白いIS……『白式・雪羅』じゃねーか!どうなってやがる!?)
そのフォルムは織斑一夏の操る専用機、白式・雪羅そのものだった。
おまけにその白式・雪羅のパイロットの顔は――
◇
「千冬姉……!?そんな、馬鹿な……!」
「一夏、しっかりしろ!織斑先生はIS学園にいるはずだ!」
「ふふふ、なんだ一夏。千冬からは何も聞かされていなかったのか。私は
「「!?」」
(一夏の母親……。やはり生きていたか……!)
篠ノ之博士は気付いていたようだったが、俺は内密に織斑の家系について調べていたのだった。
調べようと思った元々の理由は織斑先生のあの常人離れした戦闘能力の高さのルーツを知るためだったが、答えは予想外のところにたどり着いてしまったのだ。
両親が優れたアスリートなどであったらあの身体能力にも多少納得はできたのだが、織斑千冬の両親はなんと遺伝子研究学者だったのだ。
嫌な予感がしたのでその両親の死亡原因まで調べてみたものの、死亡原因は自動車事故。
おまけに遺体が見つかったのは父親の方だけというなんとも奇妙なものだった。
「そんな馬鹿な!俺の両親は事故で死んだって――」
「千冬から聞いたのか?まあ千冬のことだからそう言うだろうとは思っていた。だが私がお前の母親であることは事実だ。この顔を見ればわかるだろう?」
「――っ!」
確かにその顔は織斑先生と瓜二つ、双子と言われても納得できそうなほど似通っていた。
(だがいくらなんでも若すぎる……。織斑先生の母親だとすれば四十代以上のはずなんだが……)
その顔はどうみても織斑先生に違わぬ若々しさ、二十代のものだった。
いくら若いと言っても二十代と四十代では明確な差が出るのは当然のはずだ。
「母親にしては若すぎる、と思ったか?それは私の遺伝子操作技術によるものだ。もっとも後発的に行ったものだからお前たちに施したものほど優れてはいないが」
「遺伝子操作……だと?」
「そうだ。私が遺伝子学の研究者だということも千冬からは聞いていないようだな。せっかくお前と千冬は私の遺伝子操作技術を駆使した強化人間にしてやったというのに」
「一夏と織斑先生が強化人間……だと?」
「正確に言えば、強化人間として成功したのは千冬の方だけだったがな。だが状況が変わった。私の行った遺伝子強化によっておそらくお前はISを動かせるようになったのだ」
「それが俺がISを動かせる理由……なのか!?」
「ああ、それは間違いない。そのためお前には私の研究に協力してもらおうと思ってな」
「それで鈴を誘拐して俺をおびき寄せたってことか!」
「そうだ。お前が私の研究に協力してくれれば、男だろうとISを操縦できるようになるのだ。これほど素晴らしいことはないだろう?だから一夏、お前には積極的に協力してほしい」
「騙されるな一夏!最初から世のためになるような研究であればこんな風に鈴を誘拐してお前をおびき出すような行為はしないはずだ!」
「箒……。そんなこと言われなくたってわかってるぜ。でなきゃこうしてISを展開して向き合っているのはおかしいだろ!」
一夏が雪片弐型をもう一機の白式・雪羅に向ける。
それを見て隣に並び立つ黒いISもブレードを抜くが、それには箒が反応していた。
「貴様、イギリスでもこちらの妨害行為していた奴だな!名乗らずに斬りかかってくるとは、恥と知れ!」
「……ふん」
黒いISと紅椿は両者負けず劣らずの高速機動による戦闘を展開しながら、窓ガラスを破壊して倉庫の外へと飛び出していった。
これはまず間違いない、あの機体は中国が現在開発中と言われている甲龍の姉妹機『黒龍』だろう。
甲龍と比べて機体の重量を軽くすることで、機動力を向上させたということか。
その結果が俺のフォーティチュードや箒の紅椿と渡り合えるだけのスピードをもたらしたというわけだな。
「一夏、お前が自ら協力してくれないというのであればやむを得ない。無理やり研究に協力してもらうとしよう。だが篝火博士が完璧にコピーしたこの白式・雪羅と織斑千冬を生み出したこの私に勝てると思っているのか?」
「っ!」
白式・雪羅の雪片弐型が一夏に向かって振り下ろされるが、一夏は間一髪で回避する。
(これは一夏一人だとまずいか?俺も援軍にでるべきか――)
今まさにフォーティチュード・セカンドを展開しようとした矢先、プライベート・チャネルに連絡が入る。
それは楯無先輩からだった。
「紫電君、今すぐIS学園に戻ってこれるかしら!?IS学園に多数の侵入者が現れたわ!その中にはIS反応が三つもあるの!」
「……今はちょっと無理そうです。俺の部屋に鈴を転送したんで、鈴を助っ人として使ってください!」
「そっちも大変ってことかしら、わかったわ。でもできたら早く戻って来てくれるとおねーさん、嬉しいな!」
「……善処します」
俺はプライベート・チャネルを切り、フォーティチュード・セカンドを展開する。
(待ってろ一夏、今援軍に行くぞ!)
俺はぶつかり合う白式・雪羅同士に向けて急接近するのだった。