インフィニット・ストラトス -Supernova- 作:朝市 央
生徒会室にて更識楯無は焦っていた。
一夏、紫電、箒の三人が上海に向かってすぐ、IS学園周辺にて怪しい人影を見かけたと更識の者から連絡があったからだ。
度重なるIS学園への襲撃のことを考慮し、IS学園周囲の警戒レベルを高めたはいいが実際のところ再び襲撃を受けるとは、本当に厄介なことである。
おまけに詳しく索敵してみると、さらに厄介なことにISの反応まであったのだ。
おそらく国家ぐるみの仕業だろうと楯無は推測していた。
(侵入者の数はざっと十人、さらにそれとは別にIS持ちが三人も!状況は夏休みの時よりも深刻ねぇ……)
現状、IS学園には山田先生、妹である簪と自分自身しか専用機持ちしかいない。
もちろん織斑先生もいるがそれは最後の切り札であり、迂闊に切れるカードではない。
(……仕方がないわ、あんまり期待はできないけど紫電君に連絡してみましょうか。誘拐事件が早めに片付いていたら、運が良ければ誰か戻って来てくれるかしら――)
流石に専用機持ちが三人しかいない状況で、正体不明のIS三機に加えて多数の侵入者を相手にするのは厳しすぎる。
「紫電君、今すぐIS学園に戻ってこれるかしら!?IS学園に多数の侵入者が現れたわ!その中にはIS反応が三つもあるの!」
「……今はちょっと無理そうです。俺の部屋に鈴を転送したんで、鈴を助っ人として使ってください!」
楯無にとってまず聞きたかったことが聞けて一安心だった。
(良かった、鈴ちゃんは無事!それにIS学園の紫電君の部屋に転移までしてくれるなんて、流石は紫電君ね!)
「そっちも大変ってことかしら、わかったわ。でもできたら早く戻って来てくれるとおねーさん、嬉しいな!」
「……善処します」
その一言を最後にプライベート・チャネルが切断される。
今度は急いで1年生寮にいるはずの本音に電話をかける。
「本音ちゃん、今寮にいる?」
「は~い、います~」
「今すぐ紫電君の部屋に行ってちょうだい。中に鈴ちゃんがいるはずだから、そのまま生徒会室まで連れてきて!可能な限り早くね!」
「りょうかい~!」
(なんとかこれで専用機持ちは四人。正体不明のISと三対三で戦ったとして、一人が残りの侵入者を殲滅できる!)
電話を切ると、すぐそばには織斑先生が立っていた。
「更識。ここに向かってきている侵入者だが、一人援軍が来てくれることになった」
「援軍、ですか?IS学園外から?」
「ああ、ずっとIS学園の警備の問題について散々改善を要求していてな。それがようやく認められて
「専用機持ち……ですか?」
「まあ戦力としては頼れるだろう」
「そうですか、ようやくIS学園の警備が厳重になるんですね……!」
「そうだ。ようやく、な」
IS学園の警備関係者である二人としては、長年の課題だったIS学園の警備レベル向上ができて一安心、というところだった。
「かいちょー、りんりん連れてきたよー」
「会長、それに織斑先生……あの、いったい何があったんですか?あたし中国に帰る途中で捕まっちゃって……IS使って逃げようとしたんですけど、なんでかISが展開できなくなってて……」
「ちょっとISコアを見せてちょうだい。……あらら、ISコアスリーパーを喰らっちゃったのね」
「ISコアスリーパー?」
「ISコアを一時的に休眠状態にしてエネルギーの回復速度を向上させるメンテナンス道具よ。これのせいでISコアが休眠状態になっちゃってるのね……。今休眠状態を解除したから、これでISを起動できるわ」
「あ、ありがとうございます……」
「それで早速で悪いんだけど、鈴ちゃんにはIS学園の防衛に協力してほしいの」
「え、どういうことですか?」
「今このIS学園に謎のISが三機と侵入者が数名向かってきているの。だから山田先生と簪ちゃんと一緒にそのISの迎撃に向かってほしいの」
「……もしかしてその侵入者って、あたしの誘拐と何か関係あるんですか?」
「おそらくあるでしょうね。鈴ちゃん救出のために一夏君、紫電君、箒ちゃんは上海に行っちゃってるし、ヨーロッパから来ている子たちも不在。IS学園の戦力が減った今はまさに狙い時って感じだからね」
「……わかりました。あたしも出撃します!」
「ありがとう。山田先生と簪ちゃんはもう迎撃に向かっているわ。二人の位置情報を追って合流してちょうだい」
「わかりました!」
そう言うと鈴は生徒会室を飛び出していった。
「さて、織斑先生。私は侵入者のほうを撃退します。残りの指揮をお願いしますね」
「ああ、何かあれば私も動く。……油断するなよ」
「同じ轍は二度踏みませんって」
そう言って私は生徒会室を後にするのだった。
◇
IS学園近海――
あたしは山田先生と簪の後を追ってIS学園の外へと飛び出していった。
誘拐されたことにも腹が立ったが、それ以上にIS学園襲撃の原因となったことがさらに許せなかった。
「山田先生!簪!助けに来たよ!」
「凰さん!無事だったんですね!」
「救出作戦、うまくいったんだね」
「うん、誰だかわかんないけど、この借りは百倍にして返してあげるんだから!……って嘘、あれって黒龍!?」
ハイパーセンサーでこちらに近づいてきている黒いISを見ると、それは自国で開発中とされている甲龍の姉妹機『黒龍』にそっくりだった。
「鈴、おそらく侵入者は中国からの者の可能性が高い……」
「……はあ、我が国ながら嫌になるわ。なんでIS学園を攻撃するような真似するかなぁ……!」
「凰さん、辛いかもしれませんがIS学園を守るためです。あなたの力を貸してください!」
「わかりました!あたしにとっては国よりもIS学園の方が大事なんで!」
早速黒龍めがけて龍咆を放つと、見えない衝撃波によって三機の内の一機が吹き飛ぶ。
「凰鈴音、貴様、何故ここにいる……!」
「なんのことだか全然わからないわね!あたしはIS学園の生徒、IS学園を守るのは当然でしょ!」
「……くっ!」
今度は黒龍がライフルで反撃してくるが、目の前に現れた盾によってそれは防がれていた。
「凰さん、相手は三人。こっちも三人です。うまく連携して戦いましょう!」
「山田先生……了解です!黒龍はあたしの甲龍とは違って速度を重視した機体なんで、見失わないように気を付けてください!」
「了解、これでも喰らえっ……!」
簪の打鉄弐式から大量のミサイルが発射される。
広範囲を制圧できる高性能誘導八連装ミサイル『山嵐』の制圧力は、いかに速度を重視した機体であろうと全弾回避は困難を極める。
予想した通り、三機の黒龍は執拗に追尾して来るミサイルの回避に苦労しているようだった。
「はあっ!」
そしてその隙をついて山田先生がアサルトライフルで狙撃していく。
流石に元代表候補生だけあってその戦闘能力は実戦でも十分に発揮されているようだった。
「あたしも負けてられないわ!」
ミサイルから逃げ惑う黒龍に向かって龍咆を発射する。
「……っ、この裏切り者が……!」
「誰が裏切り者よ!誘拐犯の仲間になった覚えはないわ!」
黒龍が青竜刀にも似た形状のブレードを振りかざしてこちらに向かってくる。
(あたしがあれだけ双天牙月が使い辛いって形状変更をお願いしたっていうのに、その意見が反映されるのは姉妹機の方だけってどういうことよ!ほんっと、頭に来た!)
双天牙月を両手持ちモードに変えて黒龍の青竜刀と打ち合う。
「てえいっ!」
「……っ!」
流石に機体のパワーはこちらのほうが上のようだ、鍔迫り合いでは全然負ける気がしない。
そのかわり機動力では圧倒的に黒龍の方が上のようだ。
相手は力比べはお望みではないらしく、あっさりと鍔迫り合いの状態から後方へと離脱されてしまった。
「もう、ちょろちょろと猪口才わね!」
正直、機動力を重視した機体は自分が一番苦手とするタイプだった。
その筆頭はもちろん紫電である。
斬り合っていたかと思えば距離を取られて狙撃される、こちらに銃口を向けていたと思えば急加速して斬り込まれるなど、戦い方の引き出しが多く、その度にダメージを受けてしまうことが多かった。
「でもこの黒龍は紫電ほど速くは無いし、あの圧倒的な
紫電と戦っている内に覚えた変則的な機動を駆使し、黒龍を追い詰めては双天牙月の一撃を与えていく。
「……きゃあっ!」
「……!」
しかし戦況が優勢なのはこちらだけのようだ。
機体の完成が遅れ、専用機持ちメンバーの中でも戦闘経験が薄い簪には黒龍の相手をするのは厳しいらしい。
なんとか山田先生が簪のことをフォローしてくれているが、山田先生の相手も黒龍だ。
(早くこいつを撃破しないとまずいわね……でもこいつの機動力と技量を考えると、そんなにすぐには倒せそうにない……!)
そんなことを考えていると、突然目の前の黒龍が吹き飛ぶ。
「え、何、今の!?」
続けざまに山田先生と簪が戦っていた黒龍二機が吹き飛ばされる。
黒龍も何が起こったのか把握できていないようだった。
「凰さん、更識さん、どうやら援軍が間に合ったみたいですね!」
「援軍……ってさっきのですか?一体何が起きてるんですか!?」
「今のは狙撃ですね」
「狙撃……でもどこから?」
周囲は海であり、狙撃手が狙撃に使えそうなポジションは見当たらない。
唯一あるとすればIS学園からだが、狙撃するには距離が遠すぎる。
「まさか、援軍って……」
「ええ、現日本代表にして超長距離射撃のプロフェッショナル――
「え!?」
芙蓉巴――
織斑千冬が現役を引退した後抜擢された日本代表のISパイロットである。
IS学園卒業後は自衛隊に所属し、日々災害救助などで活躍している彼女だが、彼女の真価はイリーナ・シェフテルにも匹敵すると言われるその狙撃能力の高さにある。
彼女の専用機『打鉄零式』は超長距離射撃装備「撃鉄」を基本装備とし、命中率の世界記録をうちたてた。
その実力はヴァルキリーと同等のものとして扱われ、ISパイロットランキング4位の座につくこととなったのだった。
◇
IS学園屋上にて、織斑千冬は打鉄零式を展開する芙蓉巴の隣で戦況を見守っていた。
「見事な狙撃だな、芙蓉」
「んー、まあこれくらいの距離ならなんとかなりますねー」
「相手もなかなか素早い機体のようだが、よく当てられるものだ」
「いやあ日本だと中々狙撃の実戦ができる機会なんて早々無いですからねー。IS学園の警備してれば腕が鈍らずに済みそうですよー」
「面目ない話だが、それだけ襲撃を受ける恐れがあるということだ」
「仕事の内容も普段より楽ですし、この仕事受けて良かったなー」
口調こそのんびりとしたものだがその間も淡々とその引き金は引かれており、発射された弾丸は一発すらも外れることなく黒龍に命中していく。
「目標、沈黙しましたー」
「……早いな、本当に見事な腕だ」
「いえいえ、それほどでもー」
「織斑先生、侵入者は全員片付けました。っと、芙蓉さんもお疲れ様です」
「そうか。あとは千道たちが戻ってくれば今回の作戦は完了だ」
この後、紫電たちも無事IS学園に到着し、IS学園の防衛は成功したのだった。