クリア後のその先で   作:一葉 さゑら

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超序編
プロローグ【SAO全記録より抜粋】


 〜〜〜〜【第四章 黒の剣士】幕間 より抜粋〜〜〜〜

 

 

 

 

 黒の剣士の話を締めるために、もう一つ、書かなければならないことがあるとすれば【狂目(きょうぼく)】の存在他ならない。

 彼の通り名は黒の剣士に負けず劣らずなほど多く、そのネーミングの特徴としては【狂目】に始まり【凶眼(まがめ)】【不触(さわらず)】といった不吉な通り名が立ち並ぶという点が挙げられる。そんな通り名の中でもゲームを体験した我々SAOサバイバーとして第一に挙げたいものは何と言っても【攻略期間を半分にした男】の一つに尽きるだろう。

 

 黒の剣士がゲーム攻略者というなら、彼はゲーム解析者。

 

 どこからともなく現れてはあっと言わせてくれるある意味痛快なプレイヤーであった。

 性格は通り名から受けるであろう印象とは真逆で極めて温厚。最初期、忌み名として名高かった【βプレイヤー】とも分け隔てなく接し、役に立たないと蔑まれていた初心者には決して怒ることなく一から丁寧にノウハウを教えた。公正で好青なプレイヤーだった。

 

 身体的特徴は平均的な身長に中肉中背、爽やかで整った顔立ち。そして、それを全て壊すような禍々しい瞳だ。

 

 ナーヴギアにおける身体認証を利用して、現実に準拠したアバターがSAO内で用いられたのは有名な話だが、彼の目は、遺伝と環境によるストレスから重度の疲れ目であったらしく白目が著しく濁っていた(なお、ナーヴギアの起動条件の一つに十分な睡眠があり、他のSAOプレイヤーの初日におけるコンディションはいつもより調子が良かった)。その上、角膜と白目の光の複雑な反射をアバター、一つ一つに適用するには多大なリソースを食ってしまうため、プレイヤーには一律で一定の光がハイライトとして与えられていたのだが、彼の目は上記の通り異常なほど濁っていたため、ゾンビの目がテカテカと光っているかのような名状しがたい奇天烈さがあった。

 その結果、彼の目は否応なく初対面の人に『あ、こいつはやばい』と思わせるようなものとなってしまったのだ。

 仲の良かったであろう黒の剣士などは彼の目を冗談交じりに【呪いの目】などと称していたが、それを信じていた者は少なからずいただろう。

 さて、【黒の剣士】の章と【閃光】の幕間に当たるこの章では彼の功績について述べるとしよう。

 

 ───中略───

 

 こうした下層に対する手厚い補助は彼の名声を高める一つの助けとなった事は言うまでもない事実だが、彼には別の一面があった。

 

 狂気じみたまでの献身だ。

 

 下層に対するソレも見ようによっては狂気じみたものだと言えるだろうが、その真価は攻略組に対して現れることとなる。それはつまり、【攻略期間を半分にした男】と呼ばれる所以である。

 彼の献身は24層を過ぎた辺りから始まる。事の始まりは、それまで下層の治安維持に心血を注いでいた彼の行動が24階層踏破と同時に掴めなくなった事だった。本来ならばプレイヤーの行方不明、ましては下層の治安構築の最功労者の行方不明になれば、即刻、誰かによって捜索隊が組まれ、行動に当たることになるのだが、驚いたことに件の隊は組まれることはなかった。というより、組むことが叶わなかった。

 というのも、当時、下層の治安維持に当たっていた彼の腹心達が他のプレイヤー達にその異常を知らせない、悟らせなかったのだ。今までと全く変わることなく下層を統率して見せたことでその異常を隠し通したのだ。

 

 (因みに、かつての腹心は後に『あの人が、探させるな知らせるな悟らせるなと言ったのだ。それを遂行しない理由はない』と語る。一体どこの秘密組織だ。)

 

 して、下層を去った彼は25階層でまごついていた攻略組のチーム一つ一つに面会を申し出て、『これからは新階層解放後1週間後に迷宮前に集合してくれ』と言って回った。

 筆者である私は当時、攻略組ではなく単なる一中堅プレイヤーであったためその交渉を目の前にすることは叶わなかったのが、驚いたことに、そのお願いは全プレイヤーによって了承されることとなった。攻略ギルド戦国時代とも言われたほど、ラストアタック至上主義に陥っていたあの時において、これらの了承はいかに大きかったのかは押して図るべし。

 1週間後、約束の日。攻略組全プレイヤーを集めた彼は自己紹介を手短に済ませると全プレイヤーにあるアイテムを配って回った。

 

「迷宮のマップだ。全部踏破したから渡しておく。あと、ボス情報についてわかる限りまとめた紙も同封しておいた」

 

 禍々しい目で攻略組を見つめる彼はそう言うと去っていった。黒の剣士曰く、第一回定例会議は僅か10分だったらしい。

 25階層攻略においてこの情報は余りにも懐疑的だとして用いられることはなかったが(ただし、黒の剣士と閃光を始めとした一部プレイヤー達は遠慮なく用いた)、25、26階層と立て続けに同じことが起こると、彼の証言はもしかしたら本当なのではないかと囁かれ始める。しかしそれでも彼は攻略組ではないとして頑なに非難し、拒むものがいた。

 

 

 そして、狂目の登場から120と数日後にたどり着いた50階層。転機が訪れる。

 

 

 アインクラッドの折り返し地点となるこの階層のボスは今まででは考えられないくらい凶悪だった。

 倒すまで出られない、回復結晶の使用不可。5分に一回ランダム判定で起こる2秒スタン。凶悪に凶悪を重ねたこのボスはさらに最悪なことに謎解き型であった(謎解き型とは、ボスに致命的な弱点があるが、そこを突かれない限りボスは倒れることはないというものである)。

 

 それだけに、誰もが自分の死を覚悟して階層主に挑もうと意気込んでいたのだが、50階層解放後一週間経った日のこと、なんだかんだ定例となった会議の中で彼はことなさげに集まったプレイヤーに告げる。

「迷宮のマップだ。あ、あとマッピング中で分かった事だけど、このボス多分背中にある武器を奪わない限りHPにまともにダメージ入んないかもしれないから。後注意するべきなのは回復結晶が使えないところだな」

 

 

 結果、50階層は攻略組の快勝であった。死者0名。ラストアタック、黒の剣士。

 

 

 

 

 ───狂目の情報のおかげで50階層は被害者0人だった。

 

 ───狂目の情報は有益かつ正確だ。

 

 ───定例会議に出ればいい情報が手に入る。

 

 ───定例会議に出なければ攻略組ではない。

 

 ───定例会議に出なければ。

 

 

 

 

 そこから情報は加速的に正しくもねじ曲がり、世論は彼へと傾いていく。(腹心達が情報操作に手を加えていたことが【情報屋】こと【ネズミ】が調べ上げていたがしかし、なによりも彼女が進んでその捻じ曲げの助長をしたことがクリア後の調査で分かっている。)

 

 51、52、53階層とその後も定例会議が開かれる内にいつしか、『攻略組はレベル上げに専念し、他のことは全て狂目とそのギルドが行う』というなんとも歪で偏った役割の振り分けが完成していた。

 そして、狂ったことに、その振り分けはゲームクリアまで変わることがなかった。流石に最後の方は【ネズミ】を始めとした情報屋達に街中の調査などは一任していたそうだが、迷宮のマッピング及び、ボス攻略のメンバー選出などは殆ど彼一人でこなしていたらしい。ギルド単位で行われるあまりの効率的すぎるハードワークは凄まじく、黒の剣士も手伝おうとしたがその調べた範囲は三日前に調査済みだった、という笑い事ではない笑い話が出来た程だった。その速さについて詳しくは、巻末のSAO内カレンダーを見てもらうと分かるだろう。

 

【攻略期間を半分にした男】

 

 私は彼に頼ってしまった事を深く自責の念を持ちつつも、最大の賛辞を送ろうと思う。ゲームクリアの道は彼が作ったのだと。

 

 私達が彼にこのレッテルを貼ってしまった罪は、重い。

 

 

 

 プレイヤー名:【《自主規制》】

 

【狂目】【凶眼】【攻略期間を半分にした男】【賢者】【叡智】【参謀】【不寝】【不触】【5千人を救いし者】【救世主】【腐り目】【リビングゾンビ】【歪ハイライトお兄さん】【虚言少年】【犠牲者】【漢】【根食系男子】

 

 主な功績

 

 ・下層の援助(武器・防具・アイテム関連・戦闘技術関連・治安関連)

 

 ・義務教育課程の児童の保護及び1階層の治安構成

 

 ・攻略組への情報援助

 

 ・ボス攻略に際する人員の選出及び隊列の決定

 

 ・情報ギルドの結成及び運営

 

 

 注釈。

 

 他にも彼の功績は多く存在するが、中には、彼のこれからの生活を脅かしてしまう可能性がある物もあるため、他の項のプレイヤー達同様にプレイヤー名を始めとするいくつかの情報を掲載することを控えさせてもらった。

 また、彼はあくまでも情報提供を主としており、ボス攻略に参加することはなかったため、【及び腰】といった不名誉な通り名もあるにはあったが、私自身を始めとするトッププレイヤーの総意として、棄却及び不載とさせてもらった(一部ふざけた物は所謂愛称である)。

 

 

 

 

 


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