「さぁーっと授業は終わりですよ先輩!さっきの言葉、言ってなかったなんて言わせませんよ!」
「わかった、わかったから引っ張るなって。せっかく買い換えた制服が伸びちゃうだろ」
まぁ、政府からの補助金で購入したものだから伸びちゃっても俺の懐は全く痛くないんだけどな。俺がモタモタと六時間目の授業の片付けと帰る準備をしてると、いろはが急かす急かす。分かったから、と言って落ち着かせても一分後には元に戻る。
「はい、準備できましたね!行きますよ!」
「待て待て、いろはがどこに行きたいのかは分からないが、というか分からないこと自体が分からないが、その前にやることがあるだろう」
「……手を繋ぐことですか?」
「万が一やるとしてもそれはその後だな。そうじゃない、小町の説得だ」
一緒に帰る約束をした時の笑顔を思い出すと胸が引き裂かれるような思いだ。……つーか、どう考えても小町といろはだと明確な不等号があるわけだから、これもしかしてどうするべきか答え出ちゃってんじゃね?つまり、ドタキャン。
「おい、いろは」
「はい、なんでしょう?あ、小町さんには今電話で断りました。今度先輩と買い物に行ってもらうことで合意になりましたので」
「おい、いろは」
一言目は呼びかけ。二言目はツッコミ。
あまりにもトップギアの対応に、俺のセリフが変化球のダジャレみたいになっちゃったじゃん。早いよ、いろはさん。できる女筆頭かよ。
「さて、行きますよ?門限とかないって聞いたんでのんびり行きましょうね?」
「はいはい」
ちょっと視点の高くなった世界で、俺はちょっと小さくなったような気がするいろはに引っ張られて校舎から出るのだった。なお、生徒会長と留学生という面識のないはずな二人の仲睦まじい様子は周りの人にとって、とても不思議なものであったらしく、一人で廊下を歩いている時の三倍は視線を感じた。
ー・ー・ー
自転車は小町が持ち帰ると言っていたので、鍵だけ渡して謝罪しつつ、その後大いに惜しみつつ別れる。クッパに連れ去られるピーチ姫の気分だぜ。
「あの先輩?さすがにデート前の女の子の前で他の女にあれほど執着するのは男としてどうなんでしょうか?」
「お前はとりあえず自分の胸に手を当てて自分と小町の立場を思い出してみろ」
「義理の姉妹、ですかね?」
意外!それはノータイム!!
そして、正解にかすりもしていない。
「……それでどこに行くんだ?」
「それがですね、先輩の時間を独占するに値する場所が私のデートアーカイブになかったのでノープランです。よって、駅前に行きます」
「無難っちゃあ無難だな。駅前の方は退院してから行ったことないし、地味に楽しみだな」
「ふうん、先輩、デート楽しみにしてくれるんですね」
「そりゃそうだろ」
曲がりなりにも、美少女とのお遊びだからな。捻くれようが捻くれまいが嬉しいもんは嬉しい。ただ、それがデートだとは絶対に認める気はないが。男女二人で遊ぶ?普通っしょ、普通(リア充感)。ドリクラで大人の女性からネットアイドルまでを落としてきた俺にことデートに関しては不可能という文字は存在しないと言ってもいい。
そんな事を考えていると隣でいろはが黙り込んでいることに気付く。
「おい、いろは。どうしたんだよ」
「……あっさり肯定したから、びっくりしただけです」
「感情を捻くり返してもあのクリスマス前のやり直しだからな。……今の行為がどれだけ本物から遠いものであっても、なぁなぁのものであったとしても真剣な奴相手に嘘は付けないと思っただけだ」
「……先輩らしくないですね」
「まぁ、そう思うよな。実際ほとんど受け売りだからな」
「それは、SAO出会った人のですか?」
「……ああ」
そして、もう会う事のできない人。人生最後の余興としてSAOを始めたという93歳の老人だった。あの人がいたから、あの人のおかげで俺は───。
靴の中でうまくはまり合わない靴下が気になり足の裏をムズムズと動かす。ローファーに制服の後輩は、言葉の続きを待っているのかこちらの方を向いて神妙そうな顔をしていた。遠くで夕方を知らせるカラスが鳴いた。
「───ま、この話はまた今度にしてくれ。話し出すと止まらねえと思うから」
「……そうですね。なら、先輩の冷や汗が止まらなかった数学演習の話でもしましょうか」
「勘弁してくれ」
拒否も虚しく、数学の話をされながら歩く事しばらく、駅前の広場に到着した俺達は休憩も兼ねて、設置されたベンチに座ることにした。そして、座っても尚、数学の話をされていた。なんの拷問だよ。愚痴らずにはいられない。
「なんだよ余弦定理って、どこも余ってねえじゃねえか」
「先輩って本当に数学弱いんですね……。あっ、そうだ! 今度教えましょうか?」
「情けなくなるから嫌だ。……いや、補習食らったら頼むわ」
「そっちの方が情けないことに気付きましょうよ……」
良いんだよ。どうせ新設の学校に移ったら高1からやり直しさせられそうだしな。主に理系教科のせいで。高校における英語と国語ができてても結局は数学で学年の学力が決まる風潮、あるよね。その癖なんだかんだ言って、ほとんどの職種で高校数学のほとんどの知識が必要ないってばっちゃが言ってたし。
「てか、いろはす近くね?もしかして俺に惚れちった?」
「戸部先輩のモノマネうまいですね……」
「いろは。付き合ってもいないのにあんまり近づくと誤解されちゃうし。そういうのはお互いのために良くないよ」
「今度は葉山先輩ですか? 今の先輩だと結構様になっているので一瞬わかりませんでした」
そう言いつつも離れる様子はない。近い距離感に照れて、モノマネで意思表示をしてしまったがそれが仇となったか。それでいてやられた方は大して動揺も見せないのだから、リア充という生き物は凄い。
「ほんっとリア充ってのはビッチかパーリィピーポーばっかかよ」
「それは、単に先輩の目につくリア充がそうであるだけです。分かっているとは思いますが、もっと一般的で楽しい日常を送る人達の方が多いですからね?」
やだ!八幡信じないし!そんな完全俺の上位互換みたいな人種がいるなんて絶対信じないし!
「まあ先輩は幾らか一般的ではないとはいえ、お友だちにも恵まれて楽しい生活を送っていたのですから、そんな人達を見たとしてもだからといって別に? といった感じでしょうけど」
いいこと言うじゃん。あとはもう少しだけでいいから俺とのプライベートスペースにゆとりを持つことだけだな!
しかしいろはは俺にぴったりとくっついたまま話し続ける。こちらの意を一切介することはなかった。立ち上がる時は俺の手を掴んで引き上げた。握られた手を半分放心状態で見下ろしていると、いろははこれまた意に介さないといった様子で俺をリードして歩き始める。
なんだこの美少女、童貞絶対殺すウーマンかよ。
「クレープ食べに行きましょう!」
クレープ。なんて恐れ多い響きだ。あの店の風貌からして女子、もしくは男女専用みたいな雰囲気の店に俺は今から行くというのか?こんな美少女をはべらせて、行くというのか?
なんというかそれは、俺にとって一種の大罪のような気がしてならなかった。
まぁ、行くんですけどね。
なんだかんだ祭りくらいでしか食べたことのなかったクレープに対して興味があるのはまぎれもない事実だ。それによく考えてみれば、がっつりと甘いものを食べるのは向こうの世界を含めたとしても数ヶ月振り。これが嫌々と行けるだろうか。
いつの間にか浮き足立ついろはと同じような歩調で歩いていた俺はまだ見ぬ甘味に夢を膨らませるのだった。
クレープ屋、というかそれ系統のスイーツを販売する飲食店は駅店内にあるということで、いろはと共に歩いているのだが駅構内には中々人が多い。帰りのラッシュ時間と被ってしまったこともあり、ある程度くっついていないとはぐれそうな程度には人で溢れていた。
「いろは、もっとくっつけ。はぐれるだろ」
「そ、それ以上はっ」
なんてやりとりもさっきから結構している。ギャグの様だが、いろはは真面目に照れている様で、事故にも近い形の判明ではあったが彼女は攻めには弱いことがわかった。
無論、攻めるつもりは毛頭ない。地雷原に足を突っ込むのとなんら変わらない行為を平然と行えるほどぼっちは強くない。
「着きました!丁度席が余ってますね。運がいいですよ!」
「そんな人気店に帰宅時間真っ只中に連れてくるとかマジいろはすパネエっす」
「む!帰り道デートの定番だというのに……先輩は分かってませんねぇ!女心の分かっている容姿のくせにそういう所は相変わらずなんですから。いつか刺されても知りませんよ?」
「余計なお世話だ」
それにしても女性誌に載りそうな店に来たのは人生で2回目だが、ここは先に行ったカフェに比べると匂いがすごい。クラクラしそうな位の混沌とした空気が店の外にも漏れ出している。甘ったるいような艶っぽいような、所謂女子の薫りがこれでもかと立ち込めていた。慣れない匂いにやられた俺は思わず顔をしかめていろはに尋ねる。
「いろははよくこういう店に来るのか?」
「まぁ、友達とは割と行きますね。……あ、もしかして匂いにやられました?男性が初めて来店した時はよく匂いにやられて注文前に帰ってしまうことがあるそうなのですが」
「ああ、まさにそれだ。……なんなんだ、この匂い」
「スタッフも客も女子が多いですし、香水とかコンディショナーとかが混じっちゃうんじゃないですか?ここはスイーツの匂いも混じって甘い匂いがするそうですけど、女子の身からするとよく分かんないんですよね」
さ、席を取られる前に行きましょう。いろはがさっさと店の扉をくぐっていくので、置いていかれてはたまらないと俺は足早にそれに追随する。
店内はまた一段と濃い。ふらっと、立ちくらんだ俺はいろはに支えられる。
「もう、しっかりしてください。まだ席にすらついてないじゃないですか」
「悪い悪い。……もう大丈夫だ。いろはが近くにいてくれればなんとなく緩和されるからな」
「……え、えっとそれは?」
「……」
いろはの匂いが強くなるからだけど。と口から出そうになるのをすんでで止める。どさくさに紛れて危うく、ど直球の変態発言をするところだった。危ねえ、下手すればまた振られるところだったな。
痴態回避に成功した俺は、いろはの言葉を黙殺しつつも悟られない範囲でいろはを近くに置いて案内を待つことにした。
「案外カップルはいないんだな」
「まぁ、こんな混んでいる時に来たら高確率で長時間待ちですからね。ディスティニーランドが身近にある千葉県民として、デートのなんたるかが別れるきっかけになるのか、よく分かっているのでしょう」
「待ち時間での沈黙か……」
よく聞く話ではある。同時に、縁の遠い話でもある。
近くて遠いというと、ほのぼの系妖怪ファンタジー映画の文句のようだが、実際は結婚できるか否かの人生の勝負を決める、生臭い話だ。
リアルここに極まれりと行った感じだな。
「そりゃあ注目も浴びるってものか」
「なんの話ですか?」
「いや、やけに他の客が俺たちを見てるだろ?だからもしかしたらこの店は男性禁止なんじゃねえかと思ってたんだよ。今となっては自分の顔がイケメンだとかどうとかはあんまり言うつもりはないが、それにしても集まり過ぎだろ?」
昔の俺の様に、そこそこイケメンだと自負するのはまだいい。ただ、客観的に見てイケメンと言われる様な面になったというなら、そこの所は言わずに心に留めておくというのが礼儀だと思ったのだ。残念ながらイケメンが自分のことイケメンと言う面白くねぇ映像は見たことはないが、だからといって自分でやろうとは思わないし、思えない。
「(まぁ、イケメンってだけならばそれでいいんですけれどね。先輩はもう完全に少女漫画の住人に近いですから、そんじょそこらの女子はそりゃもう釘付けですよ。私には店内の彼女たちのスマホの画面が今ばかりはSNSに統一されているのがわかりますよ。イケメンを見たら呟く。それは女子のルーチンワークですから)……今夜、小町さんと話し合うそうですから、その時に聞いてみればいいと思いますよ。私としては本当に気にしなくてもいいと思いますが」
「いや、気になるだろうが。男性禁制だったらどうすんだよ。俺だけとんだ赤っ恥じゃねえか」
「や、それはほんと大丈夫ですから。ほら、案内が来ましたよ。行きましょう!」
いろはは俺の腕を抱え込むと案内された席へとずんずん歩いて行くのだった。