クリア後のその先で   作:一葉 さゑら

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9【登校初日⒊】

 昼。

 

 チャイムが鳴ると同時にすくっ、と立って屋上を目指す。

 

 不思議なもので、今日はどの道を辿れば極力人に会わずに屋上へ行けるのかが四時間目終わり3分前にふと頭に浮かんでくる。特殊能力でもなんでもなく、日々の虚しい研鑽の賜物なのだが、今日の復帰初めてのチキチキ屋上レースには挑むことができなかった。

 

 教科書を机に入れ腰をあげようとしたその瞬間に隣からガンッ! と鋭い音がする。椅子から立ち上がりかけのまま隣を見れば一色がにっこりと笑って机をくっつけていた。

 

「……先輩?お昼一緒に食べましょ?」

「お、おう」

 

 逃げようにも窓と彼女に挟まれた俺はどうすることはできない。有無を言わさない彼女の笑みに押されるがまま俺は着席し直した。そして、周りの好奇の視線を集めながら俺は鞄から弁当を取り出す。

 出てきたのは小町の手作り弁当。

 

「……あ〜、やっちまった……」

「どうしました?」

「弁当箱小町のと間違っちまった」

 

 ワクワクしながら取り出したのは黄色のワンポイントの刺繍がなされた可愛らしい包みだった。

 ケータイを取り出して小町にその旨を伝えると一分と経たずに届けに来いとのお達しが。そうか、同じ高校だからそういうことが出来るのか。めんどくさい。

 

「あらら。ここから2Dは地味に距離がありますね」

 

 一色が空で地図を描きながら言う。確かに地味にあるんだよなぁ。階をまたぐから余計に地味に長いという印象が強い。

 ……まぁ、高校にいても小町の姿が見られると思って我慢するしかかねえか。ご褒美があるだけ労働として破格だしな。それに、めんどくせえとか思っていたがこれいいチャンスなのではないのか?

 そう、よく考えればこれは、小町に悪い虫が付いていないかチェックできるまたと無いチャンスじゃないか!

 

「うわぁ、先輩が悪どい顔をしてます」

「聞こえてるからな、一色後輩」

「で、2Dに行くんですか?」

「ああ。ちょっくら(小町の生活を見に)行ってくる」

 

 ついでにマックスコーヒーを買おうと財布を持ち、俺は席を立った。

 

「先輩!弁当!弁当箱忘れています」

 

 教室から出る直前で一色が手を振って教えてくれる。危ない危ない、小町の送る高校生活に想いを馳せすぎて本筋を忘れてた。

 

「あ、悪い。すっかり忘れてた」

「いったい何しに行くつもりだったんですか……。あ、いや予想はつきますけど、顔は変わってもそういうとこは変わらないんですね」

「当たり前だろ。クラスの男子全員が霊長類ヒト科オトモダチだと確認が取れるまで帰れま10スペシャルだ。一色も来るか?」

「……いえ、遠慮します。昼休みがなくなりそうなので。あ、いや、先輩が戻って来るの待ってますんで早く帰ってきてくださいね。いいですか?小町ちゃんに迷惑かけちゃいけませんからね」

「分かった分かった。お前は俺の母ちゃんか」

「母ちゃん……つまり嫁ですか?」

「なわけないだろ……」

 

 俺が不安定になれば彼女が諌め、彼女が阿呆になれば俺が突っ込む。グラグラと揺れる天秤のようなやりとりだった。その後もグダグタとあーだこーだ言いながらも弁当の入ったカバンを持って教室を出た俺は、2年のある教室を目指す。

 

 廊下を歩いていると、ふと視線を感じた。

 

 ……懐かしいなこの感じ。

 

 露骨に感じた視線にそう思う。

 

 一瞬葉山にかつて向いていた類の注目かと思ったが、なんてことはない。周りのこそこそ話から時々聞こえてくる『文化祭』の単語でどんな視線かは想像がつくというものだ。前までの俺だったら過剰に卑屈になっていただろうが、流石にもう高校卒業しているはずの年齢となると、禍根が残っているんだなぁとしか思わない。

 

 まるで見世物のように、あるいはモーゼのように俺の半径50センチは人が近寄らないので、ついに、現実世界にもATフィールドが実装されたのかと思ったが、精神的成長をほぼ終え切った自分がそんなものを張れるわけがなく、ただ単に避けられているだけだった。

 

 そんなこんなで三年の教室が並ぶ非常に居心地の悪い廊下を抜けると次に現れるのが2年エリア、ではなく国際教養科であるJクラスのエリア。女子が元々多い科だが、普通科に比べて可愛い女子が多いことで有名な科だ。

 とはいえ雪ノ下クラスの美人が早々いるわけもなく、友達がほぼ美少女という高校生活の中で感覚がおかしくなった俺は大した感情を抱くわけでもなく、廊下を進む。

 

「こんにちは」

 

 国際教養の生徒が挨拶してくれる。見知らぬ先輩に挨拶してくれるなんて、なんと礼儀正しい子なのだろうか!感心2割、感動8割で挨拶を返すと表情は一転、体をばっと翻したその子はぴゅーっと向こうへと走って行ってしまった。

 ……礼儀がなっちゃいねえな。

 

 そんな出来事も挟みつつ2Dへ到着。

 

 大した時間歩いていたわけではないが集める視線に辟易していたせいか、8割り増しで疲れたな。

 その精神的疲労から、普段ならするであろう他クラスに対する緊張もろくに抱かないまま教室の扉を開けた。

 

「小町いるか?」

「あ!お兄ちゃん!こっちこっち!」

 

 ふむ、周りに男はいないようだな。安心した俺は手を挙げると小町に近づく。

 

 周りの喧騒がさぁーっと引いていっようなが気がしたが、小町はいつもと変わらない笑顔で手を振っているので気のせいだろう。小町に笑いかけひとなでしつつ俺は鞄からお弁当を取り出したのだった。

 

 

 ー・ー・ー

 

 

 

「こちら、お兄ちゃんです!」

「ども」

「こちら、私のお友達です!」

「よよよよ、よろしくお願いします!!お兄さん!」

 

 小町に弁当を渡して自分のものを受け取った俺は、一色が教室で待っていることもあり、さっさと退散しようという心づもりでいたのだが、小町から制止がかかり何故か強制的に椅子に座らされていた。

 

「……んで? どうしたんだよ引き止めて。早くメシ食いたいんだけど」

「お兄ちゃんが今日から復学するって話を友達としてたから紹介しようと思って」

「はぁ?」

「す、すみません!私なんかのためにお時間割いてもらっちゃって!」

「……大丈夫だがらとりあえず深呼吸しようか」

「はいっ!」

 

 現在の配置は俺の隣に小町がいて、机挟んで向かい側に2人の女生徒がいるというものだ。小町はお弁当を広げると俺に弁当食べないの?聞いてくる。いや、食べないって。なんで妹のクラスでお弁当をつつかなくちゃいけないんだよ。中学の時でさえそんな惨めなことしなかったぞ。惨め度で例えると、個人的には便所飯以上のヤバさがあると思う。

 

「教室で人待たせてるから止めとく」

「へ?!お兄ちゃんもう友達できたの?……明日槍降られるとシーツの洗濯の日だから困るんだけど」

「いろいろ失礼だな。……いやまぁ、期待してるとか悪いが、待たせてるのは一色だよ」

「なんだ、いろは先輩かぁ……って、いろは先輩?!お兄ちゃん同じクラスになったの?」

「なんの運命の巡り合わせかなっちまったよ。しかも隣席。あいつ授業中ずっとそわそわしてて集中できないから勘弁して欲しいんだけど」

「いや、それどう考えてもお兄ちゃんのせいだから」

 

 なんでだよ。と思っていたら、『なんでだよとは言わせないよ。』と小町に言われる。……あぁ、そういうことか。

 

「小町も知ってたのか」

「当たり前でしょ!というか、お兄ちゃんが本気で気づいてなかった方が驚きだよ!雪ノ下さんからも聞いたんだからね!」

「いやまて!その話は帰ってからにしよう。なんなら夜通し話し合ってもいいから」

「よ、夜通し?!」

 

 おい、目の前の女子よ。兄妹の会話で出てきた夜というワードに反応するでない。初めて買ったマーガレットを読んでいるときの俺みたいな顔してるから何を想像しているかはなんとなく分かるが、あり得ないから。

 

「んじゃ、俺はそろそろ行くぞ?」

 

 その後、数回のやりとりがあってお暇する準備をする。と言っても取り上げられていた俺の弁当を取り返すだけなのだけれど。

 

「んー、分かった。今日は2人とも固まっちゃってて、ろくにお兄ちゃんの顔も見れてないから、また来た時にお話ししてね」

「いや、お兄ちゃん流石に妹に友達を紹介してもらうほど友達に飢えてないから」

 

 妹同席の元で友達作りに励む兄とか情けなすぎてお兄ちゃん的にポイント低過ぎだから、ありえないから。

 なんだか、珍しく、まだ話したそうな顔を小町がしているので、最後にと廊下での出来事と朝に抱いた疑問を聞いてみる。

 

「なぁ、小町。本当に俺ってかっこよくなったのか?廊下を歩いてたら凄え見られてコソコソ話されたんだけど」

「お兄さんはかっこいいですよ!」

 

 ありがとう、マーガレットさん。もとい小町の友人さん。コクコクとその隣で同意するように頷いてくれるもう一人にも心の中でお礼を言う。

 

「うんうん、取り敢えず、コショコショ話の全てが陰口だっていう固定観念から抜け出そうよ。ほら、もしかしたらお兄ちゃんがイケメンだって話してたのかもしれないよ?」

「けど、さっきも挨拶返したら無視された上に速攻で逃げられたし。あれってピンポンダッシュの亜種だろ?」

「いやそれは……まぁいいや。今日は帰ったら小町とお兄ちゃんの認識のすり合わせをしようか。とりあえず視線はあんまり気にしないこと。なんだったらいろは先輩に相談してもいいから。あの人も超人気だし多分良いアドバイスしてくれると思うよ」

 

 きっと笑われると思うけど。小町は箸でビシッと俺を指して言った。行儀が悪いと嗜め、時計を見るとそろそろ五分近くもお邪魔していることに気づく。そろそろ一色がキレる時間だな。

 

「あ、そういえば小町。お前奉仕部入ったって言ってたけど、今日もあるのか?」

「んー。今日は休む。お兄ちゃんは奉仕部どうするの?もう雪ノ下さんも由比ヶ浜さんも居ないけど」

「あぁ、そのことなんだけどな……ちょっと考えてもいいか?これからの事とかも考えたいから部長さんにはお前からよろしく伝えといてくれ」

「勿論おっけー。……なんてったって私が部長ですから!」

「はぁ?!お前がか?」

「その言い方ポイント低い!」

 

 箸で人を指しちゃいけません。ポイント低いです。

 

 いやしかしなるほどそうか。小町が部長になったのか。……うん、ありえなくもないよな。いや、寧ろならない方がありえない。

 小町は人あたりが良くて、可愛くて、優しくて、信じられないほど可愛くて、気遣いができて、人の長所も短所も見た上で判断できて、天使のような可愛さで、人に着いていきたいと思わせるカリスマ性がある。

 

 そして何よりも、人を導く才能がある。ソースは俺。

 

 それにしても部長ねぇ……。奉仕部の面々が今、どのような面々なのかは分からないが相変わらず癖の強い奴らが集まっているのだとしたら、その中で部長を務めるというのはやはり、並大抵のことではない凄いことなのだろう。なんせ、その部活の性質上、部長に間違いはあってはならないし、常に正しくなくてはいけないのだから。有能すぎる初代というプレッシャーもあるだろうしな。

 やっぱ小町って天使だわ。

 

 小町の背負う重圧を少しばかり慮りつつも、それを日常生活で一切感じさせないことに敬服の念を払って、軽い口調でふーん、と言った。……お兄ちゃんとしても夜に話したいことができたな。

 

「そいじゃあ部長。放課後はまた駐輪場の方で待ってるから適当に来いよ」

「あいあいさー」

 

 小町の友達に向き直る。

 

「小町の友達になってくれてありがとう。こんな不出来な兄がいる妹だけど今後共々仲良くしてやってほしい」

 

 せめて、中学校のような悲劇が起きないようにと願わずにはいられない。二人が真っ赤な顔で頷いてくれたのを見届けてから俺は教室に戻った。……真っ赤?

 

 

 来た道を戻って教室へ帰る。

 

 

「先輩おそーい。遅すぎてお腹ぺこぺこなんですけどぉ」

「悪ぃ、ちょっと小町に捕まった」

「…む。なら仕方ないですね。小町ちゃんの気持ちも凄い分かりますし。大好きなお兄ちゃんが周囲に認められたら舞い上がっちゃいますもんね」

「どういうことだ?」

「こういうことですよ」

 

 ぐいっと一色は両手を使って俺の顔を挟み、後ろへ向けた。

 

(いへ)え!……ん?」

 

 後ろには数人の女子。そして更にその後ろには恨めしい目でこちらを見る男子諸君。

 

「お、お昼!ご一緒していいですか?!」

「……俺と?」

 

 思わず頰をつねる。……夢じゃ、ない、だと?信じられない目で思わず一色を見ると彼女は、悪戯が成功した時のような笑いを浮かべた。

 

「ね?分かったでしょ?先輩は今、かっこいいんですよ。仲良くなりたいと思うくらいには」

「……マジ?」

「マジです。まぁ、中身は変わってないみたいなので、会話の方は頑張って下さいね。横から見てるんで」

 

 なんとか話しかけてくれた女子に了承の意を示したものの呆然と佇む俺を傍目に、一色はテキパキと場を整え始めた。

 その後、ちゃっかりと隣をキープした一色に連れられて挑んだお昼は、緊張のあまり味がわからなかった。

 

 しかし何故か、キャーキャーと場は盛り上がっていた。

 

 ……なんで?


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