彼女は顔だけを壁から出している。無言で見つめあい、少し後に。
「……一応、左手見せて」
「リノさんもね」
壁から左手を出し、見せるリノ。俺たちも全員左手を前に出し、黒い炎が無い事を証明する。お互いに敵対していない事を確認して、やっとリノは壁の陰から出てきた。
「良かった。まだ異常の無い人が居たのね」
「危なかったけどね。何とか吹き飛ばしたよ」
「そうね……。結構強力な催眠魔法だった。範囲系の、しかも魔力を付与する魔法。使い手は相当な技量ね」
「うん、だろうね。この学校でそんな事出来るの、リノさんくらいだと思ってたんだけど。違うみたいだよ」
そんな事を考えていたのか。
梓の言葉に、嘘を付いているような雰囲気は無い。どうやら、本気で疑っていたらしい。リノも薄々気づいていたらしく、大して驚きもせずに頷いた。
……いや、リノでも出来るか?
結界に範囲が広い催眠魔法。魔力の付与。さっき『メテオ』を撃ったのにも関わらず、普段通りの調子を保っているリノでも、無理では無いだろうか。
「……そうね。だからさっき、貴方は『メテオ』も『カノン』も使わなかったんでしょう?」
「ありゃ。いや、リノさんが近くに居るのが分かってたからねえ。危なかったら全力を出すつもりだったよ」
全然気づかなかったんですが。俺だけかなと思って隣を見ると、フェオが青白い顔で震えていた。どうやらこいつも気付いていなかったらしい。
笑顔での会話。しかしその内容は、お互いの腹の内を探るような物だった。
自分たちよりも数段強く賢い人物のやりとりに付いていけず、俺とフェオはぼけーっと突っ立っている。笑みを浮かべて無言で向き合う二人……すると突然、リノが教室内に一歩踏み込んだ。同時に、背後を左右から通過する二つの巨大な魔法。
敵襲。慌てて魔力を放出し、迎撃用に魔法を組み立てようとする。が、しかし。
それよりも、何よりも速くリノと梓は魔法を起動していた。風の上級魔法が瞬時に展開、変換されて手のひらに浮かんだ魔法陣から放たれる。
本来威力の低い筈の風魔法は、まるで嵐の様な威力を伴って廊下へと飛び出た。
その瞬間に風魔法は90度曲がり、リノの魔法は右の方へ。梓の魔法は左へ。直後、衝撃音が聞こえ、少しだけ校舎が震えた。
「……ま、移動しましょうか。ここじゃあ狙われ放題だし」
「そうだね。まずは、結界に近づこうか」
梓とリノが先陣を切って教室を出ていく。情けないが、男子はその後をこそこそと付いて行く事しか出来なかった。