インフィニット・ストラトス -Supernova- 作:朝市 央
先手を取ったのは俺の方だった。
オブシディアンを向けることで近接戦闘へ意識を向けさせておいて、不意打ちとしてフィンガーショットを放つ。
ノーモーションで指先から放たれたエメラルド色の弾丸はゴールデン・ドーンの肩部目がけて吸い込まれるようにして直撃していた。
「……っ!不意打ちとは卑怯じゃないかしら」
「油断しているそっちが悪いんだ」
スコールは決して油断していたわけではない。
ゴールデン・ドーンにはプロミネンス・コートと呼ばれる機体周辺に張る薄い熱線のバリアが張られていたのだった。
生半可な攻撃であればこのプロミネンス・コートを破ることすらできず燃え尽きてしまう。
スコールはあえて攻撃を回避しないことで、紫電の攻撃がプロミネンス・コートで防げるかどうか確認していたのだった。
(……ただの弾丸だったら焼き尽くすことができるんだけど、あのエメラルドみたいな弾丸は駄目みたいね。それとおそらくあの黒い刀のようなブレード……あれも駄目そうかしら。……厄介ね)
ゴールデン・ドーンは高機動力を売りにした機体ではない。
防御面はプロミネンス・コートでカバーし、文字通り火力のある武装で相手を圧倒する機体である。
それ故に高機動力で相手を翻弄しながら戦うフォーティチュードの攻撃をどの程度ならば無効化できるのか、という点が非常に重要なポイントだった。
(フォーティチュード・セカンドの武装は事前にチェックしている。その中で最も威力の低い攻撃があのエメラルド弾のはず……。残念だけどプロミネンス・コートはあまり役に立ちそうにないわね)
スコールは戦いが始まってから僅か数秒の内に自らに纏わりつく重苦しい空気を感じ取っていた。
目の前で臨戦態勢をとる男から放たれる強烈な威圧感はとてもISを起動させて一年未満のルーキーのものとは思えない。
流石はIS学園の
スコールはそんなことを考えていた。
「どうした、攻めてこないのか?それならこっちからやらせてもらうぜッ!」
「……!」
どうやらスコールは様子見に徹しているらしく、自分から仕掛けてくるつもりは無いらしい。
それならばこちらから仕掛けて一気に終わらせるのみだ。
俺は一気に加速してゴールデン・ドーンに近づくと、そのままオブシディアンを振り下ろす。
(あら、射撃で攻撃してくるかと思ったけど近接戦で来るなんてね)
ゴールデン・ドーンには近接戦闘時には三本目の腕として使用できる巨大な尻尾がある。
それ故にスコールは距離を取った射撃戦よりも近接格闘のほうが得意だった。
スコールとしては高速機動によって距離を取られ、一方的に射撃攻撃を受けることも想定していたため、近接戦闘を挑んできたことについては幸運と捉えていた。
(それならばこの尻尾で――!)
(……右から尻尾を使った打撃が来る!)
俺はとっさに座標操作を発動させ、ゴールデン・ドーンの背後に転移するとそのままがら空きとなった背中目がけてオブシディアンを振り下ろした。
「ぐっ……!?」
流石に座標操作を使った奇襲はスコールも読み切れなかったようで、俺の渾身の振り下ろしは見事にクリーンヒットしていた。
ついでにさっきまで俺がいた場所目がけてゴールデン・ドーンの尻尾が伸びていく。
俺の読みはどうやら正しかったようだ。
(折角背後を取れたんだ。もう一発ぶち込んでやるッ!)
俺は未だ無防備となっている背中に向けて追撃のレーザーキャノン、ルビーの照準を合わせる。
(……ほんの少し左に移動する気だな)
ルビーを発射する直前、ゴールデン・ドーンが左へと移動するのが見えた。
追撃を回避するための行動と見たが、今の俺にはほんのわずかな動きでさえもよく見えている。
おそらくこれが『超感覚』というものなのだろう。
案の定、ゴールデン・ドーンはほんの少し左に移動してきたが、そこは丁度ルビーの照準を合わせた場所だった。
「……っ!?」
ゴールデン・ドーンの背中にルビーが直撃し、赤い閃光が飛び散る。
向こうもこのルビーが直撃することは予想外だったようだ。
バイザー越しにうっすらと見えるスコールの表情は怒りと驚愕の表情に染まっていた。
(なっ!?何故射撃が当たったの……!?私は確かに回避できていたはず……!)
スコールは慌てて後ろを振り向くも、フォーティチュード・セカンドの姿が目に映ったのはほんの一瞬だけだった。
(また背後を取られた?……違うわね、上!)
一瞬のうちに視界から消え去ったフォーティチュード・セカンドの姿を追うため、スコールも負けじとハイパーセンサーを駆使したところ、今度は一瞬のうちに加速して上空へと離脱しているところが見えた。
(速すぎる……!これが超新星の実力だというの……!?)
流石のスコールもあまりの機動力に内心では焦ったが、こうなることはある程度予測できていた。
そのため一瞬で気持ちを切り替えることに成功し、見失いかけたフォーティチュード・セカンドの姿を視界内にとらえることに成功する。
(……やられてばかりでは駄目ね。攻撃した後の隙をついて反撃を入れるつもりだったけど、相手もそう簡単にはやらせてくれないわね)
相手の攻撃直後の隙をついたカウンター戦術は高速機動戦法を主体とする機体には有効な戦術である。
だがやはりそのことは
スコールはどうにもこちらのしようとしていることが読まれているような気がしてならなかった。
「好き勝手やってくれたけど、今度はこちらから行かせてもらうわ。やられっぱなしというのは私の性に合わないの」
「……!」
ゴールデン・ドーンの周囲の温度が急激に上昇していくと、やがて小さな火球が大量に生み出されていく。
(なるほど、ゴールデン・ドーンの攻撃方法はあんな風に炎を使うのか。確かに強力そうではあるが、さあどうくる?)
俺は空中で静止して様子を伺っていると、ゴールデン・ドーンの周囲にできあがった火球がこちらを目がけて一斉に飛来してきた。
なるほど、俺の高速機動に対抗するために点ではなく面で制圧しようというわけか。
だが超感覚で研ぎ澄まされた俺の動体視力にこれしきの射撃攻撃など無意味にも等しかった。
(まるで時間でも止まったみたいだ――)
俺はゆっくりと自分の方へと近づいてくる火球を軽く回避しながら再びゴールデン・ドーンへと距離を詰めていく。
今度は座標操作なしの正面突破である。
「……っ!?」
「喰らえッ!」
今度はオブシディアンの薙ぎ払いと見せかけてフィンガーショットを放つ。
ゴールデン・ドーンの一番厄介なポイントは巨大な尻尾による攻撃と見た俺は、単純な近距離戦を挑むのをやめ、フェイントや機体速度を活かした撹乱を中心に攻めていく方針に決めたのである。
「くっ!」
案の定フィンガーショットによって放たれたエメラルドの弾丸は巨大な尻尾によってガードされる。
尻尾の先にはクロー状の爪もついており、やはり尻尾による攻撃だけはなんとしてでも回避すべきだと俺は確信していた。
(フィンガーショットはガードされたが二の太刀は受けてもらう!)
もとよりフィンガーショットはゴールデン・ドーンの尻尾を前に引きずり出すための布石である。
最初から狙っていたのは尻尾をガードに使用したことによってがら空きとなったスコールの首だった。
今度はフェイントを含めない、最速のモーションから放つ最速の突きである。
「……!美女の顔を狙うなんて、酷いことするわね」
しかしどうやらスコールもそこまでは見抜いていたらしい。
あと少しで首へとたどり着いたはずのオブシディアンはとっさに振られた巨大な尻尾によって弾き飛ばされてしまう。
「せっかく立派な武器だったのに、残念――」
「それも想定内だ」
俺は弾き飛ばされたオブシディアンを座標操作で手元に転移させると、今度は左手一本で再び突きを放つ。
「――っ!?」
今度はスコールといえども読み切れなかったようだ。
オブシディアンの切っ先はスコールの肩部に直撃し、ガリガリとシールドエネルギーが削られる音が響く。
「……ぐっ、厄介ね……!」
しかしスコールもやられっぱなしではいない。
突きを受けたこの距離は、肩に備わっている炎の鞭『プロミネンス』の絶好の射程範囲内だった。
「これでもくらいなさい!」
スコールはこちらに向けて勢いをつけた炎の鞭を振るってくる。
しかし炎の鞭は機体に直撃するか、というところであらぬ方向へと向きを変えて流されていった。
「……リーズさんと戦った時の戦闘データは確認していないのか?これが
「……まだ奥の手を隠していたのね」
「隠しているのはこれだけじゃないぜッ!
「――っ!」
強力な重力の発生により、ゴールデン・ドーンが宇宙船の甲板に貼り付けになる。
しかしその機体のパワー故か、なんとか膝をつくことなく両足で甲板に立っていた。
「くっ、これしきで……!」
「見事なパワーだな。ならこれならどうだ!」
スコールはなんとか重力操作の範囲内から抜け出そうとしているが、俺はISコア・オーバーロードを発動し、重力操作の威力を向上させる。
「……ぐっ!」
ついにスコールが膝をついた。
ISコア・オーバーロードで強化された重力操作・陥没を喰らってもまだ地面に倒れないとは、恐るべき機体のパワーだ。
「だがこれで終わりだ!潔く散れッ!」
俺は再びISコア・オーバーロードを発動し、ルビーの出力を2倍にしてゴールデン・ドーンに照準を合わせて一気にレーザーキャノンを連射した。
レーザーキャノンが一発発射される度にゴールデン・ドーンのアーマーが砕け、周囲に赤い閃光が飛び散る。
(ちっ、出力強化したルビーですら耐えるのか……!頑丈さだけは大したもんだ……!)
何度目かのルビー発射で肩部の砲身にも少々ダメージが出始めている。
しかし、流石のゴールデン・ドーンも出力強化されたルビーの連射には耐えきれなかったようだ。
ゴールデン・ドーンの装甲展開は解除され、スコールに絶対防御が発動していた。
「見事な頑丈さだった。だが先を急いでるんでな、別れの挨拶は無しだ」
俺は甲板に倒れ伏したスコールを一瞥すると、宇宙船の入り口に向かって飛び立つのだった。