呆然と出た疑問。梓の向こうに見える外には、学校が結果に覆われていた。
フェオでさえもサンドイッチを食べる手を止め、窓の外へと視線を向ける。何時もの調子を取り戻した俺もベッドを降りて、無意識に首から掛けている鍵を握りしめる。そこにある事を確認して、窓へと駆け寄った。
結界は広く、窓から見る限りはこの学校を全て囲っている。世界にも有名なこの学校を覆いこむ結界。決して、並みの人間が出来るような代物ではないだろう。
「お、おい……どうなってんだよ、これ」
「分からない。でも、迂闊に外に出るのは危険かもしれないね」
動揺を隠せないフェオへと冷静に告げる梓は、窓に手を当てる。何回か開こうとするも、その度に手を引っ込めていた。
初めての事例に、俺たちは今何をしたら良いのかが何も分からない。
ましてや軍隊でも無い学生が、この状況で何をやれと言うのか。
「……妙に静かだね」
梓の言葉にはっと気づき、耳を澄ませる。聞こえるのは、呼吸音だけ。他の音は何一つ聞こえない。不可思議な状況の中、突然左手に鋭い痛みが走る。
「っ……!!」
痛みに顔を顰める。それも束の間、突如左手に黒い炎の様な物が燃え上がる。禍々しく濁った炎は段々と大きくなり、それに連れて意識が朦朧としてきた。やばい、この炎は駄目な物だ―――それを理解していても、もう手遅れ。体は言う事を聞かず、視界も思考もゆっくりになってくる。
まるで何かに乗っ取られるかの様な、底知れない恐怖が段々と左手から伝わり、
「……えいっ!!」
遠くの方で、声が聞こえた。実際には近い場所で発された音なのだが、それはやけに遠く感じられる。そして感じる、放出された魔力。霞がかった思考、感覚で感じる魔力の展開と変換。直後、左手の黒い炎が何かに吹き飛ばされた。
黒い燐光を残しながら、炎は霧散する。急速に戻る意識や感覚。時間がスローから戻り、風が吹いたかのように全てが通常になる。
顔を上げて周囲を見れば、フェオも梓も額に汗を浮かべて左手を見ていた。
「……大丈夫? 一応、私の魔法で消し飛ばしたけど……」
「俺は大丈夫だ。セベットは?」
「問題無い。梓、ありがとう」
「ううん、全然。……今の、多分催眠魔法だね。それも、範囲内に居る人間全員に効果が適応されるタイプの。範囲は、状況を考えるに学校全体? 魔法の力が、薄かったのが幸いだね」
少ない状況から建てられる推察。黒髪の先を指でいじりながら考え込む梓の隣で、フェオはもしかして、と呟く。
「俺達以外の人間全員、催眠魔法に掛けられてる感じか?」
「……あり得るな、それ。というか多分そうだよな……」
「上級生は?」
「不意打ちに対応できるかな? いや……うーん、梓とリノくらいしか今の催眠魔法に対抗出来ないと思う」
「だよなあ。二人とも、ずば抜けて強いからな……それに、最近東洋で戦争してんだろ? そっちに何人か、先輩行ってるらしいしな」
この王国と、戦争をしている東洋の国は仲が良い。
どちらも古代魔法を封じている星屑の鍵を持つからだろうか。貿易は遠すぎて出来ないが、戦争には手助けに行ったとのこと。噂では、もう東洋の王族はこの国で暮らしているとか何とか。
「……だとしても、ここに留まる訳には行かないだろ。結界ぶち壊して、脱出して、王国直属の軍にでも連絡しなきゃ」
そう。何時までも、保健室に留まってはいられない。
学校を閉じ込めて何がしたいのかは分からないが、正気を保っているのは俺たちだけだと考えるべきだ。最悪の場合を想定して、動かなければ。
はっきり言って、訓練の線は捨てて良い。理由は単純に、静かすぎる。
普段の喧騒が無いだけで、それは異常になる。明らかに異質な環境の中で、俺たちは顔を見合わせて頷き合った。
「……行くぞ、フェオ、梓」
「おう」
「了解」
二人に告げてから、扉をそっと開ける。窓から太陽の光が差し込む、白く長い廊下。誰も居ない事を確認してから、歩き出す。