ある人は言う、未来には夢があると
またある人は言う、神は平等に救いの手を差し伸べると
薄暗い一室で新聞を広げながら八尺仁井奈は思う。
嘘つきと、連日新聞の欄では『児童虐待0へ』や慈善活動やボランティアへの勧誘文を見ない日はなかった。
「何にもわかっちゃいない癖に・・・」
「おーい何ブツクサ言ってんだよオイ飯ぃ作れって言ってんだよ。聞こえねぇのか?」
いきなり背中を蹴られる。異音と共に激痛が背中に走るがそれを何とか顔に出さずに後ろを振り返る。
そこには、この十数年間幾度なく見た養父の不機嫌な顔があった。両親は、仁井奈がまだ5歳の頃に事故で亡くなっている。
親戚筋をたらい回され結局この男が好意で引き取ろうと申し出てきた。しかし、結局この男は仁井奈を便利な道具としか見ていなかったようで家事全般を押し付け自分はろくに定職にも付かずにぶらぶらと歩き回り、家に帰れば仁井奈を怒鳴り付け殴る蹴る。更にある程度大きくなると今度は、性の捌け口として利用する始末であった。
相談をしようにも同級生は、虐待を楯にイジメを行い教師は、面倒ごとに首を突っ込むの避け、警察や普段保護を掲げる団体や施設も真剣に話を聞こうともしない。
「ごめんなさい・・・すぐに作る」
「作る?作りますだろうが!誰に向かって口聞いてんだよ」
今度は、顔面を蹴られる。口いっぱいに血の味が広がる。
ぶつぶつと文句を言いながらドアを勢いよく閉める。嵐のような養父がいなくなり静寂を取り戻した部屋で
「消えてしまえ・・・こんな世界」
仁井奈は世へ対する呪詛を吐いた。
ようやく食事を終え養父が気分良くいびきをかいて寝始めた頃仁井奈は意を決して家を飛び出した。今までに幾度となく家出を考えたこともあったが、何処にも行く宛が無いうえに養父に連れ戻されでもしたらそれこそ何をされるかわかったものでは無い。
倶に天を戴かず。自分が死ぬか、あの男を殺すかの二択になりつつあったが、勇気を奮るえずにいた。
静まり返った住宅街を町の外れへ向かって走る。
無論駅前の繁華街は、まだまだ寝静まる気配を見せ無いが。駅から少し離れた住宅街は、物音一つしない。
仁井奈は走った。少しでもあの家から、この街から離れる為に。運動は得意だった。養父から押し付けられたトレーニング器具やウエイトの数々、毎朝ジョギングもしていた。マラソン選手並みのスピードで走り続け足が言うことを聞かなくなってきたあたりで辺りを見回す。
近くの雑木林の向こうに大きな社が見える。
「うへぇいつの間にか県を跨いだかぁ」
雑木林からその神社の敷地へ侵入する。ここは日本有数の神社で毎年多くの参拝者が訪れるパワースポットだが祭神は祟り神と同一視され恐ろしい雰囲気が漂う場所でもある。
「いやぁ流石に深夜だからここも人はいないかぁ」
神社の一番端の雑木林まで来たところで遂に足が動かなくなって大きな木の根元に座り込む。疲労と一時の安心感からすぐさま睡魔が襲って来た。
「日が出るまで少し寝よう。明日また移動しよう」
そう呟くと静かに目を閉じる。神様、私はこんな世界にいたくありません、どうか違う世界へ。神頼みも忘れない。
古びた社の中1人の男が小さな手鏡を見つめている。
着流しなのか法衣なのかよくわからない服装の男は、ともすれば神主ともとれるかもしれないが、首から手にかけて絡みつく白い大蛇が異様な雰囲気を醸し出している。
「さぁ役者が集まった。神殺しを始めよう」