家の奥まで案内されると、そこでは梓と少女がソファでくつろいでいた。二人してボードゲームに興じている。
(……あのゲーム、リノに全然勝てなかったな)
見覚えのある駒。動かし方を思い出す。リノに惨敗を続けたのは良く覚えている。
楓さんが無言で梓と机を挟んで向かいのソファに座り、俺を見ながら隣をぽんぽんと叩いた。ここに座れって事だろうか。ゆっくりと、これで合ってるのかと思いながらそこへと腰かけた。
しかし、直後。
「……セベット」
「はい」
「料理を手伝ってくれるか? お前の分も作るから、少しだけ量が多くなる」
「いや、そんな、良いですって! タオル貸してくれただけでもう……」
「遠慮はするな。風呂を貸してやれなくてすまない。今、沸かしている」
「あ、ありがとうございます……。じゃあ、お手伝いします! 任せて下さい!」
俺とて、母親が居ないのがデフォルトの人間。リノに任せっきりだったとしても、ある程度は料理が出来ると自負している。あいつにも教えてもらったし。
失敗はしないように、と気張りながら台所へ。食材を取り出す楓さんの手伝いをして、貸してもらったエプロンを付ける。手が緊張で汗ばむのを水で洗い流して、包丁を手に野菜と向かい合った。
今までで一番、野菜が凶悪に見える。じゃがいも、どうしてお前は皮が向きにくいんだ。人参、お前もだ。
ちらりと隣を見ると、楓さんは何やら黒い液体と砂糖、そして薄黄色の液体を鍋に入れていた。
「……ん? ああ、これか?」
俺の視線に気づいたのか、楓さんは黒い液体を見せながら軽い解説をする。
「これは醤油と言ってだな。東洋の有名な調味料だ。魚にも合う」
「へえ……初めて見ました。世界って広いですね」
「んー、そうでもない。案外、狭い世界ではどうにかなるもんさ」
肉を持ってくるやいなや、それをドドド!! と素早く切り裂く楓さん。
包丁さばきに驚きを隠せないままに、じゃがいもを切り始める。
やがて時間が経ち、最終的に出来たのは肉じゃがと呼ばれる物だった。それと、東洋ではポピュラーな米という物、大豆から出来た味噌を溶かして作るスープ、味噌汁を作って調理は終わる。今まで触れたことすら無い素材での料理に、困惑しっぱなしだった。
四人分あるそれを机まで運ぶと、梓と少女は……そう、楓さんに教えてもらったんだ。梓と千尋はもうボードゲームを片付けて読書していた。
俺と楓さんに気付いて、二人は本を閉じる。梓は俺のお盆の上からお皿を卓上に並べてくれて、箸なる二本の棒を三人に、俺にはスプーンとフォークが配られた。
「「「「いただきます」」」」
四人で唱和して、肉じゃがを口に入れる。
そこから先は、ずっと東洋の食事の素晴らしさについて俺が震えているだけだった。
食後、お風呂を貸してもらい、その間に乾かしてもらった服を着て玄関に向かう。明日は休みなので、梓と千尋は泊まるらしい。玄関まで来てくれた楓さんに感謝を言い続けて、もうここを後にするか、と言う時だった。
「もしだが――――」
鋭い視線で真っすぐに俺を見て、おもむろに彼女が言った。
「セベットに近接戦闘が必要になる時が来たら、また来ると良い。簡単な稽古と、東洋の魔法式くらいなら教えられる」
近接戦闘が必要になる時。
……アテが、無い訳では無い。しかし、そんな事は来ないだろう。
「ありがとうございます。では、さようなら」
「ああ、さようなら」
扉を開けて、外に出る。夕暮れの空を見上げると、端っこはもう藍色に染まり星が輝いていた。朝に墓地に付き、昼頃に梓と会い、遅めの昼食を頂いて今に至る。帰ったら夕食時だ。今から王国を横断する事に多少嫌になりながらも、ログハウスを出た。
「……その力は、何の為にある」
ドアが閉まると同時に聞こえた、一つの声。
思わず立ち止まってしまう。振り返っても、そこには何も変わらずログハウスが鎮座していた。
首から下げている家の鍵。その隣にある金色の星の鍵を握り締めて、離す。
俯いたまま歩き始め、王国の城壁から中へと入る。横断して、家の近くで外食をしてから家へと入り、自室のベッドにダイブした。
リノに拒絶され。
贖罪は出来ずに、罪は溜まっていく。
梓と千尋に会い、楓さんには恐らく何もかもを見抜かれていた。
……色濃い一日だった。明日は、ずっと勉強していよう。何もかもを忘れて、ただそれだけに没頭したい。
俺たちの近くにいる悪魔落ち何て、知らない。勝手に暴れてくれれば、王国が殺してくれる。これ以上罪は増やさないで、リノとの関係も切れて、平凡に生活していたい。平和に安全に、誰も死なないように。
俺の周りで、もう二度と悪魔落ちが誕生しないような、日常を。