インフィニット・ストラトス -Supernova- 作:朝市 央
俺たちが上海から帰ってきた直後、俺たちは生徒会室にて織斑先生と楯無先輩から状況報告を受けていた。
「全員、まずはよく戻ってきたと言っておこう。無事誘拐された凰の救出は完了し、IS学園に侵入しようとしたやつらも全て拘束することができた。侵入者たちについても更識家の者たちで取調べしてくれているから後のことは気にしなくていい。みんな、御苦労だった」
「……みんな察していると思うんだけど、今回の誘拐事件と襲撃事件は十中八九、中国が関与していると思われるわ。まさか鈴ちゃんを人質にするっていうのも妙な話だけど、それだけ一夏君や紫電君への関心が高いってことなんでしょうね」
「……自国の代表候補生よりも男性ISパイロットの解析が大事か。まあその気持ちもわからなくはありませんが当人としてはいい気はしませんね」
「俺たちのせいで鈴が誘拐されるなんて……」
流石に一夏も今回の出来事には苛立っているようだ。
「ごめん一夏、紫電。うちの国が迷惑ばっかりかけて……」
「鈴が謝る必要はないぜ。悪いのが誰かは楯無さんがはっきりさせてくれるだろ」
「その通り、鈴も誘拐された被害者だ。気にする必要はない」
おそらく、この後中国にはなんらかの制裁があるだろう。
それが鈴に変な影響を与えなければいいんだがな。
「とりあえず今日のところはお前たちは休め。とても授業ができるような状況ではないからな」
「了解です」
織斑先生から解散の許可が出され、各自自室へと戻っていった。
◇
IS学園で防衛戦が行われていたころ、篠ノ之束は誰もいなくなったケネディ宇宙センターの廊下を歩いていた。
すぐ近くのケープカナベラル空軍基地が交戦地帯となったため、ケネディ宇宙センターに来ていた人たちはみんな遠くへと避難しており、無人となっていたのだった。
「ふーん、流石にヨーロッパ全土からの援軍まで来ると被害も結構馬鹿にできないなぁ。でもまあゴーレムⅤはそう簡単には倒せなかったみたいだねぇ」
束は空間に浮かぶモニターを見ながら宇宙センターの中を歩く。
まるで見知った場所であるかのように迷わず、関係者以外立ち入り禁止と書かれたドアも迷わず開けて地下へと向かって進んでいく。
「ふんふーん、アメリカのセキュリティも束さんにかかれば無いも同然だねぇ。さてさて、お目当てのものはこの先かなー?」
本来ならばどんな侵入者であろうとも寄せ付けないアメリカ最高峰のセキュリティゲートが何もなかったかのように開かれていく。
その先は窓が一つもない、金属の壁で覆われた無機質な部屋だった。
ただその部屋の中央には巨大な石があり、大小さまざまなケーブルが張りつけられていた。
「うーん、ISコアを作るための素材の一つが
そう言いながら束は隕石に取り付けられているケーブルを外していく。
「さてさて、それじゃISコア化を始めますか!」
束は隕石に小型の装置を取りつけると、そこから伸びるケーブルを持参したノートパソコンに接続する。
そして空間に表示しているモニターと合わせて、ノートパソコンのキーボードをピアノでも奏でるかのような華麗な指さばきで叩いていく。
「ふんふんふーんっと、よし。これでこの隕石のISコア化は完了っと!……あの男には先を越されちゃったけど、ちゃんと束さんだって宇宙に出るための準備はしていたんだ。そう、ただ忘れてただけ!これで束さん秘蔵の宇宙船もようやく
誰に聞かせるわけでもなく、束は一人ごちる。
「はろはろーくーちゃん、準備おっけーだよ!」
「了解です、束様」
束がクロエに合図を送ると、頭上からメキメキと音がしはじめる。
やがて天井に小さなヒビが入ると、そこから大きな亀裂へと変わり、大きな穴から巨大なドリルが顔を出した。
「うん上出来、上出来!それじゃISコアを運ぼうか!」
空の見えるようになった天井からゴーレムⅤが四機、ゆっくりと降りてくると隕石の周りを囲うように陣形を組む。
「ほいほい、それじゃ早速運んでちょうだーい!」
巨大な隕石から変貌した巨大なISコアはゴーレムⅤたちの手によってスムーズに穴の開いた天井へと運ばれていく。
そして束も後を追うように、開いた穴の小さな段差に足をかけては地上目掛けて跳び上がる。
常人では到底できない荒業ではあるが、束にとっては造作もないことである。
地上へたどり着いたのもすぐのことだった。
「次は沿岸に浮かべてる私の宇宙船まで運んでエンジンルームに設置と……。あとはゴーレムに任せておけば大丈夫かな!くーちゃん、ドリルはラボに運んでおいてねー!」
「はい、了解です」
ISコアを運ぶゴーレムたちは海の方へと向かって飛んでいく。
束の言うとおり、すぐ近くの海岸には見慣れない潜水艦のような物体が浮かんでいる。
それは昔、まだ束が宇宙への道を忘れていなかったころに作りかけていた宇宙船を完成させ、海中へと隠していたものだった。
ゴーレムたちが海岸の方へと向かってしばらくすると、空間に浮かべたモニターからゴーレムたちが目的地へと到着したことを示すアイコンが表示される。
「ふー、さすがに大型の宇宙船を運用していくには大型のISコアじゃないとエネルギー不足になっちゃうしねぇ。素材の調達も楽じゃないよ」
「見事な手腕ですわね。篠ノ之博士」
「……今更何か用かな?」
束の後ろに立っていたのは流れるような金髪と女性ですら見惚れるような美貌の持ち主、亡国機業のスコールだった。
「上からのご命令でして。再度束博士へ我らが亡国機業にIS提供の依頼をしてこい、と」
「……それは前も言ったよね?めんどくさいからヤダ、って」
「そこをどうにかしてほしいのですが、これだけ頼んでも断るつもりでしょうか?」
「黒騎士を作ってあげただけでも十分すぎるほどだと思うんだけど。あんまりしつこいのは嫌いかな」
「……そうですか、それは残念です。ではこれならどうでしょうか?」
「……!?」
束の近くで浮かんでいるモニターが突如赤い画面に染まる。
おまけに画面にはアラートを知らせる文字が大量に表示されている。
(宇宙船のシステムにエラーが発生した?……違う、システムの乗っ取り……?コントロールが一切効かない……!?)
束がスコールを睨みつけると、スコールは変わらず涼しい顔をしている。
(まさかとは思うけど、亡国機業なんかに宇宙船のシステムを乗っ取られた?……あり得ない、私の準備は完璧だった。情報が漏れた形跡もないし、計画の進め方だって迅速だった。それが何故――!?)
(束博士は明らかに動揺している。どうやら予定通り『オリジン』は束博士の開発していた最新兵器のシステムハッキングに成功したみたいね。どうやったかはわからないけれど、束博士の最新兵器を強奪して弱みまで握るなんて、オリジンの手腕は流石といったところね)
『オリジン』は亡国機業の幹部メンバーの中でも最上位に近いと言われている一人である。
普段は主にアメリカを中心とした諜報行為を行っているが、オリジンの特徴はなんといっても機械技術の知識に長けていることだった。
その知識を活かした諜報行為は組織の活動を円滑にし、組織を現在のように強大にした功績もある。
実際スコールが率いるチーム、モノクローム・アバターの活動もオリジンからの協力を受けて成り立っていると言っても過言ではない。
もちろん、今回の束博士の最新兵器強奪もオリジンの主導による計画であった。
「束博士、何やらお困りの様子ですね?例えば……手塩にかけて作り上げた最新兵器が言うことを聞かない、とかでしょうか」
「……!」
(……私の宇宙船のシステムを乗っ取ったのは亡国機業ということで間違いない、か。まさか完成したばかりの宇宙船を乗っ取られるなんて……!)
束の表情が無表情から怒りの表情へと変わる。
「へえ、まさか亡国機業にそんな優れた技術者がいるとは思わなかったな。私に匹敵する頭脳の持ち主は
「ふふふ、お褒めに預かり光栄ですわ。束博士の最新兵器は我々が有効に使わせてもらいますからご安心くださいね」
「……っ!」
束は嫌な予感を察知して後方へと飛び退く。
するとつい先ほどまで自身が立っていた場所に銃弾が撃ち込まれていた。
「ちッ、相変わらずのバケモンっぷりだぜ」
束を狙っていたのは上空で待機していたオータムだった。
オータムは以前レストランで束博士の勧誘を行った際に生身の束に完敗を喫しており、それ以降ずっと復讐のチャンスをうかがっていた。
「オリジンが作ってくれた機会だ、潔くあの世へ行けっ!」
再び束目がけて銃撃が行われる。
しかし再び束は超人的な身体能力を発揮すると、あっという間に遠ざかっていく。
「……くそっ、一発も当たらねえとは……!」
「落ち着きなさい、オータム。今回はあくまで束博士の最新兵器を奪うのが目的。束博士に逃げられても問題は無いわ」
「……ちっ」
オータムは最後にそう吐き捨てると、束が逃げ去った方向を睨みつけるのだった。
◇
束はオータムの攻撃を全て避けきると、なんとか自身のラボへとたどり着いていた。
ラボには先にゴーレムたちが戻って来ていたが、戦闘が不可能なほどボロボロとなっていた。
おそらくヨーロッパからの援軍を撃退した後、亡国機業の攻撃を受けたのだろう。
ラボに到着すると、休む間もなく宇宙船のシステム奪還を試みるが、どう頑張ってもうまくいかない。
まさかのシステム乗っ取りを許してしまう結果となったのは、自身の頭脳を過信しすぎた傲慢によるものなのだろうか。
今までどんな機械であろうとも意のままに操ってきた束にとって、これ以上の屈辱はなかった。
(……あれは使用用途は宇宙船ではあるけど、航行中の隕石破壊用大型レーザー砲も備えている。大気圏内だって飛行可能だし、使い方次第によっては大量殺戮の兵器にも成りえる……!おまけに出撃できるゴーレムももうない……!)
今までで最悪の事態であるということが脳裏をよぎったが、最早束に打てる手は無かった。
(……なんで!?どうしていつもこうなるの!?私は純粋に宇宙へ行こうとしているだけなのに――!?)
束は失望を通り越し、もはや絶望ともいえるような葛藤に悩んでいた。
思わずいつも使っているパソコンのキーボードを思いっきり叩いて壊してしまうほどに。
「いてっ!なんだよ、もう!」
キーボードを叩いた衝撃で頭上に置いていたものが落ちてきてしまったようだ。
思わず何が落ちてきたのかと手を伸ばして足元に落ちたものを拾い上げると、それは普段まったく鳴ることのない携帯電話だった。
一瞬だけ束はその携帯電話を使うことをためらったが、やむを得ない状態だと悟り、携帯電話を操作していく。
携帯電話の画面に表示された通話先にはちーちゃん、と表示されていた。