魔術師の宅急便   作:トキS

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待ちすぎたせいか三期放送まであと二日というところでようやく本当の実感が湧いてきた感


アレイスター=クロウリー

 オリアナと別れた魔術師は学園都市の第七学区まで足を運んでいた。

 正確に言えば、学生あふれる中心部の喧噪からやや離れた人通りの少ない場所である。

 

「ここが窓のないビルかー」

 

 お目当ての建物はここにあった。

 ビルなのに窓がない。現代まで積み上げられた建築技術の研鑽なんて知るか、なんて真っ向喧嘩を売っちゃっているが大丈夫だろうか。

 といらない心配をする程度には珍しい建物である。特に苦労もなく見つけ出すことには成功した。

 ただ、

 

「窓は良いとしても入り口がないなんて聞いてないよー……」

 

 それどうやって入ればいいんですか。

 質量の塊がドカンと鎮座。中は本当に空間があるのか、入り口がないだけで建物かすら疑ってしまう。

 

 周囲を軽く見回って、彼は早々に結論を出した。長くいても良いことなんてない。

 侵入がバレたら魔術サイドと科学サイドどちらからも追われるというのがフリーの魔術師の辛いところ。

 

「はぁ……姉さん……」

 

 いやシレッと次の約束を取り付けてきた姉から逃げたいだけであった。

 こちとら飛行術式使う運び屋ってだけで既に同業者からも腫れ物扱いだよべいべーな魔術師からすれば大手魔術組織の事情など知るかそんなもんである。

 

「壊そー」

 

 故に選択はいつになく直球だった。

 魔術師は手に持っていた箒に跨るとゆっくり空中に浮き上がる。そのまま緩慢な動作で壁に近づいて振りかぶった拳で殴りつけた。

 

 スパンッと綺麗な音がなった。

 

「あれー?」

 

 ジャブ、ジャブ、ストレート。

 スパン、スパン、ズパンッと綺麗な音がなった。

 

「おっかしいなー」

 

 ちょっと離れて、勢いをつけて。

 

「どーん!!」

「待った待った!」

 

 魔術師が数メートルの助走をつけた矢先、遮るようにして飛び込んでくる影があった。

 

「私が案内人だから。その手を下げなさい」

「……ずっとつけてた癖によくいいますよー」

「貴方かどうか確証がなかったから、ごめんなさいね」

「特徴くらい聞いておいてくださいよー。何分待ったと」

「五分程度で女々しいわね」

「めめー???……どこから見てもばーっちしクールなお兄さんでしょー!」

「どこを切り取ってCOOLなんて言葉が出てくるのやら。あー日本語ワカラナイ? それとも男のくせに女々しいって言えばいいかしら」

「日本語英語イタリア語フランス語中国語大抵の言語はマスターしてますー! ちょっと今日はそっちの話題がタブーなだけですー!」

「女々しい上に子供っぽい。ここに来るくらいだから坊やもVIPのはずだけれど普段猫かぶってるでしょう」

「……っ」

「自分でもわかってるんじゃない」

 

 ふうん、男の子……ね。

 金髪の男としか聞いてなかったから判断できなかったけれど。なるほど、これで男の子か。

 

「まあ、いいわ」

「よくないですよー」

 

 胸元を隠す布地にブレザーを羽織っただけというかなり特徴的な格好の女性、結標淡希(むすじめあわき)は色々思うところありつつも案内人としての役割を遂行する。

 

「捕まって」

 

 そうして手を差し出された魔術師だが、こちらもまた色々思うところがあった。

 格好といい雰囲気といい、どことなく姉に似ていて忌避感があることとか。

 害意があると断定できるわけではないけれど、向けられる視線に警戒心を覚えることとか。

 というか根本的に手に捕まってどうするのとか。

 

「……まー、いっか」

 

 今日はペース乱されまくりで諦めたのか、こんな時だけマイペースを発揮して魔術師は案内人の手を握った。

 

 どこいくの?ビルの中?

 それなら隠し扉?別の場所から地下通路?

 魔術師の思考は手を触れた次の瞬間に消えた。

 

 見える景色が一転。

 ビルの外壁でいっぱいの視界はモニターやボタン、機械の塊から伸びるコードやチューブが床を這うひどく『科学』的な光景に変化していた。

 

 

 瞬時に魔術的な考察が頭を巡る魔術師だが、途中で気づく。

 この都市特有の異能、超能力。

 テレポーテーション、そんなものがあったなと魔術師は思い当たった。

 

 そして、()()に出会った。

 

「レオナルド=トムソン」

 

 瞬時に皮膚が泡立った。

 ソレに見られているというだけで第六感的なものが、本能が警鐘を鳴らす。

 なんと形容したら良いだろうか。

 ソレは男にも女にも、子供にも老人にも、聖人にも囚人にも見えるナニカであった。

 上部に蓋をされた大きなビーカーのようなものが赤い液体で満たされていて、液中に緑色の手術衣を着たソレが浮かんでいる。

 

 

 唇が乾き、心臓の鼓動が痛い。

 『獣王』と対峙した時だってここまで身の危険は感じなかった。

 レベルで言えば魔術結社(マジックキャバル)のボスが会うたびに地形が変わる程度の術式を連打してきやがる時くらいの緊張感である。

 

 箒を握る手に汗がにじむ。

 ソレを見てようやく自覚した。急転直下、大ピンチだ。

 迂闊にもほどがある。何の警戒もなしに知らない人について行くなんて。

 

 第三者の魔術師ならこれを『詰み』と表現するだろう。

 通常、魔術はそれがどんなものであれ準備を必要とする。そのため魔術を行使する者の戦闘は自分の『テリトリー』に引き込んで戦うのが定石である。

 あらかじめ必要な記号を揃える。あらかじめ星辰を測り、あらかじめ地脈を測り、あらかじめ儀式殿を形作る。

 そうして準備をした魔術は、かけた時間分強い。

 当然準備を重ねた『テリトリー』に引き込むことが出来れば勝率は大きく上昇するという訳である。

 

 ところで魔術師の『テリトリー』はその術式を見れば誰もがわかる通り、空である。

 

 周囲は出入り口なんてなさそうな密閉空間。テレポートを起点としているせいで逃げようにも不可能だ。後ろに下がっていった女以外この空間を脱するすべがない。

 全く強みを生かせない上に、100パーセント相手の『テリトリー』である。それはもう詰みと表現する他ない。

 唯一残るのは壊すという選択肢だが、ビル内部であろうこの場所はつまり、

 

(───()()()()()()()()()()壊れない素材で出来ている)

 

 壊すという選択肢はとれない。

 大きな魔術を発動する隙があれば別だが、それを許すような相手ではなさそうだ。

 

 いくら魔術師が大宗教組織の本拠地に容易に踏み込むだけの自信を持てる術式があり、それが箒に乗るだけ準備OKのお手軽魔術師とはいえ。

 それはその術式の機動力があれば何があっても逃げ切れると確信しているからであり。

 

 つまり飛べない魔術師はただの的だ。

 

 そんな風に考えをまとめて。魔術師は張り詰めた緊張をほぐすように息を吐く。

 相手も返事を待っているのか何事も発しない。

 

 奇妙な沈黙は魔術師を落ち着かせるには十分であった。

 

 魔術師は考え方を改め、整理する。

 状況的に見ておそらくこの方がお客さま(アレイスター=クロウリー)だ。

 ビリビリと感じるプレッシャー、近未来的な環境と不可思議な風貌、伝説の魔術師(黄金のアレイスター)と同姓同名。

 惑わすのはこれらの要素だが。

 

 もっと簡潔に状況を整理する。

 客と宅急便。

 少し落ち着いてみればそれだけの関係だ。

 

 そもそも運び屋が相手の事情を詮索するのはあまり褒められたものではないし、さっと配達してさっと立ち去ればいいだけなのだ。

 そこに発生するのは物を受け取ったらさようならの浅い交流が精々。

 普通配達したらオーバーオールのお姉さんに『歓迎』されたり、魔術結社のボスに大技連打されたり、ハイレベル魔術師四人組に延々と追いかけ回されたり、魔術結社のボスに爆破術式埋め込まれたり、魔術結社のボスの買い物に付き合わされたり、魔術結社のボスの妹のお守りをさせられたりすることはないのである。お前のことですよドSやろー。

 とにかくただの配達員に好戦的な奴は早々いない。

 仕事に徹する。宅急便のお兄さんになりきれ。

 そのためには笑顔だ。第一印象を大事にしないと。

 

「アレイスター=クロウリーさまですね。お届け物が」

「君の論文は全て読ませてもらった」

 

 満を持して飛び出た言葉は半ばから遮られた。

 それも唐突な話であった。

 しかし、カチリと魔術師の動きが止まる。

 

「80mの機体と時速7000m以上の速度であれば理論上90%のエネルギー削減が可能という研究結果は実にこの都市向きだ」

「…………」

「特に冷凍技術と摩擦力の理論は素晴らしい」

 

 その情報を魔術師は知らない。が、()()()()()

 

「私は君の研究のファンでね。折を見てこの街に招待しようと考えていたのだが」

 

 ソレは表情を全く変えずに言った。

 

()()()()

 

 たかが宅急便のお兄さんを相手にするにはいささか個人情報にすぎる。

 どこまで知られているのかわからない恐怖に身が震えた。

 

「……何とも事情通で。それを今の僕とを結び付けられるくらいなら」

「魔道書の暴走で村一つ地図から消えた、表向きを言っているのか。それとも魔道書を読んだ魔術師がまだ生きているということか。それとも」

 

 それが一番決定的な言葉だった。

 

「記憶喪失か」

 

 コマ送りのごとくいびつな速さで箒にまたがり、浮き上がる魔術師を結標淡希の目は捉えきれなかった。

 明確なアクションはそれだけであるが、おそらくそれが全力の警戒姿勢であることは痛いほどの緊張感から察する。

 

「『おじいさん』は随分と思い切った事をしたようだ」

「……それも聞かれてたか」

「自らの生体情報を記録して後世の子孫に受け継ぐ、いや乗っとると言うべきか」

 

 魔術師の()()()()()を見ながら言う。

 

「魔道書によって血に封じた魔術を解放する。魔術因子を含んだ遺伝子情報が後世に伝わる可能性を考えれば干草から針を探すというものだが、頭脳と性別と似通った記号を持つ先祖返りと考えれば期待値はそう低くはないといえる。特に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 誰に聞かせる訳ではない。ただの確認作業。

 何よりその言が真実であるということに魔術師は何も言うことができない。

 

「発動者の意識、記憶、性格、全てを破壊してでも現界するという死間際の怨念(とっておき)

 

 音は無く、

 

「浅い魔術だ」

 

 何かが通り抜けた感覚があった。

 

「────っ」

 

 左目が焼ける。痛みが上限を超えて熱さとなる。

 掻きむしった拍子に眼帯が落ち、黒い液体が溢れる。

 

「随分と深く癒着している」

 

 魔術師の左目のあるはずの場所にはびっしりと浮かんだ文字列が回転していた。

 

「だが万能の祖にも魔術の才はなかったとみえる」

 

 魔術師は平衡感覚を失った状態ながら歯をくいしばって術式を安定させていく。

 

「発動者に魔力を外部にそらされ、その被害も村が消える程度では所詮10万3000冊に入らない紛い物」

 

 ペテロの撃墜術式が効果なしという看板を見ながら、

 

「この分ではそのイギリス清教の警戒している術式というのも期待できないか」

 

 全てを知られ、全てを否定されている。

 レオナルド=トムソンという魔術師の全てを。

 

「頑丈と聞いていたが脆いものだ」

「これでも自信はあったんですけどねー……僕にピンポイントすぎて対策がありません」

「あたりはつけていたが、魔女の塗り薬にアネモイは疑似餌、つまりシモンマグスと絡めた死霊術書(ネクロノミコン)関連か三位一体転用の位相変更術式か」

「……まあ、自分の魔術のことベラベラ話すやつはいないでしょう」

「違いない」

 

 それから魔術師は自分に(ペテロ)の術式がかかったことを知覚した。

 もうまずいな、なんて思うこともなかった。

 ある種確信をもって自分の術式を破られることを予見していたからだ。

 

 

 

「言うなれば『()()()()()()()()()()()()()()()』か」

 

 

 

 厄介なファンもいたものだ。

 

 

 

「試してみますか」

 

 

 

 そうして魔術師は()()()()()()()()()()()睨みつけた。

 

 

 

 

 魔術師はたっぷり数十秒間相手の出方を窺って、

 

「ふむ。私は君と事を構えるつもりはない」

 

 息をはいた。極限の緊張が徐々にほぐれる。

 

「ただ、私もこれを持っていてね。今後ともよろしくお願いしたいというだけだ」

「まあ持っていらっしゃるでしょうね」

 

 目線の先を見やれば機械の上にポツンとおかれた青い箱状のもの。

 物を入れる穴が一つに、箒に乗った魔女の印が入ったポスト。

 魔術師に依頼をするための専用ポストである。

 

 これは脅迫というか脅しというか、そういうやつだ。

 また面倒な客が増えてしまったと魔術師はため息をついた。

 

「そろそろ向こうも終わるようだ」

 

 どんな原理か、空中に映像が写し出される。

 どこか開けた場所だった。ツンツン頭の見知らぬ男が様々にまくしたてている。

 内容はひどいものだ。

 姉の頑張りを知りもしないくせに上からご高説垂れている。

 

 そしてその男は自分の姉をぶん殴っていた。

 

 ああ、それはもう、盛大にぶちぎれた。

 体はガタガタに崩されているにもかかわらず、歯に力を籠めすぎて唇から血が出る。

 

「僕はいかなくちゃいけないみたいですね」

 

 身内が殴られたという直接的なことより、自分の姉の生き方を否定されることに凄まじい怒りを覚えた。

 これはたかがお偉いさんに秘密がもれただけだ。なんてこのことがどうでもよくなるくらいには。

 

「リドヴィア=ロレンツェッティ様からお届け物です」

 

 しかし仕事は仕事。プライベートとはまた別だ。

 まだ制御のついているうちにやるべきことは終わらせたかった。

 

「ふむ、その紙切れにもう意味はない」

 

 流れから予想はしていた。

 姉の仕事相手ということは知っているし、きっと姉の性質的に僕がここにいるというのが重要な類の術式なんだろうなと。

 

「受け取っておこう」

 

 手の先で燃え尽きた手紙を気にせず、寄って来た女の手を握りしめる。

 

「それでは今後とも『魔術師の宅急便』をよろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、どうかね」

 

 ゴールデンレトリバーがいた。鮮やかな毛並みを持ったその犬は、

 

「木原としては円周とはまた違った方向性に進んだなりそこない。混ざり物が多くて元の質ははっきりせんがね」

 

 よく透る男性の声で答える。

 

「魔導書の形を取っていようとあれは異界の法則なんて一行も記されていなければ、幻想殺しですぐかき消される程度。それに押し込まれた木原もたかが知れるというものだ」

 

 人間は言う。

 

木原(かがく)にも聖人(まじゅつ)にも寄らずでは話にならない」

「随分辛口だな」

 

 それに、今日は普段に増して感情的(よく口が回る)じゃないか。

 

「…………」

「君を怒らせる気はない」

 

 だが、とその人語を解す四足歩行の動物は付け足す。

 

「好悪で言えば好ましい」

 

 ───まるで君を見ているようで。

 


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