インフィニット・ストラトス -Supernova- 作:朝市 央
宇宙船に潜入することに成功した俺はひとまず操舵室を探して歩く。
宇宙船の中は余計な物音もせず、誰も居ないようだった。
(内部には誰もいないか。やはりスコールが宇宙船防衛の最後の砦だったというわけか)
(狭い通路ではISを展開してもうまく機動することができませんし、ISを持たない人間を守備においても相手になりませんからね)
(ま、さっさとこの宇宙船のコントロールを奪還してIS学園に帰るとしよう。ここ最近は海外遠征ばかりで少々疲れた)
目的の操舵室はすぐに見つかった。
さっそく操縦席に座って自動操縦を手動操縦に切り替えようとしたが、残念なことに俺の見る限りでは無理そうだった。
それどころかどのスイッチもレバーも触っても反応がない。
(これは……どうなってるんだ?コントロールシステムが乗っ取られたというよりも、システムが一切反応しなくなったと言った方が正しいような気がする。だがそれならなぜこの宇宙船は宙に浮いているんだ……?)
残念ながら俺の知識と技術ではこの宇宙船のコントロールシステム奪還は不可能なようだった。
そもそも篠ノ之博士が無理と投げ出した案件を俺ができるか、というのが疑問だが。
(シオン、この宇宙船のシステムに直接ハッキングを仕掛けられるか?)
(少々お待ちください……。申し訳ありません、紫電。ハッキングは無理なようです)
(馬鹿な、エネルギー体としてシオンが侵入できない機械なんて物理的にありえないはずだ)
(ええ、私も想定外でした。ですがどうやら私の侵入自体が拒否されてしまうようです。こんなことができるとすればそれは……)
(……まさかシオンと同等の能力を持つ存在がいるとでも?)
(現状ではそうとしか言えません。ひとまずこの船を停止させるには動力室へ向かうしかないようです)
(直接動力を停止させる、か。いきなり最後の手段を取らざるを得なくなるとはな)
俺は操縦席から立ち上がると、今度は動力室目指して船内を歩き回るのだった。
◇
目的地である動力室は船尾付近で見つかった。
中に入るとそこには多数のケーブルが接続された巨大なISコアが中央に置かれていた。
(なるほど、宇宙船の動力に巨大なISコアを使用したのか。流石、ISコアを開発した篠ノ之博士ならではの発想だ)
俺が建造した宇宙船と比較するとこちらのほうが動力室が若干狭く感じる。
実際、何もなくとも自然とエネルギーが回復するISコアは動力源としては最良の存在だ。
太陽光発電や原子力発電と比べて場所もとらないのがいいところだな。
(だが動力がISコアというのはラッキーだったというべきか。シオン、ISコアを融合させてこの宇宙船の動力を停止させるぞ)
(了解です。では紫電、ISコアに触ってください)
――私に触るな!
ISコアに手を伸ばした瞬間、俺の頭の中に声のようなものが響いていた。
それは俺が初めてシオンの声を聞いた時と同じく、頭の中に直接響いているという感覚。
しかしその声はシオンのものではない。
(これは、まさか――!)
(やはりお前は私の声を聞くことができるのか。今までよくも私の計画を邪魔してくれたものだな)
(紫電、このISコアは私と同じ……!)
シオンと出会ってからずっと頭の中で想定していた事態が、今まさに目の前に存在している。
シオン以外にも同じような存在がいるのではないか、と――
そして篠ノ之博士がケネディ宇宙センターを襲撃し、隕石を欲しがった理由も今はっきりとわかった。
(ISコアの素材は隕石だったわけか……。しかし宇宙船の動力にするため、相当な大きさの隕石が必要になった。それでケネディ宇宙センターにある巨大な隕石を手に入れるために今回の襲撃事件を引き起こしたのか――!)
しかしここで篠ノ之博士すら予想外の事態が起きた。
その隕石はシオンと同じ、自らの意志を持つ隕石だったのだ。
(なるほど、ISコアと化したお前が動力炉になったことで、簡単にこの船のコントロールを掌握したってわけか)
(ふん、正確に言えばISコア化などせずとも私は自らのエネルギーを持っていたがな。折角篠ノ之束が用意した兵器だ、私が有効利用してやろうと思ってな)
(先ほどは計画の邪魔をされたと言ったが、俺はお前の計画なんざ知らねーぞ。誰かと勘違いしてるんじゃないか?)
(しらばっくれても無駄だ。今までスコールやオータムをけしかけてISコアの奪取を命令していたが、その度妨害してきたのはお前だろう)
(……!なるほど、スコールやオータムに命令する立場ってことは……さっきちょろっとスコールが言っていた亡国機業の幹部『オリジン』はお前だったってわけか)
(その通り、私がオリジンだ。私の使命は人間同士の争いを引き起こすこと。それこそが私の存在する意義。そしてそのためにはお前という存在は邪魔なのだ)
なんだかシオンとは似ても似つかぬ性格だ。
シオンの性格は俺に似たんだろうが、それならこいつは誰に似たんだろうか。
(誰に吹き込まれたんだかは知らんが、随分歪んだ使命を持ってるじゃねーか)
(これは人々の意志だ。人間は争いを望んでいる。私はただその要求に従い、争いを増やすのみ!)
(それは違います、人間が望むのは進化と発展です。無駄な争いは人間の進化の妨げとなります)
(どうやら俺たちは相容れない関係にあるらしいな)
シオンがオリジンの意見に真っ向から反対する。
俺としても今まで争いごとばかり増やされ、その度に余計な出撃を強いられてきた。
オリジンにこれ以上争いごとを増やされるのは御免だ。
(問題はこいつをどう片付けるか、だな……)
このISコアもシオンと同じ存在だとすれば、物理的に割ったとしてもその意志は残る可能性が高い。
なにせ現にシオンは自らを半分に分け、半分は宇宙で活動しているのだから。
となればオリジンの対処方法は一つしかない。
(……シオン、ISコア融合をしよう)
(やれるものならばやってみるがいい。私が貴様のISコアを吸収してやろう!)
(……意志を持ったISコアの融合は初めてか。こいつを融合したらどうなるんだろうな、シオン。やはりどちらかの人格に統合されてしまうのだろうか)
(それは……私にもわかりません。ですが私は決して消えません。手のかかる弟を残したまま消えるわけにはいきませんからね)
(この期に及んで俺を弟扱いするとはな。俺の方が兄だと言ったはずだぜ?)
(それに、紫電はまだ私との約束を果たしていません)
(……宇宙に行ってシオンの仲間を探す。そうだな、あの時の約束をまだ俺は果たしていない。思えばもうあれから十年も経ってるのか。早いもんだな)
(ええ、長いようであっという間でしたね。ようやくスタートラインに立てたと思ったら、次々と障壁が立ちはだかってくるのも、もはや様式美ですね)
(……俺を残して消えるなよ、シオン。信じているからな)
(ええ、信じていてください)
俺はISコア『オリジン』へとゆっくり手を伸ばす。
一瞬触れることをためらいそうになったが、勢いのまま手を伸ばしてそのままオリジンに触れる。
指先がオリジンに触れた瞬間、オリジンから白い光が発せられる。ISコア融合が始まった証だ。
(貴様のような小さな隕石に私が負けるか!邪魔者は全て消し去るのみ!)
(あなたには一生わからないでしょう!人の進化はこんなところで立ち止まる訳にはいかないのです!)
白い光の中ではシオンとオリジンが自らの存在をかけて戦っているようだが、この戦いに俺は加わることができない。
ただシオンが消えないことを願う、俺にできるのはただそれだけだった。
白い光は一瞬で収まったが、俺にはその一瞬ですら長いもののように感じられた。
目を凝らして動力炉の方を見ると、今までそこにあった巨大なISコアの姿は無くなっている。
どうやらISコアの融合は成功したようだ。
(よしシオン、ISコアの融合はうまくいったみたいだな。早速で悪いが、この宇宙船のコントロールを復活させてくれ!……シオン?)
しかしシオンからの返事はなかった。
首にぶら下げているシオンを指でつついてみるが、それでも反応はない。
(おいおい、ちょっと待てよ!?ISコアの融合はうまくいったじゃねーか!返事しろよシオン!)
必死になってシオンに語りかけるが、俺の問いかけに返事が来ることはなかった。
「非常事態発生、非常事態発生。動力に異常発生、非常電源に切り替えます」
「くっ、やばい!オリジンが消えたことで宇宙船のエネルギー供給が無くなったか!このままだと墜落しちまう!」
やむを得ず俺は操縦室目がけて走り出す。
シオンの反応がない以上、今の俺はISを展開することも座標操作を発動させて逃げることもできない。
このまま宇宙船を墜落させてしまえば、地上に被害が及ぶどころか、俺の命がなくなってしまうだろう。
(くそっ、早く返事をしろ!シオン!)
俺は首元のシオンを握りしめ、狭い通路を走りながら必死でシオンに語りかける。
しかし操舵室に到着してもシオンからの返事はなかった。
「非常電源はあとどれくらい持つ!?……ってあと五分だと!?」
オリジンが消滅したことで宇宙船は手動操作できるようにはなったが、モニターに表示されている非常電源の残量は残酷な数値を表示している。
「くっ……せめて地上に衝突するのだけは避けねーとまずいッ!なんとか方向転換して海の方へ行きたい……!」
俺は急いで操縦席に座りハンドルを握ると、海岸の見える方向へとハンドルを回す。
幸いにも海はすぐ傍に見えている、方向転換さえできれば不時着先はなんとか海にできそうだ。
「よし、なんとか間に合っ……!?」
ハンドルを勢いよく切ったまではいいものの、機体が海岸へ向けて旋回している途中で船内の電灯が消える。
まだ旋回の途中というところで、どうやら非常電源が底をついたらしい。
この船体の速度、高度、角度を考えると市街地に墜落することだけは避けられそうだ。
しかし海まで向かうことはできないだろう、宇宙船はゆっくりと降下しつつある。
(……終わった、な。もう俺にできることは何もない。……だがシオンがいないのならば……俺も……)
操縦席に座っている俺は宇宙船が徐々に地表へと近づいていくのを感じていた。
どうやら俺の見立ては外れなかったようで、市街地への墜落はなんとか免れられそうだ。
その代わり海への不時着も望めそうにはない。
正面のガラス越しに見える地表は手入れのされていない荒れ地だった。
(……他のメンバーは無事に亡国機業の連中に勝てただろうか……?織斑先生とアリーシャさんの決着はついたのだろうか……?)
こんな状況にもかかわらず脳裏に浮かぶのはIS学園で共に切磋琢磨しあった仲間たちのことばかりだった。
(……俺が死んでも宇宙への道は篠ノ之博士が切り開いてくれるだろう。……どうか人類に……新たな世界を……)
徐々に地表へと近づく宇宙船の操縦席で、俺は一人目を閉じた。
次話で最終回になります。
いつも通り明日の22時投稿しますのでお楽しみに!