インフィニット・ストラトス -Supernova- 作:朝市 央
時は四月、慌ただしかった受験戦争とほんのわずかな春休みは過ぎ去り、日本全国の学校は新学期を迎える時期である。
IS学園1年1組でも新入生たちを迎えてのショートホームルームが始まっていた。
「全員揃ってますねー。それじゃあショートホームルームはじめますよー」
(予想はしてたけど、ほんとに女だらけなんだな)
俺は窓際最後列という最高の席に座って周囲を眺めていた。
教壇の真正面というなんとも言えない位置では、初めてISを起動させた男こと織斑一夏が俯いている。
周りの女子も流石に最後列の俺の方を向くわけにもいかないし、そりゃ視線は織斑一夏に集中するよな。
おかげでこっちは幾分か気が楽だぜ。
「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順で」
俺は千道だから中盤あたりの方になる。
さて、俺より先の織斑一夏君はどんな自己紹介をしてくれるだろうか?
「織斑一夏くんっ」
「は、はいっ!?」
織斑一夏が立ち上がる。
声が裏返っているところを見ると相当緊張しているようだな。
「えー……えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」
周囲の目線は中々熱い。
だが織斑君よ、その一言だけでは自己紹介ではなく名前紹介だ。
「以上です」
思わずガタッとこける女子が数名。
流石にその自己紹介はちょっと短すぎるんじゃないか?
そんなことを考えている矢先、パアンッと乾いた音が響き渡る。
「いっ――!?」
どうやら織斑先生に出席簿で叩かれたようだ。
(あの音から察するに、頭部に相当なダメージを受けたと思われます。紫電、あの出席簿による打撃は受けないようにしてください)
(言われなくてもわかるぜ、あれはまともに喰らいたくはないな)
「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」
「ああ、山田君。クラスへの挨拶を押しつけてすまなかったな」
「い、いえっ。副担任ですから、これくらいはしないと……」
(山田先生が副担任、ということは担任は――)
「キャーーーー!千冬様、本物の千冬様よ!」
「ずっとファンでした!」
「私、お姉さまのためなら死ねます!」
(すごいもんだな。ブリュンヒルデってのはここまで人気があるんだな)
(紫電もブリュンヒルデになりたいのですか?)
(いや、特になりたいとは思わないな。あくまで俺にとってISは宇宙空間作業用のマルチフォーム・スーツにすぎないし、そもそもモンド・グロッソに興味はない。俺たちが持つ技術を守るためにも、ISを使って戦う時が来るだろうからISの武装を開発しているだけだ)
(その理論だとブリュンヒルデにも勝てるほどの実力が必要なのではありませんか?)
(必要とあらば、な)
「……毎年、よくもこれだけ馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それとも何か?私のクラスにだけ馬鹿者を集中させてるのか?」
再びキャアキャアと女子生徒達が騒ぐ。
正直、ここまでうっとうしいと感じるのも久方ぶりだ。
「で?挨拶も満足にできんのか、お前は」
「いや、千冬姉、俺は――」
再びパアンッと乾いた音が響く。
「織斑先生と呼べ」
「……はい、織斑先生」
「え……?織斑君って、あの千冬様の弟……?」
周囲の女子たちがざわめき出す。
珍しい苗字だし、ニュースでも放送されていたような気がするが、織斑一夏が織斑千冬の弟だと気付いていなかったやつもいたのか。
「……千道、こいつの代わりにまともな自己紹介をしてみせろ」
おっとここで俺に飛び火してきたか。
だが自己紹介の内容はしっかり考えてあるぜ?
「先迅中学から来ました、千道紫電です。趣味は読書と筋トレです。夢は医者でしたが、たまたまISを動かせることができたので、今は一流のISパイロット目指したいと思っています。ただ、まだISを動かしてからほんのちょっとしか経ってない素人で、至らぬ点多々ありますのでその際は皆さんからのご指南、よろしくお願いいたします。以上です」
周囲からはおおーっという感嘆の声が響いた後、拍手の音が鳴った。
まあ自己紹介はこんなもんで十分だろう。
「すごい、堂々としてる……」
「先迅中出身の医者志望って超エリートじゃん、本当にそんな人いるんだ……?」
「織斑君もいいけど、千道君も違ったタイプでかっこいい……。インテリ系って感じ!」
「織斑、自己紹介というのはああいうものだ。わかったな?」
「……はい」
さて、残念なことに織斑一夏の情報が全く手に入らなかった。
流石にこの環境では緊張もするだろうからしかたない。後で直接声をかけるとしよう。
IS学園ではコマ限界までIS関連の教育をする方針であるため、ショートホームルームが終わるや否や、即座に一時間目のIS基礎理論が始まってしまうのであった。
◇
一時間目も何事もなく終わり、織斑一夏に声をかけようとしたが、黒髪ポニーテールの女子が織斑を連れて行ってしまった。
しかたがない、二時間目が終わったら話しかけよう。
っておい、女だらけのこの状態でお前が出て行ったら視線が全部こっちに集中するだろうが。
あんまり織斑を教室外に連れ出さないでくれ。動物園のパンダにでもなった気分だぜ。
◇
二時間目も続いてIS基礎理論だった。
山田先生の説明を聞きながら教科書を捲る。
しかし一時間目の時から思っていたが、この教科書はどう考えても不要な部分が多い。
その数なんと五冊、時間がもったいないと考えた俺はさっさと教科書を読み終えることにした。
バラバラとすさまじい速度でページを捲っては頭の中に叩き込んでいく。
俗にいう速読というものである。
隣の席の女子も何をしているんだろう、というような目でこっちを見ているが気にしない。
(……よし、全部読み終わった)
(お疲れ様です、紫電。何か有用な情報はありましたか?)
(まあ1年向けの教科書だし、本当に基本的なことばかりであまり役に立ちそうな情報はないな。基本的にはこの間読んだ参考書と変わらん)
一方、織斑一夏は何やら苦戦しているようだった。
「織斑君、何かわからないところがありますか?」
「先生!ほとんど全部わかりません」
「え……。ぜ、全部、ですか……?」
「……織斑、入学前の参考書は読んだか?」
「古い電話帳と間違えて捨てました」
またもパアンッと乾いた音が響く。
……参考書を読まなかったのか。
(紫電、ちなみに事前に渡された参考書は全て読み終えていますか?)
(ああ、確かに電話帳みたいだったなアレ。もうとっくに読み終えて全て内容は覚えた。あれくらいの量なら一日で読める。ただ、参考書という割に三分の一くらい参考にならなかったがな……)
「あとで再発行してやるから一週間以内に覚えろ、いいな。それと千道は参考書は読んだか?」
「ええ、問題なく読み終えましたよ。授業も問題ありません」
(……電話帳と間違えて捨てる、か。前途多難なやつだな。こりゃ早々にフォローしてやったほうが良さそうだ)
既に教科書を全て読み終えてしまった俺にとって、この二時間目の授業は退屈なものになっていた。しょうがない、プライベート・チャネルでシオンと開発中のISについて話し合うとするか。
◇
シオンとIS開発について話し合っているうちにかなり時間も経っていたようで、二時間目の終わりを告げるチャイムが鳴っていた。
織斑は疲れたように机に突っ伏している。
一方、周囲の女子たちは1時間目の時と同じように織斑に誰が話しかけるか様子を伺っている。
悪いが先を越させてもらうぜ。
「よう織斑、散々だったようだな」
「……え?お前は確か、千道、だっけ?」
「ああ、覚えててくれたか。そうだ、お前と同じ、男性ISパイロットの千道紫電だ。紫電でいい」
「よろしくな紫電!俺のことも一夏って呼んでくれ!」
「わかった、よろしくな、一夏。ところで参考書、読まずに捨てたんだって?」
「あぁ、あんな参考書存在していいのかよ。どう見たって電話帳だろ?なあ?」
「まあ、あの厚さはな……。あと織斑先生から一週間以内に覚えろって言われてたけど、いいこと教えてやるよ。あの参考書の戦闘理論の部分はほとんど読む価値が無いから読まなくていい。そうすりゃ読む量が三分の一くらい減るだろう」
「マジか!?助かった、ありがとう!」
「ちょっと、よろしくて?」
「ん?」
途中で割り込んできたのは金髪に透き通った青い眼をした白人。
それもやや瞳がつり上った状態で俺たちを見ている。
「なんだ、一夏の知り合いか?一時間目の休み時間の時といい、お前に話しかけてくるやつ多いな。俺なんてスルーされっぱなしだぞ?」
一夏の後ろの席に座る岸原理子は思っていた。
(あまりにも堂々としすぎていて逆に話しかけにくいのに気付いてないのかな……?)
「あなただけでなく、あなたたちに話しかけているのです。それにわたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」
高飛車な態度がやたら気になるが、困ったことに彼女の名前を俺は知らない。
何せ先ほどの自己紹介は一夏の時点で止まってしまったのだから。
(シオン、彼女が誰かわかるか?)
(セシリア・オルコット、イギリス貴族の家系であり、同国の代表候補生です。)
(へえ、代表候補生ね……)
「いや、これは失礼。先ほど自己紹介が途中で終わってしまったもので、生憎君の名前を知らないんだ。悪いが教えてくれるか?」
「まあ、そうでしたわね。いいでしょう、わたくしはセシリア・オルコット。イギリスの代表候補生にして入試主席ですわ」
「紫電、代表候補生って何?あと入試主席って知ってた?」
ガタタッと聞き耳を立てていたクラスの女子がずっこける。
まあ参考書読んでなければ代表候補生なんてわからねえよな。
「代表候補生ってのは文字通り、それぞれの国家を代表したISパイロットの候補生ってことさ。ただ入試主席ってことについては俺も初めて聞いた」
「あ、あなたたちっ、本気でおっしゃってますの!?」
セシリアの白い顔が真っ赤になる。すごい剣幕だ。
「代表候補生についてはまあわかったが、入試主席っていうのはどういうことだ?」
「あら、知りませんの?今年の入試で教官を倒したのはわたくしだけですのよ?」
「入試ってあれか、ISを動かして戦うやつ?それなら俺も倒したぞ、教官。紫電はどうだった?」
「ああ、問題なく勝ったな」
「まあ、俺の場合は倒したっていうか、いきなり突っ込んできたのをかわしたら、勝手に壁にぶつかってそのまま終わったんだけどな」
「は……?」
「……」
山田先生、俺の時もひどく緊張していたがそこまでとは。
本当にIS学園の教師として大丈夫なのだろうか?
「あなたたちも教官に勝ったというのですか!?わ、わたくしだけと聞きましたが?」
「女子ではってオチじゃないのか?」
「つ、つまりわたくしだけではないと……?」
「まあ、そうなるな」
キーンコーンカーンコーン――
話は途中?だったが、三時間目開始のチャイムが割り込みをかける。
「またあとで来ますわ!お二人とも逃げないことね!よくって!?」
「……なんだかよくわからんがプライドに傷がついたらしい。とりあえず俺は席に戻る」
「あ、あぁ、またな」
(代表候補生とは厄介なものだな。シオン、他にもこの学校に代表候補生がいないか調べておいてくれ)
(わかりました)
◇
三時間目の教壇に立っていたのは山田先生ではなく、織斑先生だった。
「この時間ではISの各種装備特性について説明する予定だったが、先に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めるぞ。クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけでなく、会議や委員会への出席などに出席してもらう……まあ、クラス長といったところだ。ちなみにクラス対抗戦は入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点で大した差はないと思うが、一度決まったら一年間変更は無いからそのつもりで」
ざわざわと教室内がざわめき出す。
「はいっ。織斑君を推薦します!」
「私もそれが良いと思います!」
「私は千道君がいいと思います!」
「私も千道君に代表になってもらいたいです!」
クラス代表か……推薦を受けてしまったが、できることなら受けたくはないな。
拘束時間が増えてIS開発の時間が少なくなってしまいかねん。
ここは俺と同様に推薦の多い一夏にクラス代表になってもらうとするか。
「俺も一夏を推薦しよう。織斑先生の弟がクラス代表というのが一番しっくりくると思うからな」
「……待ってください!納得がいきませんわ!いくら織斑先生の弟であろうと、男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ!クラス代表は実力トップがなるべきで、実力から行けば代表候補生である私がなるべきですわ!」
またしてもセシリアが顔を真っ赤にしながら声を荒げる。
「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で――」
「イギリスだって大したお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」
「なっ……!?あっ、あなた、わたくしの祖国を侮辱しますの!?」
一夏、中々鋭い突っ込みをするな。
だがそれは心の中で思うまでにしておいた方が良いと思うぜ。
しかし、このオルコット嬢も中々に頭の固いやつだな、こっちにもフォローが必要だな。
「落ち着けよ、オルコット。今祖国を侮辱するのかと言ったが、先に俺たちの祖国を侮辱したのはお前だ。それと、自分の発言にはもっと責任を持て。代表候補生なんだろう?国を背負って来たんだろう?もっと国際的な対応を考えて行動した方が良いんじゃないか?」
セシリアは俺の指摘で多少頭は冷えたのか、少しばかり落ち着いた表情を見せる。
「……決闘ですわ!現時点でもっとも優れたISパイロットがクラス代表になる、それなら文句ありませんわ!」
「おう、いいぜ!四の五の言うよりわかりやすくていい!」
「……話はまとまったようだな。では勝負は来週の月曜の放課後、第三アリーナで行う。織斑、オルコット、千道はそれぞれ用意をしておくように。それでは授業を始める」
くっ、結局俺もクラス代表候補のままというわけか。
うまくクラス代表を一夏かセシリアに押しつけたいが、勝負事に負けるというのは俺の性格上受け入れられない。
しかたない、勝負に勝ったらIS開発途中であることを理由に一夏に押しつけるか。
なんせ俺のISは二月末から開発を始めたばかり、まだまだ未完成なのだから。
気付けばお気に入り登録してくださる方が60件を超えていました。
こんな駄文に期待してくれる人がいると思うと正直なところ、ビックリです。
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