クリア後のその先で   作:一葉 さゑら

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12【登校初日⒍】

「……はるるん、先輩」

「今ばかりは陽乃先輩、もしくは雪ノ下先輩でお願いしたい所だけど……イケメン君、隣いいかしら?」

 

 ずいっと陽乃さんが隣に来る。触れそうで触れない距離。

 

「それで、いろはちゃんは八幡くんを、諦めたの?」

 

 突然現れて、喧嘩腰でいろはに絡むもんだから何事かと思えば、随分と俺の口出しのしにくい理由だった。というか、陽乃さん、どストレートすぎませんかね?本人いるんですけど。

 

 どうしたもんかね、と思いつついろはに目をやれば、表面こそ真っ青な顔してるけど、口の端やこめかみがピクピクと動いている。これは面白がっている……いや、怒っている?

 どちらをどう止めようか少し迷った俺は、戸惑った顔で頷くだけに留め、様子を見ることにした。どちらを止めるにしろ、被害が広がる未来しか見えなかったのだ。ある意味最強の二人だからな。雪ノ下や由比ヶ浜なんかとは次元が違う。

 

「……どうも、お久しぶりですね、陽乃さん」

「久し振り、再選祝いで八幡君の病室でお祝いした時以来だったかな?」

 

 俺が寝ている間に何してんだよ。やりたい放題か。

 横目に見た陽乃さんは、前までとは変わらない容貌。相変わらず可愛らしさと、大人らしさ、そして所謂イイ女の雰囲気が滲み出ており、隠しきれないカリスマ性を纏っている。ただ、最後に会った時よりも少し強化外骨格から愛嬌のような無駄が抜け落ちて表情が大人っぽくなっていた。それだけに静かな怒りが際立っているのがマジ怖い。

 

「それで、陽乃先輩はどうして私のデートを邪魔するのですか?明らかに、そしてどう見ても今の陽乃さんの行動に道理と常識がない事は分かっていますよね?」

「ええ、だから私は彼に断りを入れたのよ。……事実、受け入れてもらえたようだし」

 

 入れてないです。

 今までも何回か話をしたことがあるが、今日の陽乃さんはいつにも増して鉄仮面で、目がぞっとするほど笑っていない。手にしたお冷を飲む仕草は流石の流麗さといった感じだったが、そこまで気を抜かない姿勢が逆にこちらにまで緊張を要しているかのような気さえする。

 場が凍る、まさにそんな状況だった。

 

「……まぁ、この際乱入してきた事はどうでも良いとします。()には後で私から謝りますので。その代わり、八幡先輩についての話はまた今度にしませんか?今の私は見ての通りデート中ですので」

「……あきれた。心底呆れたわ、一色さん。これでも私は貴方のこと、そこそこ買っていたのに」

 

 陽乃さんは、淡々と告げる。いろはは、そんな陽乃さんをしばらく見つめると、あたかも昔の俺のような目で陽乃さんから目を逸らして言った。いろはの見せた、怒りの表情の理由を。

 

 

 

 

「私は元々自分を売ってませんでしたけどね。それにですね、陽乃先輩。呆れたのは、私の方なのですよ。まさか、まさかあれ程可愛がっていた妹に全てを押し付けるなんて、私は思いもしませんでしたけどね」

 

 

 

 

 

 

 楽しいはずのデートは、様々な人を巻き込んだ複雑怪奇な人間模様と、感情の渦によるサイクロンによって形を変えて周りをボロボロにしていく。

 あえていろはが俺のことを彼と呼んだあたりから、勘弁してくれという気分でみていたが、その次のいろはの言葉で頭を横殴りされたような感覚を覚えた。

 

 いろはが一通り楽しんだところで俺の正体バラして終わりー!みたいなのを想像していたが、2人の関係はこの一年間で思ったよりも悪化していたらしい。

 

 俺は会計のために浮かせた腰を下ろし、じっと陽乃さんの横顔を見つめ直す。男性からの視線には慣れっこなのか、陽乃さんは気にすることなくいろはをじっと見つめていた。変わらぬ微表情で。

 

「随分と自由を満喫している様子で安心しました。その、微妙に染めた髪の毛、ホットパンツにストリート系のブカブカのシャツ。マグネットピアスも普通のピアスに変わっているじゃないですか」

「……何が言いたいのかな?」

「実家の拘束が緩くなってよかったですね。お陰様でこんなに頭の緩い店に来れるようになったんでしょう?」

 

 頭の緩そうなってお前がこの店誘ったんだろうが。それでいいのか。……いや、そうじゃないな。

 いろははどうやら、俺にもわかるように話を回りくどく言っている節がある。だとすれば、これから繋がるのは、陽乃さんの拘束の有無ではなく、なぜ、拘束がなくなったのか。……そして、その結果の話だ。

 

 

 

「……雪乃先輩のお見合い。元々陽乃先輩のものだったそうですね」

 

 

 

 つまり、雪ノ下雪乃の話。

 

 

 

 

 ー・ー・ー

 

 

 

 

 

 雪ノ下雪乃は、須郷という男とお見合いを控えている。

 

 相手は、少なくても10は離れていそうな男だ。恋愛に年は関係ないとはいえ、一年間の内に0からお見合いにまで発展するというのは一般家庭においてはまずありえない話。それこそ、突発的な年齢の関係ない愛によってしか成り立たない話だ。

 

 ただ、雪ノ下家は、良くも悪くも一般家庭とは程遠い。

 

 議員の父を持ち、いくつもの不動産を抱える雪ノ下家は、VRゲームを始めとする近未来的世界においてもなお、未だに財閥のような家庭環境にあった。小さい頃から施される英才教育に、泥の中を駆けずり回るような少年少女には考えられないような厳格な家庭内ルール。

 

 それら全てが悪いと言うつもりはない。

 

 しかし、彼女たちの人生の要所要所で降りかかる制限が、それはとても無垢な悪意にあふれていた。親切高じて枷となる。彼女達は、親に捕らえられた小鳥であった。

 

 主だってそれを課してしまったのは、誰よりも家庭のことを考えている雪ノ下家の母であったといえよう。小さい頃より大和撫子を女性としての至上であるとして教育し、家の発展を願う姿勢を至上としていた。

 彼女にとって、それが女としての幸せであり、娘たちの幸せになると信じて疑わなかったのだ。それは、子供達に不自由させたくないという一種の家族愛であったとも言える。娘もそれを分かっている、分かってしまっている。

 

 だからこそ、憎めども、嫌いになれない。

 

 

 

 と、ここまでが俺の知っている話。

 

 そして、ここからが、空白の一年に起こった話。

 

 

「……いろはちゃんには関係のない話よ。この話に関係するのは、私達雪ノ下家と、須郷さん達。後は」

「……八幡先輩、ということですか?」

「ええ、そうなるかな」

 

 名前が呼ばれた。これは名乗り出るチャンスではないのか?……いや、どんな顔をして出たらいいんだよ。つーか、なんか2人の会話が妙にすれ違っているな。

 

 第一、雪乃の婚約の条件は、俺がSAOクリアのための補助を最大限病院で行うことだった筈。……だとすれば、陽乃さんは何も悪くないのではないのか?大して親しくもない男の為に今まで避けてきた婚約を結ぶなんて方がおかしいことは、いろはも分かっているはず。

 

 実際の筋道として考えられるものとしては、元々あった陽乃さんと須郷氏の婚約という既定路線を雪乃と須郷氏の婚約に変えた、というのが1番わかりやすくて合理的だ。家族としては、少しも望まない婚約よりは、娘の意を汲んだ婚約にしたかったのかもしれない。

 例え、それが餌で釣った猿芸のようなものだったとしても。自分の罪悪感が消えるならば、それで良いと。

 

 考えれば考えるほど反吐がでるような偽善に感情が高ぶるが、これはあくまでも俺の勝手な妄想に過ぎない。

 ゆえに、自分の推論が正しいのかどうかを判断するために、俺は改めて陽乃さんの横顔を見るのだった。

 

「陽乃さん、雪乃さんの婚約のことどう思っているんですか?」

「……望んだ婚約なら私はとやかくいうことじゃないと思っているよ。逆に一色さんは何をそんなに怒っているのかな?」

「何を?『何を怒っているか』ですか?そんなの!そんなの!!」

 

 やばい、いろはが爆発する!

 

 そう思って慌てて止めようと思ったが、その後に続いた言葉は、そんな焦りとは縁の遠い、ポツリと垂れた一滴の水滴のような脆く、弱いものだった。

 

 

 

 

「……泣いて、いたんですよ」

 

 

「……っ!」

 

 

 

 

 息を飲んだのは、俺の方か、それとも陽乃さんの方か。

 

「雪乃先輩。病室で、1人でいるときはいつも、静かに泣いていました。……それはもう、絵になる光景でした。静かに好きな人の手を取って涙を流す先輩は」

 

 けど。といろはは一息吸う。

 

「けどそれは、絶対に絵になっちゃいけない光景でした!絵になるっていうのは、それはもう!それは、それはもう……絵になっちゃう程に、儚くて、感情が漏れ出して……消え行く途中じゃないですか……」

 

 支離滅裂とも言われかねないいろはの発言。しかしそれは充分に、十全に陽乃さんの心を揺さぶった。俯いた陽乃さんの表情は今までに類を見ないほどに歪んでおり、その顔は、漏れ出す感情に蓋をする、俺もよく知った悔恨と、無力の証のようなもので、それに当てられた俺も思わず下を向いた。

 沈痛で、音のない悲鳴にも近い感傷模様が3人に広がるのを感じる。

 

「──なら」

 

 隣からいろはの言葉につられたように陽乃さんの口からも一言漏れた。

 

「──なら、いろはちゃんがそこまで分かっているなら、なんでそんなに簡単に八幡くんのことを忘れられるのか教えてよ……。イケメンだから心が移ったの?似ているから移せたの?……今の心境をお姉さんに教えてくれないかな?」

 

 陽乃さんは、苦笑いでいろはに問う。

 その質問は、雪乃に俺のことを忘れさせてあげたいがためのものなのか。それとも、(陽乃さんから見て)俺をスパッと切ったいろはに対する責めなのかは判断つかない。しかし、彼女は、100人が見て100人がそう判断しそうな位、彼女はそのカジュアルな格好に比べて、心がだいぶ弱っているようだった。

 

 その様子に、先の乱入に見せた彼女らしからぬ激昂に少し納得する。

 

 と、同時に俺が席を空けてしまった1年間に何が起きたのか。そして、何が起こるのかを知ることの必要性を訴えかけられているかのような気分になる。

 

 いつの間にか飲んでいたコーヒーは空になっており、手持ち無沙汰になった俺は、質問の答えを慎重に探すいろはに向かって手を挙げた。

 

 そろそろ、潮時で、まとめ時だ。

 

「───いろは、もういい。お前も、陽乃さんも、すれちがっていることが多すぎる。正直、あんまりにも綺麗にすれちがうもんだから、思わず車道線が2人の間に引かれているのかと思ったぞ」

 

「……む、それは是非とも、ご教授願いたいものですねぇ、八幡(、、)先輩」

 

 

「……え?」

 

 

 

 ナイス反応です、陽乃さん。

 

 

 

 シリアスをシリアルにしたくて。俺はそんなシリアルにミルクを注ぐため、店員さんに3つアップルティーを注文した。

 

 案外、いろはがここまで俺を隠したのは、これをして欲しかったからかもしれなかった。


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