リノは右手を俺に向けたまま動かず、魔法式を更に起動しようとしていた。が、流石に思い直したのか中断。魔力が残滓を残して消えて、重い雰囲気が濃密に漂う。
「あー。今のはごめん。ちょっとイライラし過ぎてた」
「俺死にかけたんだけど!」
「うっさいなあ! ごめんなさいすみませんでした!!」
吐き捨てるように謝ったリノへと小さく呟くと、それは聞かれていたらしく叫ばれる。
昔の様なやりとりであって、違う。彼女の俺を見る目は、敵に向けるのと殆ど同じだった。それ以上の口出しを辞め、押し黙る。
口火を切ったのは、向こうからだった。
「……朝。学校来たら、男子どもの列。死ね。『セベットと別れたのか!?』『夫婦離婚だ!』……死ね。本当に、もうっ、爆発しろ!!」
「いやもう男子どもの残骸の山があったと思われるのだけど」
「あれは私の友達がやったの。流石に『メテオ』の魔法式を起動したら止められたのよ」
『メテオ』とは、攻撃魔法でも最上位に入る魔法の一つだ。
魔法とは、魔力を魔法式の通りに展開、変換する事によって起動する。正しい順序、やり方で素早く行えばそれだけ早く魔法が撃てる。しかし、単純な魔法よりも複雑で強い魔法の方が勿論魔法式は長くなってしまう。その長い魔法式をなぞる時間をどれだけ縮められるか。これは魔法戦闘に、いや魔法を使う人間にとっての重大な課題だ。
『メテオ』の魔法式も複雑であり、俺は魔力の制御が完璧に出来ず起動すら出来ない。
その魔法を簡単に使うリノとロキはやはり格が違うのだろう。
更に、魔力の量も段違いだ。
魔力は度重なる魔法の行使、年齢を重ねる事で少しづつ増えていく。
そして、元の才能。魔力の量が多ければ多いほど、沢山の魔法を起動できる。故に圧倒的才能を持って生まれたリノ・クェーサーは今、学年でも一位に君臨する。
「そりゃあ、『メテオ』なんて……当たり所悪ければ骨折じゃ済まないだろ」
「私に告白してきた人たちは全員学年でも上位の実力者よ? 『メテオ』くらい防げるでしょ」
「お前のじゃ無ければな」
「魔力だけは有り余ってるのよね。……で、本題はそこじゃないのよ」
ばっさりと話をぶった切ったリノは俺を睨み付けず、金髪を耳に掛けながら告げた。
その瞳は、黒く濁っていた。そう、不自然な程に。異変に気付くも、俺は何も言えない。声音が一段、低くなる。
「私は貴方が……嫌い。大っ嫌い。話してるだけで虫唾が走る。……? そう、でも私は同じくらいに群がってくる男子が嫌いなの」
明らかに、どこか可笑しかった。
昨日は夕暮れだから気づかなかったのだろうか。瞳の色が変わっていたリノは、そのまま続ける。
恐ろしいほどの、無表情で。
「だから、私と貴方は幼馴染。私は貴方に弁当を渡す。貴方は私に今後一切自分から関わらない。例え私がリンチされかけても来ないで良い。……そうしたら男子も寄ってこないと思うし。それでどう?」
ただ、無言で頷く事しか出来なかった。
リノの反応。それに心当たりのあるが、その可能性は著しく低い。低すぎる。
でも。そうだとしたら。
「じゃあ、決まりね。昼休み食堂で。ばいばい、ティーク君」
セベットと呼ばれていたのに、ティークになっている事にも気が向かない。
俺と会話をやめた瞬間に目の色が元の碧い色に戻り、リノは教室へと戻って行った。
瞳の変色。
態度の可笑しい場所。不思議な間。
素の感情を殺して、上書きしたかのような表情――――
間違いない。
特徴だけ見れば、それは、
『惚れ魔法』の完全なる逆だった。
魔法式が正しければ、『惚れ魔法』にかかった人間は瞳が明るい色に変わる。
態度はデレデレになり、時折自我を失ったかのように何も言わない。
そして、感情を上書き。無表情、では無く笑顔の固定。
……まだ、『惚れ魔法』の効能を試した訳じゃない。でも、理論として魔法式は存在しているのだ。俺のオリジナルで作った魔法式が。
全ての効果の逆転。
そんな事が出来るのは、逆転魔法だけだ。が、それを使える人間は居ない筈だ。
何故ならそれを使えるという事は、とある禁忌へと足を踏み入れた事になる。でも、そこへ一歩踏み込むだけでも大変だ。それこそ、大の大人でさえも死にかける程に。
俺の姉はそれをやってのけたが。
だからこそ俺は知っている。その禁忌を。実態を。
「……悪魔落ち……が、この学校に? いや、俺の周辺に……居る……!?」
悪魔落ち。
それこそが、俺の背負う罪の元であり。
俺と死んだ姉を繋ぐ、いや繋いでしまった存在だ。