魔術師の宅急便   作:トキS

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オリアナ=トムソン

「んーっと、次の配達先は……Japanか。それも……」

 

 ──学園都市。

 名前だけ聞いたのなら、学習施設の密集地域という考えに至るだろう。

 しかしことこの世界においては学園都市という言葉が指すものはただ一箇所である。

 

 日本の首都、東京の三分の一を占める世界最高の学術機関。

 世界の科学を牽引する文字通り『最先端』が存在する科学の頂点。

 

「はぁー」

 

 思わずため息が漏れ出た。

 

「あー幸せがにげーるー」

 

 魔術師と科学者というのは基本的に相容れない。

 科学は摂理を解き明かし未知を既知とする学問であるのに対し、魔術は不可思議や奇跡を未知のまま引用する技術だ。

 そんな正反対の存在が上手くやっていけるはずもない。

 

 科学は天敵。

 カエルにとってのヘビ。

 ヘビにとってのナメクジ。

 ナメクジにとってのカエル。

 要するに根本から水と油のようなものなのだ。

 

 ただ、彼にとって理由は別にあった。

 

「はぁー……おっと逃げる逃げる」

 

 逃げた幸せを掴み口に投げ込むような動作をしながら彼は言った。なんとも非生産的な作業だが、魔術師は迷信からも魔術が生まれるという事を知っている。

 

「ああ行けそう。その魔術作ろ」

 

 嫌な事から逃避するかの如く、いつにも増してふわふわした思考だが……ここは高度2000mの上空。

 それも頼りにするには余りにも心許ない一本の箒で軍用ジェット機ばりの高速移動をしている最中だ。下は太平洋ど真ん中、落ちれば当然命はない。

 

「憂鬱ですねー」

 

 さて、そんな剛毅な彼が何故ここまで(箒に寝転ぶかのようにだらけきりながら飛翔中)気後れしているのか。

 

 実のところ彼は魔術師だが、科学は嫌いではなかった。

 つまり学園都市自体は直接的な理由に関係しないということである。

 

「大抵の魔術師は科学嫌いなんだけど……僕は洗濯機だってエアコンだってスマホだって使うし」

 

 そう。彼にとって科学は敵対するものではない。むしろ三食飯付きで歓迎しちゃうくらいだった。

 では彼の憂鬱の原因は何なのだろうか。

 

「はぁー」

 

 深く重い溜息。心なしか顔色も悪い。

 

「いや憂鬱っても宇宙人とか異界人とか未来人とか超能力者相手ならまだ良いんですけどねー。それよりもっと凄い人が丁度いるらしいんですよ」

 

 最早独り言のレベルじゃない言葉を、目が完全に明後日の方向を向いたまま言うのだから魔術師の気苦労は計り知れない。

 

「あ、そうだ。それならー!」

 

 バックレよう!

 だが、

 

「依頼達成率100%を覆す訳には……」

 

 ぐぬぬ……。

 

 

 たっぷり数分をかけて悩んで、彼はようやく結論を出した。

 

「行くっきゃないかー」

 

 配達という仕事には届ける責任と義務がある。そう考える彼は自分の仕事に自信を持ち好いているが、久しくこの仕事を面倒だと思ってしまった。

 

 今日の魔術師は何処までもネガティヴである。

 

 

 

***

 

 

 

「さて、着いたは良いけどどう入ろう」

 

 学園都市は外周をぐるりと大きく壁に囲まれている。高さは5メートルはあるだろうか。

 まあ5メートルなんぞ飛べばすぐの彼にとって屁でもないのだが、ここは科学の総本山。セキュリティは山のようにかけられているだろう。

 そんな場所に侵入するにはそれこそ乗り越える(物理)か、破壊する(物理)しかないわけだ。かといって正規の方法で侵入するには何重もの検査やらなんやらくぐり抜けないといけないと聞く。本当に面倒なことこの上ない。

 

「飛ぶかー」

 

 一言呟いて箒にまたがる。

 瞬間、待ってましたとばかりに浮き上がる箒。一秒とかからず6メートル程の高さまで駆け上がるとゆっくり内部に侵入する。

 正直どんな科学兵器だろうがこの箒にまたがっている間は大丈夫だと確信してはいるが、万が一ということがある。

 

「だ、大丈夫〜。大丈夫〜。一休み一休み。馬の耳に念仏〜」

 

 何やら訳のわからない自己暗示をしながら少しずつ進んで行く。

 しかし一向に学園都市からのアプローチはない。

 

「あっれー? ……何もおこらない」

 

 まるで意味ありげな骸骨に近づいてみたら、ただのしかばねのようだったみたいに。呆気なく壁を乗り越えてしまったことに首をかしげる。

 

「ミサイルとかマシンガンでズバババーンは覚悟してたんだけどなぁ……」

 

 人目がないことを確認して地面に足をつける。

 流石に目的地まで飛ぶ馬鹿はしない。姿を隠す魔術もあるが、科学都市というのならレーダーくらいあるだろう。飛んだら確実に見つかる。生憎、レーダーから何から完全に隠蔽する便利な魔術は持ち合わせていないのだ。

 

「えっと行き先は……」

 

 配達物はただの手紙。

 差出人は……リドヴィア=ロレンツェッティ。御誂え向きに時間指定もしてある。

 やっぱりこの制度見直そうかなぁ。

 そんなことを思った。制度というのは彼が配達物を『届ける』だけで済むように作った方法のことだ。

 

 1、依頼主は配達物を用意。

 2、紙に氏名、宛先、宛名を書く。

 3、見合うだけの金額と共に紙を封筒に入れる。

 3、封筒と配達物を『専用ポスト』に投函。

 

 以上。

 『専用ポスト』は彼が色々な場所で配布している。どんなに頑張ったって彼は一人。届けられる数に限りはあるため客の選定も兼ねているのだ。

 ただ、彼の運び屋としての力は超一流。

 その『専用ポスト』はある程度魔術に精通している者なら喉から手が出るほど欲しいものであることに間違いはない。その為一介の魔術師に渡しても、いつの間にか超がつくほどの魔術サイドのお偉いさんが持っていたなんて良くある話だ。

 しかしその為、顧客の把握が難しくなっている。

 彼が知っている限り、

 

「《10番目》さんや《CKたんprpr》さん、《ローマ教皇》さんに《君の魔術を教えてよ》さん、《HN.機械を壊す妖精さん》さんと《わるきゅーれ》さんと、それから《我らが明け色の陽射しをあまねく世界に》さん《人生(いもうと)》さん等々……」

 

 ……多すぎて個人単位で把握出来ない。

 今あげたのはいわゆるお得意様で、他にも顧客は沢山抱えているのだ。

 

「確かにこの時代個人情報は大事だよ。でもさぁ」

 

 郵便配達に本名を使わないのは如何なものかと……。

 

「依頼主の名前はコロコロ変わるから……僕が楽しみにしている感は否めないけどさ」

 

 一通り脇道に逸れた頭が満足すると、魔術師は思考を本筋に戻して行く。

 

「そうだ、送り先だった。えーっと……『窓のないビル』?」

 

 なんだその漠然とした目印になるのかならないのかすら分からない珍しい建物は。

 

「所在地は……第七学区」

 

 学園都市は東京都の三分の一の面積を誇る。その為学園都市内にも様々な学区があった。そして学園都市は学区によって顕著に違いが出る。

 

「第七学区は学生が多いんだったか……」

 

 そのうちの第七学区は面積が広く学校の多い場所だ。当然そんな場所には必然的に学生寮も多く、学生たちの活動の主な拠点となっている。

 

「魔術の使用は避けたいけど……」

 

 ちょっと魔術の発動の仕方が特異な彼は、普通の魔術師の前でも魔術の行使を嫌う。勿論どんな魔術師でも、分析されることを恐れ魔術師(どうぎょうしゃ)の前で無闇に魔術は使わない。しかしそれよりも、科学(てき)の眼前で魔術を使う愚かさは魔術を志す者が知らぬはずはない。

 

 魔術と科学は平行。絶対に交わることの無い一直線なもの。

 ならばその上で『ちょっと特異』な魔術を目撃されでもしたらどうなるか。

 自分の力を過大評価しているつもりは無いが彼の魔術はそれだけ特殊なものなのだ。

 危うい均衡を保つ両陣営を根元からひっくり返すような、それだけの特異性は持っている。そんな魔術サイドの中でも特異なものが科学サイドの本拠地に侵入したとなれば……。

 

 ……想像して胃がキリキリとしてきた彼は、もう一度覚悟を決めなおした。

 

「人払いでも……」

 

 かなりメジャーだが応用力のある魔術を使おうとして、周りに全く人影が見え無いことに気づく。

 罠か? と警戒するも一瞬。直後視界に入り込んできたとあるポスターによって彼は状況を把握する。

 

*ーー

 

大覇星祭開催中!!!

 

ーー*

 

 魔術師である彼でも聞いたことがある世界的にも有名な行事。かのオリンピックに匹敵するとまで称される大イベント。それが学園都市の体育祭、大覇星祭だ。

 

 何故たかが科学が進んでいるだけのこの都市の体育祭が、視聴率50%を超える人気を誇るのか。疑問に思うのも無理は無い。

 しかし理由は単純明快。

 科学サイドには魔術と渡り合うだけの『才』を持つ者が無数に存在するからである。

 『才』有る者達は、ある者は水を操り、ある者は電気を帯電させ、ある者は車を素手で持ち上げ、ある者は手を触れずとも物体を浮遊させる。

 

 『才』の名は──『超能力』

 科学の町、学園都市が学園都市たる所以。そして、強大な『魔術』というものを扱う魔術サイドと肩を並べる最大の理由である。

 一般人からして見れば『超能力』なんて漫画やおとぎ話の世界。そしてそんな異能を見ることが出来る唯一の機会が、一年に一度開催されるこの大覇星祭なのだ。当然好奇心に駆られ誰しもが注目するイベントとなる。

 

「あー、だから人気がないんだ」

 

 基本的に学園都市の壁から程近い場所には学校なんて存在しない。つまり会場から離れているのだ。その為全くもって周辺は寂しいものだった。

 

「じゃあ無断で飛び越えてもミサイルドカーンって来なかったのは、単純に警戒が緩くなってただけだったのかー」

 

 大覇星祭はテレビ中継だけでなく、一般開放もされる。勿論無制限というわけでは無いが少なく無い数の外部の人間が学園都市内に入ってくる。どうしたって警戒は甘くなるのだ。

 

「まあ好都合なんだけどね〜」

 

 人気が無いのなら行動しやすい。これから向かう第七学区はイベントの主体となる学区だろうが、準備を人に見られることなく出来るのは大きかった。

 ただ、

 

「整いすぎてて気持ち悪いなー」

 

 明らかにおかしかった。

 壁の内部ならまだわかる。それどころかさっきは壁の外にもまるで人気がなかったのだ。

 

「しかも、なんだろこのよくわかんないけど嫌なこの空気は」

 

 見えている景色、吸っている空気。何も異常は無いはずなのにおぞましい何かが蠢いている。そんな言い知れ無い不安感。まるで360度全てから堂々と覗き見されているような……。

 

「でもそんなわけないよなぁ」

 

 念のため予め三重に施した防御魔法は問題なく作動しているし、見えない『ナニカ』がいたとしてもその防御魔法に触れれば存在を知覚出来ているはずだ。

 

「念には念を。人払いは使っておこうか」

 

 

 

***

 

 

 

 道路は歩行者に解放され、脇には屋台が並立していた。辺りには芳しい香りが立ち込め食欲を刺激する。周囲一帯食べ物を買い求める学生によって埋め尽くされていた。

 所々大人も混じっているのは保護者や教師だろうか? しかし皆一様に、表情には喜色を浮かべ、ワイワイと会話を楽しんでいた。

 

「うっ……美味そう……。いやでも駄目だ。今は仕事中。先ずは配達を済ませてから……。いやいや、でもちょっとくらいなら、先っちょだけなら……先っちょだけ食べるくらい別に……」

 

 ぶつくさ言う魔術師。はたから見れば完全に不審者なのだが、そんなことは視界に入らないくらい屋台の食べ物に目を奪われていた。

 さて、そんな彼。現在の格好は上下体操服に運動靴、その他服飾品は何もつけていない状態である。

 しかし視覚操作等の魔術ではなく、すぐそこにあった呉服店で購入したものだ。あくまで魔術は相手の目を誤魔化すだけ。触れられたりという危険がある以上着替えない訳にはいかなかった。

 

 だがその実、

 少しでも彼を知るものならこの異常さは言葉に表せないレベルといえよう。彼がトレードマークとも言える三角帽子と箒をつけていないというのはどう考えても異常なのだ。

 魔術的な面としてもそうだが、仕事以外でもその服装を欠かさない彼の素顔はなかなかお目にかかれない。なにせあのでかい三角帽子を常時被っているのだ。その貴重さはかなりのものである。

 

 ただ今回はそれが裏目に出てしまったと言うべきか。彼の顔立ちは中性的と表現するに相応しいもの。男性が見ても女性が見ても「綺麗」ということ請け合いのその顔は、学園都市では少々浮いていた。

 そんな訳で、

 

「おうおうネエちゃん。今暇だろ?俺たちと遊ばねえ?」

 

 へっへっへと笑う数人の男達。

 爛々としたその瞳は欲望に駆られた男のソレ。

 

 しかしここで確認して欲しいのは彼が歴とした『男』であるということである。いや、確かに間違われることは以前帽子を外した時にあったが、男の彼からすれば同性からの欲望の対象にされていると思うと嫌悪感しかない。それはもう虫唾が走る類いで。

 

 いわゆる壁ドンと呼ばれる体勢まで放置していた責任はあるが、顔の目の前まで迫られ男の息が顔にかかっていた。

 

(気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!!)

 

 同性愛者でもなければ普通に女性に性的感情を抱く彼であれば、路地裏の不良に近くまで寄られればこうなるのも致し方ない。

「あの……人の目もありますし……」

「おっ、意外と乗り気?」

「じゃあ俺たちのとこ来いよ!そうすりゃすぐにでも可愛がってやれるぜ」

 

 はー? テメエら消し炭にするぞ?

 珍しく青筋を浮かべる彼はキャラじゃない口調で相手に(心の中で)敵意を向けると拳を握り締める。ただ、彼は様々な事を魔術に頼って生きている生粋のもやしっ子である。あくまで拳を握っただけで筋力も無ければ闘いの技量も持っているわけではない。

 

(学園都市面倒だー)

 

 少々危ないくらい機嫌が悪いことに自分で気づいてため息をつく。魔術師というものはいつも冷静であるべき。ちょっと慣れない状況で気が動転しただけだ。そうに違いない。

 男に言い寄られた記憶を忘却の彼方にフライアウェイして彼は気持ちを落ち着ける。しかしながらこの男に囲まれた状況では逃げようもない。

 ──魔術を使おう。

 個人的感情はない。そう。別にちょっと気にくわないから制圧するだけだ。

 いつも絡まれた時に使うレベルの軽い魔術だが、機嫌が悪いからって倍の威力にするなんてことはない。倍? いや三倍でいいかなんて思ったりするわけない。本当に。

 彼がもう少しで不良達の骨、いや下半身の生殖機能が働かなくなるくらいを考えていた時、

 

「あら〜? 寄ってたかって一人の子イジめるなんてイケない子ね」

 

 不良達にとってはある意味最高のタイミングであった。

 数秒遅れていれば彼らは今後男として生きていけなくなっていただろう。

 魔術師からすれば鬱憤晴らし……もとい説教するところに横槍を入れられた形だ。

 当然彼はそちらを睨みつけるように見て、

 

「ぁ……!!! ぃ……!!?」

 

 直後彼を絶望が襲った。

 表情筋が引き攣り、冷や汗が溢れ落ちる。

 

「なんだてめえ」

「まあまあそんな焦らないでよ童貞クン。早漏だからってお姉さん逃げたりしないわぁ」

 

 何やら不良達が微妙な空気になっている中、

 

「その子、お姉さんの連れなの。お楽しみのとこ悪いけど借りてくわよ」

「って言われてもなぁ……この子も乗り気なんだぜ?」

 

 チラと魔術師を窺う乱入者。

 立派な金髪と豊満な胸を揺らしながら、その女性は妖艶に微笑む。

 

「じゃあしょうがないわね」

 

 瞬間。

 不良たちが壁にめり込む。比喩などではなく、まるで壁に吸収されるかのようにのめり込んだ。

 

「ぐっ…が…ぁ……テメエなん……!?」

「『追跡封じ(ルートディスターブ)』」

 

 不良達に分かったのはその女が小さな紙を口にくわえているということ。そして、自分達の意識が手放されるということだった。

 

「さぁて邪魔者はいなくなった事だし……感動の再会と行こうかしら」

「……なんの用だよー」

 

 言って魔術師は平静を装うべく女を睥睨した。

 

「うふふ。そんなに見つめられたら興奮しちゃうじゃない」

「なんの用だって聞いてるんだ」

 

 女の軽口には全く耳を貸さない。つとめて彼は一貫としたその姿勢を崩さなかった。

 

「なんの用って……理由がないと会っちゃイケないっていうの?」

 

 その態度に頭を痛めたかのように手を当てる魔術師。

 その女のソレは彼の『言葉』を待っているのだ。いつもながら呆れるほど面倒臭い。仕方なく彼はソレを口にする。

 

 

「何の用? ──オリアナ姉さん」

「そうそう! でも昔みたいに〈姉ちゃん〉の方が嬉しいわよ? レオナルド」

 

 

 流れる金髪をかきあげて、女……オリアナ=トムソンは、

 帽子を外し、ふわふわの金髪を晒すその弟、レオナルド=トムソンにニッコリと微笑んだ。

 




世界の魔術師訪問形式か(一話)、禁書本編に絡めるか(二話)このss書いた当初からの悩み
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