インフィニット・ストラトス -Supernova-   作:朝市 央

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■親子

IS適性試験を終えた俺は親父のいる病院へと連れられていた。

何でも重要人物保護プログラムとやらの説明があるらしい。

 

「初めまして、IS学園で教師をしています、織斑千冬という者です」

「オホン、ご丁寧にどうも、儂は千道源一。この病院の院長でありこの紫電の父だ」

 

長身黒髪の美女、この人がかの初代モンド・グロッソの覇者、ブリュンヒルデこと織斑千冬。

対面してソファに座っている白髪交じりのダンディなおじさんは俺の親父だ。

俺は大人しく親父の隣に座って織斑千冬の話を聞いている状態だが、なんというかすごく居辛い。

 

「単刀直入に言います。紫電君にはISを動かす才能が有るため、IS学園に入学してもらいます。そしてご家族の保護の為、紫電君には家族との縁を切ってもらいます」

 

親父の眉毛がピクリと動く。

あ、これはちょっとまずい、親父が不機嫌な証拠だ。

 

「……なるほど、紫電が世界的に重要な人物であり、家族である我々に被害が及ぶかもしれないから家族の縁を切ると、そういうことですかな?」

「そうなります」

「ふふふ、甘く見られたものだな。この千道源一の家族に被害をもたらすものなど全て摘み取って見せようではないか。少々待たれよ」

 

親父は席を立つとどこかに電話し始めた。

これは自分の立場を利用するつもりだろう。

流石の織斑先生も少し驚いた様子である。

 

「――分かっているね?私と紫電の縁を切るなど言語道断だ。もし縁を切れと言うのであれば今後うちの病院で貴様らを診ることは無いぞ。――何、危険だと?馬鹿たれが、危険が怖くて医者ができると思っているのか。いいのか?貴様の治療ができるのはうちの病院以外にあるとは思えんが?――そうかそうか、話がわかるではないか、最初からそう言えばいいのだ、ではな」

 

電話を切って親父が席に戻ってきた。

話の内容は何となく聞こえていたが、職権乱用だと思った。

 

「いや、待たせて失礼した。織斑先生、重要人物保護プログラムの件ですが、紫電との縁は切らなくて良くなりました」

「……!?」

 

織斑先生は驚き、目を見開いている。

流石のブリュンヒルデにも医者の暗い世界は強烈だったのだろうか。

間もなく携帯電話の音が鳴る。どうやら織斑先生のもののようだ。

 

「すいません、重要な連絡のようなので少し席を外します」

 

足早に織斑先生は部屋を出ていった。

親父、ひょっとしてIS委員会に電話していたのか?

先ほどまでの険しかった親父の表情はすっかり穏やかな顔になっている。

 

「……IS委員会より、今回の重要人物保護プログラムは未適用になったと連絡がありました。紫電君との縁を切る必要はありません」

 

部屋に戻るなり織斑先生は少し疲れた表情をしてそう告げた。

 

「そうですか、そうですか」

 

一方親父は満足気である。

医者ってすごい、そして酷い。

 

「ただ、重要人物保護プログラムは未適用となりましたが紫電君がIS学園に入学することは変わりません。それはよろしいですね?」

「……わかりました、紫電よ、IS学園でも頂点を目指すのだぞ」

「言われなくてもわかってるさ」

 

俺と親父、互いに拳を握ってこつん、と当てる。

千道家における男同士の約束、という儀式である。

 

「IS学園の入学式まで紫電君には護衛の者が付きます。少しの間窮屈な思いをさせてしまうかもしれませんが、それについてはご容赦願います」

「それくらいはやむをえまい」

「それでは私はこれで失礼させていただきます。それと後ほどISに関する参考書を送るので、紫電君は必ずそれに目を通すように」

「はい、IS学園ではよろしくお願いいたします。織斑先生」

 

一礼すると織斑先生は部屋を出ていった。

一時期はどうなるかと思ったがまたしても親父の立場が役に立ったようだ。

 

「紫電よ、お前は何か偉大なことを成し遂げる人間だと思っていたが、まさかISを動かすとは夢にも思わんかったぞ。お前には病院をついでもらいたかったが、ISの操縦者となるのならばやむをえんな……」

「まあ、俺も予想外だったよ。ところで親父、一生のお願いがあるんだけど……」

「む、お前の口から一生のお願いなどというのは初めて聞いたような気がする。よいぞ、何でも言ってみなさい」

「さっき織斑先生も言ってたけど、俺にはISを動かす才能がある。それもIS適性試験ではA判定が出るほどの才能が。だから――」

「自分用のISが欲しい言いたいのだろう、紫電よ」

 

俺はぎょっとして親父の顔を見上げた。

どうやら言いたいことは親父に読まれていたようだ。

 

「お前の考えていることなど儂にはお見通しだ。それに折角息子がIS学園に入れるというのに、ISも後ろ盾も何もないのでは話にならん。儂が全て準備してやろう」

「……流石親父。でも俺が欲しい物、本当にわかってる?」

「そうだな、儂もあまりISに詳しいわけではないからなんとも言えんが、まずISを開発している企業、といったところかな?」

「……お見事。たしかに俺のことをバックアップしてくれるIS開発企業が必要なんだけど、ただISを開発している企業ってだけじゃダメだ。ISコアを国から割り当ててもらっている企業じゃないとダメなんだ」

「ISコア、か。確かそれがないとあのロボットのようなものを動かせないんだったな。ならまずはISコアを保有している企業をリストアップして買収できそうな所を探せばよいのか?」

「あー、そのことについてなんだけど、買えそうな会社にはもう目星をつけてあるんだ」

「……随分用意がいいではないか、何て言う企業だ?」

「新星重工、っていう企業を買収してほしいんだ」

「ピンポイントで企業名を挙げる、ということは何か弱みでも握ったか?」

「まあ、ネタは二つあってね。まず新星重工はISの機体開発ではなくコア解析に資金を注ぎすぎて資金難に陥っている。今年もし赤字決算となれば相当まずいだろうし、買収の話は聞いてくれるはずだ」

「ほう、それが一つ目の弱みか。中々面白い所を突いてくるが、それだけでは買収の理由としてはまだ弱いのではないか?」

「もう一つが重要なほうでね。情報元は言えないけど、新星重工は政府から割り当てられた三つのISコアのうち一つを紛失している」

「……何?」

「だから交渉の際、ISコアの数について何も知らないふりをして聞いてほしい。新星重工はISコアをいくつ保有しているのか、と。きっと新星重工側は二つ保有しているって言ってくるだろうから」

「……なるほど、ISコアの数をごまかして儂に企業を買収させ、後からISコアの数が足りない、となっても知らぬ存ぜぬを通してくるというわけか。しかしそれでは新星重工を買収した後、ISコアの紛失責任が儂にかかってくる可能性があるではないか」

「それについては問題ないよ。新星重工が紛失したISコアは俺が回収してる」

「何っ、どういうことだ!?」

「あんまり詳しいことは言えないんだけど、とにかくそういうこと。……回収したISコアは今も俺が持っているんだ」

「……ふーむ、お前も中々険しい道を歩んできたようだな。まあ、もとよりお前の好きなようにしてやるつもりだったのだ、早速新星重工を買収するとしよう。だが経営方針についてはどうするつもりだ、紫電?」

「あぁ、それについては俺一人でISを開発するから。社員は全員新しい仕事に就けるように手配してあげてほしいんだ」

 

実際はシオンと二人で開発する予定だが、シオンのことは親父にも秘密のままだ。

 

「……ISの開発を一人でか。本当にできるのか、とは聞かんぞ紫電。いつだってお前はどんな困難をも乗り越えてきたからな」

「いきなりこんなお願いして悪い、親父」

「親が子の頼みを聞くのは当然のことだ。それにお前は昔から全然頼みごともせず、一人で物事を解決することが多かったからな。あまり親としてしてあげられることが無くて寂しかったのだよ」

「……親父」

「しかし、今ようやくお前から本心からの願い事を聞き、それを叶えてやることができそうだ。たまには父親らしいことをさせてくれないか、紫電よ」

「親父……本当にごめん」

「こういうときはありがとうというのだ、紫電」

「……ありがとう」

 

俺の目にうっすらと涙が浮かぶ。

小学生を卒業したあたりからは親父は忙しくなり、話す機会も少なくなっていたけど、親父はやっぱり面倒見のいい俺の親父だった。

そして新星重工が俺の親父によって買収されたのは、親父に買収をお願いしてから僅か三日後の話だった。

 

 


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