クリア後のその先で   作:一葉 さゑら

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14【登校初日⒏】

 さて、このテーブルの顔面偏差値たるや東大理3も裸足で逃げ出しそうな高さになっており、店員や隣テーブルの客のざわめきは一層大きくなっていた。そのオーラに限って言えば、福山雅治2人分はありそうな勢いである。

 

 2福山雅治のテーブルに誰がお冷の継ぎ足しをするのか厨房で揉めている最中、0.35福山雅治の葉山隼人は0.50福山雅治の比企谷八幡に話しかけた。

 

 

「そっか……戻ってこられたんだね。おめでとう。比企谷」

「どうも。……ん?ちょっとまて。『戻ってこられたんだね』ってことは死んでたと思ってたってことかよ?」

 

 0.50福山雅治はガンひねくれを飛ばした。イケメンに対する条件反射レベルの防衛反応は、実にせせっこましい口撃だった。

 対して葉山は、「相変わらずだなぁ……」と苦笑いを顔に貼り付け、赤面する1.00福山雅治こと陽乃に促されるがままに着席する。ちなみに、有言実行とばかりに八幡の隣にはいろはが座っていた。

 

 かつて好きだと公言していた男の登場に今度はいろはの方が居心地が悪くなって来たらしく、ソワソワとしている。かと言って陽乃が得意げに座っているかと言えばそうではなく、まだショックが抜けきっていないようなので、この場において通常の判断能力を有するのは八幡1人となっていた。

 

「八幡くん主導で本題に入ってもらいたいところだけど、やっぱり突っ込ませてもらってもいいかな?」

 

 陽乃に整形してもこうはならないんじゃないのか、と思われてあるとはつゆ知らず八幡は惚けた質問に惚けた質問を返す。

 

「何についてですか?」

 

((君の容姿についてだよ!!))

 

 2人の心の叫びが響く。

 

「あの、いろはちゃん」

「自覚極薄です」

「……あっ」

 

 察した一色による援護射撃。撃たれたはずの八幡はさして変わらない様子で、不思議そうな表情を浮かべている。分かりやすい(、、、、、、)表情に再び驚いた2人は思わず互いに目を見合わせると、八幡に話を聞く決心を固めた。

 

「ひ、ヒキタニくん」

 

 恐る恐る先陣を切る葉山。

 

「比企谷、な。今度間違えたらその鬱陶しい跳ねた髪束引きちぎるぞ」

「うん、その感じは比企谷だな」

 

 苦笑いの葉山。そんな所も様になったいる流石のイケメンである。イケメン八幡も負けず劣らずの様になった嫌そうな態度で話を進める。目の腐りが治った今、その感情はとても分かりやすく葉山に伝わり、葉山は(にがわら)いを深めた。

 

「なんだ?」

「えーっと、身体の調子はどうかな?一年以上も寝たきりだと、大分凝り固まったりしたんじゃないのかい?」

「ああ、体は寧ろハイスペックになったぞ。俺のリハビリ担当の奴が、見せ筋なぞ言語道断、魅せ筋を目指すべしって人でさ。魅せ筋ってなんだよって思いながらリハビリしている内にいつの間にかやけに体が柔軟になって、しなやかな筋肉がついたわ。あと、身長のことも聞きたかったんだと思うが、それに関しては俺もわからん。寝て起きたら伸びてた」

「へぇ、そうなんだ……」

「え?先輩もしかして腹筋割れてるんですか?!触らせてくださいよ!!」

 

 戸惑う葉山と、我が道を行く空気を読まない0.15福山雅治。びしっと、己の腹筋を弄ろうとしてくる後輩のデコにチョップをかました八幡は隙あらばぼうっと見てくる陽乃に茶を勧めた。

 

「冷めますよ」

「あ、ありがとう!」

「……というか、陽乃さんと葉山はなんでここに来たんだよ。もしお邪魔してんだったら、さっきの事はまた日を改めるけど」

 

 幼馴染の2人とはいえ、男女2人で遊びにくるというのは、友達だからで通用しないものがある。ましてや、八幡といろはのようなケースは極めて稀。とあれば、八幡の邪推は至極真っ当なものであるといえるだろう。

 しかし、葉山と陽乃は構わないと揃って手を振る。

 そして、折角だからと各々の注文も決め、店員さんを呼んだ。八幡といろはもお代わりを頼むことにする。

 

 

「は、はひぃ!!ただいまマイリィマシタァ!!」

 

 

 日本生まれ日本育ち純日本製であることを疑うような発音で、とある大学生アルバイターは注文を伺う。こんな調子だが、厨房で突発的に開催された『誰が伺いに行くのかジャンケン』に先輩アルバイターを押しのけ権利を勝ち取ったツワモノだ。

 

 いざ来て見れば、福山2人分には敵わなかったよ……と内心すでに撃沈気味な彼女ではあったが、女としての格の違いを比べるなどおこがましい、これはロイヤルパーティなのだと己を奮い立たせ、何を言ったのか判らず呆然としている4人に再び向き合った。

 もう一回、注文を伺うのだ。

 

 ただいま伺います、お客様。

 心の中で一言唱える。

 

 

 

 

 

「たでゃあ!」

 

 

 少女は、赤面した。

 

 

 

 ー・ー

 

 

 

 葉山になだめられ、陽乃といろはに煽てられルンルンと去っていったアルバイターを見送った後。

 

 

 話題は、本題へと移って行く。

 八幡()が葉山がいて大丈夫なのかと尋ねる前に、

 

「隼人は事情を全部知っているから大丈夫だよ」

 

 と陽乃さんが懸念を解いたため、話への導入は割とスムーズに行われた。やがて、なぜ陽乃さんが葉山と2人でこの店に来たのかという過程を話し出す。

 

「私が隼人を呼んだんだ。遊ぼうって」

 

「ただ、本当の所は相談したかったんだよね。隼人には取り繕う意味がないからさ。ちょっとばかし、人生に迷子になった私を助けてもらおうと思ったんだよ」

 

「と、言うのも、話はやっぱり雪乃ちゃんに戻るんだけどね。というよりも、いろはちゃんも言っていた、その……私の婚約者の話、なんだけど……」

 

 

 いろはが目に見えて噛み付こうとするのを止める。段々ストッパーとして慣れが出始めていた俺はその慣れに気づき、哀しくなる。

 

 この時の俺はまだ知らなかったのだ。

 

 何から話していいかな、と口ごもる陽乃さんの言葉を継いだ葉山の話が、どれほど重要なものだったのかを。

 

 その話は俺の知らない高校前(そもそも)の話だった。

 

 

 

「この際だから話しておこうと思うけど、そもそもの話、須郷さんと婚約する予定だったのが陽乃さん。……そして、雪ノ下さんと婚約していたのは……俺だった」

 

「比企谷君も多分気づいていた話じゃないのかな? 雪ノ下家はそうする事で、雪ノ下としての権力を自らの元に集中させようとしていたんだよ。それが悪いかどうかは判らないし、もしかしたら、雪ノ下さん達のご両親は少しでも2人には楽をさせてあげたかっただけなのかもしれない」

 

「真相の所は俺も分かっていなかった。けど、事実を見れば、そういう話だったんだ」

 

「それが拗れたのが去年の冬。SAO事件から数日経ったある日の事だったよ。雪ノ下さんが母親に申し出たそうだ。要約すると、『君が無茶するだろうから、須郷さんに頼んで少しでもいい環境にしてあげてくれないか』という願いだったらしいよ。俺は、彼女らしい見えない所での奉仕だと思ってその話を聞いていたよ」

 

「その条件として、須郷さんが雪ノ下さんに婚約を申し込んだと聞くまではね」

 

「ご両親は俺に遠慮したのか、条件付けでそれを許した。一つは、雪ノ下さんとの合意。もう一つは1ヶ月後のお見合いだ。それまでに2人が互いに相応しいことを確かめ合うこと、ということらしいね」

 

「呆然としたよ。当たり前だろ?当然のように思っていた許嫁が突然いなくなったと思ったら、その人は想い人の為に人生を無駄にしようとしている」

 

 

「Your time is limited so don't waste it living someone else's life」

 

 

「俺のモットーは、今、酷く踏み荒らされている」

 

 

 

 いつぞやの激昂状態の一歩手前。表情こそ変わらないが、明確な怒りを提示した葉山を俺は何を言うこともなく見ていることしかできなかった。

 知りもしなかったこと、知りたくもなかったこと。

 なぜ知りたくなかったのかも知らない。

 

 分からないし、判らない。

 

 少しパニック状態に陥った俺に代わっていろはが質問する。

 

「葉山先輩、雪乃先輩と婚約してたんですか?!というか、葉山先輩って雪乃先輩のこと好きだったんですか?」

 

 噛み付く勢いの可愛い後輩に対して、怒りを収めた葉山は笑って応える。

 

「どちらも、元、ね。今となっては元婚約予定者だし、好きだったのも中学までの話。いつしか彼女は高嶺の花になって、僕の手元から飛んで行ってしまったからね。……追うのに疲れて、諦めてしまったよ」

 

 軽い吐露。しかしそれは、誰も聞いたことのない彼の真相。いろはは見たことのない憧憬の的の憂いに動揺する。口を閉ざして葉山の話を聞いていた陽乃さんも話に加わり、自虐した。

 

「私も今となっては元婚約予定者。隼人のモットーを基にしていえば 、"I'm who is one of the who are wasted the root of their lives." といった所ね。私達2人の処遇は、取り敢えずは保留。雪乃ちゃんと須郷さんの件が片付くまでは待機、だってさ。娘の人生をなんだと思ってるんだか」

 

 陽乃は力なく、カラカラと笑ってアップルティーを飲んだ。

 

 とどのつまり、2人の関係は友達でも、カップルでも、ましてや婚約者などではない。

 

 婚約予定破棄被害者の集いだった。

 

 縁の遠い話だから言えますが、これほど不憫で不毛な会合はないですね、といろはは独りごちた。

 全くだ。頭の働きがいまいち戻っていない八幡は混乱の最中の同意の言葉を脳内に浮かべた。

 

 

 ー・ー・ー

 

 

 雪ノ下の婚約について。

 

 その真相を聞いたいろはは今までの誤解を陽乃さんに謝罪した。陽乃さんはデートの邪魔をしたのだからお互い様だと笑って応えた。多少無理のある笑いだったが、誰もそれには突っ込まず、葉山は目を見開いて見当違いの方向にツッコミを入れた。

 

「お、おい、八幡君!いろはと付き合っているって、どういう事だよ!!」

「うるさいよ、やかましいよ、落ち着けよ。いろはに付き合わされてんだよ」

「付き合っているんじゃないか!しかもいつの間にか下の名前で呼んでいるし!」

 

 いつの間にかお前も俺のこと下の名前で呼んでるけどな。いろはのオカンと化した葉山を店内の時計の方に顔を背けながら適当にあしらい、俺はさっき教えてもらった情報を整理する。

 

 

 まず、雪ノ下の事情は、呑み込んだ。

 

 これまでの事情も、これからの事情も。

 彼女の感情も理解している。

 

 ただ、それだけに問題はややこしい。

 

 好きな男が自分を助けに来てくれる。

 そんなことが出来るかどうかは別として、その話は超王道的で憧れのシンデレラストーリーだ。

 

 例えばシンデレラとは、雪ノ下雪乃であり、自惚れでなければ、王子とは俺になる。

 

 悪者のお姉さんはご両親だろうか、それとも須郷さんだろうか。判別はつかない。今の状態の関係のままそれが成立するだろうか。判別つかない。そもそも、悪者とは即ち俺のことではないのだろうか。判別つかない。

 

 

 

 

 つまり、結婚する意思の無い王子様が、姫を探し求めるというのは、余りにも非常識かつ非現実的ではないのかという迷いが俺にはあった。

 

 

 

 

 

 判別の呪い。言い換えれば、本物と偽物の狭間を探るクエスチョン。

 

 

 

 

 

 限りなくグレーに近いホワイトを探求する話。

 

 

 

 

 

 助けるなど傲慢。

 

 助けられたのだから、お礼をいって引き下がるべき。

 

 

 

 

 

 会計が足りなくて見知らぬ人に300円もらった、とかいう美談と比較するには余りにも大きい話。

 

 

 

 人生を貰った俺は、彼女に何をしなくてはならないのだろうか。

 

 

 

 高校生だから、子供だから。

 

 

 それで、終えてはいけないし終わらない。

 

 

 

 

 

 脳髄を取り出して一つ一つの事象を整理しても納得いかない、分からない。判別つかない。

 

 

 是と否。正と負。

 

 

 

 出来ること、出来ないこと。

 

 迷い、葛藤。冷や汗。

 

 

 

 

 

 脂汗。荒い呼吸。

 

 

 

 

 迷い。

 

 

 

 

 

 

 

「先輩!!!」

 

 

 ……はっ。

 

 いつの間にか俺を覆っていた目の前の暗がりが弾ける。

 

 

「……いろは」

「大丈夫ですか?!物凄い汗と顔色でしたよ!」

「ああ、大丈夫だ、問題ない」

「あ、ダメなやつですね」

 

 

 どうやら、思考のドツボにはまっていたようだ。時計を見れば3分ほど経っている。

 見れば心配そうな美形の顔が目の前にも二つ前にも並んでいる。

 

「大丈夫か?八幡君」

「ごめんね、一気に話しすぎちゃったかな?」

「あ、いえ。寧ろ話してくれてありがとうございます。知らずに後悔しないで済みました」

 

 知らぬが仏が唱えるアホンダラ経。

 無知の恥。

 

 知らないとは、即ち、文句の言えないと言うことだ。

 

 覚悟があろうがなかろうが。

 

 

 それは、今の俺にとって最低条件を分ける分岐点だったのだから、そう考えると、今日この場所に誘ってくれたいろはには一つ借りを返すどころか、百以上の借りを作ってしまったような気分だし、葉山と陽乃さんが自らを隠すことなく晒してくれたことには頭が上がらない。

 

 SAOで強く実感した、人との繋がりが最良の未来に繋がるという事実を改めて実感した気分だった。

 

 

「あー、けど。今日のところはこの辺で抜けさせてもらいます。……良いか?いろは」

「はい!そろそろ急がないと服屋もしまっちゃいますしちょうど良い時間です!」

「……おい、それってやっぱりデ───」

「───あー、ごめんね。隼人は私が押さえとくから行っちゃっていいよ。……今日は本当にごめんね、いろはちゃん」

「いえ、良いですよ。はるさん先輩には貸し一つで許してあげますっ」

 

 調子のいい後輩はそう言うとウインクを一つ決めた。

 参りました、と笑顔の陽乃さんもウインクを一つ。どうやら、なんだかんだ和解は済んだようだった。

 

 

 俺も2人に改めてお礼を言って席を立つ。

 

 

 その後のデートも、小悪魔による擬似カップルイベントが繰り広げられたのだが、それはまた、今度語るとしよう。

 

 ただ一つ、言うとするならば、いろはを送り届けて、疲れ果てた俺が玄関を開けた時に小町が見せた笑顔は、ラスボスのそれであった。それだけだ。

 


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